第23話 女兵士長編2
「めんどくせえな、見張りなんてよぅ」
「仕方ないだろが。義務じゃなきゃ誰もやらねぇよこんなこと」
「そりゃそうだ」
文句を言いながら城の入口に向かうのは二人の兵士。さきほどまで城の中の見回りをしていた者だった。時間が経ち、今度は入口の見張りをするため向かっている途中のようだ。
「それじゃ、本日最後の仕事にいきますかね」
「そうだな。ここの見張りで今日は最後だな」
めんどくさそうに外に通じるドアに手をかけゆっくりと開ける。暗闇に目が慣れるまでに少し時間がかかったが、やがて闇に目が慣れ外の景色を見ることができた。
「ん?」
異変に気がつくまで時間はかからなかった。前の二人の見張りの代わりに一人の青年が黒く大きな剣を持っている。
「なんだおまえ?ここの見張りはどこ行ったん・・・・・・」
兵士の言葉が言い終わらないうちに刹那は兵士の胸に蹴りを入れていた。蹴り飛ばされた兵士は何が起こったのか理解できなかった。強い力に吹っ飛ばされたということしかわからなかった。
ぽかんとしているもう一人の見張りの体に間髪いれず拳をふるう。この兵士も同じように吹っ飛ばされていた。
それを確認すると、刹那は城の中に潜入し長い廊下を駆け抜けていった。
ぽかんとしている二人は顔を見合わせて頭の中で今起こった事態の整理をしていた。
「「進入者〜〜〜!!!」」
二人は叫び体を起こしてすぐさま刹那のあとを追った。いくら刹那の体が結晶で強化されているとはいえ、立てないくらいのダメージは受けてはいなかった。
「うわ、やっぱり来た」
後ろを見ながら刹那はつぶやいた。後ろの兵士はなにやら叫びながら追いかけてきている。言っていることは大体予測できたが。
その声につられて城の中の兵士が集結してきた。刹那の後ろの兵士は2人から30人に増え、逃げている途中に前からも兵士が走ってきた。
完全にはさまれた刹那は逃げることをやめ、手に持っていた大剣を構えた。
「あまり、傷はつけたくないんだよな」
人を傷つけることにあまり乗り気ではない刹那は苦い顔をした。
「おいよく見ろよ。まだ子どもじゃないか。俺一人で充分だ」
「おいおい、手加減してやれよ、はははは」
何を勘違いしたのか、前方から一人体つきの良い兵士が剣を構えて刹那に近寄ってきた。どうやら刹那と一騎討ちでやりたいらしい。
「おい坊主、降参ならいまのうちだぞ?」
「馬鹿にされるのはあまり好きじゃない」
すこしむきになって刹那は男の方に体を向けた。そうかと男は一言言って笑いながらかかってきた。上から振り下ろされる剣撃。刹那は大剣を横にして受け止めた。さすがに訓練しているだけのことはあって兵士の一撃は早かった。だが、
{なんだ、思ったより全然弱いじゃないか}
体を強化している刹那にしてみれば幼稚園児が新聞紙を丸めた棒を振り下ろしてくるのに等しかった。あっさりと押し返し、思い切り腹部に蹴りを入れた。
「ぐへっ!!」
変な声を出し、男は飛んでいった。どんっ、と壁に体が激突し、男は気絶してしまった。周りの兵士の誰もがその光景に唖然としていた。たかが子どもに訓練を受けた大人が負けていることに。
「なんだこいつ。みんなでやっちまえ!」
一人の兵士がそう叫ぶと刹那の周りの兵士はまとめて剣をふるってきた。これには刹那も動揺した。数十本の剣が自分めがけてくるのだから当然だろう。
剣が刹那の体を切り裂く一歩手前で刹那は上に跳んだ。剣はいっせいに空を切り、床にがつんと当たる。
跳んだ刹那の向かった先は辺りを照らしているシャンデリアだった。大剣を振り上げ、天井に結びついている鎖を切り離した。支えを失ったシャンデリアは下の兵士めがけて落下していった。
「う、うわああああ!!!」
あわてて逃げ惑う兵士たち。どうにかよけれたものの、兵士たちのプライドはずたずただった。長年訓練してきた経験と努力がいとも簡単にただの青年(兵士たちは刹那が能力者であることに気付いていない)に破られたのだから。兵士たちの戦意はなくなっていた。
「く、くそだめだ。俺たちじゃ手に負えない」
「そ、そうだ!プロミネンス隊長だ!隊長だったら何とかできるかもしれない!」
「そうだな。あの人ならきっとやれる」
兵士の半分は刹那を追い、もう半分はこの城の守備兵長を呼びに分裂した。
刹那はというとただひたすら奥の方へと逃げていた。とりあえずこの狭い廊下で戦ってはいけない。あまりにも分が悪すぎる。もっと広いところにいけばなんとかなる。刹那は広間目指してひたすら歩を進めていた。いや、逃げていた。
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ドンドン!
大きな音でドアをノックする音が聞こえてくる。良い気持ちで寝ていたのにと、その者は少しむくれた。
「プロミネンス隊長!侵入者です!侵入者が現れました!それも我々だけでは取り押さえることができないほどの力の持ち主です!」
それを聞いてその者は驚いた。この辺でそんな腕の立つ人間などいなかったはずだが。
今行くと返事をし、準備に取り掛かった。着慣れた上半身鎧、使い古してぼろぼろの手袋。その他の防具をすぐさま装着し、最後に細く、長い剣が収まっている鞘を手に取りその者は部屋から出た。ノックをした兵士に場所を聞くなり、ぱっと駆け出してその場に向かった。走るときになびいていたそのオレンジの髪は炎を思わせ、とても綺麗であった。
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後ろの兵士の数はもう数え切れないほどに増えていた。前から来る敵はジャンプしてかわしたものの、もし間違えて行き止まりのところにいきついてしまったらこの大人数相手に戦わなければない。それだけはなんとかして避けたかった。
広間に行き着くように願い、刹那は走った。と、手前に大きな扉が立ちはだかった。一見鉄でできているが、結晶である大剣にかかれば水に濡れた紙を切り裂くようなもの。手早く大剣をふるい、鉄の扉に穴を開けその中へと入っていった。小さな穴なので、後ろの大人数兵士は一気には入って来れない。
扉の向こうは刹那の希望通り広間だった。大きな広間の壁際には多数他の部屋へと通ずるドアがついていた。狭い廊下より何倍も戦いやすい場所だった。
やっとのことで大人数の兵士たちは広間に入ってきた。と言っても全員ではなく、半分くらいだが。その兵士たちは刹那の姿を確認するとお互い顔を見合わせ、一斉に刹那めがけて剣を振るってきた。
刹那は意外にも物怖じしないタイプである。無数の刃に決して絶望せず、兵士たちの体に当たらないようにその手に持っている黒い大剣を振った。その瞬間黒い風が吹き、兵士たちの持っている剣の刀身を切り落とした。
「うぁあああ、なんだよこいつ!」
「化けモンだ!勝てるわきゃねぇ!」
「逃げるしかねぇよぉ〜!」
各兵士それぞれ捨てゼリフを吐き、早々に撤退していった。それを見計らっていたかのように扉の向こう側にいる兵士たちが次々と入ってきた。
しかし今度は一斉にかかってくることはせず、刹那を囲むようにして剣を構えた。そして兵士どうし目で合図をし、そのうちの2人が刹那にかかっていった。刹那は慌てずに大剣をふるい、二人の兵士の剣を斬った。そこまではよかったのだが、次に後ろの方から2人かかってきた。大剣を振った瞬間にかかってきたため、再び振るまでには時間がかかる。大剣の強みである重みは、最大の弱点になってしまうのだ。刹那は頭の中で間に合わないということを素早く理解し、大剣を振るのを諦めた。その代わり空いている両足で二人の兵士の体を吹っ飛ばした。それを見計らっていたのか、今度はまわりの兵士4人全員が刹那にかかってきた。刹那の体が床から離れるその瞬間を狙っていたのだ。
どうしようかと考えているうちに体は動いていた。両足で蹴ったときの反動を利用して大剣を振り下ろしたのである。一人の兵士の持っていた剣を真っ二つに斬り、後ろからかかってくる二人の兵士に再び両足で蹴りを入れた。あとの一人はその一瞬の光景に取り残されて動けていなかった。ようやく事を理解したその兵士は悲鳴を上げて逃げていった。
兵士たちはまた広間に入ってくる。またかと刹那は心の中で舌打ちをした。ところが、
「おい!プロミネンス隊長が見えたぞ!早く撤収して来い!」
「ほんとか!はははやったぜ、これで形勢は逆転だぜ!」
扉の向こうの兵士の言葉を聞くなり、出てきた兵士は戻っていった。絶対に自分たちが勝ったということを決めつけた言葉を残して。
その兵士の言葉を聞く限り今度出てくるのはここの兵士長らしい。隊長と言っていたから間違いはないだろう。問題なのはどういう人物なのかである。筋肉で覆われていそうな大男か、はたまたずる賢そうな策士か。
「そこまで。これであなたの快進撃はおしまい」
刹那の想像していたものは全て外れた。扉から出てきたのは自分と同じくらいの女だった。炎を思わせるオレンジの髪の毛。桜色の瞳。綺麗な顔立ちのその女は息を飲むほどの美少女だった。
しばらく見とれていた刹那は、もうその女が武器を構えているのに気がついた。
その女の武器は剣というか、刀のような武器だった。ただ違うのは長さである。普通の刀とは違い長く細い。刀身はぱっと見自分の大剣と同じくらいの長さ。そして刹那の黒い大剣とは対照的に炎のような紅い太刀であった。
女とはできるだけ戦いたくはなかった刹那はいやいや大剣を構えた。もちろん真正面から戦うつもりはない。適当に戦ってからレオの作戦通り逃げるつもりだった。
「言っておくけど、私からは逃げられない。あなたは私に負けてこの城の王妃様のもとにつれて行かれる」
「悪いけど、その要望には答えられない」
言い終わった瞬間、まわりの空気が変わった。ピリッ張り詰めたような感じになり、女の体からオーラのようなものが見え、体が動かなくなった。
{なんだ、これ?動けない}
刹那にはそれが女の殺気というものだということに気がついていなかった。
早くここから逃げ出さねば。本能的にそれを感じ取った刹那は早めに決着をつけるべく女に向かっていった。走り出した足は次第に加速していき、その勢いを利用し刹那は担いでいた大剣を女めがけて振り下ろした。圧迫感で刹那は加減することを忘れていた。
女は自らめがけて振り下ろされてくる黒い大剣を、慌てることなく自分の太刀で受け止めた。
{え!?}
自分の精一杯の一撃をあっさりと受け止められた刹那は驚きを隠せなかった。それよりも、なぜ兵士の持っている剣は斬れたのにこの女の持っているこの紅い太刀は斬れないのだ?
刹那は一旦距離をとり、事態を一旦把握することにした。今の状況からわかることは二つ。
1つは女の持っている武器を斬って戦闘手段を奪うことは不可能。もう一つはこの女には絶対勝てないということだった。
「兵士たちがてこずる理由がわかった。あなた能力者でしょ。私の『神器』で斬れなかったんだから結晶に間違いない」
女はそう言うと今度は自分から刹那にかかってきた。刹那は慌てて大剣を横に構え振り下ろされた太刀を受け止めた。
初めて完全というものを知った気がした。テレビでよく見る達人同士の試合や剣道部の練習など比べ物にならなかった。文字通り無駄がなかった。走ってくる早さも振り下ろしてくるタイミングも全て。
見えない威圧感、物怖じしないはずの刹那の心をあせらす恐怖心、それら二つに駆られて刹那は大剣を構えたとおり横に振り、女の太刀をなぎ払った。
「しかもあなたのは剣術じゃない。ただやみくもにふりまわしているだけ。そんな腕で私に勝てるわけがない!」
そういって再び刹那に斬りかかってきた。今度は大剣で受け止めようとはせず上に跳ぶことで回避した。しかし甘かった。その女も刹那と同じように上に跳んだのだ。体を強化している刹那と同じくらいの高さまで。
その勢いを利用し、女は下から太刀を振り上げた。刹那は手早く受け止めるが、勢いづいた太刀の威力に耐えられず大剣を離してしまった。
大剣は自分の後ろのほうに飛んでいき、取りにいこうものならばたちまち斬られてしまうという距離まで飛ばされていた。
「く・・・・・・・・」
刹那は悔しそうな顔をし、一目散に逃げ出した。このまま捕まるわけにはいかない、レオの作戦をぶち壊すわけにはいかない。刹那は扉のほうに向かって全速力で走った。だが、戦闘手段を失った侵入者を逃がすわけがない。走り出す刹那の足を蹴り、刹那を転ばせた。
「痛たたた・・・・・・、う・・・・・・・」
起き上がった刹那の喉元に女の太刀が突きつけられた。完全に負けだった。
「どうするの?降参?まだやる?」
女は表情を険しくした。逆らえばすぐさまのどを貫かれる、表情からそんな気がしてならなかった。
{だめだ・・・・・・・勝てない・・・・・・・}
戦意を喪失した刹那は「降参だ」と一言つぶやき、両手を挙げた。とりあえず今は命を大事にしなければならない。
それを確認した女は扉の兵士を呼び、刹那をロープで縛るよう命じた。
「ははは、やっぱすげぇやプロミネンス隊長は!!」
「俺たちが勝てなかったやつをいとも簡単にやっちまったしな!」
女が勝ったことを喜びながら刹那たちに近づく。転がっている刹那の体をロープでぐるぐる巻きにし、そのまま王妃のいる間まで連行されていった。
+++++++
かつかつと靴が床を蹴る音が辺りに響く。刹那は腕を後ろにロープでぐるぐる巻きにされ先頭を歩き、その後ろから兵士に見張られているという形だった。
「なぁ」
無言の間に耐えられなくなった刹那は歩きながら女に話しかける。
「何?」
「俺はこれからどうなるんだ?」
「王妃様の前に連れていくの。そのあとにあなたがどこから来たのかとか、なぜこの城に喧嘩を売るようなまねをしたのかとかをじっくり聞くことになる。事情によっちゃ死刑っていうのもある」
「そうか・・・・・・」
「怖い?死人はだしていないもののあれだけのことをしたんだから当然だよ」
「別に怖くなんてないさ」
この言葉は強がりだと女は思った。もしかしたら殺されるかもしれないのに怖くないなどありえないからだ。
「だって少なくともあと少しは生きていられるんだろ?その間に友達のこととか家族のこととかを思い出せれば怖くなんてないさ」
微笑んで刹那は言った。強がってなどいなかった、本当に怖がっていなかった。
変なやつだなと、女は思った。だから言ってやった。
「変なやつ」
「そりゃひどいって」
刹那の顔は前を向いていてわからなかったが、口調から微笑んでいることがわかった。
再び辺りは沈黙し、女と兵士たちは王妃のいる間へと歩いていった。
++++++
「ははは、見たかよあの見事な剣さばき。あんなの絶対真似できねぇよ」
「ほんとほんと。さすが歴代最強兵士長だな。俺たちが勝てない相手でも勝っちまうなんてな」
「今頃王妃様の前に突き出されてるぜ、あの侵入者」
「まったくちげぇねぇや」
すれ違った二人の兵士の会話を聞いていた偽装したレオとリリアは作戦が失敗したことを悟った。
兵士たちは二人の偽装に気づかないまま女兵士長の武勇を語り合っていた。
「ど、どうしよう兄さん刹那さんがつかま痛!!!!」
リリアの大きな声をレオは拳で黙らせた。
「いった〜い。何するのよ兄さん」
「少し声を低くしろ、ばれるだろう」
ああそうかと、リリアは声を低くした。
ふぅとため息をついてレオはどうするか考えた。
「まさか刹那がつかまるくらいの実力者がいるとは思わなかったな。戦闘経験がないとしても一応能力者だから、混乱させて出てくることくらいわけないと思ったんだけどな」
城の前で打ち合わせた作戦。刹那がいやいや引き受けた役は城の中に殴りこみ城内を混乱させることだった。
城の見張りの兵士の着ていた鎧は二着しかないので、誰かが混乱させる役に回らなければならなかった。
戦闘能力のないリリアは論外。リリアを守ると決めたレオも役からはずされる。ということは消去法でいくと刹那が混乱させる役に回ることになる。
手順は刹那が城内に潜入して混乱させ、騒ぎに乗じてレオとリリアが兵士に紛れ込む。ある程度暴れまわったら脱出し、レオが父親の情報をつかむために立ち寄った酒場に向かい待機する。なぜ酒場なのかは、まさか見つかりやすい酒場にいるわけがないという考えの裏をかいたからである。
その間にレオとリリアの二人は城内のマップを頭にたたきこむ。もちろん城内にレオの父親もいるかどうかの確認も忘れない。
マップを記憶したら城を抜け出し、酒場へ向かい刹那と合流する。そのあと刹那の水晶の光と照らし合わせて大体の位置を確認し、再進入し次の世界に旅立つ。というもの。
だったのだが、刹那が捕まってしまったので城のマップを把握する時間がなくなってしまった。
「ねぇ、どうするの?」
「決まってる。助けに行くぞ」
そういうとレオは少し早足で進んだ。向かう先はもちろん王妃の間。さきほどの兵士たちが王妃の前に突き出されていると言っていたからたぶん今向かっている途中だろう。
{世話がやけるな、刹那}
心の中で皮肉を言っているが決して嫌がってはおらず、むしろ世話を焼くことを喜んでいた。