第21話 偽者編9
「お父さああぁん!!!」
亡骸を持って帰り、リリアは大声を上げて泣いた。冷たくなった父親の体にしがみつき、精一杯の悲しみに暮れる。
その姿を見ても、レオは何も言ってやれなかった。自分の勝手な判断のせいでリリアを余計に悲しませてしまった。ひどい罪悪感がはしる。
落ち込むレオに刹那は近寄り、小さな声でレオに話しかけた。
「なぁ、なんか言ってやらなくてもいいのか?」
しかし刹那の声などまるで耳に入っていないように、レオは呆然と立ち尽くしていた。
レオには今、義父である国王の死の悲しみよりも、国王の実の娘であるリリアを死に目に会わせてやれなかった罪悪感の感情が渦巻いていた。
なぜあの時一緒に連れて行ってやらなかったのだろうか。時間をさかのぼることが可能であれば、迷わずリリアを一緒に連れて行くだろう。でも、それは叶うことなどない非現実的な話だ。
自分の勝手なリリアを思いやる気持ちのせいで、リリアの悲しみをより大きいものにしてしまった。いったい今までどれだけリリアを悲しませてきたのだろう。いっそ自分などいなかったほうがリリアのためであったのではないのか?そうかもしれない。いやそうに決まっている。
そんなマイナス思考がレオの頭に巡っているのをよそに、刹那はいつまでたっても慰めないレオの代わりにリリアに近づき、震えているその肩に手をのせる。
「リリア、今は戦いが終わったことをみんなに知らせないといけないんじゃないか?」
刹那のその言葉がリリアの耳に入り、目にたまった涙を手でぬぐい立ち上がった。
「そうだよね。今はみんなに終わったことを伝えないとね」
えへへ、と笑みを浮かべ、レオのほうに近寄る。
「何ぼーっとしてるの兄さん。早く行こ?」
目を真っ赤にしたりリアは、まだ暗いことを考えているレオの腕をつかみ、扉の方に引っ張っていった。
それがスイッチとなり、レオは我に返り悲しみを隠して笑っているリリアに言う。
「お、おい。引っ張んなって」
少し前に考えていたことはもう頭から消えていた。
+++++
「お、おい。どうする?」
「どうするって言ったって、行くしかねぇだろ」
「馬鹿!『王の広間』に入ったら死刑だぞ!」
「そんなこと言ってもあんなでかい音がしたんだぞ」
「そうだ、国王になにかあったら・・・・・」
兵士たちは轟音を聞きつけ、王の間へとつながる王の広間の前でたむろっていた。
城内から王の間に行くためには、その手前にある王の広間に入らなければならないのである。しかし、兵士たちが入ってくるのを嫌ったシャドウは王の広間に入ってくる者を容赦せず処刑し、侵入を禁じた。
そのため、刹那たちが使った隠し通路は王の広間に通じていたため兵士には見つかることなく、レオが『アルテマ』を使って轟音を発生させたときも、処刑されることを恐れている兵士は入って来たくとも入って来れなかったのである。
扉の前でうろうろしている兵士たちをよそに、問題となっている扉はきしむような音と共に開いた。レオが先頭に、次にリリア、最後に刹那といった並び方で3人は兵士たちの目の前に現れた。
「レ、レオ様だ!」
「なんでレオさんがこんなところに」
「くそっ、国王様はどうした!?」
「もうだめだぁ〜、殺されちまう〜・・・・」
動揺している兵士たちにレオは伝えた、先ほど起きた事実を。
「もう、戦いは終わった。親父は死んだ」
「それは、どういうことで・・・・」
「あとで全部教える。今は停戦のことを皆に伝えないといけない。みんな、頼む」
最初に向けられていた恐れと殺意は一気になくなり、兵士たちは各方向へ散って城全体にレオの言葉を伝えた。もう戦いは終わりだ、国王が死んでしまった、と。
そのことはたちまち城全体に伝わり、たくさんの血が流れた戦いの終わりに城の人々は歓喜の声と、皆に愛され、尊敬されていた国王の死の悲しみの声、二つの声が上がった。
城の兵士たちのいざというときの動きはすばやく、何人かが馬の手綱を握りレオたちの拠点の城へそのことを伝えにいった。
時間短縮のため全力で馬の腹を蹴ったためあまり時間はかからず、国王の兵士たちはレオの城の門の見張りの兵士に会うことができた。
もちろん最初は警戒されたが、武器を持っていないし、戦う者の目をしていなかったので国王の兵士はレオの城に無事入ることができた。
話を聞いた大臣はすぐさま移動を開始した。ただ国王の死をまだ知らない人々がパニックを起こすのを恐れた大臣はそのことを伝えず、戦いが終わったの一言だけ人々に伝え王国へと歩を進めた。
人々が全て王国に集まって最初にレオがしなければいけなかったのは事実を伝えることだった。国民全員を城に集め、皆の前でレオは語った。
王が変わってしまったのは別世界の人間がその姿を借りて国王に成りすましていた、その者をなんとか追い返すことに成功した、しかし姿を借りるためには魔力を吸収しなければならないため、魔力を全て奪われた王はそれが原因で死んでしまった(このことについては後にわかるだろう)。
全ての真実を聞かされた国民は驚き、そして悲しんだ。レオの言葉が終えるころには、その場はすすり泣きの声でいっぱいになっていた。誰もが国王の死を心のそこから悲しんでいた。
国の方針は後にまた話す、と最後言い残し、次にやらなければならないことに取り掛かった。刹那とリリアを部屋に呼び、刹那の帰りのことについて話し合う。
「それで刹那、帰れる方法は検討がついているのか?」
「ああ、これが教えてくれる」
そう言って刹那はふところから拳くらいの水晶を取り出した。相変わらず宝石のようだった。
「綺麗、なにそれ?」
「光を当てるとゲートの位置めがけて光が指すんだ」
「へぇ〜、じゃあゲートに入れば刹那さん帰れるんだ」
にっこりと笑うリリア。どうやらゲートに入れば帰れると思っているらしい。
「そういうわけじゃないんだけどな」
小声で言ったため、リリアには聞こえてはいなかった。純粋に信じているのに、わざわざそれをぶち壊すような真似はしたくなかった。
「なんにせよ、ゲートに入るのは明日にしろ。今日は遅いからな」
「わかった。じゃあ遠慮なく」
外を見るともう月が空にあがっていた。まぶたも重くなってきた。
「じゃあ私も寝るね。おやすみ兄さん、刹那さん」
そう言い残すと、リリアは自分の部屋に戻っていった。
「さて、と。俺たちも寝るとするか」
「そうだな。明日は早めに出て行かないと」
二人は寝床についた。レオがろうそくの火を消し、部屋は真っ暗になる。
大きな騒動があってから丸一日が過ぎて、さすがに疲れたのだろう。暗くなるなり刹那の寝息が聞こえてきた。
ふ、と笑い、レオも眠りについた。まぶたを閉じ、夢の中に入っていった。
+++++
「・・・・・・・・・・・」
夢の中にいるはずだったのだ。飛び切り明るく、前日のいやなことをほんのわずかな時間でも忘れさせてくれる夢を。しかし、
「ぐぉおおおおおお、がぁああああああ」
「・・・・・・・・・・・うるさい・・・・・・・」
刹那のあまりのいびきのうるささに寝るに寝られなかった。
子どもの頃からだったのだ。疲れがピークに達すると、すさまじいくらいのいびきをかくのだ。何度母親をたたき起こしたかわからない。ひどいときは近所から苦情がきたものだ。
眠れないレオはとりあえず部屋から出た。起きているにしてもこんなうるさいところにはいたくない。
刹那が目を覚まさないようゆっくりとドアを開け、(大きな音で開けても起きるわけが無いのだが)レオは外に出る。
夜の城は少し不気味だった。やっぱり夜でも見張りはいて、たいまつがゆらゆら揺れているのはあまり綺麗なものではなかった。
しかし、空を見上げてみると城の炎とは逆に、綺麗な星空が広がっていた。夜風も吹いていて気持ちの良い夜だった。
ふらふらとそこら辺を散歩してみる。暗いけどうっすら見える廊下、ろうそくで明るくなっている階段、ついにはある部屋のドアの前まで来てしまった。
「・・・・・・あ、来ちまったか」
そこは紛れも無い、義父の死体がある部屋。
無意識のうちにここまで来た。明日にはもう姿が見れなくなる。だから今のうちにしっかりとそれを目に焼き付けておこう、というレオの中の感情がここまで足を運ばせていた。
そっとドアノブに手を置き、くるりと回してドアを開いた。この世界には通夜の習慣は無いらしく、棺桶に入って目を閉じている義父のそばには誰一人いなかった。
近寄れなければ姿は見えない。レオはゆっくり歩を進め、永眠している義父に近寄った。表情は最初見たときと同じ、安らいでいるような顔だった。
その姿を見てふと気がついた。
{そういえば、手紙もらってたっけ}
ズボンのポケットを探り、シャドウの目を盗み必死で書いた手紙を取り出す。封筒に入っているわけではなく、白い紙を2回折りたたんだだけの質素な手紙だった。
月明かりのある窓に向かってぺら、とめくり、義父の残した手紙、いや遺書を読み始める。
「この手紙を読んでるころには、俺はもうこの世にいないだろうな。
レオ、多分お前が真っ先にこの手紙を読んでいるだろうと思ってお前宛に書いた。本当はリリア宛にも書きたかったんだが何よりも時間がなくてな。
まぁ、前置きはこのくらいにしておこうか。実はレオ、お前は俺の息子ではない。昔話した俺の親友の息子なんだ。あいつはお前が生まれてすぐに別の世界に行きやがった。『すまない、俺は行かなければならない』の一言だけ残してな。
レオ、お前はお前の本当の父親を探すために異次元に旅立たないといけない。俺がいなくなってからの国は大臣に任せればいい。もちろんリリアは連れて行くなよ、あいつには関係がないからな。
お前の父親の特徴を書いておく。あいつはリリアと同じで散弾銃、つまりショットガンの使い手なんだ。もちろんあいつのショットガンは結晶だ。普段は持ち歩いてはいない。それと、あいつの結晶の能力は『弾自動装填』だ。なくなったら自動に弾を補充するっていう能力だ。顔もお前と似ているからすぐわかるだろう。
あとは、俺のふところに入ってる銃のことだな。餞別にくれてやるよ。それは神器っていってな、唯一結晶に対抗できる武器だ。結晶からしてみれば鉄なんて棒切れ、紙切れに過ぎないからな。
神器は全部で12ある。神器はそれぞれ対になっていて、武器が10、防具が2という割合でできている。お前に渡す二丁の銃は『神爆銃』っていう名前だ。黒い方が闇、白い方が光をつかさどっているらしい。
まぁ、こんなもんかな。お前に伝えることは。あ、忘れてた。
お前の父親の名前は、ゼロ・ヴァルヴァット、だ。肝心なことを伝えるのを忘れてたぜ。
今度こそ全部伝え終わったな。それじゃ、リリアによろしくな」
紙切れいっぱいに書いた小さな文字を読み終え、レオはため息をついた。
「何が全部伝え終わった、だ。肝心な旅立ち方が書いてないじゃないか。」
まぁいいか、と再びため息をついた。異世界を飛び回っている刹那という客人がいるのだから。
{これも何かの縁かな}
そう思って苦笑する。一緒に行かせてくれなんて言ったらどういう顔をするだろう、想像しにくいのこの上なしである。
「あれ?兄さん?」
不意に後ろから声がかかった。振り向くとランプを片手にリリアが立っていた。ドアは開け放していたため、音はしなかった。
「なにしてるの?こんな夜中に」
「ああ、刹那のいびきがあんまりうるさくてな。散歩ついでに親父の顔を見に来たんだよ」
「そうね。明日でもうお父さんの顔見られなくなっちゃうもんね」
顔は笑っているものの、その笑みはなんだか悲しかった。リリアはゆっくり父親に近づき、その安らかな顔を見た。
「もう、喋らないんだね」
「ああ、もう喋らない」
「もう、一緒にごはんも食べられないんだよね」
「ああ、もう一緒に飯も食えない」
「もう、一緒に・・・・・・うう、ううう・・・・・・」
空いていたもう一つの手で目を隠した。嗚咽を聞いたレオはなんともいえない気持ちだった。リリアのこんな姿を見るのは嫌だった。
そっとリリアの後ろに立ち、優しく、しっかりと抱く。今はただ泣いているリリアを包んでやりたかった。リリアも拒むことはなく、レオに抱かれたまま悲しみに浸っていた。
+++++
「くすん・・・・くすん・・・・・・」
「だいぶ落ち着いたか?」
「うん、もう大丈夫」
「そうか」
落ち着いたのを確認したレオはまわしていた手を解いた。リリアは少し残念そうな顔をしたが、レオは見て見ぬふりをした。
そうだ、とレオは手に持っていた手紙をリリアに手渡した。リリアはきょとんとしてレオの顔をのぞく。
「何この紙?」
「親父の遺書だ。俺宛だけど、お前にも見せないといけなくてな」
へぇ〜、とリリアは手紙を拡げ読み始める。レオは事実を知ったリリアを見るのが怖いのか部屋を出ようとした。
「最初に言っておく。お前は来るな」
「え?」
何のことだかわからないリリアは思わず声をあげた。構うことなく、レオは部屋から出た。何も知らないリリアを残して。
レオがいなくなり、手持った手紙に目を通す。最初は悲しい表情をしていたが、徐々に驚きの顔になっていった。
「それでか。兄さん・・・・・・」
全てを知ったリリアはぼー、としていた。おそらく明日刹那と共に異世界に旅立つのだろう。自分が行くと言っても絶対に許してはくれないだろう。だけど、
{私も行きたい}
そう思ったリリアは部屋を飛び出した。夜の通路を走り、自分の部屋へと帰っていった。
余談だが、レオは刹那のいびきで一睡もできなかった。
+++++
翌朝、刹那はのんきに朝食を食らっていた。目の下にくまができているレオを差し置いて。
「どうしたんだレオ?そんな顔して」
「お前のいびきのせいだっての」
すこし皮肉っぽく刹那に言う。言われた刹那は少し申し訳なさそうに頭をかき、「やっぱりかぁ」と一言漏らした。その言い方からだと自分で自覚はしているらしい。
レオも刹那の向かいの席に腰を下ろすと皿の上にあったパンに手を伸ばした。刹那との中間に置いてあるジャムの入ったビンを手に取り、スプーンですくってパンにつけた。
「今日でお別れだな」
すこし寂しそうに刹那がレオに言う。まだレオのひそかな決意をしらない刹那は紅茶に口をつけた。口の中のパンを飲み込んでから刹那にさらっと告げる。
「ああ、そのことなんだけどな。俺も一緒に行くから」
「は?」
何気なく言ったレオの言葉が信じられず、疑問符を浮かべる。
事情を知らない刹那にレオは、国王は自分の本当の父ではないということ、本当の父親は別の世界にいるということ、全て刹那に告げた。
刹那は驚いた顔をして聞いていた。しかし聞き終えると笑ってレオに言った。
「じゃあ改めてよろしくだな」
「ああ、そうだな」
「ところで、リリアはどうするんだ?」
そう言った瞬間、レオは黙ってしまった。刹那には理由がわかっていた。ここに置いていくつもりなのだろう。
そのまま無言の食事が続き、皿の上のパンを全てたいらげた刹那は席を立った。
「よし、それじゃあ俺ゲートの位置を確認してくるよ。レオはどうするの?」
「俺も準備っていうものがあるからな。荷物をまとめてるよ」
わかった、と返事をし、刹那は食堂を出て行った。
刹那の姿を見届けた後、レオはリリアのことを考えていた。義父の残した遺書にも連れて行くなと書かれていたし、連れて行くべきではない、自分でもわかっている。しかし、自分のどこかで連れて行きたいと思っている自分がいた。一緒にいたい、でもリリアのことを考えればここにいてもらうのが一番だ。
そう自らに言い聞かせる。あいつを危険な目に合わせるわけにはいかない。
「よし」
席を立ち、自分の部屋に向かう。まずは準備だ。その後に大臣にこの国のことを頼もう。あとリリアのことも。さすがに刹那の事情に合わせるわけだから義父の葬儀には立ち会えない。おそらく、葬儀の前に出ることになるだろう。
そう考えながら自分の部屋に到着したレオは色々荷物をまとめた。といってもあまり多くの荷物は持たない。邪魔になるだけだから。換えの服と非常食、応急処置の道具が入っている救急箱。これだけあれば充分だった。これらをバッグに詰め、そして背負う。
「次は、服装か。さすがにこれじゃな」
もう用のない部屋を後にしてレオは自分の服装を見る。半袖のシャツにズボン、本当に軽装だった。これでは命がいくつあっても足りない。
そう判断したレオは武具庫へと足を運んだ。扉を開けると様々な防具、武器が立てかけられていた。鉄でできた鎧、両刃の剣、重すぎる鎧はかえって役にたたないし、武器も義父の形見である『神爆銃』があるので必要ない。
{確か奥のほうに・・・・・・・・お、あった}
奥には一昨日リリアに持って行ってやった胸当てと同じタイプのものがズラリと並んでいた。胸当てだけなら鎧よりも軽くなるし、急所である心臓を守ってくれる。必要最低限の装備以外は重くて邪魔なだけ。
大きいサイズから順番に見て回る。最初に手に取った胸当てには驚かされた。軽く幅が1メートルくらいある。相撲取りがやっとこ着れそうな一品であった。
その後も異常なサイズに驚かされたが、どうにか自分ピッタリの胸当てを見つけた。少し喜んだ顔でそれを手に取ろうとする。たくさんある中でやっと見つけたのだから喜ぶのは当然だ。
念願の胸当てを手に取ったその瞬間、ぼろりと胸当てが崩れ落ちた。
「な、なんで崩れるんだよ」
あわてて崩れた胸当てを拾い、理由を確かめる。
おかしい。錆びて崩れたのだったらまだわかるが、どこも錆びてなどいない。ためしに外の方をコンコンと手で叩いてみるが綺麗な鉄の音しか返ってこない。
絶対におかしい。今度は中の方を叩いてみようと持ち上げる。
「なんだこれ?」
胸当ての中の方に文字が書いてある小さな紙切れが貼ってあることに気付く。ぺら、と紙をはがし、字を読んでみる。
「私を置いていく兄さんの胸当てなんて壊してやる!」
見てやっと納得した。これは自然に崩れたわけじゃなく、置いていくことに怒ったリリアが壊したのだと。
原因はわかったものの、防具はどうすればいいのだろう。と、レオはため息をついた。小さい胸当ては窮屈だし、大きい胸当ては動いているときに動いてしまって邪魔だ。
う〜ん、と首をかしげ、そして考える・・・・・のをやめた。自分の都合で刹那を待たせるわけにはいかない。少々心もとないがこのかっこうで行こう。
そう頭の中でまとめ、武具庫から出た。次にやることはこの国を大臣に任せると伝えることだった。さすがに反対されるだろうが、義父の遺書で行かなければならないとでも言えばOKしてくれるだろう。
歩き出したレオは廊下を通り、階段を駆け下り、王の間の大臣のところまで歩いていく。場内はもうにぎわっていて、武器の片付けやら、国民の人数確認やらで人がたくさんいた。まだ安定していないこの国を大臣に押し付けるのはさすがに悪い気がしたが、刹那と一緒にいかないとゲートの場所がわからないので、この期を逃すわけにはいかない。
そうこう考えているうちに王の広間についてしまった。
「あ、レオ様。おはようございます」
「おはようございます、レオさん」
門番というか、見張りの兵士のあいさつがレオの耳に入り、反射的に言葉を返す。
「ああ、おはよう」
二人の見張りはさっと後ろを向くと扉を開き、ぎぎぎと音がする扉にレオ迎えいれる。
「さ、どうぞ」
そういうとレオは広間に入っていった。相変わらずそこは広くて、これからまたしばらく見れなくなると思ったら少し寂しくなった。
広間をぬけ、王の間にたどり着いたレオは扉を開ける。ここもやっぱりぎぎぎという音がして、いかに年季が入っているかということを教えてくれた。
王の間には大臣、それから3人ほどの上級の兵士、それからむくれたリリアがいた。
{まいったな・・・・・・・・}
伝えるにしても、リリアがいるのではやりづらい。それもかなり。
大臣に伝えているときにきっ!とにらまれたのではたまったものではない。
はぁと深いため息をつき、大臣に歩み寄る。大臣は話に夢中で気付いていないようだが、リリアは真っ先に気がつきこっちを見て、すぐにそらした。ははは、と心の中で苦笑した。大臣たちの話は終わったようで、3人の上級兵士は軽くあいさつをし、そのまま出ていった。
それがきっかけだったのか、大臣はやっとレオの存在に気付いたようだった。
「ああ、レオ様。国王の葬儀のことについて話し合っていたんですが、どうも場所の配置が決まらなくてですねぇ・・・・・・?」
長年見てきたレオの表情が曇っていた。言うのをためらっていて、しかし伝えようと口のなかでもごもごしている。視線は自分、それとリリア。ちらちらリリアを見ては視線を戻し、再びリリアに目線をやる。
そしていよいよ決意したのか、レオは口を開いた。
「あのな、爺・・・・・・・」
「わかってますよ、言わなくても。刹那さんと行くんですよね?」
言おうと散々悩んでいたのにあっけなくばれてしまっていた。自分は言った記憶はないのだが・・・・・・
「あ!」
気がついてリリアのほうを見る。刹那と行くという事を知っているのは自分とリリアだけ。自分が大臣に言ってないとすればリリアしかいない。
レオと目が合った瞬間、少し赤くなってリリアはぷぃと顔をそらしてしまった。その様子をふふと笑って大臣は話を続ける。
「飲み込みが早いことは良いことです。わかっている通り、リリア様が私に教えてくれたんです。兄さんが刹那さんと行っちゃうからって。理由を聞いたら父親を探しに行くっていうから驚きましたよ。てっきり本当の親子だと思っていましたからね」
笑いながら言う大臣を見てすこしレオは安心した。とりあえず話しがこじれることはない。
「とりあえず、国王様には悪いですが、刹那さんを待たせるわけには行かないでしょう。ただし顔だけは見てからにしてください。装備の方も、国王様のお下がりがありますので大丈夫でしょう」
お下がりというのはたぶん昔の賞金稼ぎのときのものだろう。
国のことも葬儀のことも装備のことも整った。あとはリリアのことだけだった。
{たぶんわかってくれるよな}
手紙には連れて行くなって書いてたし、言い方は冷たいが異世界に旅に出ることはリリアには関係ない。大臣も国王の娘、言ってみれば跡継ぎとなるリリアを危険な目に合わせるわけにはいかないはず。
話しを切り出そうとしたレオだったが、その前に大臣が口を開いた。
「あ、そうそう。この国の指揮を私に任せたいのであればリリア様は連れて行ってくださいね。国王の娘であるリリア様がいたら誰も私の言うことなんて聞かないですからね」
「!?」
「!?」
驚いたのはレオだけではなかった。大臣に頼んでいないことを言われたリリアのほうも驚いていた。
「で、でも、親父の遺言じゃ・・・・・・・・・
「別に構わないですよ、置いていっても。そのかわり、私は政治等には関わりませんのであしからず」
汚い、実に汚い手だった。一人で行けば国は安定する確率はがくっと落ちる。かといってリリアを危険な目にあわせるわけにもいかない。もちろん遺言のことも含めてだが。
「さぁ、どうします?連れて行きます?置いていきます?」
少しいたずらに笑みを浮かべ、レオに問い詰める。レオはどうすればいいのかわからず、ただ困惑していた。こんなレオを見るのはずいぶん久しぶりだ。
「何も難しいことではないでしょう。リリア様を連れて行って、あなたが守れば良いだけの話なのですから」
言うとおりだった。自分が守ってやればいいことなのだ。リリアに危害を加えるやつから守ってやればいいだけの話。だが、
{それだけの力が俺にあるのか?}
自分の技量に自信がない。いや、ついこの間までは確かにあった。義父から伝授してもらった知恵、戦闘。自分の戦い方は義父の戦い方だった。自身がないはずがない。
でも、リリアを守る、と聞いただけで自信がいっきに崩れてしまった。もし、もし敵の攻撃を防ぎきれず、リリアに傷を負わせてしまったら。きっと自分は壊れてしまうだろう、リリアの傷を見ながら悲しみと悔しさと怒りで自我が崩壊するだろう。それが、怖い。
考えている兄を見て、リリアはレオのほうに歩み寄った。
冷静で、センスもある。優しいし、頼れる人。でも、知っているのはそれだけじゃない。少し涙もろくて、自分のことになると頭に血がのぼってしまう。そんな人の考えなど、顔を見ただけで一発でわかる。
いま兄は不安の淵に立たされている。暗く落ち込んだ顔をしているのが何よりの証拠だった。おそらくは自分のことだろう、大臣の言葉で表情が変わったのだから間違いない。
近寄った兄の手を取った。
「!?」
急につかまれたことで正気に戻ったレオは、手を握っているリリアの顔を見る。おそらく、いままでで一番強い顔だった。
ぎゅっと強く握るリリアはレオに言った。
「大丈夫、兄さんは世界一のナイトだから。きっと守ってくれるよ」
えへへと、だらしなく笑う。先ほどまでの強い表情はどこへ行ってしまったのか。
「当たり前だろ?俺に勝てるやつなんていないさ」
どうやらリリアの笑みには不安を取り除く効果があるらしい。笑顔のリリアを見ているとそんな気がしてならかった。
+++++
その場がひとまず落ち着いたところで大臣は国王の賞金稼ぎのころに身につけていた装備を持ってきた。ざっとみて、青みのかかったマント、少しサイズの大きい黒いズボン、それと赤いヘアバンド。胸当て、皮製のホルスター、以上の5つ。
「こんなもんですかね。ホルスター以外は全てミスリルが織り込まれています。鉄でできている武器であれば傷さえつけられないでしょうね」
「ああ、ありがとう。ありがたく使わせてもらうよ」
言うなり、レオはさっそく防具を装着し始めた。胸当てはつけたことがあるが、ヘアバンドだのマントだの、一度も装備したときのないものもあった。必要最低限の防具しかつけないレオにとっては貴重な経験だった。
長い前髪を押さえるヘアバンドをつけ終わり、最後にマントを羽織る。その姿は騎士というよりも旅人みたいな感じだった。まぁこれからその旅人になるのだが。
「似合ってますよ。とても良く」
にっこり微笑みながら大臣はレオの姿を素直に褒めた。レオはその言葉に少し顔を赤らめ、それを隠すように自分の頭を掻いた。
「あの〜・・・・私のは?」
はっとしたようにリリアのほうを見る。レオの装備は国王のものでよかったものの、リリアにはお下がりの装備がない。さすがに私服のままで旅をさせるわけにはいかない。
はぁとため息をつき、自分のマントをリリアに渡そうとするレオの手を大臣の手が止めた。
少し驚いた表情で大臣の方を見る。何を考えているのか、にやにやと笑っている。
「そうですね。リリア様にはこれを差し上げましょう」
そう言うと、大臣は自らのローブを脱ぎ、リリアに手渡した。手渡された本人のリリアはどうすればいいのかわからず、きょとんとした顔で大臣を見ている。
「そのローブにもミスリルが織り込まれています。戦闘には参加しないのですから、身を隠していればそれだけでも何とかなるでしょう」
大臣の言葉が終わったあと、すぐさまリリアは大臣のローブを身につけた。少し大きかったが、あまり気にするほどでもない。大臣の体も大きいわけではないのだ。
身につけたリリアは腰に両手をやり、どうだ!のポーズをレオに見せてふふふと笑う。
「似合う、兄さん?」
「・・・・・・」
「あ〜、かわいい妹の姿に声も出ないってこと〜?」
「馬鹿言ってないでとっとと行くぞ。刹那が待ってる」
そう言うと、扉の方に向かって歩き出した。異世界への旅立ちとなるその扉めがけて。
「あ〜、待ってよ〜」
慌ててレオの後を追うリリアだがその足はすぐに止まった。レオが大臣のほうを向いていたからだ。
いままで散々迷惑をかけてきた一番信頼できる側近に、言わなければならない言葉があった。それを察知したリリアもレオの隣に並ぶ。
「いってきます」
「いってくるね」
不意のことに少し意表を突かれたが、すぐに顔が緩み笑顔になった。
「いってらっしゃいませ。二人とも」
+++++
ドアを抜けた先に刹那がいた。どうやらゲートの発見が終わったらしい。
「待たせた」
「行こ、刹那さん」
リリアは連れて行かないと言っていなかったか、と口には出さず心の中でつぶやきレオのほうを見た。刹那に見られたレオは目線をそらし、頬を掻いていた。
最後にはリリアもついてくるだろうと刹那は予想していた。城に潜入する際も結局はリリアも連れて行ったし、今度もなんとかリリアか大臣にうまく言いくるめられるだろうと、なんとなくだがわかっていた。
まぁいいかと、レオたちにゲートに場所を告げる。
「ゲートは屋上にあったよ。早く行こう」
「ああ、悪いがもう少し待ってくれないか?親父の顔を見ておきたいんだ」
そういえば葬儀は今日だったのだ。だがタイミングが悪いことに、今日自分が行くのでレオとリリアは国王の葬儀には出られないのだ。
「ごめん、よりによって今日で・・・・」
「いいからいいから。刹那さんも来てくれるよね」
落ち込んだような暗い顔をした刹那にリリアは笑いかけた。
刹那はこくりとうなずくことで了承した。
一同は国王の遺体のある部屋に向かった。廊下から見える中庭の兵士や国民は葬儀の準備やなにやらで相変わらず動き回っていた。
その廊下を通り過ぎ、階段に差し掛かる。最初にいた城の階段とは違ってほこりが落ちておらず、誰かが掃除したのか清潔に保たれていた。
やがて、ある部屋にたどり着いた。国王の遺体がある部屋だ。レオはドアノブに手をかけ、内開きのドアを開けた。レオを先頭に部屋に入った3人は国王の元へと近づく。国王は死んだときと変わりなく、苦しみから解放された安らかな顔をしていた。
「親父、行ってくるよ」
「お父さん。遺言に背いちゃうけど、兄さんと一緒に行くね」
しばらく国王の顔を見て、レオとリリアはつぶやいた。それからしばらく目を瞑り、父との思い出を振り返った。
「よし、行こう」
レオが立ち上がるのと同じく、リリアも立ち上がった。
「もういいのか?まだいいよ」
「いや、大丈夫だ。あんまりこうしてるといつまでも行けなくなるからな」
「そうだね。行こ」
3人はドアのほうに歩いていき、部屋を出る。最後に出るリリアは出る際に少しだけ父親の方を振り返り、ドアを閉めた。
+++++
「ここでいいんだな?」
「ああ、確かに光が指してる。間違いないよ」
屋上に着き、刹那がふところから出した水晶の光が空を指していた。光は空中で途切れていた。途切れ始めているところがおそらくゲートになっているのだろう。
「これで帰れるね。刹那さん」
相変わらず笑みを浮かべて、リリアは刹那方を見た。
レオはこのゲートが刹那の世界につながっているとは限らないということを知っていたのだが、リリアはそれを知らず本当にゲートを通れば刹那の世界に行けると信じていたのだ。
「あの・・・リリア、このゲートを通れば帰れるわけじゃないんだけど・・・」
「え〜、刹那さんの世界に行けないの?」
「たぶん、ね・・・・・」
それを聞くと、リリアはがっくりとうなだれ、つまんな〜い、と一言漏らした。
純粋に信じていたリリアに事実を伝えるのは少々気が引けたが、ゲートの先で絶望させるよりはまだましだろう。
刹那はゲートの位置を記憶し、水晶をしまった。いよいよこの世界から旅立つときが来たのだ。頭の中で黒い霧をイメージし、次に大剣をイメージする。やり方はもう覚えていた。刹那の体から出た黒い霧は大剣の形となり、刹那の手に握られる。記憶していたゲートの位置めがけて刹那は大剣を振り下ろした。
とたん、ごごごと音と共に空間に亀裂が入り、空間に穴が開いた。
「さ、早く入ってくれ」
刹那の言葉を聴いた二人はゲートの中に飛び込んだ。刹那もその後に続く。
3人が入り込んだゲートは、何事もなかったかのように閉じた。
+++++
「もどったぜ〜」
「おかえり、シャドウ」
片腕をなくしたシャドウが入ってきたのは薄暗い部屋。大きさはだいたい体育館くらいで、奥の方に巨大なカプセルと成人する前くらいの男がいた。
「どうしたのその腕!早く治療しないと!」
男はシャドウの腕を見るとすぐさま駆け寄ってきた。しかし、シャドウは残った手で駆け寄ってくる男を制した。
「おめぇは部下の心配なんざしなくていい。腕くらい修復室ですぐ治る。それより他のやつらは?」
男は納得のいかないような顔をしていたが、口を開きシャドウの質問に答える。
「みんな中心世界にいって『罠』を張ってるよ。とりあえず『捕獲』じゃなくて『確認』だけで帰ってくるように言ってあるけど」
さっきよりも少しきつめの目をして、男はシャドウに言った。
「あまり無理はしないでって言ってるでしょ。一人でも欠けたら駄目なんだから」
ふん、と鼻で笑い、シャドウは部屋の扉へと歩いていった。
「おめぇのためならなんでもやってやらぁ。死ぬようなことでもな」
「シャドウ!!」
出て行くときに言った言葉に、男はシャドウの名前を叫んだ。シャドウは振り返りもせず、その部屋から出て行った。
偽者編、終了です。
いかがでしたでしょうか?何も知らず、ただ戦いを繰り広げていた哀れな世界のお話は?
さて、刹那にも仲間ができましたね。レオ・ヴァルヴァット、リリア・ヴィンスタール。
それと同時に出てきた神の使いを名乗る男、シャドウ。
この人物達は、これから刹那の運命にどう関連してくるのか・・・・・
さて、次回の物語は女兵士長編です。どうか、お楽しみを。




