第19話 偽者編7
湿っぽく、生温かい空気。それが確かに存在している通路を歩いていた。歩き始めたからもう20分程度は経っているだろう。夏休み、ひたすらマンガばかり読みあさっていた刹那はいい加減足が疲れてきた。
「レオ、まだか?」
相変わらず地面には少量の水がたまっていて、歩くたびにびちゃびちゃと耳障りな音が当たり一面に響いた。レオは刹那の方を見て笑った。
「もうそろそろだ。疲れたか?」
正直に言いたかったが、馬鹿にされるのが嫌だったので首を横に振った。そうか、と一言刹那に言い、再び歩き始める。
が、ほんの10歩程度歩いたところで通路は行き止まりになっていた。
「着いたぞ。ここだ」
そう言うなり、左手で通路の石ブロックを押す。すると、先ほどと同じく行き止まりの石ブロックが左右に動き、明るい光が目に飛び込んできた。ランプの明かりで目が慣れていたので眩しいとは感じなかった。
レオが腰のホルスターから銃を取り出した。弾はすでに装填してあるのだろう、そのまま光に吸い込まれるようにして通路を出た。辺りを見回してみる、どうやら兵士はいないようだった。
「よし、出てきていいぞ」
ひとまず大丈夫、ということなのだろうか。刹那とリリアはあの生温かく、湿っぽい通路から出た。刹那たちの目には広間が飛び込んできた。隠し通路のつながっていた場所はレオの部屋の扉と同じくらい大きい扉の前だった。おそらく、この中が『王の間』なのだろう。レオは銃からマガジンを取り出し弾を確認している。
リリアは背中に手を伸ばした。するすると黒く長い物体が取り出された。世間一般から言うと散弾銃、ショットガンと呼ばれるものだった。バッグの中から弾を取り出し、セットする。ジャキッ、という音が響いた。
二人の戦闘準備を見て、刹那も大剣を形成した。通路の暗闇に良く似た黒色の大剣を。
「よし、行くぞ」
声と同時に扉に手をかけ、押した。ぎぎぎ、ときしむ音がし、ゆっくりと扉が開いた。人一人が入れるくらいに開いたとき、それ以上は開けないでさっと入った。扉を限界まであけてしまうと万が一兵士が気付いたときに、扉を閉める前に入られてしまう可能性があるからである。刹那とリリアも後から続いて入る。
体育館ほどの大きさの王の間の玉座に座っている一人の男が見えた。全ての原因となっている一人の男。
「親父ぃ!!」
そう叫んだのはレオだった。レオの座っていた玉座よりもはるかに立派な玉座に腰掛けている国王は、自分のことかと言わんばかりの声を出す。
「あ〜ん?なんだ〜、てめぇ〜?」
「!?」
違った。自分の知っている父親ではないことは明白だった。口調が違うし、それに自分の息子をてめぇ、とはき捨てたのだから。
しかし、衝撃な言葉を吐かれても、レオの頭の中は冷静だった。その言葉のおかげでわかったことがある。
「お前は、誰だ?親父じゃあないな?」
自分の考えが正しければ、玉座に座っているのは父親である国王ではない。別の誰かだ。
レオの問いに、少し笑みを浮かべた国王。その笑いは冷たく、おぞましささえ体に走る。
「あ〜、『こいつ』の息子かぁ〜。顔なんか見てねぇからわかんなかったよ」
変なことを言っている。刹那の頭は混乱する。親なのに自分の息子の顔を見ていない。そんな馬鹿なことがあるか。リリアは驚いたように目を開いていた。おそらく、リリアも刹那と同じことを考えているのであろう。
だが、レオだけは違った。刹那とリリアの考えていることとは違うことを考えている。表情を変えることなく、再びレオは問う。
「お前は誰だ?」
クククと小さく笑い、国王は玉座から立ち上がった。
「俺は、神の使いさ」
その言葉に一番反応したのは刹那だった。
神の使い、異世界に来る前に接触した男はリバーと名乗っていた。その男もまた神の使いだ、と言っていた。その男のせいで異世界に飛ばされたといっても過言ではない。
立ち上がった男はにやりと笑うと、全身が真っ黒に染まった。一同が驚いていると、その黒くなった男の形が少し変わり、国王とは違う、一人の人の形となった。少しづつまた黒くなった男は、人の色を取り戻していった。完全に人となった黒い男は、国王とは違う髪、顔、体をしていた。
「名をシャドウ、ある器を壊すために張られた罠さ」
「罠、だと?」
この言葉ばかりはさすがのレオも理解できなかった。
「ああ、罠だ。これ以上しゃべる義務はねぇ。罠の存在を知られたからには死んでもらうしかねぇな〜」
灰色の髪、黒い目をした男は拳を握り、少し体勢を低くした。
「ちっ!」
右腕の銃をシャドウめがけて撃った。充分離れているため確実にかわされる。撃った理由はシャドウの攻撃をよけるときの様子を見るため。それがわかればなんらかの欠点が見える。はずだったのだが、
「ぐ・・・・」
「!?」
充分よけれる距離だったにもかかわらず、シャドウはレオの弾をかわしていなかった。
おかしい、明らかにおかしい。よけなければ致命傷になるだろう胴体を狙ったのに、自ら当たりに行ったかのようにも見えた。
シャドウは撃たれた胸を押さえ、その場にうずくまる。
{これって、チャンスじゃないか?}
そう思い、飛び出していったのは刹那。もちろん剣で斬るようなことはしない、少しばかり殴りつけおとなしくさせるつもりだった。
「おい、刹那!うかつに近寄るんじゃ───
「おせぇよ」
途端、近づいてきた刹那にシャドウは拳を放った。罠だった。
「ぐふ・・・・・・」
拳は刹那の腹をえぐり、刹那は吹っ飛ばされた。少しばかり空に浮いたかと思うと床に体を打ち付けられ、動かなくなった。
「あ〜あ〜、かなり手加減してやったんだけどな。死んだか?」
刹那の腹に突き刺さった右手をひらひらさせ、冷たく笑って答える。
「リリア!!」
そう言った瞬間にリリアはうつぶせになっている刹那に近づき、その体を起こした。少し口から血を吐いているが息はしていた。かろうじて生きていたものの、応急処置をしないと後遺症が残ってしまうかもしれない。
レオの顔色をうかがう。リリアの顔を一瞬だけ見て、連れて行けと暗黙の指示をした。
それを受け取ったリリアは刹那の体を背負い、元来た道を戻り扉を閉めた。
「なんで追わなかった?」
「今からやることのほうが楽しそうだからよ」
そういうと、シャドウは玉座を蹴りレオのほうに跳ぶ。
さっと銃を構え、後退しながら2発銃弾を放つ。やはりかわすことなく、弾丸はシャドウの体に突き刺さった。しかしダメージを受けた様子もなく、シャドウは猛然とレオに突っ込んでいった。
「んなもん効かねぇよ」
右腕を振りかぶり、レオに向かって拳を叩き込んだ。しかし、レオのほうも慌てることなく必要最低限の回避をする。が、それは間違ったよけ方だと知ることになる。
レオにかわされた拳はそのまま床に向かっていき、拳が床に触れた瞬間、何の音かわからない大きな音が辺りに響き、床に半径2メートルのクレーターが出来上がった。
「!!!」
必要最低限の回避しかしていないレオは完全に意表を突かれ、そのクレーターを作った威力に巻き込まれてしまった。倒れた体をすぐさま起こし、シャドウとの距離を保つ。
「相手の力量わかんねぇのに、んな小せぇ回避してっからだよ」
まるで獲物をじりじりと追い詰める肉食動物のような冷たい目をレオに向ける。
それを振り切るかのようにレオは銃弾を放つ。が、
「わかんねぇかなぁ〜
人差し指一本で弾丸は止められた。
「なっ・・・・・・!!!」
驚かずにはいられなかった。銃弾を指一本で止めた、いや、ただならない速度で向かってくる弾を正確に止めていることに。
驚いているレオを無視してシャドウは止めたレオの弾をじぃと見つめる。
「な〜んだ。弾が悪いんじゃなくて銃のほうか」
そう言うと弾を放り投げ、再びレオに接近する。レオも弾を止められたことにショックを覚えて少し動けなかったが、かろうじてかわすことができた。
相手が背を向けているその一瞬を狙って残り2発の弾丸を浴びせる。しかし、シャドウはまるで答えた様子がなく、冷たい笑顔を顔に貼り付けたままレオに突っ込む。
「くそっ!!」
突っ込んでくるシャドウをかわして、レオはマガジンを取り出して弾を補充した。さっきのただの鉛弾ではない、すこし特別な弾を。
ジャキンと音をたてすぐさま自分に背を向けている無防備なシャドウに狙いをつけ、撃つ。
「これならどうだ!!」
飛んでいった弾は見事に命中した。瞬間、
ボオン!!!
爆発がおき、爆風がシャドウの体を包んだ。
さすがにこれは効いたであろう、とほんのわずかな安堵に浸った。しかし、
「ん〜ん、やっぱ鉄くずで出来た銃じゃ、弾の威力10分の1も引き出せてねぇな」
爆風の中、炎が体を包んでいるのにも関わらず笑みを浮かべている人間、いや、化け物が平気で弾の感想を述べた。
信じられなかった。たった一発で300の人間を殺すことができる弾なのに、シャドウにはダメージすら与えられなかった。もう打つ手が、なかった。
「さ〜て、今度はこっちから攻めるぜぇ〜」
冷たい目から、殺しの目に変わった瞬間だった。
さきほどのむやみな突っ込みのスピードをはるかに上回る速さで突っ込んできたのだ。あまりの速さにレオは反応ができなかった。
「か・・・・・は・・・・・」
すさまじい速さで勢いづいた拳がレオの腹に直撃し空に舞う。結晶化をして肉体の強化をしているとはいえシャドウの攻撃は重く、息をするのも苦しかった。10メートル高く舞ったレオに更なる追撃が加わった。地上にいたはずのシャドウが空中のレオのところまで跳び、がら空きの背中に重い拳を放ったのだ。
「がは・・・・・」
勢い良く床に叩きつけられ、その衝撃でクレーターが出来上がった。
{くそ、なんだこいつ。結晶化で体の強化もしてないのに}
ふと頭に浮かんだ疑問。
確かにそうだった。結晶は普通目に見える戦闘用具になるはずなのに、シャドウはそんなものつけていない。薄く、防具ともいえない服装の中に何か隠しているとも思えなかった。
さらに弾丸の威力が皆無だということ。おかしい、絶対に何かからくりがあるはずなのにどうしても見抜けない。
「い〜こと教えてやるよ」
ダメージの大きさで動けないレオを見てにやにや笑いながら口を開く。
「おまえ、結晶化で肉体の強化なんかを施してんじゃねぇか、なんて考えてるだろうがな、残念ながらはずれだ。結晶化なんざこんなちんけな場所で使いたくねぇ〜んだよ」
こつこつと足音をたて、ゆっくりとレオのほうへと歩みよる。レオは動けない。
「俺は、強化人間だ。細胞の作りがてめぇらなんかと格がちげぇんだよ」
はき捨てるように言った。だが、レオは聞き逃さなかった。
{強化人間だと?冗談じゃない、細胞の作りが違うからって俺の弾丸が効かないなんて・・・・・}
レオに敗北感というものが初めて芽生えた瞬間だった。冷たい感覚、何よりも信じられない事実が目の前まで迫っている。
「さらにもう一つ教えてやる。てめぇの親父はもう虫の息さ。あとだいたい5分くらいか」
{えっ・・・・・・}
とうとう頭までやられたかな、と思った。あんなに強かった父親がそんな状態になるなんて信じられなかったから。
「姿を変えるのにはよ、そいつの魔力を吸収しなきゃならねぇ〜んだ。吸収してるときのあいつの弱りようといったらこの上ねぇ快感だぜ」
頭がおかしくなったのではなかった。確かに今シャドウの口から聞こえたのは紛れもない事実。こんな局面で嘘をつく理由など見当たらない。
「あいつの言葉は覚えてるぜぇ〜。『俺はまだやらなきゃならないことがある。だから死ねない』だとよぉ。ひゃはははははははは、馬鹿じゃねぇのって思ったぜあんときゃ〜」
シャドウの言葉、一つ一つ耳に入った。レオの中のある感情が膨らんでいった。
「俺に捕まってんのになぁ〜にが死ねないだよ。ほんっとうに笑えたぜ。最後のあたりにゃあ衰弱しきってんのに『俺にはまだ伝えないといけない人がいる』なぁ〜んてよぉ。なんだよそりゃってなぁ、思いっきり笑ってやったぜ。あの無様な国王様をよぉ」
レオの中に芽生えた感情。紛れもない、怒りだった。自分の尊敬している父親の罵声を聞いて、手が震えていた。
「挙句の果てにゃあ何にも話さなくなっちまってよぉ。俺とっちゃぁ最高の芸だったよ。あんだけいきがってたのに最後にゃああの様だ。力のねぇクズだったらクズなりに最後まで鳴けってな。ひゃははははははははははは」
レオの中の何かが切れた。ぶつり、と自分でも音がしたのがわかった。こんな屈辱、怒りを抱いたのは生まれて初めてだった。
ゆっくりとぼろぼろの体を起こす、のうのうと笑って馬鹿にしているこいつだけはなんとしてでも殺さなければならない。自分のためにも、侮辱された父親のためにも。
「お!まだ起きれんのかよ。あの無様な野郎とは違って最後まで鳴いてくれるってか?」
「貴様は、ここで死ななければならない」
「あ?」
そういうと、レオは右足のふくらはぎの部分のズボンをまくった。そこには腰の銃とはまた別の銃がしまわれていた。いわゆる隠し武器。
「ほぉ〜、二丁銃か。だがな、そのポンコツで撃つ限り強化人間の俺にゃあ効かねぇんだよ」
そんなことは言われなくてもわかってる。だからこそ、『とっておき』の出番。
10年前。レオが弾を初めて作り、更なる発展を遂げようと研究して出来た一発の弾丸。三日三晩寝ずにひたすら魔力をこめ続けて完成した一発の弾丸。試しに自分の銃で使ってみた。目掛けて撃った城壁は跡形もなく消え去った。そのことが父親にばれて以来これを使うことを禁止された。
その弾を使う時が今訪れた。
右手の『とっておきの弾』の装填された銃をシャドウに向けた。
「ほぅ。まだわかってねぇのか。なら撃ってみろや」
逃げる素振りなどまったく見せないシャドウ。その行為が間違っているとも知らずに。
狙いは定まった。後は人差し指を曲げるのみ。自らの感情が込められた人差し指をゆっくりと引いた。
装填された弾の名、それすなわち『アルテマ』。