第18話 偽者編6
荒野を照らす太陽は、どこの方向も向いていない。太陽で時間を確かめるとしたら今は正午。太陽は真上から日光を放射している。
「いいか、とりあえず俺が合図するまでは絶対に動くなよ」
「わかった」
「うん、オッケー」
王国の偵察軍は前の見張りの軍同様、レオの城の近くでおとなしくしていた。一応軍として構成されているため、人数はだいたい100くらいいるようだった。
今現在ではまだ偵察軍に動きはないが、また前回みたいに帰られたら作戦が台無しになってしまう。だから、できる限り早いうちに手を打っておく必要がある。
それを理由として、レオは一人で偵察軍に向かった。もちろん刹那たちをここに置いていくつもりなどない。置いていくのは本当に邪魔だからなのと、相手と自分の攻撃を受けさせないためだった。
右手を腰のホルスターに入っている銃にのばす。マガジンを取り出し装填部分を押さえ、弾を補充する。それが終わると再びマガジンを銃に戻し、軍めがけて銃口を向ける。
「隊長、あそこに人がいますけど・・・・・・・」
「我々の仕事は昨日の軍の消息を調べることだ。そんな人一人に構っている暇などない」
距離はだいたい100メートル前後。普通の人間、いや訓練したものでも、それだけ離れていれば正確に弾の狙いなどつかない。否つけられない。
しかし、レオは違う。常人離れしたセンスと幼いころからの厳しい訓練、そのレオに狙い撃てないものなどない。
ズガン!!!
一発の銃弾がきれいな放射線を描き、軍の少し手前に落ちる。そして、
ボオン!
弾が爆発した。手前に落ちたことで軍の被害はなかった。否、『手前にレオが狙い撃ったことで』被害はなかった。
「な、なにがあった!?」
「前方で爆発、原因はさきほどの人かと思われます」
「な、なめやがって。おい!あいつを殺せ!」
声と同時に、10数人の兵士が乗っていた馬の腹を蹴り、レオのほうに向かって風を切る。だんだんと近づいてくる兵士に、レオは最初の一発を撃ってそのまま構えていた銃を向け、人差し指を折り曲げた。
ズガン、と発砲音がして、弾が一発発射された。ぐんぐん弾は前方へと飛んでいき、騎馬兵に命中する。そして、
ボオン!
爆発する。一発で300もの命を奪う爆発は、いとも簡単に向かってきた兵士たちを焼き殺す。断末魔の声が、偵察軍の耳に入る。
「な、なんだと!?くそ!全員でかかれ!相手は一人だ!」
本来の目的を忘れ、偵察軍はレオめがけて一斉に馬を走らせる。
{思ったより向かってくるのが早かったな}
レオは右手の銃のマガジンを取り出し、横についてる小さなボタンを押す。すると、装填されていた弾5つがじゃら、と音を立てマガジンから飛び出す。装填部分に手を当て、再度弾を装填する。
ガチャン、とマガジンをしまうと、すでに軍は文字通り目の前に迫っていた。
「つぶれろおおおおおおお!!!!」
「おっと」
間一髪のところで地を蹴り、空に跳んだ。と、同時に体を反転させ頭から落ちていく形になる。空中で腕を伸ばし、銃を構える。
「た、隊長!上です!」
気付いた瞬間、レオは右手の銃を連射した。
ズガガガガガガン!!
6発の銃弾が兵士6人に見事命中する。空中という不安定な場所でも外すことのない、おそるべく集中力と技量。
地面がだんだん近づき、レオは体を半回転させ足から着地する。偵察軍のど真ん中に。しかし、兵士誰一人として動こうとはしなかった。皆顔を凍りつかせ、目に映る人物の名を呼ぶ。
「レ、レオ様だ・・・・・・」
「駄目だ!この人に敵うはずがねぇ!」
「に、逃げろ!!」
「うあああああああ!!!!」
そして、一斉に血相を抱えて逃げ出す。悪魔でも見たような顔をして。
これを待っていた。レオは空いている左手を握った。白く光り、一つの弾が出来上がっていた。それを勢い良く上に放り投げ、右手の銃で空中を進んでいく弾を狙い撃った。
ズガン、と音と同時に銃口から弾が飛び、空中で回転している弾を貫いた。瞬間、
ボオン!
空中で爆発が起きる。さっき作った弾は、最初に撃ったあの爆発効果のある弾だった。
びりびりと衝撃が肌に伝わり、刹那とリリアはその『合図』を受け取った。
「行こう!!」
「うん!!」
二人は物陰から一気に走り出した。今なら兵士の視界内に入らないし、入ったとしても戦意が喪失している兵士がこちらに攻撃してくることはない。まさにグットタイミング、非常に走りやすかった。
「こっちだ」
近づいてきた刹那とリリアに呼びかけたレオは、手に3頭の馬の手綱を握っていた。足元には死体から取り外した鎧と兜が置いてあった。これを取るとき、レオはどんな気持ちだったのだろうか―――
レオに促されて、刹那とリリアは鎧に手を伸ばす。少しだけ戸惑ったが、今は仕方ない。
鎧を着け終わり、転がっている兜をかぶった頃にはリリアとレオもちょうど準備し終わったところだった。
「よし、早く追いかけるぞ。先に城に入られたら面倒なことになる」
軍の大半が戻ってきたのに後から3人来ると、どうしても不信感を抱かせてしまう。しかし、一緒に入ってしまえば数の多い兵士の顔をわざわざ確認されることなどない。作戦を確実に行うためには、どうあっても追いつかなければならない。
馬に乗り、レオとリリアのやり方を見て、刹那も馬の腹を蹴った。思いのほかうまくいき、3人は軍を追いかける。刹那は恩を返すため、リリアは大切な人といるため、レオはこの騒動を終わらせるため。
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荒地を3人を乗せた馬が走る。普通に走るよりははるかに速いはずなのに、未だ先ほど逃げた偵察軍には追いつけない。相手も馬に乗っているため、追いつきにくいのも無理は無いのだが。
「ところでさ、レオ。さっきの爆発ってどうやったんだ?爆弾なんて持ってなかったけど」
ふと、先刻のことが気になってレオに聞いてみる。そのときは防具をつけていなかったため、なにか武器を隠していてもすぐわかる。でも、レオは腰のホルスターに入っている銃一丁しか持っていない。爆弾なんてものは持っていなかった。
ああ、と言ってレオは疑問に浸っている刹那に説明する。
「教えてなかったな。結晶の戦闘用具は人それぞれ違った『潜在能力』があるんだ。俺で例えてみると、火、水、雷、風、土、闇、光のそれぞれの属性の弾を作れるってこと、つまり、『全属性結晶化』なんだ。さっきのは火の属性にあたる弾だ。衝撃が当たると爆発する」
さきほどの大規模な爆発、レオの能力で作り出されたものだった。
「じゃあ、俺の大剣もなんか能力があるのかな」
馬の手綱を握り締めながら聞いてみる。だが、その問いにはレオではなく、リリアが答えた。
「あるよ。でもね、潜在能力は何年も訓練を重ねていくうちにいつの間にか体得しているものなの。兄さんだっていつ習得したかなんて覚えてないんだよ」
それを聞くと、刹那は少しがっかりした様子だったが、レオは笑って、
「なぁに、お前にそんな能力必要なんて無いさ。お前の目的は人を殺すことじゃなくて、家に帰ることなんだからな」
と、励ましてやった。
確かにその通りだった。武器の能力といっても、おそらく人を殺しやすくするようなものだろう。家に帰るために人なんて殺すことなんてないだろうし、今回に限っても国王を生け捕りにすることが目的で殺すことが目的ではない。よほど作戦がうまくいかない限り、戦闘なんてすることなどない。言ってしまえば、今の刹那には必要性のないものだった。
と、前方から砂ぼこりが空に上がるのが見え、偵察軍の姿を確認することができた。
「見えた!!」
レオの叫び声が耳に入った。偵察軍のほうもさすがに安心したのか、馬の速度を少し緩めていた。後ろに先ほどの脅威が迫っているとも知らずに。
馬の腹を強く蹴り、レオはさらに速度を上げる。刹那とリリアも続き、3人は前方の軍に追いつくべく、馬の足を急がせる。軍との距離がだんだん迫って来る。兵士誰一人としてその存在に気が付いていない。やがて、軍の一番後ろにつき、他の兵士の馬の速度に自分たちの馬の速度を合わせ、まんまと兵士にまぎれることに成功した。
国王のいる城へは、まもなく着く。
++++++
あれからしばらく馬を走らせ太陽が沈みかけた頃、レオを先頭とした一同の目にはレオ達の故郷、この争いの元凶の拠点となっている王国が見えた。
{変わってないな・・・・・見た限りじゃあ、な}
古い、しかし高く、ちょっとやそっとじゃ壊れることなどない立派な城壁。声に出すとばれてしまうので、心の中でそっと、見た限りでは変わってない城壁を見て素直に呟いた。
兵士達を乗せた馬は、高さが10メートル以上はあるだろう門の前に歩いていった。もちろん、門の前には門番が武器を持って立っていた。
門番が偵察軍の姿を確認すると、一人が門をとんとん、と手でノックする。すると、中にいたまた別の見張りが門を開けるためのレバーを引く。すると、ぎぎぎ、と古い木で出来た大きな門が開いた。レオのにらんだ通り、門番は数の多い兵士を一人一人チェックなどしなかった。
まんまと国に潜入できた刹那たちだったが、いきなり馬から降りて城に向かうものならば、この国の兵士全員に追いかけられることになってしまう。そのため、人気のつかない所まで馬に揺られていることにした。
外から見た様子は変わっていなかったが、城下町は変わってしまっていた。それも前の明るい、子供たちがはしゃいで遊びまわるという光景ではなく、人一人外には出ておらず、そこらじゅうに人の骨が転がっているという残酷なものだった。子どものとき、一度だけ連れてきてもらったときとはまるで違う姿に、レオは目を薄めていた。リリアもその光景を見たくなくて目をつぶり、早くこの場から逃げ出したい、という気持ちでいっぱいだった。そんな二人の姿を見る刹那には、前のこの光景がどれだけ変わってしまったか、たやすく想像することができた。レオの話を聞く限り、国王は優しく、国民を第一に考えていたというが、今は民のことなど考えず無益な争いをしている。どうやったら、ここまで変わってしまうのだろうか。
無残極まる城下町をぬけ、城までの一本道にさしかかった。
青空が良く似合う並木道、今では焼き払われかろうじて立っている焦げた木へと変貌していた。空には黒い鳥がガァガァ鳴きながら飛び交っており、まるで魔王が住んでいそうな光景だった。
城の前の折りたたみ式の橋までたどり着く。真ん中が鎖で支えられているため、内側からその鎖を巻き取られると自動的に橋が折りたたむ、という仕組みだ。しかし絶対忍び込まれない自信があるのか、あるいは偵察軍が帰ってきたという報告を受け取ったからなのか、その橋は折りたたまれてはおらず、兵士たちはまるでそれが当たり前であるかののように渡っていく。ぎしぎしと音をたて、全員が渡りきっても橋は折りたたまれることはなかった。どうやら前者のほうが正しかったみたいだ。
奥のほうに進み、馬小屋のあるところまで軍は歩を進める。そしてようやく馬から降りることが許された軍は、無言で下を向き馬の手綱を引き馬小屋の中に引っ張っていく。刹那たちも、一番後ろからついていく。小屋の中、兵士たちは自分の馬を各自決められた場所に馬の手綱を結びつける。仕事が終わっても、仕事道具を外してもらえない馬はなんだか悲しそうな目をしていた。必死な訴えも兵士に届くことがなく、手綱を結んだ兵士から順番に広い馬小屋から出る。
このときを待っていた。兵士全員が他人に関心がないのを、その態度から読み取っていた。レオの思惑に反し兵士の後を着いていこうとするどこか抜けている刹那の肩をガッとつかみ、刹那の耳元でささやく。
「もう追いかけなくてもいい。ここまで来たら後は進入するだけだ」
言い終わるとそっと肩を離した。まだ兵士が何人か残っているため、刹那は声を出さず、うなづくことでレオの言葉の理解を主張した。
しばらく経ち、兵士が刹那たちに構うことなく城に戻っていった。
辺りはすでに夜。その夜は、満月だった。きれいな、とてもきれいな、一片も欠けていることのない、丸い丸い、月。
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月明かりが異様に明るい夜。あまり潜入するのには有利には働かないのだが、これも仕方ない。そんな夜を刹那たちは走っていた。馬小屋で軽い打ち合わせを済ませた後、城の中に忍び込み生け捕りにしようと、あまり知られていない道、つまり隠し通路まで見つからないように物陰に隠れながら、少しずつ、しかし確実に進んでいった。
「そこからよく逃げ出して城下町に行こうとしたもんだ。見張りの兵士たちに見つかって結局いけなかったけどな」
「いつも私に黙ってね・・・・・」
走りながら、ずいぶん昔のことを話す。リリアの苦情はレオの心に突き刺さり、苦笑いをするしかなかった。
そんな感じで明るい夜の道を進んでいき、ある城の壁、つまりは城壁にたどり着く。休憩、ということなのだろうか。
「ここだ」
休憩ではなかった。
レオはここだと言ったが、見た限りではあまり他の城壁とは変わりがない。少しだけ、ほんの少しだけだが城壁を構成している石のブロックの隙間が他のところよりも深く、大きい。ただそれだけ。
レオの左手がすっ、とその城壁を押した。するとゴゴ、と城壁のブロックが動き、それが仕組みだったのか、すぐ横のブロックが更に動き人ひとり通れるくらいの通路が現れた。
昔のことを思い出し一瞬、たった一瞬だけ微笑み、すぐに消した。今はそんなことに浸っている場合ではないのだから。
「さぁ、行くぞ。ここを通れば親父のいる『王の間』に直結する」
そう言って、レオを先頭に、暗くじめじめした通路に足を踏み入れる。
やはりというか、足場には少量の水がたまっていた。びちゃびちゃと音を立てて進もうとするが、いきなりレオが逆戻りをした。隠し通路の扉を閉めるのを忘れていたのだ。これを閉めないと、見回りに来た兵士が入ってきてしまう。入り口のすぐ横のブロックをレオの左手が押した。さきほど同様、ゴゴ、と扉が閉まり、辺りは真っ暗になってしまった。
じめじめとした空気、真っ暗な空間、少し、いやかなり怖い。日本で言う丑三つ時(うしみつどき、幽霊が出やすい時間)であったら、間違いなく青白い光を纏った足のない浮遊物とご対面してしまうだろう。
不安がっていたのもほんのわずか、レオがマッチをすり辺りは明るくなった。リリアが持ってきた古びたバッグからランプを取り出し、レオに手渡す。さすがレオの妹、ぬかりない準備だ、と思う刹那だった。
ランプにも灯りがともり、辺りは暗闇のくの字もなくなった。刹那たちはランプの助けを借りながら徐々に進んで行った。しかし、歩くたびに鳴るびちゃびちゃと水がはねる音が非常に耳障りだった。そんな音を聞くのが嫌だったから、刹那はレオに話しかけることにする。
「なぁ、レオ。聞いていいか?」
「ん?なんだ、いきなり」
唐突な刹那の言葉に驚くが、断る理由にはならない。
「それで、なんだ?」
「小さいころから、リリアと一緒に国王と訓練してきたって言ってたけど、やめたいって思ったことはなかったのか?」
う〜ん、とうなってから、しばらく沈黙に包まれる。仕方なく、という雰囲気を出しながらレオは刹那の顔を見ることなく答えてやる。
「あったさ。何回も、な。でもな───
「私がいつも泣いてたからやめられなかったんだよ。」
リリアがレオの言おうとしていたことを口に出す。きょとんとした顔でリリアを見る。しかしリリアは刹那の顔を見ず、まだランプに照らされていない暗闇を見つめていた。
「きつくて、つらくて、厳しくて。耐えられなくなっていつも泣いてたの。それを見た兄さんはいつも慰めてくれたの。自分もつらいのにね」
レオの方を向いてみた。薄暗い通路でも、少し頬が赤くなっていたのを刹那は見逃さなかった。
「自分が弱音を吐いちゃだめだって、きっと兄さんはあの時思ったはず」
言い終わるとリリアはレオの顔を見て、当たってた?と、短い一言をレオに言った。
「さぁな」
「あ、刹那さん見て。兄さん照れてる」
「ったく、早く行くぞ」
びちゃびちゃ水がはねる音を立て、レオは少し早足で通路を歩いていった。
からかっていたリリアは口を押さえ、ふふふと笑っている。
ふ、と刹那の頭にあることが浮かんだ、変な考え。こうしてみると兄妹じゃなくて、恋人みたいだな、という考え。
通路はまだ続く。王の間まではまだ少し距離がある。