第17話 偽者編5
「いつまで寝てる気だ。今日は早いって言ったろう」
布団が剥ぎ取られ、レオの声が上から降ってくる。そういえば、昨日そんなことを言っていたような気がする。
仕方なく温かい布団から立ち上がり、精一杯のびをしてみる。
「うう〜〜〜ん」
気持ちが良い、朝の起きたてといえばのびが一番。と、思えたのもつかの間。
「よし、さっそく朝食にするぞ」
レオはそう言って、刹那をずるずると食堂まで引きずっていった。
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「それで、今日はなにがあるんだ?」
早起きには何か理由があるのだろう、パンをほおばりながらレオにたずねる。かちゃかちゃとナイフとフォークを動かし、肉を口に運ぶレオはもぐもぐ口を動かし、ごくりと飲み込んでから刹那の問いに答える。
「今日中に、ケリをつけようと思ってな」
ずずず、とティーカップに入った紅茶をすすりながらさりげなく、とんでもないことを言った。
「え?」
戸惑いを隠せない刹那。
無理もないだろう。今の今まで戦いを引っ張ってきたレオが、今日中にその戦いを終わらせると言ったのだ。
「俺一人で城に乗り込む。そしたら親父を生け捕りにしてここまで連れてきて、みんなとご会談って言うわけだ」
手に持っていた、まだ熱い紅茶の入ったティーカップをテーブルに置く。きょとんとしている刹那を見ていると、自分の言ったことがどれだけ馬鹿げているかわかる。
「リリアにも爺にも言ってない。あくまで乗り込むのは俺一人だからな。余計な心配はかけたくない」
「俺も行く」
いきなりの刹那の言葉。でも、レオはそれを待っていた、と言わんばかりの、あの不敵な笑みを浮かべた。
「そう言うと思ってな、お前にも少し協力してもらおうと思う。嫌とは言わせないぜ、宿泊代と思って腹くくってくれ」
こくりと、一度だけうなずく。
わかってくれた。自分の恩返しをしたい気持ちをわかってくれて、連れていってやる、と言ってくれたのだ。
「ところで、俺の役目は?」
「ああ、ちょっと待て。作戦のことを説明させろ」
もう一度、熱い紅茶に口をつける。ずずずと音がして、レオの口の中に紅茶独特のほろ苦さが広がる。ふぅと、一息ついたところで話を始める。
「昨日、大人数の兵士が攻めてきたよな。国王軍のほうも、帰ってこない軍に不信感を抱く。だから、偵察の軍が絶対に来るはずだ。その軍に意図的に戦いを仕掛ける。
もちろん全滅なんてさせない、手加減をする。敵わないと悟った偵察軍は血相を抱えて逃げ出す。兵士一人一人の数なんか確認しないでな。その騒ぎに乗じて相手の鎧や兜、それに馬を奪う。それから何食わぬ顔で国に潜入し、城まで見つからないように行って親父を生け捕りにする」
言い終わったレオはどこか満足そうに刹那の顔を見る。
レオの作戦に呆気に取られている刹那の顔は、なんだかおかしくて笑ってしまう。
「お前の家に帰る手段は終わってから考えることでいいな?」
「ああ、いいけど・・・・・・・」
少々口ごもった刹那の話し方にレオは疑問を抱く。
口の中でもごもごしている刹那は言う決心がついたのか、レオの深い青色の目を黒い目でじっと見る。
「本当にいいのか?リリアに言わなくて。黙って消えたらまた・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
何も言えなかった。
自分のやることがいかに無謀な、馬鹿なことだかわかっている。昨日来たばかりの刹那にも、どれだけ迷惑をかけているかもわかっている。(無論、刹那は気になどしていないが)
失敗すれば死ぬかもしれない。でも、成功すればこの戦いを早く終わらせることができる。
迷っている暇なんてないのだ。みんなの不安を取り除くためにも、リリアの泣き顔を見ないためにも。だから、やらなければならない。
しかし、そのことをリリアに伝えたら、絶対止めるに決まってる、泣き出すに決まってる。
もう泣く顔なんてみたくない。だから・・・・・・・・
「いいんだ。黙っていくさ」
「・・・・そうか」
レオの気持ちがわかるわけではない。レオのつらさ、悲しみがわかるわけではない。もちろん考えもわかるわけではないが、これだけはわかる。この男は死にに行くのではない、と。もし命に代えてまで、なんていう考えだったら、絶対に自分を連れて行くわけがない。
それが唯一の、レオから感じ取れたことだった。
再び、レオは紅茶に手を伸ばす。が、先ほどまで熱かったその紅茶は、なぜか悲しいくらいに冷めていた。
そのやり取りを見ていたものがいた。
2人は気付いていない。
そのものはさっと身をひるがえし、その場を去っていった。
+++++++
朝食を終えた刹那とレオは、準備のためレオの部屋へと移動した。
最初から準備をしておけば、偵察の軍が出て来たとき誰よりも早く出陣ことができてあの作戦がうまくいくからだ。もちろん見つからないように。
「よし、こんなもんかな」
「鎧って重いんだな」
こっそりと武具庫から持出してきた鎧は刹那の胴にぴったりだった。刹那も鎧など着けたことなどなかったため、この重さもむしろ楽しんでいた。青銅でできた鎧は、日本の武士が着けているようなものではなく、中世の騎士が着ているような作りだった。
「でも、レオの方はどうするんだ?」
刹那の防具はそろったものの、レオは何も装備していない。まさかそのままで偵察軍に突っ込んでいくなど、
「どうせ偵察軍の鎧が手に入るんだから着ていくだけ無駄だ。お前は戦い慣れてないから念のために鎧を着けてるだけの話。」
あった。確かに偵察軍の鎧や兜を手に入れることができ、防具の準備には困らないとしても、どうせ最初は戦わなければならないのだ。防具無しのレオの体は、攻撃など一発でも当たってしまうと簡単に壊れてしまう。でも、
{まぁ、レオなら大丈夫そうだな。}
昨日、2000もの兵士相手に怪我一つしていないレオならば、相手の攻撃を食らうことなく相手を恐怖させ、追い返すことなど簡単だろう。
問題は刹那のほうにある。
刹那は相手を傷つけるつもりなど、さらさらない。しかし、相手は容赦なく殺しにかかってくる。一応大剣を出して威嚇、あるいは少しの打ち合い、などをしようとは思っているものの、どこまで耐えられるかはわからない。はっきり言って、レオ一人の方がかえって楽かもしれない。
しかし、レオは一人では行こうとはせず、わざわざ足手まといになるだろう、刹那を連れて行くと言ってくれた。恩を返させてくれると言ってくれた。
だから、自分はやれることをやらなければならない。なんとしてでも。
「あまり気を張らなくてもいいぞ。楽にやればいいさ」
本人は気が付いていなかったが、刹那は強張った顔をしていた。ああ、と刹那は返事をし、にっこりと笑って見せた。大丈夫だ、と言ってるかのように。
「城に乗り込むときも、その調子で頼むぞ。一番肝心なのが───」
「城に乗り込む、ってどういうこと?兄さん。」
あわてて、ばっと声のした扉の方を向いた。そこには、昨日と同じくらい悲しい顔をしたりリアが空色の目をレオに向けているのが見えた。
しまった、音を立てないように静かに扉を開けたのだ、とレオの頭に浮かぶのに時間はかからなかった。刹那はどうすれば良いのかわからず、ただただレオとリリアの双方を交互に見ていた。
「もう一回聞く。城に乗り込む、ってどういうこと?」
レオはあきらかに動揺していた。一番このことを知られたくなかった人に知られてしまったのだから当然だろう。
「いや、あれだ。いつかみんなで乗り込むときの───
「嘘つかないでよッ!!!!」
リリアの怒鳴り声が部屋を包んだ。レオの苦し紛れの、明らかな嘘に、リリアの顔はいっそう悲しくなる。
「どうして?どうして兄さんは一人で背負い込もうとするの?私たち残された人のことを考えないの?」
「え?」
レオは真っ先にやめて、と言うと思ったのに、リリアがその無茶なことをする理由を聞いてくることに少し不意を突かれてしまった。
「だってそうでしょ?今までも、危険なことや人を殺すことは全部兄さん一人でやったし、昨日だってみんなで行けば安全で確実なのに、わざわざ一人で行った。
その挙句、刹那さんとたった2人で危険地帯に行こうとしてる。つらいことや悲しいこと、兄さんは全部自分でやってる」
リリアの目から涙があふれ、頬をつたって床に流れ落ちる。
全て事実だった。危険なことは暇だから、などと適当に理由をつけて人々を危険にさらさないようにしたし、やむを得ず殺さなければいけないときは、邪魔だからと嘘をつき、たった一人でその体を血に染めたことがあった。
「最初に兄さんが言ったこと覚えてるの?!みんなで戦っていこうって言ったのは嘘じゃない!!!全部自分一人で背負っているじゃない!!!なんのための仲間よ!!!一人戦場に旅立って残された人のことなんか全然わかってない!!!兄さんはそれが一番良いって思ってるかもしれないけど、そんなの大きな間違いよ!!!!」
リリアの涙が止まらなかった。あふれる涙を手ですくってやりたかったが、今はそんなことをする立場ではない。
「みんなうすうす感じてるのよ!!!兄さんが嘘言って一人でつらいことやってるの!!!兄さん一人で戦いに行くとき、兄さんばかり嫌な思いをさせていることが悲しいって、みんなみんな言っているのよ!!!兄さんもつらいかもしれないけど、この城のみんなだって同じくらいつらいってこと、わかってないよ!!!!」
リリアの怒声、一つ一つが胸に突き刺さる。
初めて気づいた。否、気づかされた。みんなのためと思ってやっていたことが、逆にみんなを苦しめていたことに。一人で危険な所に行くことが、どれだけ人々に不安を与えていたかということに。
ドンッ!!
昨日と同じく、不意にリリアがレオの胸に飛び込むように抱きついてきた。ただ昨日と違うのは、あお向けに倒れず、リリアをしっかりと抱き止めてやれたことだった。
「わかってないよ!兄さんはなんにもわかってない!みんなのことも、私のことも!全部、全部!!」
レオの胸に顔をうずめて、精一杯叫ぶ。今までの思いを、苦しみを、つらさを、悲しみを。
そんな小さなリリアの体を、今まで殺しに使ってきた両腕で、強く抱いてやる。まるで、今までの行いを、謝るかのように。
「ごめん・・・・・ごめんな、わかってやれなくて」
「そうだよ、兄さんは何もわかってないよ・・・・・・」
さっきの荒げた声とは違う、どこか安心したような声。リリアは安らぎに浸っていた。大事な人に抱きしめられ、心の奥底から安心と安らぎに浸った、心ゆくまで。
しばらく、レオとリリアの2人はそのまま抱き合っていた。
―――呆気にとられている刹那を放っておいて。
++++++
「じゃあ、絶対に私も行くからね」
「・・・・・・・・」
「ちょっと、兄さん・・・・・」
あれからしばらくし、リリアは自らも一緒に行くということで、レオのことを許すことにした。一方のレオは、あまり賛成していない様だったのだが、
「わかった。ただし、絶対に俺の言うことは聞けよ」
「うん」
しぶしぶ了承してしまうのだった。
返事をするリリアの姿は子どものような純粋な笑顔をした。放っておくとはしゃぎだしそうな感じだった。
レオは一通りリリアに作戦を説明すると、やはり念のため、武具庫からリリアに小さい鎧を持ってきた。鎧を受け取ったリリアはさっそく装着してみる。しかし、
「・・・・・・・・リリア、小さいな」
「・・・・・・・・まったくだな」
リリアが小さすぎて鎧とリリアの体が密着せず、歩いたり走ったりするとその反動で鎧が上下左右に動いてしまうのである。
「うるさ〜い!もういい、鎧はいらない。胸当てで良い!」
「それも小さかっ───
「刹那さん!」
リリアに怒鳴られ、刹那は悪ふざけをやめるのだった。
やれやれ、とレオは再び武具庫に向かい、一番小さな胸当てを手に取って部屋に帰り、すねているリリアに手渡した。今度こそは、と意気込み装着してみる。すると今度は、
「ほら見て、ピッタリ」
うれしそうに笑って見せびらかした。
レオはあきれた顔をし、はぁとため息をついてリリアに一言。
「それ、本当に一番小さいやつなんだが・・・・・」
「いいのいいの、ちゃんと着れれば───
バタンッ!!
勢いよく開いたドアに、レオは忘れることなく銃を向ける。がすぐ下ろした。扉を開いたのは紛れもない、大臣だったからだ。少々あわてているような顔をしている大臣は、レオに慌ただしく近寄り、口を開く。
「レオ様、外に国王軍が・・・・・・・」
来たか、そう頭に響いた瞬間、レオの口も開く。
「行くぞ、刹那、リリア」
「ああ、わかった」
「うん、行こう」
2人の声が聞こえた瞬間、足は動き出す。扉の向こうへ向かって一同は足並みをそろえて歩き出した。
大臣はその3人をただじっと見つめていた、姿が見えなくなる一瞬まで。その一瞬さえも過ぎ去り、視界内から消えたとき、そっと、小さい声で、声の届かないあの人に、言ってやる。
「・・・・・・・・・・今回が最後ですよ、レオ様。黙って戦場に行くのは」
大臣は食堂での、悲しいレオの顔を思い出していた。微笑みながら、そっと―――。