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第148話 元凶編 ー 死 ー

「……セレス、落ち着いて、よく聞いて」



心臓の鼓動に合わせて響く痛みに耐えつつ、マリスは平静を装ってセレスにそう話しかけた。できるだけ不安にさせないように、怖がらせないように、優しく。


マリスの決意を話せば、セレスは十中八九パニックになる。もしかしたら泣き出すかもしれないし、想定外の行動をとってしまうかもしれない。それくらいは容易く予測できる。ただでさえマリスのことでいっぱいいっぱいなのだ。山賊などというイレギュラーが発生し、さらには囮云々といった戯言を聞かされれば、当然かもしれない。


だが、今はそんなことをさせる余裕はない。こうしている間にも、山賊達はにじり寄ってきているのだ。パニックになったせいで逃げる時間を失い、2人とも殺されてしまうなど洒落にもならない。


要はセレスをここから逃がせばいいだけだ。馬鹿正直にこれからの行動を話す必要などこれっぽっちもない。うまく嘘をつければ、セレスは取り乱さないで済む。気こそ引けるものの、それでセレスが助かれば安いものだった。



「セレス、今から――――」



いざ嘘をつこうと口を開いた瞬間だった。

マリスは、セレスの表情に違和感を覚えた。

慌てているはずのセレス。

顔面蒼白のはずのセレス。


そのセレスが、優しく微笑んでいた。


その顔が、あまりにも美しくて、そして儚くて―――今置かれている危機のことなど頭から消え、マリスはただその横顔に見惚れていた。



「マリス、あのね」



ぽつりと、セレスが呟く。



「私ね、マリスのこと……好き」



わけがわからなかった。

こんな状況で、そんなことを言い出す意味が、マリスにはわからなかった。



「大切で、大事で、世界で一番愛してる」



……いや、本当はわかっていた。

セレスが場違いすぎる言葉を紡いでいる意味を、マリスは薄々感づいていた。



「だからねマリス。私、がんばってみる。すごく怖いけど、がんばってみる」



けれど、認めたくはなかった。勘違いであってほしいと思った。

これからセレスが行うであろうことを、否定したかった。



「きっとうまくやってみせるから、だから―――……ごめんね」



セレスが言い終えた瞬間、何の前触れもなく、マリスの顎に衝撃が走った。

いきなりの事でわけがわからず、戸惑っていたマリスだが、急激に視界が暗転し、体が地面に吸い込まれていく感覚に見舞われる。

セレスに顎を殴られたのだと気が付いたのは、意識が遮断される寸前のことだった。



「セ、レ……す……」



かろうじてそれだけ言い残した後、マリスはその場に倒れ込み、意識を手放した。非力とは言え、渾身の一撃を急所へと叩き込んだのだ。しばらくは意識は戻らないはず。


これでいい。


これで、いいのだ。


マリスがセレスのことをよくわかっているように、セレスもまた、マリスのことをよく知っている。2人で逃げることができないと悟ったマリスならば、絶対に自身を犠牲にするに決まっている。時間を稼ぐために死ぬ物狂いで山賊たちに特攻をかけ、ボロボロになり果てて死んでいく様が目に浮かんでくるようだ。


だが、それは駄目だ。成功する確率が高くとも、そんな諦めの選択肢など、取ってはいけない。取るのならば、例え小さくとも2人が助かる選択肢であるべきだ。


その選択肢とは、マリスではなくセレスが戦うというもの。


機動力の源である足を怪我しているマリスでは、鼻から勝負にならない。先ほど危惧していた通り、時間を稼ぐだけでもいっぱいいっぱいだ。


しかし、セレスならば話は違う。マリスほどではないが、それなりの機動力なら持ち合わせているし、何よりも相手の心の声を読むことができる能力がある。マリスが戦うよりも、セレスが戦ったほうが生き残れる確率は断然上がる。


それに、うまいこと山賊たちを撃破することができさえずれば、マリスの足を治療できる道具を手に入れることができるかもしれない。街から遠く離れた山の中を縄張りとするくらいだ。怪我を治すための道具くらい、持っていないほうが不自然だ。


希望が湧いてくる。うまくいけば、マリスと2人で助かることができる。



(大丈夫……、大丈夫……)



震えている自分に言い聞かせるように、セレスはそう心の中で呟く。まずは山賊達をここから遠ざけなければならない。怪我をしているマリスが見つかってしまえば、全てが終わる。山賊達との戦いに勝とうが負けようが、マリスだけは奴らの目に触れさせるわけにはいかなかった。



「ごめん、ちょっと借りるね」



マリスの傷から伝っている血液を手にし、それを自身の足に塗りたくる。トラバサミにかかったのが自身であるかのように見せるためだ。あとはうまく演技をすれば、誤魔化すことができるはず。暗闇の中では無意味かもしれないが、何もせずに山賊達に不信感を抱かせ、マリスの存在を知られてしまうよりはマシだ。



「……よし」



マリスの血を十分に塗りたくった後にセレスは立ち上がり―――全速力で疾走した。

同時に山賊達の魔力を探知し、ジャックすることも忘れない。どうかうまくいきますようにと願いつつ、セレスは山賊たちの心の声を聴いた。



『あんだぁ? 獲物か?』



見つかった。当然だ。けれど関係ない。このまま突っ走るだけだ。

走りながら、セレスは他の山賊へとジャックを変更する。



『いたか……。手間取らせやがって……』



変更。



『馬鹿な奴だ。わざわざ飛び出しちまってまぁ……』



変更。



『あ? 罠にかかったってのに、ずいぶん元気じゃねぇかおい』



それが聞こえたタイミングで、セレスは足を引きずるような動作を行う。

怪我をかばいながらも必死でその場から逃げようとしている、ただの小娘を、演じる。



『……堪えてただけか。なら話は早ぇな』



その声に、どうやら誤魔化すことには成功したと一瞬の安堵を得ることができた。

が、それも一瞬だった。その安堵の後に待っていたのは、セレス目がけて一斉に疾走してくる山賊達であった。


まるでエサにたかる蟻のようなそれは、死への恐怖よりかは、むしろ怖気の感情が強く感じられた。卑劣な山賊共が、女の身であるセレスに全力で向かってくるという事実が、気持ちが悪くて仕方なかった。



「……っく」



嫌悪感を振り払い、ジャックを再開する。ターゲットは誰でもよかった。無我夢中であるセレスには、対象を選択する余裕など微塵もなかった。

適当な魔力を探り当て、再度ジャックする。

すると―――聞こえてきた。


……実に山賊らしい、下種な考えが。




『にしても、久しぶりの女だな。姦してから……売り飛ばすか』




一瞬だけ、セレスは自身の聞き間違いであってほしいと願っていた。命ならともかく、貞操まで奪われかけるといった体験は初めてのことであり、見知らぬ男に体を穢されることは、女のみであるセレスにとっては下手な死よりもつらいからである。



「おぉいッ! 殺すんじゃねぇぞぉッ! いいなぁッ!?」



背後から聞こえる、山賊の怒号。

どうやら、セレスの危惧していたことは的中していたようだった。

捕まったら最後、姦され、穢され、そして……。



「―――っ!」



それを下手に想像したのがいけなかった。みるみるうちにセレスの顔が青ざめていき、全身が震えだしてくる。十分な気力も、命すら投げ出せる覚悟もあったはずなのに、まるで水をかけられた蝋の火のようにそれらが消え失せてしまった。



(マリス―――っ!)



無我夢中で森を駆けながら、セレスは最愛の男の名を心の中で叫ぶ。木の枝や、成長しきった植物の棘を避けて通る余裕もなかった。体中に赤い線が走り、出血する。

痛みはなかった。恐怖しかなかった。もはや、セレスに戦うという意思はなくなっていた。



(マリス、マリス―――っ! マリスマリス!)



できることならば、すぐにでもマリスの胸に飛び込みたかった。

優しいあの腕で抱きしめられたかった。安心したかった。



(マリスッ! マリスッ!! マリ―――)



右足の違和感。

同時に訪れる、浮遊感。

先に体験した、転ぶ一歩前の奇妙な感覚が、全身を駆け巡る。

頭の中がぐちゃぐちゃになっているのにも関わらず、セレスは何かに躓いたのだと瞬時に理解することができた。



「あうッ!!」



前のめりに倒れ、全身を打ちつけられる。

痺れるような痛みに襲われ、ほんの少しだけ悶絶する。

逃げなければという焦りがセレスを突き動かし、すぐさま立ち上がろうとする。

が、立てない。

ダメージは思ったよりもずっと大きく、支えなしでもどうにも立てそうになかった。

早く逃げなければと、セレスは近くの大木へと這いずる。

必死になって地面を這い、手を伸ばす。



「終わりだぜ」



背後から聞こえたその声に、思わず振り向いてしまう。

目の前には、大斧を振りかぶった、山賊。

頭が真っ白になり、体全体が静止する。

避けようだとか、防御しようだとか、そんなことなどちっとも浮かんでこなかった。

ただ目の前の事を理解するだけで―――いや、それすらもできない。

そんな中、セレスが最期に見た物は、自身目がけて振り下ろされた大斧だった。


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