第142話 元凶編 ー歴史ー
神は無から生まれた。
何もない所から、神は生まれ落ちた。
神は孤独だった。
誰もいなかった。
何もなかった。
寂しかった。
だから、神は世界を創り上げた。
いつの間にやら己に備わっていた、『創造』する力を使って。
空を創り。
海を創り。
大地を創った。
空は全てを照らす光を生み出し。
海は神秘的な生物を生み出し。
そして大地は力強い草木を生み出した。
時間が経ち、世界は生き物で賑わった。
だが、神は孤独だった。
自身に似通った生物が存在しなかったからだ。
神は悲しみ、嘆き、そしてあることを思いつき、自身の魂を半分にちぎった。
それを更に半分にちぎり、1対の生物を創造した。
『ヒト』である。
神は『ヒト』の雄に『アダム』と、雌に『イヴ』と名付けた。
神は歓喜した。
これで1人じゃない。
寂しくない。
けれど、神は欲張りだった。
もっと増えれば、もっとこの世界は賑やかになる。
そうすれば、寂しい思いなどしなくて済む。
神はアダムとイヴに、子孫を増やせと命じた。
2人は神の言う通りに次々と子を産み落とした。
その子たちも次々と自身の子を産み、すぐさま世界は『ヒト』であふれ返った。
これで、1人でなくなる。
寂しくない。
寂しくはなくなったが、つまらなかった。
その日暮らしの『ヒト』は、今まで生まれた生物と何ら変わりなかった。
退屈した神は、『アダム』と『イヴ』を筆頭に『知恵』と『言葉』を授けた。
考え、迷い、発展していくための大きな力だった。
その2つを得た『ヒト』は、自分たちは他の種よりも優れていると錯覚した。
この世界は自分等の物だと言い張り、奪い、荒らし、殺して回った。
『ヒト』の非道な行いはそれだけに留まらず、終いには『ヒト』同士で争うようになった。
鬼族、獣族、魔族、神族。
髪や目の色、気性や文化で区分されていた種族同士はそれぞれ衝突し、前代未聞の戦争を引き起こした。
戦争では多くの死者を出し、広大な緑の大地は赤黒い液体で地獄色に染められていった。
これが『ヒト』の末路だった。
知恵を与えられ、暴走した愚かな人形の末路だった。
そのあまりの非道を見かねた神は、新た知恵を与える代わりに今の蛮行を止めるよう促した。
新たな知恵。
それは体内に存在するエネルギー―――『魔力』を使うというものだ。
『ヒト』等は魔力の素晴らしさに驚き、そして自在に使えることを喜んだ。
魔力の使い方を得た後、『ヒト』等はひとまず種族間での戦争を停戦させ、我が物顔で世界を蹂躙することを止めた。
神との約束のこともあったが、何よりも力をつけることを選んだからだ。
魔力をもっと自在に、強力に、広く。
そうすれば、本当に世界を牛耳れる。
自身らを抑えつけている神を滅ぼせば、この広大で美しい世界が全て手に入る。
停戦後、ただひたすらに魔力を磨き続けた『ヒト』の力は、凄まじいものとなっていた。
各種族は一時的に団結し、頃合いを見計らって神を滅ぼそうと戦いを仕掛けた。
主犯者は『アダム』と『イヴ』。
神の力を直接授かった2人と、魔力を得た無数の『ヒト』。
勝算は十分にあった。
しかし、神の力は強大で偉大であり、『ヒト』は神に触れることなく次々と死んでいった。
まともに戦うことのできた『アダム』と『イヴ』の両名も、善戦虚しくその身を散らせた。
戦いは短期の内に終わりを告げたものの、『ヒト』等の愚行は神の逆鱗に触れてしまった。
怒った神は自身の創造した世界を無限に引き裂き、それぞれを別次元へと封印した。
異世界の誕生である。
先の戦争のこともあり、神の力を思い知った『ヒト』等は、もう2度と神に歯向かわないことを誓った。
ただ2つの異世界を除いて。
その2つの異世界は、時間と次元さえ違えど、再び神に反旗を翻したのだ。
それは暴走だった。
広大な世界が手に入ると夢を見。
それが叶わぬ夢という現実を受け入れることのできなかった世界だった。
結果は敗北。
当然だ。
『アダム』と『イヴ』の片割れすら存在せぬ世界が、神に敵うわけもなかった。
己の愚かさを顧みず、ただひたすらに暴走した2つの世界に、神は罰を与えた。
1つの世界には、頭脳を退化させ、種族ごとに異なる言語をすり込ませ、1つだった大陸をバラバラにする、というものだった。
言葉も大陸も違えば、団結するなど起きようがない。
例えそれが叶っても、その頃には神のいる場所へ到達する方法さえ忘れ去られているはず。
そんな考えあっての罰だった。
もう1つの世界にも、もちろん罰を与えた。
破壊、創造、死、生、時間を司った神を創り、それぞれに見張らせるというものだ。
1人で監視するよりも、多人数のほうが確実であるし、何よりも各個が強力な力を持っているため、再び暴動が起こったとしても鎮静させるのが容易になる。
少しでも怪しい行いがあれば正し。
歯向かう者がいれば有無を言わさずに殺した。
恐怖と暴力による支配だった。
当然な罰とは言え、その支配は明らかに度を超えていた。
『ヒト』等の不満は高まるばかりであったが、見張りを務める神々の力は圧倒的だった。
今のままでは、どうあがいても勝つことなどできない。
それをわかっていた『ヒト』等の取った行動は1つだった。
新たな魔力の使い道を得るというものである。
神に戦いを挑み、そして破れた先の大戦争。
その時の『ヒト』等は、魔力を使った身体の強化を施した状態だった。
通常の何倍もの腕力、脚力、耐衝撃性などを得た『ヒト』等だったが、それだけだった。
いくら身体能力が高かろうと、神に届く『力』が圧倒的に不足していたのである。
それでは勝てるわけがない。
子供の戯れに等しい攻撃をいくらしようが、神の命に届くわけがない。
しかし、神とまともに戦う事のできた2人―――『アダム』と『イヴ』は違った。
あの2人だけは、他の『ヒト』とは違う術を用いて神と対峙していた。
自身の魔力を高密度に圧縮することによって結晶化させ、それを用いて神を攻撃し。
その他にも、魔力を火や水に変え、それらを自在に操ったり、『形容しがたい現象』を引き起こしたりもしていた。
それが『ヒト』等と、2人の決定的な差であった。
なぜそんな差が生まれてしまったのか。
簡単である。
『ヒト』等は、魔力を使いこなせていたと錯覚していたからだ。
少しばかり身体能力が向上したからといって、魔力の使い方全てを掌握したかのように振る舞い。
それだけで神よりも強くなったと舞い上がった。
その結果が、敗北である。
しかしだ。
『アダム』と『イヴ』と同等に魔力を使いこなすことが出来たなら、話は変わってくる。
神々から支配されている現状を抜け出し、世界を牛耳ることができる。
結論が出た『ヒト』等の行動は早かった。
すぐさま魔力の研究を、極秘に開始したのだ。
神々にこのことが知られたら、もちろんただでは済まない。
だからこそ、研究員は著しく限定された。
選りすぐりの人間だけが、地下深くに設立された施設に入ることが許される。
研究は日夜に関わらず続けられた。
実験のために何人も死に絶え、嘆きと絶望が蔓延しつつも、研究が止められることはなかった。
その甲斐あって、『ヒト』等は新たな魔力の使い道を確立させたのである。
魔力を結晶化させ、個々に応じた武器を精製する『結晶』。
体内を巡っている魔力を制御し、それを変化させ、様々な現象を引き起こす『魔術』。
この2つが判明したのを皮切りに、結晶も魔術を使いこなす『ヒト』が急増した。
使用可能になる条件が判明したわけではない。
あくまで、使い道が判明しただけだ。
それでも『ヒト』等が結晶も魔術も使いこなせたのは、神を滅ぼしてやるという並ならぬ執念があったからであった。
絶対に神を滅ぼす。
側近も全て滅ぼし、世界を手にする。
その強い思いが、『ヒト』等の能力を開花させたのだ。
強さを手に入れる『ヒト』の数は急激に増えて行き、もはや魔力を使いこなせない者のほうが珍しい風潮にまで達した。
秘密裏に、強さを持つ『ヒト』を増やしていく。
絶対に神々に知られぬよう、細心の注意を払って。
だが、いつまでもそんな大事を隠し通せるわけもなかった。
ひょんなことから、今までの行いを神々に知られてしまったのである。
神々は怒り狂い、『ヒト』等を皆殺しにしようと牙を剥いた。
3度も神に歯向かった『ヒト』を、1人残らず、皆殺す。
そう誓い、神々は『ヒト』等に攻撃を仕掛けた。
しかしながら、神々の思った以上に『ヒト』は強かった。
さすがに個々の能力は低いものの、束になってかかってこられれば厄介な事この上ない。
神々は苦戦を強いられた。
屠っても屠っても、次から次へと敵が沸いてくる。
疲弊し、傷つき、追い詰められ、ついには神々のうちの1人が殺されるまでに至った。
これ以上はと、ようやく重い腰を上げたのが『神』であった。
殺された神の代理を『創り』、そして神々にある強力な武器と、新たな力を与えた。
ご存知、『神器』と『眼』である。
ありとあらゆる攻撃を受けても砕けず、どんなものでも切り裂く『神器』は、『ヒト』等が使う『結晶』に勝るとも劣らぬ威力を見せ、『眼』の発現は今までの身体強化が子供の遊びに思えるほどの強化を全身に施してくれた。
『神器』と『眼』は壮大な効果をもたらし、一時は敗北寸前だった戦況を五分にまで回復させるにまで至った。
そのまま神たちが押し切るかと思われたが、戦況はそのまま硬直状態に陥ってしまった。
神々の殺傷力と、『ヒト』等の生産力が完全に釣り合ってしまったせいである。
いくらなぎ倒したところで、『ヒト』は虫のように沸くし、『ヒト』等も新たな力を手にした神々に手を出すことが出来なかった。
神が直接手を下したのであれば、この状況を終わらせることも出来ただろうが、神の力も無限というわけではない。
好き放題に力を使ってきたため、今までのような事象を引き起こす事が出来なくなっていたのだ。
回復するまでには気の遠くなるような時間がかかる。
それまでは、この戦況が動くことないだろうと予測されていた。
長きに渡る、均衡状態。
全ての元凶となる男は、こんな時代に誕生した。
幼き頃から出会った女と共に、こんな嘆かわしく酷い世界を生きていた。
人の死ぬ瞬間を何度も目撃し、親友を亡くし、子供を助けられず、親しき人に裏切られる―――そんな悲劇をも乗り越え、たくましく2人で生き抜いてきた。
2人は時に喧嘩もしたし、意見の食い違いこそあったが、それでも仲違いすることはなかった。
どこまでも、2人の相性は抜群だった。
それもそのはず。
その男と女は、かつて『ヒト』を大量に生み出すために創られ、生みの親である『神』に反旗を翻した『アダム』と『イヴ』の生まれ変わりだったのだから。