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第141話 元凶編14

リリアの治療を最初に受けたのはレナであった。魔力の著しい消費と、ギアスのたつららにやられた傷を考えれば、それが当然の優先順位であることなどわかりきった事柄なのだが、当人であるレナは素直にリリアの治療を受けようとしなかった。自分よりも先に刹那を治して欲しいと言って聞かなかったのだ。


レナの体の状態が刹那と同じであったならば、リリアも言う通りにしただろうが、そのレナが死にかけの状態であったならば話は別である。リリアにも医学を齧っている者のはしくれとしての知識と責任がある。刹那を先に治療し、みすみすレナを死なせてしまうなどという愚行を促す言葉を鵜呑みにするわけがなかった。


自身の容体の深刻さをわかっていないレナを一喝し、リリアはそのまま治療に取り組んだわけだが、結果としては刹那を先にしようがレナを先にしようが同じだったらしい。斬り飛ばされた四肢の切り口が異常に綺麗だったため、それらを元通りにするのに1人当たり2分とかからなかったのである。一番最初に腕を斬り飛ばされた刹那を治した時と同じだ。凄まじい速度と鋭さ、そして神抜刀の生み出した美しい切り口は、リリアの治療魔術を使用せずとも、ただくっつけただけで元通りになるのではないかと思える程の物だった。


それを見て、改めてギアスの脅威を実感する。


ここまで綺麗な傷をつけるギアスは、一体どれだけの時間を自身を磨くために使ってきたのだろうと想像するだけで寒気がした。あの時、レオが引き下がったのは正解だったのだと、つくづく思い知らされる。


ともあれ、刹那とレナの両人の治療は完了した。レナの魔力に関してだけは、いくらリリアの治療といえどどうしようもなく、自然に回復するのを待つことにならざるを得なかったのだが、それでも命が助かったのだから文句は言えない。



「終わったか、ずいぶん早かったな。もう少しかかるものだと思っていたが」



それを見計らい、ギアスが刹那たちに歩み寄る。


殺気はない。


戦った時とは別人とも思えるほどの、落ち着きぶりだった。



「お前が綺麗に斬ってくれたおかげでな。……よくも俺の『アルテマ』を受けてそうぴんぴんしてられるものだ。普通じゃなくとも人間だったら蒸発するほどの威力なのだがな。その外套のおかげか?」



「そういうことだ。我が主―――神より授かった『黒衣』はあらゆる攻撃を通さぬ『神器』。いかに強力といえど、『黒衣』の前では無力に等しい」



「……武器ではない、防具型の『神器』か。初めて見たな」



「当然だ、数ある神器の中でも1対しか存在せぬのだからな。だが、珍しいのはこちらも同じだ。1人が2つも神器を持ち歩くなど、長年生きているが初めて見た」



ギアスのその言葉で、ようやく『アルテマ』をやり過ごした術を、レオは理解できた。睨んだ通り、やはりギアスの羽織っている黒い外套―――『黒衣』に隠された能力が、高威力である『アルテマ』を防ぎきったのだ。神によって生み出された『神器』。いかなる攻撃をも耐えきる強度があるのならば、いかに『アルテマ』と言えど防がれるのは当然だった。



「……なんだ、小僧。ずいぶん睨めつけてくれるじゃあないか」



呆れたような、それでいて冷たい声でギアスは自身を睨んでいる人物―――刹那に言い放つ。



「恋人を傷つけた私への怒りか、はたまた何も出来なかった自分への怒りか。……一体どっちなのだろうな」



ふんと、鼻で笑う。


当然ながらギアスは刹那がそんな視線を向けている理由を把握していた。先ほど見せた怒りの象徴である『紅い翼』を発現させた時よりかは大分落ち着いているように思えるが、その内ではまだ炎が燻っているのが手に取るようにわかる。四肢を取り戻した今、ほんの少しの起爆剤でも入れてやれば、ギアスの望むような展開になってくれそうであった。



「小僧、私が許せんか?」



「……あぁ」



「己も許せんか?」



「当たり前だ」



「ならば高みを目指せ。貴様らの実力では私に勝利することなぞ到底叶わん。微力な力など存在せぬことと同じだ。力をつけよ。そうしなければ自身どころか、周りの人間も、大事な人間も、全て奪われていくぞ。……かつての私のようにな」



だが、『そう』することをギアスはしなかった。


代わりに、刹那にそっとそれだけの言葉をくれてやった。


ギアスの過去にどんな事柄があったのかなど、一同にわかる由もない。しかしながら、その言葉を口にした時のギアスの表情から、過去に壮絶なことがあったのだという予想は簡単に立てられた。目つきが一際険しくなり、唇を噛みしめているギアスは、おそらく誰か大切な人を守れなかったのだろう。それが悔しくて、だからここまで強くなれたのかもしれなかった。


弱い自分が許せなくて。


何よりも大切な人の命を奪った奴が許せなくて。


今の今まで、それこそ気の遠くなるような月日を過ごしてきたのだろう。


その身に受けた理不尽さからくる怒りが、決して風化しないよう、ただひたすら。



「……わかったよ、強くなる努力を怠らない。俺も……そんなの嫌だからさ」



「そのほうがいい。ゆめゆめ、その想いを忘れぬようにな。……それと、そこな小娘」



刹那からレナに視線を移し、ギアスは言う。


いきなり話を振られ、少し驚いたような表情をするレナをよそに、ギアスはそのまま続ける。



「貴様が小僧を好いていることは私にもわかる。だが、戦いの場でその感情を優先させる事ほど愚かなことはない。それがわからんほどの腕ではないはずだが?」



「…………」



ギアスの言葉に、レナは答えない。否、答えられないのだ。


冷静になってみれば嫌でもわかる。今回、レナが四肢をギアスに切断された最大の理由は、負傷した刹那を必要以上に気遣い過ぎたことである。日常であったならば微笑ましいで済むが、戦っている最中であればあまりに愚かな行為だ。物心がついた頃にはすでに剣を握っていたレナが、それをわかっていないはずがなかった。


そう。わかってはいた。


あそこで―――刹那がやられた際に、うかつに飛び込むのは、いくらなんでもまずい、と。


でも止まらなかった。


気がついたら前に出ていて、そして四肢を両断されていた。



「あの小僧が、貴様にとって大事なのはわかる。心配する気持ちも、怒る気持ちもわかる。だがな、戦い続けるであろう貴様らにとって、冷静な判断を下せんということはあまりに致命的だ。これから先、小僧を想うその気持ちが、もしかしたら小僧を殺すことになるかもしれんのだぞ」



「…………」



「真にその小僧が大事ならば、現状に合った選択をすることだ。『眼』こそ開いてはおらぬようだが、剣の腕前に関しては何の問題もないのだからな。冷静に場を見つめる思考を養え。よいな」



「……はい」



自身の欠点を指摘され、それをムキになって否定するほどレナは幼稚ではない。悔しそうに唇を噛みしめるものの、それは自身の未熟さを呪ってのことだ。今回のことでよくわかった。これからはもっとうまく立ち回らなければならないと、レナはひしひしと感じていた。



「……余談が過ぎたな。そろそろ、本題に入らせてもらう」



と。


不意にギアスが刹那たち一向の面々を見渡した。


値踏みするように、何度もだ。


それが一体なんの真似かはわからない。


だが、ギアスが刹那たちの『何かを確認している』ことくらいはわかる。


間違っていないか。


自身のつけた価値は、本当に正しいのか、と。


まるでそう言いたげな行動だった。


一通り見つめ終わった後、自身の何かに決心がついたのか、ギアスは一度頷く。


そして冷たい表情と視線はそのままに、その小さな唇を開いた。



「目的は果たされた。私の能力を見破られたのも、何時ぶりのことだが思い出せん。まだ未熟な点は多々あるが、貴様らの実力を称え、今回の事件の『元凶』について語ろうと思う」



唐突に告げられた、その言葉。


自らを『神』と名乗り、異世界の全てを滅ぼそうと目論んでいる人物。


刹那を器に収まっている『神の魂』を破壊しようと、各世界を狂わせている『罠』を設置している組織。

それらを語ると、ギアスは言っている。



「な、なんでお前がそんなことを―――」



「―――知っていて当然だ、当事者なのだからな。もっと言えば、私はその元凶である男の『監視役』だった。だから、そいつがどんな男なのかも、その男がなぜ神への反逆を企てたのかも全て知っている」



刹那の言葉を遮り、ギアスが続ける。



「現在、『神』を名乗っている男の名は『マリス』。だが、その男の真の目的は世界を破滅させることだけではない。その番たる女を生き返し、自身らを拒絶した世界を滅ぼした後、悲しみのない安らぎだけが存在する新たな世界を築き上げることだ」


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