第140話 元凶編13
ギアスの能力。
それは『加速』や『減速』などの『速度』を操るものではない。それを教えてくれたのが、先ほどレナを地面に磔にしたつららだった。
弾道を読んだ上で放たれたレオの弾丸を置き去りにしたほど『加速』されていたつらら。それほどの速度があれば、『地面に突き刺さる』だけで留まることなく、そのまま地面に埋まってしまうはずである。直前に『減速』したのであればそれも可能であるが、『超集中力』を使用していたレオの瞳には、一切の速度の変化は見えなかった。つまりギアスの放ったつららは、あの高速度を保ったまま、地面に突き刺さったのだ。
それが、先ほどから疑問であったギアスの真の能力を解き明かす、最後のピースとなった。
自身の体と、創り出した氷壁や放ったつらら―――物体の加速と減速を操ったギアス。
だが、それは決して『速度』を操る能力によるものではない。
ならば、ギアスは何を操っていたのか。
それは―――『時間』である。
『加速や減速』と、『時間の操作』。
同じようなものだと思うかもしれないが、その2つには決定的に異なる点が存在する。
『加速や減速によって得られるエネルギーの有無』である。
普通であれば、加速をすればするほど、その速さに乗った攻撃は鋭く、重く、そして速くなる。刹那の戦法がその最たる例だ。『黒い翼』によって加速し、その勢いで振り下ろした大剣の威力は、計り知れないものがある。減速をすればその逆だ。威力も速度も何もない、薄っぺらで脅威のない攻撃になる。
対して、時間を操ればどうなるのか。
答えは単純。いくら時間を進めようが、遅くしようが、攻撃の威力は変わらない。速度も、鋭さも、『見た目だけ』ならばいくらでも速くもなろうし遅くもなろうが、肝心の威力はどうやってとしても同じになるのだ。ビデオの早送りを思い浮かべてもらえば話は早いだろうか。
時間は流れだ。流れて、流れて、その先に待っているのが結果だ。時間の流れをいかに操ろうが、結果は変えられない。攻撃も、氷壁も、つららも、全てはそれぞれの結果の訪れが速いか遅いかに過ぎない。
それさえわかれば、対策は立てられる。
レオの弾丸を防ぐ盾となっていた氷壁を、突破することができる。
先ほどは弾丸で破壊しても、熱で溶しても、弾丸が通る前に新たな氷壁を張られてしまったが、たった今放ったレオの弾丸は前の物とは一味違う。以前、レオの世界に降り立った『神の使い』が1人、『シャドウ』に多大なダメージを与えた、光属性の弾丸―――『アルテマ』である。
爆発を伴う炎属性の弾丸とは違うものの、放たれることで発生する巨大な光は膨大な熱量を保持しているアルテマは、いかにギアスの創り出した氷壁といえど瞬時に滅することなど明らかだ。時間を最大限に遅くされれば結果はわからないが、ギアスはレオを甘く見ている。多少の手加減をしたとしても、それでも自身に銃弾が届くことなどないと見くびっている。そうなれば、最大限まで時間を遅くすることなどしないはず。
手前の氷壁さえ突破さえすれば、確実に届く。
新たな氷壁を創り出す前に、全てを消し去る『アルテマ』が命中する。
「―――ッ!!?」
遠目から見ても『アルテマ』の脅威を理解できたのか、ギアスは慌てて身を翻し、羽織っていた黒い外套で全身を覆い尽くす。氷壁を張る間を惜しんだが故の行動であることは理解できたが、時間を進めて『アルテマ』の射程圏から抜けださなかったのに、レオは違和感を覚えた。
時間を進めても離脱が間に合わないと判断したためか。
それとも、時間を操る能力を多用したくなかったためか。
気になる点は多々あるが、最も気にかけなければならない事はただ1つ。
強力極まりない『アルテマ』の威力を察しながらも、それを羽織っている外套で防御しようとしていることだ。
避けられないのならば、受ける他ない。つまり、ギアスには見るからに薄っぺらい外套でレオの『アルテマ』を受けきる自信があるのだ。『時間操作』によるものなのか、外套に隠された秘密によるものなのかは分からないが、少なくとも『アルテマ』の1発で沈むことはないはず。
レオの頭に駆け巡る様々な可能性をよそに、『アルテマ』は佇んでいる氷壁をあっさりと蒸発させ、外套で身を隠しているギアスに命中した。そのままギアスは、まるで激流に飲まれたかのように『アルテマ』に包みこまれ、傍からはギアスがどうなったかを確認することができなくなってしまった。
『アルテマ』の威力は凄まじく、標的であるギアスはおろか、その背後に茂っている樹木を容赦なく蒸発させ、その地面も容赦なく抉っていった。しかし『アルテマ』の爪痕はそれだけに留まらず、発射された際に生じた衝撃で辺り一面の木々をも薙ぎ倒し、その残骸を吹き飛ばすにまで至っている。倒れている刹那やレナ、隠れているリリアの地点を考慮していなければ、まず間違いなく巻き込んでしまうほどの範囲だ。
正直な話、人間に対して撃つべき代物ではなかった。連射できないとは言え、1人の人間が出すことの出来る火力と見れば凄惨たるものだ。弾丸どころか核弾頭に匹敵するような『アルテマ』は、使いどころを誤れば、標的どころか辺り一面にまで被害を出す『諸刃の剣』に等しい兵器だった。
凄まじい威力の『アルテマ』。だがその攻撃も無限に続くわけではない。次第に光の量も少なくなっていき、ついには空気に溶けるように消え失せていった。
そして露わになる、黒い外套に包まったギアスの姿。
バサッと音を立てて覆っていた外套を取っ払うことで晒されたギアスの表情は、先ほどのような笑顔ではなく、はたまた自身をここまで追い詰めたことによる憤怒のものでもなく、ただ無表情だった。初めて顔を合わせた時に見せた、冷たい目を表情だった。
「……驚いたぞ。まさか―――まさか貴様がここまでの火力を持ち合わせていようとはな。『これ』を持ちだしたということは、どうやら私の能力に察しがついたというのも本当らしいな」
「『時間の操作』といったところだろう、貴様の能力は。詳細まではわからんが、大方当たりなんだろ?」
「厳密には『時間の流れの操作』だがな。もう少し詳しく教えてやるとしたら、そうだな……。『私が生じさせた時間の流れを早めるか遅める』ことができる、といったところか。他にも制約やらがあるのだが、そこまで言う義理はない」
「……いいのか?『敵』に能力の詳細を教えて」
「構わんさ、もう戦う気はないしな。お遊びの時間も、そろそろ終わりだ」
そう言いながら、ギアスは手に握っている神抜刀を鞘に納め、抉れている地面を歩きながらレオへと近づく。先ほどに感じられた、針のように突き刺さる殺気は微塵も感じられず、本当にこれ以上戦う気はないらしかった。
「……どういうつもりだ、さっきまでやりたい放題だったくせに」
「貴様の力はもうお遊びのレベルでは捌ききれないということだ。これ以上やるとなれば、私も本気でやらざるを得ない」
そうなれば。
貴様を殺してしまうかもしれんからな、と。
ギアスはそう言った。
確かに、ギアスは今まで本気ではなかった。刹那も、レナも、そしてここまで追い詰めたレオも本気だったにも関わらず、手を抜いていたギアスに届かなかった。もしギアスが手を抜かず、本気で殺しにかかってきたら―――例え万全の状態であっても勝つことはできない。それほどの差がある。今の刹那たちにとって、ギアスはあまりにも高すぎる壁だった。
レオもそのことがわからぬ程、愚かではない。自身の持つ最強の弾丸である『アルテマ』をやり過ごされ、その上本気を出していない相手に勝てるなど到底できないことくらいわかっている。
引き下がらなければならない。
だが、こいつを許すこともできない。
その2つ感情の狭間で揺れ動いているレオの心境を察したのか、ギアスは冷たく言い放った。
「……くだらん意地を張っている暇があったなら、達磨になっているそいつらの治療でもするんだな。男のほうはまだいいとしても、女のほうは放っておけば死ぬぞ」
そう言われて、レオは2人のほうを振り返る。刹那が動けないレナの元まで這いずり、お互いに寄り添い合う形になっているまではよかったが、レナの顔色が明らかに悪かった。刹那の傍にいるためか、表情こそ安らいでいるものの、その色は死人のように白かった。激痛と魔力の消費で相当参っているのだろう。このままではギアスの言う通り、死に至る可能性が高い。
苦しむ仲間と、憎き敵を天秤にかけようとして―――止めた。
答えなど、考えるまでもない。
「……覚えていろ」
「あぁ、覚えていたらな」
短いやり取りをかわした後にレオはギアスに背を向け、2人の元へと一目散に駆け寄る。
それが戦いの終わりだと悟ったのか、木々の中に隠れていたリリアも駆け寄ってくる。
その後、刹那とレナの有様を見たリリアが、涙目になりながらも治療を開始する姿を、ギアスは大して面白くもないような顔でじっと見つめていた。