第137話 元凶編10
冷静に考えてみても、レオの取った選択が容易だとは到底思えない。2つ銃を持ち合わせたとしても、行う動作はまるで違うのだ。片や動きの先読み。片や接近してくる物体の優先順位の判断。両方を一気にこなすことなど、普通の人間であればまず不可能な所行である。
レオもその例外ではない。ただし、それはあくまで『普通の状態であれば』の話だ。現在レオが使用している、『超集中力』。それさえあれば、2つの全く違う複雑な行為もできないことはない。
「……ほぉ! なかなか大した物ではないか!」
自身の動きの先を読み、更に向かっているつららを打ち砕くことをこなしているレオに、ギアスは賛美の声を上げた。ギアスも、まさかここまで困難なことをレオがやってのけるとは思っていなかったのだ。レオの至って真剣な表情を見ながら笑みを浮かべているのが、何よりの証拠である。
ギアスの表情のことなど気にかけている場合ではないと言わんばかりに、レオは次々と接近してくるつららを打ち砕いていく。片方の銃のみでの破壊だったため時間は多少かかったものの、ついには全てのつららを排除することに成功し、レオは間髪入れずギアスへの攻撃を再開した。
ギアスに襲いかかる機関銃のような連射。相変わらず先を読んだ弾道は、ギアスの持つ神抜刀を攻撃ではなく防御に使うように仕向け、ギアスの加速や減速を完全に封じ込めることができるはずだった。
だが、ギアスが取った行動は防御でも弾丸の回避でも何でもなく。
「あせるな、もう少し楽しめ」
地面に神抜刀を突き刺し、巨大な氷壁を一瞬にして造りあげるという、見ている者に呆気を取らせる予想外の行為であった。そのおかげでギアスへ向かった弾丸は、見事に阻まれてしまう。使い方1つで武器にも防具にもなる氷を、ギアスはもはやの手足のように操っていた。
「それで凌いだつもりかァッ!」
レオの放った雨あられのような無数な弾丸は、ギアスの創り出した氷壁に突き刺さり、徐々に砕いていったが、あっという間に全て崩壊とまではいかなかった。通常であればほんの2、3秒ほどで砕ききることの出来る氷壁も、砕け散る氷を『減速』すれば、鉄壁とまでいかずともある程度の時間は確実に持ちこたえることの出来る盾にはなる。
だが、全ての属性を付すことの出来るレオの前ではギアスの策も無駄である。いくら氷を減速させようと、火属性を付加したレオの弾丸を撃ち込んで溶かしてしまえば関係ない。
レオが属性を弾丸に付加するには、ほんの一瞬の『溜め』時間が必要だ。威力の上昇に比例して『溜め』の時間は大きくなるのだが、巨大でこそあるが決して分厚いものではない氷壁を溶かしきるには、それほど強大な威力はなくていい。ほんの少しの『溜め』でいい。それを撃ち込みさえすれば、目の前の薄い氷壁は完全に消え失せる。
やるべきことが定まった後のレオの行動は早かった。氷壁を溶かしきることのできる最低限の威力を持つ火属性の弾丸を『溜め』によって精製し、氷壁の中心へ向かった迷うことなく引き金を引く。頭の中で描いたシュミレーションをそのまま実行してのけ、後は先ほどと同じようにギアスの先を読んだ攻撃を仕掛ければいいだけ。問題はないはずだった。
ただ1つ、レオがギアスの能力について勘違いしていたという点を除けば。
「な、に……?」
レオの計算通り、創り出した弾丸の威力は氷壁を溶かしきることに事足りるほどの物であった。聳え立つ氷壁から水が滴っているのが何よりの証拠だ。おかしいのは溶け出す『速度』。熱を故意に加えているというのに、自然解凍とも思えるほど溶けるのが『遅い』。
一瞬の戸惑いと驚き。そして沸き上がる焦燥感。
なぜこのような事態になってしまったのかを自身に問いかけ、そして一瞬で答えが出た。
勘違いである。
実に単純な話で、ギアスの能力は『加速』や『減速』といった『物理的な速度を操る』ものではないということだ。もしそうであったのならば、先ほどの氷が溶け出す速度まで遅くなったのは明らかにおかしい。もっと別の能力であると判断するのが妥当である。
ギアスの本当の能力。
自身の体、及び指定した物体の『加速』と『減速』。
ただし物理的な速度のみという限定的なものではない。
先ほどの氷壁のように、『溶ける』といった事象にも干渉することができる。
(操るのは、『速度』じゃないのか?)
ギアスの真の能力を分析しつつも、レオは現在の戦局を投げるような真似はしなかった。そんなことをすれば元も子もないと知っているレオは、分析と攻撃の両方をやる選択肢を取った。
いくら氷壁に弾丸を撃ち込んでも無駄だと判断したレオは、自身の立ち位置をすぐさま変え、壁の向こう側で笑っているギアス目掛けて銃を乱射した。本来ならば弾丸で氷壁を打ち砕いてギアスに弾丸を浴びせるほうが早いのだが、能力を使われたせいで壊れる速度が遅くなっている氷壁が壊れるのを待つよりかは、立ち位置を変えてギアスを直接狙ったほうが早い。
「まぁ無駄だがな」
だが、レオのその行動を嘲笑うかのように、ギアスは再びレオの弾丸を防ぐための氷壁を一瞬で形成した。先ほどと同様に、ギアスへと向かって行った弾丸は氷壁に阻まれ、砕ける速度の遅い氷はいつまで経ってもその場に残り続ける。
こうも簡単に鉄壁を築かれては、いくらなんでも突破は不可能だ。弾丸を撃って氷壁を壊そうにも、壊れるまでにはどうしても数秒の単位で時間を食ってしまう。かといって今のように立ち位置を変えてギアスを撃とうにも、薄くても巨大な氷壁を一瞬で築かれてしまっては、弾丸は絶対に届くことはない。
やるべきことは、もう1つしかない。
ギアスの能力の解明だ。
それさえわかってしまえば、ひょっとしたら突破口が開けるかもしれない。少なくとも、今のような確実に潰されるような策を実行し続けるよりはずっとマシな一手である。
だが、それはあくまでもギアスの行動を制限しつつ行使しなければならない困難を極める手だ。棒立ちで能力を分析するなど誰にだってできる。だが、この戦況でそのような愚かな行為をするということは、殺してくれと言っているようなもの。
相手の行動を抑制しつつ今までの能力を解析し、そして能力の詳細を導き出す。
並みの集中力では不可能に近い所行も、レオの『超集中力』ならば何とかやってのけることが出来るが、ほんの少しの油断で全てが波状してしまうという、まさに綱渡りのようなものである事を忘れてはならない。
だが、それをやらなければ活路は見出せないことも、また事実。
渡るしかないのだ、この綱を。
(考えろ……、奴のやったことは自分の自身の『加速』と『減速』。氷の砕ける速度と溶ける時間の『減速』……!)
立ち位置を変えて弾丸を放ちつつも、レオは思考する。だが、現在の判断材料ではあまりにも情報が少なすぎてギアスの能力を完璧に推測することができない。パズルのピースが足りないとでも言えば通じるだろうか。それさえわかってしまえば、全ては追い風となりうるのに、それがどうしてもわからない。
そんなレオを尻目に、ギアスは冷たく微笑みながら同一の行動を繰り返す。氷壁を創り上げ、そしてレオの弾丸を防ぐ。氷壁が崩れて盾として使えなくなれば、再び氷壁を創り上げる。
機械のように同じ動作を行っているのは、どう考えてもわざとだ。長年戦い続けて来たギアスに限って攻めあぐねていることなど考えられないし、何より表情に余裕が見える。おそらく、レオがどうやって戦況を打開してくるかを待っているのだろう。そうでなければ、すぐにでも氷壁の外へと出て、容赦なく加速を駆使してレオに斬りかかってくるだろう。そうなればすぐに勝負が決する。敗北という幕切れで終わる。
冷たい微笑み。
それが、不意に歪んだ。