第134話 元凶編7
「え……?」
呆けた声を上げて、刹那は自身の両腕が切断されていく様を、ただ見つめていた。
ギアスの攻撃を、刹那は弾くことができなかったのだ。それもそのはず。ギアスの振るった大太刀の速さが、『一瞬だけ遅くなった』のである。それも、意図的に力を抜いて生み出せるような緩急ではない。明らかに物理法則を無視したとしか言えないほどの遅さだ。力づくでスピードを緩めたなどでは断じてない。明らかに能力使っているようだった。
大剣で弾くタイミングを見透かされ、まんまと空振りをした刹那は、その後、何事もなかったかのようにスピードを取り戻したギアスの大太刀によって、両手を奪われてしまったわけなのだが―――そのあまりの自然さに、一瞬何が起こったのかわかっていないようだった。
鮮やか過ぎる一連の流れ。能力を使う前触れなど微塵も感じられず、両腕を切断するなりすぐさま射程圏外へと脱出する。もちろん特筆すべきはそれだけでなく、刹那の両腕を切断した太刀筋も素晴らしいものだった。
痛みを感じなかったのだ。
両断され、不自然な喪失感こそ味わえど、それでも腕の断面からは痛みが感じられることはなかった。武器が文字通り神懸かり的な切れ味を誇る神器であることも一因だろうが、何よりも武器を振るうギアスの腕が、とてつもないものだということを、それが証明していた。
こぽっと、断面からようやく血液が滲み出る。
それでも、痛みは感じられない。最初に腕を斬り飛ばされた時は悶絶物だったはずなのに、これは不気味なほど痛みがない。神経が麻痺してしまったのではないかと、思わず疑ってしまうレベルだ。それを実現させたギアスの技量に、刹那は薄ら寒さを覚えた。
「刹那ぁッ!!」
刹那が戦闘不能に陥った事を瞬時に把握したレナが、即座にギアスに斬りかかる。刹那にこれ以上の追撃を許さないためである。両腕を失った刹那は、大剣を持って攻撃するどころか、攻撃を防御することさえ叶わないのだ。いわば、丸裸同然。ギアスが敵であるならばなおさらである。
「ちっ! レナ! 少しだけそいつを抑えてろ!」
言うなり、レオは手に持っている神爆銃に装填されている弾丸を全て破棄し、ホルスターに付された小さなポケットから、1発の黒い弾丸を取り出し、再度装填した。
その後にすぐさま刹那の背後の茂みに銃口を向け、引き金を引いた。
乾いた音と共に発射される弾丸。
その中の木々か何かにぶつかったのか、それをトリガーに弾丸に込められた魔力が解放される。
不気味な雷鳴のような、あるいは地鳴りのような、低い断続音が聞こえ、周囲の木々を引き寄せ始める。
弾丸に込められた魔力が引き起こしている現象の正体は、早い話が重力である。
辺りの土や木々、草花を巻き込むほどの重力は、射程圏内で呆けている刹那をも捉えていた。
「う、わ……っ!」
踏ん張ることもままならず、刹那と切断された両腕は重力を放っている弾丸の方へと引き寄せられていく。不意に襲う浮遊感。何が起こったのか、呆けている刹那には理解できるわけもなく、ただ引きつけられている重力に身を任せるだけだった。
通常ならば、巻き込んだ者や物を全て押し潰し、圧縮するはずの重力であるが、レオはしっかりと計算をしたらしく、その重力は刹那を巻き込む前に魔力を使い果たし、自然消滅してしまった。どうやら、戦闘不能になった刹那を離脱させるために撃った1発だったらしい。どさっと強く体を打ちつけられるものの、ギアスと距離を取らせることには成功したようだった。
「刹那さんっ! 大丈夫ですかっ!?」
戦線から離脱したはずのリリアが、刹那に駆け寄る。戦闘に参加していないとはいえ、治癒魔術を施してはいけないという理由にはならない。輪切りになった刹那の両腕を持ち、リリアはすぐさま治癒に取り掛かる。
「すぐに終わりますからね。痛くないですか?」
「……あぁ。『全然痛くない』んだ」
「?」
刹那の言葉を疑問に思いながらも、リリアは右腕の治癒から取りかかる。傷口がずれてしまわぬようしっかりと合わせ、そこに魔力を集中させる。
リリアの治癒魔術は傷を癒すものではなく、魔力を集中させた箇所の自然治癒力を強制的に高めるというものである。そのため、あまりにも大きな傷を治すことは、患者の体力が持たないため出来ないし、複雑すぎる怪我を治した場合も、不自然な形で完治しまうことがある。大変便利な魔術ではあるものの、万能ではないのだ。
今の刹那のように、切断された腕を治すようなことも、時間がかかるということに目を瞑れば可能である。神経の1本、血管の1本、筋繊維の1本までしっかりと治すには、どうしても時間がかかってしまう。治療法はあくまで自然治癒。本来ならば治らないはずの腕が繋がることを考えれば、多少時間がかかっても仕方ないと考えるだろうし、リリアも刹那も両腕が治るまでには時間がかかるだろうと予想していた。
それだけに、刹那の右腕が、治癒魔術をかけてわずか10秒足らずで完全に元通りになるなんて、思ってもみなかった。
「え? 嘘……」
その光景に一番驚いたのが、術を掛けたリリアである。こういった切断の類の傷を何度も治してきたリリアも、ここまでの速度で繋がる光景など、お目にかかったことなどなかったのだ。あまりに早すぎる。傷口のあった箇所を見てみても、斬られた跡がちっとも残っていない。傍目から見ても、完治しているようにしか見えなかった。
「せ、刹那さん。腕、何ともないですか? 変な感覚があるとか」
念のためにと、リリアは刹那に尋ねる。
その問いに答えるためにと、刹那は右拳を開いて閉じる行為を繰り返し、軽く腕を振ったりしてみるが、まるで異常が見受けられない。下手をすれば、斬られる前よりも調子がいいようにも感じられる。
「……大丈夫だ、何ともないよ。ちゃんと動く」
「よ、よかったぁ。それじゃ、反対の腕もくっつけますね」
ほっとしたような表情をして安堵し、リリアは左腕を治癒する作業に取り掛かった。ここまで早く治ってしまったことに不安を覚えていたようだった。いつもとは違うイレギュラーな事態が起これば、誰だってそうなる。
しかしながら、当の本人である刹那は右腕が思ったよりも早く治癒したことに、さほど驚いていなかった。原因に予想がついていたからだ。
ここまで早く腕が完治した理由。それはおそらく、『傷口があまりにも綺麗に斬られた』からであろう。痛みも感じないほど綺麗に斬られた切り口ならば、再生も速いはず。その気になれば、リリアの治癒魔術を使わずとも、切り口と切り口をくっつくけただけでも治ったかもしれない。
そう思わせるほどの、腕前を持つギアス。
……寒気がする。
両腕が治って、再び立ち向かったとして、果たして勝負になるか。
おそらくならない。
ならないだろうが―――
(やれるだけのことは、やる……!)
いかに強かろうが、絶対的であろうが、ここで怖気づいてなどいられない。立ち向かわなければ、確実にやられる。これほどの強敵は久しぶりであるが、まだこちらにも手は残っているのだ。それをぶつけずにして退くなどあり得ない。
「終わりました! 刹那さん、どうですか?」
左腕の治癒も終わるなり、刹那は右腕と同じように左腕の感覚を確かめてみる。
指先から斬り飛ばされた箇所まで、おかしいと感じる点はない。動く。力が入らないということも皆無だ。これで遠慮なく剣が振るえる。
「リリア、ありがとう。……よし!」
礼を言い、刹那は立ち上がる。同時に、腕を斬り飛ばされた時に消滅してしまった大剣を再び生成し、さらに『眼』を発動させる。先ほどは様子見のため、単なる身体の強化だけだったが、今回は違う。自らの持つ力を、存分に発揮させて挑む。全力で立ち向かわなければ、この窮地は脱することができないことを、身を持って知ったからだ。
本当ならば、今の強化に加えて『眼』を使用した時のみ発現できる『黒い翼』を利用して攻撃するところであるが、それだけは出来ない。その威力ゆえ、ギアスと接近しているレナをも巻き込んでしまう恐れがあるからだ。爆発的な攻撃力と機動力を得られないのは痛いが、それでも戦えないことはない。
十分だ。
戦える。
(―――行こう!!)
足に力を込めながら、曲げる。
それをバネにし、地面を蹴る。
土が抉れ、若干の浮遊感が襲う。
空気抵抗を全身で受けながらも、速さだけは上がってくる。
急激に近づく、ギアスとの距離。
大剣を振りかぶり、タイミングを合わせてギアスに向かって振り抜いた。
腕を狙い、ただ全力で。
「おっらぁアアアアアアッ!!!」