第132話 元凶編5
裏切り者め。
絶対に、殺してやる。
貴様だけは私が殺してみせる。
例え何度生まれ変わろうと、必ず。
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オリアスから手渡された本を開き、出現したゲートの中に入った刹那たちの組は、奇妙な浮遊感を味わいながらもゲートの中を移動し、神の弟子であるギアスの待ち受ける世界へと移動していた。
周りは相変わらず紫や赤やら青やらが混じり合った不気味な色をしており、それが時折光ったりするものだから薄気味悪いことこの上なかった。幾度となく通り抜けてきたこのゲートではあるが、慣れることはもうなさそうだった。
しかし、だからこそ次の世界の光景が待ち遠しくなるというものである。
森林に囲まれた世界か、水に囲まれた世界か、はたまたビルの連なる摩天楼か。
それらを想像している今が、旅をしている上での楽しみの1つと言っても過言ではない。
「刹那、どうかしたの?」
前を移動していたレナが、小首を傾げてそう尋ねてくる。
どうやら気付かぬうちに、次の世界の期待感が表情に出ていたようだった。
「いや、次の世界ってどんな感じなのかなって思って」
「気になるのはわかるけど、気をつけてね。何があるかわからないんだから」
眉を八の字にしながら、レナは不安の色を隠さずに刹那にそう言う。
いつ何が起こってもおかしくない世界を渡り歩くというのに、気を抜いて隙を見せている様が心配なのだろう。それが恋人になったばかりである刹那ならば、なおさら。
「わかってるよ。心配してくれてありがとう」
「うん」
刹那のその返事にレナは安心したのか、刹那に笑いかけた後に再び正面を向いた。
たったこれだけのやり取りなのだが、ほんの少し前まではこの程度で顔を赤くして黙っしまったのだから大した進歩だと思う。恋人同士というものは、何とも偉大なものである。
「もうすぐだ。気を引き締めろよ」
先頭のレオが皆にそう伝える。
その先には、この気味悪い空間の出口である眩い光が存在していた。その光の中に入れば、この先の世界へと立ち入ることができる。どんな世界が待っているのか。どんな光景が待っているのか。そして、ギアスがどんな人物なのか。それらを、知ることができる。
先頭のレオが光に包まれ、その後に次いでリリアが光に包まれる。先に新たな世界へ立ち入った2人に、ほんの少しの羨ましさを感じながらも刹那は大人しく移動し、目の前を移動しているレナの後、すぐに光に包まれる。
瞬間、刹那の視界は白く染まり、今までの浮遊感が徐々に収まっていくのを感じた。次の世界へと到着する前触れである。その直後に開けてくる、刹那の視界。白かった周りは色を取り戻していき、今から立ち入る世界の景色が浮かび上がってくる。どうやら、木々に囲まれた世界のようだった。ぼやけた景色でも、色から推測すればある程度はわかる。
綺麗な世界なのだろうと、刹那は浮かれていた。
しかしながらレナの忠告を破るわけにもいかず、最低限の警戒は解かないでいた。
それがよかったのかもしれない。
先ほどまでの浮かれっぱなしの状態であれば、これから立ち入る世界から感じられる異様な『殺気』やら『闘気』を察知することなど、絶対にできなかったろうから。
「!?」
景色の向こう側から感じられる、確かな戦いの気配。今まで幾度となく異世界へと降り立ってきたが、『異世界にたどり着いた瞬間』に戦うことなど一切なかった。文字通りの奇襲である。出た所を狙われるという初めての状況でも、刹那は怖気づかず即座に結晶である漆黒の大剣を形成した。当然だ、うろたえている一瞬の隙で、自身の命が刈り取られてしまう可能性があるのだから。
警戒を決して緩めず、上下左右前後全ての方向からの攻撃に備えながら、刹那は戦いの舞台と化している世界へと降り立った。自身を包んでいた光はもうない。周りの景色も鮮明に映し出され、先にこの世界へと降り立ったレオ達が一体誰と戦っているのかを確認することができた。
敵は1人。
黒衣を纏った、雪のように白い髪をした少女。
手には、レナの持つ神抜刀とよく似た、青白い大太刀が収められている鞘が握られている。
「……これで最後か」
刹那がこの世界に召喚された瞬間に閉じられたゲートを見て、殺気を隠すことなくその少女は呟いた。レオもレナも臨戦態勢に入っており、唯一の非戦闘員であるリリアはレオの後ろに隠れてこの場から離脱するタイミングを計っているようだった。
ともあれ、これで全員が揃った。
まだ硬直状態であるとは言え、やるとなれば1対3。
数だけを見れば有利であることは間違いないが、目の前の敵の実力がわからない以上、安心など絶対にできない。実力と能力によっては、3人掛かりでも葉が立たない可能性だって出てくるのだから当然だ。
「ずいぶん、警戒しているな。……いいことだ、得体の知れない敵にはそうするべきだ」
隙を狙い、いつでも攻撃に移ってもおかしくない刹那たちとは対照的に、その少女はまるで敵意を持ち合わせてはいなかった。あるのは殺気と間違えるほどの威圧感。冷たい視線をしてこそいるが、今のところ襲ってくる気配は微塵も感じられない。
「私の名はギアス。全能たる神の弟子にて、貴様らと目的を同じくする者だ」
そこで刹那たち一同は、少しだけ警戒心を弱めた。
殺された神の仇を討とうと異世界中を駆け巡っているというギアス。
それが本当であれば、今のように敵対する必要などない。
銃を構えていたレオは銃口をギアスから外し、神抜刀を構えていたレナも切っ先を下げる。ギアスの言葉を聞き、敵ではないと判断したからである。刹那だけはギアスから変わらず放たれている威圧感から、手に握り込んでいる大剣の柄をなかなか話そうとしなかったが、レオとレナの2人が臨戦状態を解いたのを見習ってゆっくりと切っ先を下げる。
が、ギアスは無表情のまま手を差し出して、3人の行動―――すなわち武器を降ろして臨戦態勢を解くその行為を制止した。何のつもりでその行為をしたのかわからず、一同はギアスの表情を覗き込む。
微笑んでいた。
冷たい、微笑だった。
どうすればここまで冷たい表情ができるのかと、刹那はぞっとした感覚に捕らわれていた、
「そう冷たくするな。手合わせと行こうではないか」
うっすらと狂気が見える瞳を細めながら、ギアスは言った。
その言葉は冗談でも何でもなく、それどころかその声色から考えて『手合わせ』だけ済むとはとても思えず、まるでこれから始まる殺し合いを宣言するかのような、そんな口調だった。
「……血迷ったことを。俺達が戦う理由がどこにある」
すかさず、警戒の色をすぐさま取り戻したレオがギアスに言い放つ。
レオがそう言った理由としては、下手をすれば異世界中にばら撒かれた『罠』よりも厄介なギアスとは、例え手合わせというお遊びのレベルでも戦いたくはなかったからである。 嫌な予感がするのだ。目の前のギアスは、『手合わせ』なのに平気で腕の1本や2本を切り落としてくるような邪悪な雰囲気がある。もしもオリアスからギアスのことを聞いていなければ、確実に『罠』であると即決したであろうその雰囲気は、少なくとも敵ではない者に放つべきものではなかった。
そう思ったのは、何もレオだけではなく、ギアスと対峙しているメンバーの全員も同様だった。
レナにしてみれば、小さな子供の体の中に秘められている膨大極まりない魔力だけでも脅威に感じるというのに、あまつさえ長年に渡って洗練したであろう戦闘技術も合わさるのだから、こちらのダメージは必須であると考えているし、刹那にしてみれば未だにゾクゾクとしたものが背筋より感じられており、叶うことならば、すぐさま皆と一緒にこの場から逃げ出したいという思いに駆られていた。
いずれにせよ、目の前のギアスと戦いたくないことは共通しているわけだ。敵ならばいざ知れず、『こちら側』の人物であるギアスと戦うなど、あり得ない選択肢だった。
それなのに、レオ達の共通の思惑を嘲笑うかのように、ギアスはおもむろに手に持っている大太刀―――『神抜刀・氷』を抜き、その刃を刹那たちに向けて言い返す。
「だから言っただろう、『手合わせ』だと。志を同じくする者の力量を計るだけなのに、そこまで嫌がることもなかろうに」
口元を禍々しく歪め、ギアスは両手で身の丈ほどの神抜刀を構える。
もはや何を言っても無駄らしかった。レオがどれほどの口ごたえをしようと、ギアスが止まることは決してないだろう。完全に目がイッてしまっている。和解などという甘い選択肢は、もはや残されていなかった。