第131話 元凶編4
刹那とレナが結ばれてから数時間後、朝日は昇り、新たな一日がやってくる。
想いを告げあった2人は、その後お互いの部屋へと戻って眠りについたわけなのであるが、妙に興奮してしまってうまく寝付くことができなかったらしく、朝食の場に集合する際には2人とも目をこすったり、あくびをかみ殺していたりしていた。
それでも、ちゃんと早いうちに起床し、全員分の朝食を作ったレナは大したものだと実感させられる。緊張の連続のあとに呆気なくその糸が切れたというのに、こうも生活のリズムを崩さないのだからその生真面目さがわかるというものだ。
そういったわけで、いつもと変わらない美味な朝食を口にしている刹那であるが、妙なことに気が付く。
「……なぁ、どうしてみんなして俺を見てるのさ」
自身の顔を、どこかにやついた様子で見つめてくる一同。レナだけは皆の様子に目を丸くしていたものの、それ以外は同じである。微笑ましい物を見ている時のようなと言えば具体的すぎるが、案外的は外していないような、そんな表情である。こちらを見てにやにやし、刹那が見てくるとさっと目を逸らす。
そんな行為を、レナを除く全員からやられているのだから、刹那にしてみればたまったものではない。落ち着けないし、何よりも気味が悪くておいしいはずの朝食が台無しだ。
「何か顔についてるとか? それとも寝ぐせ?」
自分の顔に手にやったり、髪の毛を触ったりして、おかしいところはないかとチェックする。
ところが、レオはそんな刹那の様子を一笑に付し、にやついたまま刹那に言った。
「いや何。お前ら、昨日出たっきり戻って来なかったからな、何をしてたのか気になってな」
2人が結ばれる場を見ていたくせに、そんなことをレオは口走る。昨日のことを見ていたというわけにもいかないし、口に出すのも何となく憚れるため、そういう風に言うざるを得なかったということは、レオはおろか昨日の夜に刹那とレナの様子を見ていた者であれば誰しもが承知していたことだった。
そういう理由で、レオはさも状況を知らないようなことを刹那に言ったわけだが、その当人である刹那は昨日の夜を思い出してしまい、その恥ずかしさから赤面してしまったため、皆まで言わずともその内容と結果を露呈する羽目になってしまった。もっとも、仮に刹那がこの場面でうまくとぼけたとしても、全てを見守っていた皆の前では通用するはずもなかったであろうが。
「あ、いや……、まぁその……。うん……」
「言えないか。じゃあレナはどうだ? 昨日、何かあったのか?」
刹那を見た時と同じような顔をしながら、今度はレナに尋ねる。
当然のことながらレナの顔も徐々に赤くなっていき、終いには恥ずかしそうに俯いてしまった。昨日の土壇場では腰を据えて行動することはできたものの、一旦熱が引いてその時のことを思い返してみるに、いつもでは考えられないほどの大胆さを見せてしまったことに若干の恥ずかしさを覚えざるを得ないのだろう。
伝えて、触れて、確かめ合う。
それだけの行為なのに、冷静になってみると物凄いことをしてしまったものだと実感できた。
そして、それが当事者ではない皆の前で語ることの恥ずかしさもだ。
当然、口にすることなどできない。
その様子を見ていたレオもレナの内心を読み取ったのか、それ以上追及するような真似はせず、にやにやとしたまま、そうか、と一言呟いた。
「言いたくないならそれでもいいさ。……それと、そのついでというわけじゃないんだが、今のうちに次の世界の組み分けを決めておきたいと思う。もう皆、ほとんど食べ終わったみたいだしな」
言葉の通り、食卓はほとんど片付いており、残すところは皆の視線が気になって仕方がなかった刹那の皿の上の野菜の一切れのみ。それをフォークでサクッと刺して口に放り込み、刹那は食事を終えた。
「それじゃ、いつも通りクジで決める。引いてくれ」
そう言って、レオはあらかじめ準備しておいたクジをテーブルの中央に置く。
一同も手慣れたもので、次々と目の前のクジを引いては印を見ていく。
結果としては次の通りである。
1組目は、刹那、レオ、レナ、リリア。
2組目は、雷牙、雷光、風花、風蘭。
特に計ったわけではないのではあるが、見事なほどの初期の組み合わせであった。クジの準備をしてきたレオもこの結果は意外だったらしく、驚きのため息をついていた。
「へ~、こんなこともあるもんなんだね」
印のついた自身のクジをひらひらと弄びながら、リリアも驚きの声を漏らす。雷牙達と出会う前までのこの面子と一緒になるということが、何だか妙に嬉しく、こそばゆかった。
「そっちもこっちも一緒にやってきた仲だしな。何の心配もいらねぇだろ」
へへっと笑いながら、雷牙もまたどこか嬉しそうに言ってのける。
他の面子も同様に顔を綻ばせながら、次の世界への期待感を胸に秘めていた。
「あまり気は抜かないようにな。……よし、行くか」
レオのその声を合図に一同は頷き、異次元図書館へと向かったのだった。
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「……あ、来たわね」
刹那たちの姿を認め、オリアスはいつもとは違った落ち込んだような表情でそう声をかけた。明らかにいつものオリアスではない。何かあったのだということは、容易く予想がついた。
「何かあったのか」
真っ先にレオがそう尋ねる。
言いづらいのか、オリアスはしばらく口を閉ざしていたが、そのうちに渋々といった具合に喋り始めた。
「あなた達が初めてここへ来たときに、世界を創り上げた神が、今私たちが戦っている相手に殺されたって話はしたわよね」
ずいぶん前の話を、オリアスは持ち出した。
忘れるわけもない。全てを創り上げた神を殺した人物こそが、今回の事件の首謀者であり、全ての元凶なのだ。様々な罠を各異世界にばら撒き、世界を滅ぼそうと目論む人物。一刻も早くそいつのいる世界へと辿り着き、討伐することこそが、一同の旅路のゴールとも言える。
己らの使命をわかっている一同は一度だけ頷き、次のオリアスの言葉を促す。
「じゃあ、その神様にもお弟子さんが居て、今も仇を討つために異世界中を巡ってるっていうのは覚えてる?」
「あぁ。確か、名前は『ギアス』だったな。今も異世界中を渡り歩いているんだよな」
記憶力のいいレオは、その名を覚えていた。主たる神を殺され、その仇を討とうと何百年という長い年月をかけて異世界を渡り歩くギアスの心根に刻まれた復讐の念は、自身では想像だにできないほど深く、黒いものだということも同時に思い出す。
変わらぬものはないとよく言ったものだが、それは人の心も同じだ。熱き思いもいずれは風化し、何も感じなくなってしまうものだ。だが、ギアスの内に溢れている復讐の気持ちは未だ萎えてはおらず、依然として燃え続けているのだ。事件が起こったその日から何百年も経過しているというのに、その当時の気持ちを未だ保っていることは、それはギアスにとってよほど許し難く、忘れることの出来ない事件だったのだろう。
「だが、それが何なんだ? そいつが何か関係しているのか?」
「……まぁね」
露骨に嫌な表情をし、不機嫌さを露わにした大きなため息をついた後、オリアスは言った。
「ここに来たのよ。神様の魂の器の刹那君がどんな人なのか気になったみたいでね、刹那君の入ってる組はこの世界へ行ってほしいの」
そう言って、オリアスは自分の机の上に積み上げられている大量の本の山のうちから1冊を取り出し、刹那にそっと手渡した。
本の表紙には何も書かれていないどころか、パラパラとめくってみても文字らしい文字が1つも書いていない、実に奇妙な本だった。いや、それはもはや本と呼べる代物ではなく、ただの紙を束ねたものと言ったほうが適切かもしれない。
何も書かれていない、本とも言えぬ紙の束。
それが何を意味しているのか、手渡された刹那には理解できなかった。
「その本は、神が殺された世界へと通じているわ。この事件の始まりの世界。そこで、ギアスは待ってるわ。……それと、、1つだけ約束して欲しいことがあるの」
「約束?」
「ギアスはその世界で、ある男と戦うことになってるの。だから、ギアスとの用事が終わったらすぐにここへと帰ってくること。万が一にでも助太刀なんて考えないで。わかった?」
不機嫌な表情を一変させ、見ているだけで気が張ってくるほど真剣な表情で、オリアスは言う。
オリアスがギアスを嫌悪していることは、態度を見ればわかる。あれだけあからさまであれば、誰であっても察することは容易い。そのため、今オリアスが刹那に課した約束事も、ギアスの肩を持つような真似はするなと捉えることができるのだが、その際のオリアスが見せた表情を見る限りでは、どうもそういうわけではないらしい。
「……2人の邪魔をしちゃいけないってこと?」
となれば、必然的に得られる回答はこうなる。
神が殺された世界で、その弟子であるギアスが戦う。
それに含まれている意味は計り知れないが、邪魔をしてはいけないことくらいはわかる。
1対1で、誰にも干渉されることなく、お互いの全力を出し合って殺し合う。
手助けをするなど、無粋以外の何物でもない。
「それもあるんだけど……」
「あるけど?」
「……いいえ、何でもない。邪魔をしないように、早く帰って来なさい」
明らかに何かを言いたげだったが、刹那たちはそれ以上追及することはなかった。何か事情があることはまず間違いないし、言いたくないものを無理に言わせるというのもあまり気分のいいものではないのだから、止めておくことに越したことはないのだ。
「んじゃ、俺達は普通通りってことでいいんだな?」
退屈な態度を隠すこともせず、雷牙はそう言う。
「そうね、あなた達は普段通りに罠を外してきてちょうだい。でも、無理はしないこと」
机の上の本をまた1冊手に取り、オリアスは雷牙に手渡す。どうやら、罠のある本はある程度オリアスの机の上にまとめられているようだった。さすがに全部とまではいかないだろうが、一々本棚から探し出すよりかは効率的に思える。
「あいよっと」
それを受け取り、雷牙はそう返事をした。
ともかく、2つのパーティの方針は決まった。
刹那のいる組はギアスのいる世界へ。
それに当てはまらぬ組は罠の仕掛けられている可能性の高い世界へ。
どんな困難が待っているかはわからないが、それは今更という話だ。怖気づくことなどない。やるべきことを、それぞれが全力でやるだけだ。
「……それじゃ、みんな頑張りなさいね。絶対に、死なないでね」
一同は、オリアスのその言葉を素直に受け取り、一斉に頷いた。
オリアスがなぜここまで危惧しているのか。
ギアスのいる世界で、一体何が待ち受けているのか。
その答えは。
次の世界にて。