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第130話 元凶編3

リーン、リーン、リーン…………




リバーが立ち去った後も、鈴の音色は止むことはない。儚げで、今にも消えそうに鳴り響いている鈴の音はだんだん大きくなっていて、鈴を鳴らしている何者かが近づいてきているのだということがわかる。


ひょっとしたら、先ほどのリバーのような無慈悲で残酷な悪魔がやってくるのかもしれないという考えが、皇帝の頭によぎった。せっかく命が助かったというのに、またあんな化け物に遭遇するのはごめんだった。次こそ、確実に殺されてしまう。


ガクガクと震えている足を無理矢理立たせ、鈴の音色が一体どこから鳴っているのか全神経集中させて聞き取ろうとする。しかしその鈴の音は、右からも、左からも、前からも、後ろからも、上からも、下からも聞こえてくる。どこから鳴っているのか、皇帝には見当もつかなかった。




「……逃がした、か」




不意に、後ろから声がした。


慌てて皇帝が振り返ってみると、先ほどのリバーと同じような漆黒のマントを羽織っている人物がそこに存在していた。


人物、と言ったのは、マントに付属しているフードのせいで顔が隠れていているため、男女の区別がつかないからだ。声も、男のようにも聞こえるし女のようにも聞こえる中性的な声だったので判断材料にはならなかった。


片手には自らの身長をも越えるであろう青白い大太刀が握られていた。鞘にしまわれていたからよかったものの、抜き身であったのならば皇帝はすぐに尻尾を巻いて逃げだした。情けないようだが



「!? だ、誰だ!!」



動揺を隠し切れていない声で、皇帝は目の前の人間を怒鳴った。



「……貴様には関係ない。それより、先ほど私と同じような格好をした男がここへ来なかったか?」



先ほどの男……おそらくリバーのことだろうとは容易に予測できた。


正直にそのことを言おうかどうか一瞬迷ったが、ここで嘘を言っても仕方ない。せっかくあの悪魔に奪われるはずだった命を、嘘をつくことでいきなり現れたこいつに奪われてしまうかもしれない。


皇帝の取るべき行動はただ1つ。正直にすべてを話すことだけだった。



「き、来た……。悪魔の、ようなやつだった。……いや、悪魔だった。あやつは、悪魔だった……」



「……どこへ逃げたかは知らないか?」



「それは知らぬ・……。突然、空間に穴を開けて、いなくなった……」



「そうか……」



「それと、おそらく貴様に伝言を残していきおった。『あの世界で待っている』だそうだ」



「ふむ……」



皇帝の話を聞いた「そいつ」はしばらく考え込んだ末、ぽつりと独り言を呟いた。




「……なるほど、決着をつけようというわけか」


言い終わったあと、目の前にいたはずの「そいつ」が消えた。去ったのではなく、消えたのだ。一瞬のうちに姿が消え、どこに行ったのかわからなくなってしまった。



「!? え!? あ、え?!」



辺りを見回しても「そいつ」は見当たらない。目の前にいた自分でもよくわからなかったが、とにかくこの上ないほどの危機から脱することに成功したということだけは理解できた。皇帝は、自分の命が助かったのだと心から安堵した。



「たす、かった……」



言葉と同時に皇帝はその場に座り込んでしまい、脱力する。


何度も命のやり取りをし、時には死ぬことを覚悟することもあったが、ここまでの絶望を味わったことは皆無であった。戦場のど真ん中に投げ出されたほうが、まだ助かる確率が高いといった状況から抜け出すことができた人間ならば、誰しもが今の皇帝のように脱力してしまうことだろう。それほど、あの2人から発せられていた禍々しい気配は凄まじく、恐ろしいものだった。


命こそ助かった皇帝であったが、やってきたあの2人は結局何者だったのか、皇帝は最後まで知ることができなかった。




+++++




「ん~む……」



不機嫌そうに口を尖らせ、異次元図書館の管理人であるオリアスはため息をついて手にしている本を閉じ、元の通りに本棚へと戻す。もう何時間も休憩なしでこの作業に掛かりっきりだ。疲れがたまるのにも合点がいく。


今オリアスが何をしているのかと言うと、『世界を滅ぼそうと目論む黒幕の世界を探し当てる』真っ最中なのである。この異次元図書館には、存在する異世界の数だけ本が存在し、そのいずれにも繋がっているのに加え、その世界の内容と概要が文字として中身に記載されている。当然、奴等のいる世界も例外ではない。仮にオリアスの目から逃れようと、新たな世界を作ったところで無駄だ。新たな本として、世界として、ここの図書館の本棚に自動的に加わるだけだ。ここは『そういう場所』なのだから。


ここに存在する本の中に、絶対探すべき1冊があるということは確かなのではあるが、ただ1つだけ問題がある。先ほども述べたが、この図書館には全ての異世界が収束している。つまりは、存在する異世界の数だけ本も存在する、ということだ。


その量は、はっきり言って無限に近い。何十年何百年と時間を費やしたところで、ここの本の全てを読みつくすことは不可能であろう。それを納めている異次元図書館の広さは管理人であるオリアスも把握できておらず、足を踏み入れていない場所のほうが多いほどだ。


その中からたった1冊の本を探し出しているのだから、オリアスの根気と決意、そして気苦労が知れるというものである。本を手に取り、文字を読み、そして元に位置に戻す。その単調な作業を何年何十年何百年と続けていれば、いつ気が狂ってもおかしくない。それを承知で黙々と作業するオリアスもの後ろ姿は、使命感とはまた違う必死さが読み取れた。



「必死だな。そんなに奴のことが気になるか」



作業をしているオリアスの背中に掛けられた言葉。


聞き慣れないその声に、慌ててオリアスは振り返る。


立っていたのは、漆黒のマントを羽織り、付属しているフードで顔を隠している1人の人物。手には青白い大太刀が握られており、その長さ故にマントで隠し切れていない有様だ。見るからに怪しいその人物の正体を、オリアスは知っていた。



「滑稽なものだ。そこまでするほどのものか?」



バサッと、その人物はフードを取り払う。


雪のように真っ白な髪の毛が見え、隠れていた端正な顔立ちも露わになる。


少女であった。


大人びた魅力を醸し出しているオリアスとは正反対に、まだ成長しきっていない幼さを残しているその少女は、感情の色が一切ない仮面のような無表情でじっとオリアスの顔を見つめている。どうしようもない大馬鹿を見ているような、そんな目だった。



「何のことだか、わかりかねますけど」



「はっきり言ってほしいのか?」



「……そんなことを言うためにわざわざ帰ってきたのですか、ギアス様」



射抜くような鋭い眼光を放つギアスと呼ばれた少女に、少しも物怖じすることなくオリアスは言い返す。傍から見れば、オリアスがどこかムキになっているようにも見える。次元の神であるオリアスが。自身が敬語を使わなければならない相手に食ってかかるような言い方をしているのだから明らかだ。



「そんなつもりは毛頭なかったのだがな。まぁ、何をしに帰ってきたかと言われれば、貴様に伝えたいことがあってな」



「伝えたいこと?」



「あぁ。私の世界で待っていると、リバーから伝言があった」



大して面白くもなさそうに話を聞いていたオリアスの表情に変化が見られた。


驚愕と衝撃、それに戸惑い。


それらが入り混じった実に形容しがたいオリアスの表情を、ギアスは鼻で笑って続ける。



「無論、貴様にではなく、私にだ。いい加減、決着とやらをつけたいらしい」



「……あの子と戦う、ということですか?」



「そうなるな。裏切り者がわざわざ伝言まで残していったんだ、それ以外に考えられまい」



それを聞いたオリアスは、きゅっと唇を噛みしめ、先ほどまでギアスの瞳から離さなかった視線をここで初めて離し、俯いた。オリアスがこの時、何を思い、そして何を考えているかを、ギアスは見抜いているようだった。オリアスのその様を、まるでゴミを見るかのような冷たい瞳でじっと睨みつけていた。



「始末する。逃げるような真似も、逃がすような真似もしない。全力で戦い、そして『奴』への手掛かりを手に入れる。元々裏切り者なのだから、構わんだろう?」



「…………」



ギアスのその問いかけに、オリアスは何も答えようとしなかった。何の反応も示さず、身動き一つすらしなかった。その所行が意味することはただ1つ。返答を放棄したのだ。反論したいができず、かといって肯定することもできない。だから黙する。何も言わず、ただ黙る。


そんなオリアスの態度を嘲るかのように、ギアスは続ける。



「まぁ、貴様が何と言おうと構わんのだがな。兎に角、奴はここで殺す。下手をすればこちらが殺されるのだから、手加減は期待してくれるなよ」



リーンと、優しげな鈴の音が鳴り響くと同時に、ギアスはオリアスに背を向けた。どうやら、『伝えたいこと』とやらは終わったらしい。これから何をしに、どこへ行こうとしているのかは明白だ。宣戦を布告された相手を―――リバーを屠りに、ギアスは指定された自身の世界へと向かおうとしているのだ。



「どうしても、戦いますか……」



ぽつりと、オリアスはギアスの背中へと言葉を投げかける。


その声色は悲しげで、今にも泣き出しそうで、切なさをも含んでいた。



「それを私に尋ねるか? どこまで軟弱なのだ、貴様は。だから何時まで経っても前に進めんのだ。そんな甘ったれたことを懇願する前に、とっとと新たな後継者を見つけ出せ。貴様は仮にも神なのだ。いつまでも奴の影を追い続け、神としての責務を放棄することなど許さんぞ」



「…………」



今度こそ、オリアスは本当に何も言い返すことができなかった。ギアスの言うことが正論であり、オリアスにとって一番言われたくないことだったからだ。ただ黙ってギアスの言うことを聞き、口を開こうという気は一切しない。見ていて、痛々しい様子だった。



「……それと新たな器の事だが、どんな者か見てみたい。私の世界へ来るよう言っておけ。お前も、その世界へと続く本は把握しているはずだ」



最後にそれだけ言い残し、ギアスはその場から『消えた』。


本を開いてリバーの指定した世界へ移動したわけでもなく、歩いて去っていったわけでもなく、突如その場から消えたのである。


だが、そのトリックを知っているオリアスにとってはそんなことはどうでもよかった。急に消えたギアスについて特段驚くわけでもなく、ただ黙って俯いているだけだった。


自身の本心と、神としての使命。


それに板挟みになっているオリアスの内心を知る者は、誰もいない。



「……あんた如きが、あの子に勝てるもんか」



ぽつりと、今はここにいないギアスに向かって、オリアスはそれだけ呟やき、しばらくの間その場から動こうとしなかった。


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