第129話 元凶編2
「もう君の攻撃は終わり?」
「いや、まだだ。まだとっておきが残ってる」
「とっておき?」
「あぁ、とっておきだ。……いくぜ」
アレスは火竜剣を握りなおすと、そのままリバーに突進していった。だが、リバーは相変わらず笑っているだけでその場から動こうとはしなかった。どうやら、アレスの『とっておき』一体がどういったものなのか、非常に興味があるようだった。
(興味があんなら、拝ませてやるぜっ!}
射程圏にリバーが入った瞬間、アレスは火竜剣に炎を纏わせ、目にも留まらぬ速さでリバーに攻撃を仕掛けた。一太刀を見舞うたびに刀身を包み込んでいる炎が燃え上がり、リバーのマントを焦がす。
「ん……」
リバーは片手のサーベルで、アレスの凄まじい連撃を受け流していた。顔からは笑みが消え、どこか困ったような顔をしながらサーベルを振るう。
自身のペースで攻撃を続けているアレスは、心の中で密かに勝利を確信していた。今までと同じように、この技だけは破られることはない。その証拠に、リバーは防戦一方で、ちっとも反撃してこない。
このままいけば、相手の攻撃を封じ込めたまま倒すことができる。人間ではないほどの強さと言っても、所詮この程度だったかと、少々拍子抜けしてしまうくらいだった。
「よいしょっと」
リバーはアレスの激しい剣捌きをいったん止めさせるため、アレスの剣を横に弾くと、そのまま床を蹴って距離を取った。アレスも深追いしようとはせず、追撃はしなかった。自分が優位に立っていると判断したためである。
リバーは一息ついてサーベルを構えた。どうやら何をするか決まったらしかった。
「よし、もういいよ。かかっておいで」
「そんなら……遠慮はしねぇぞ!!!」
アレスはもう一度リバーとの距離を詰めると、先ほどと同じように火竜剣の刀身に炎を纏わせ、目に留まらぬ速さでもう一度リバーに攻撃を仕掛けた。
今度はもう止めない。標的であるリバーが細切れになるまで、ただ斬り続ける。
「ふふ……」
リバーは鼻で笑うと、アレスの攻撃をサーベルで受け流し始めた。先ほどと同じだ。反撃はしてこない。できないのだと、アレスはそう思っていた。
しかし、何か違和感があった。それが何なのかわからないが、何かがおかしい。こちら側が優位に立っているはずなのに、アレスは正体不明の違和感を感じずにはいられなかった。
何か、とてつもなく嫌な予感がアレスの頭をよぎる。このままではいけないと、アレスの直感が囁いていた。
冷静に判断し、アレスは攻撃の速度を一気に最大まで上げるという選択をした。このまま戦っていたら、ひょっとしたらとんでもないどんでん返しが待っているかもしれない。それならば、『何か』が起こってしまう前に、一気に片を付けるべきである。
アレスの振るう火竜剣の速さが著しく上がり、もはやその速さは目に映らない速さになっていた。このレベルまで来れば、剣を受けている側はもうどこを防御すればいいのかわからなくなり、気がつけばあの世に行っているはず。今までの相手はそうだった。これで倒れない相手などいなかった。
それなのに。
「っく!!」
リバーは。アレスの攻撃速度に追いついていた。表情には余裕さえもある。アレスが死に物狂いの全力で攻撃しているというのに、リバーはそれをあしらうかのように嘲笑いながら、アレスの攻撃を1つ1つ丁寧に受け流していた。
ガキィィン!!
手の火竜剣がサーベルに弾き飛ばされた。今まで押していたはずなのに、力負けしたのだ。
おかしいと、アレスは思った。リバーは今まで自分の剣を『防いでいた』のではなく、『捌いていた』のだ。
剣を捌くときは、真っ向から剣を受け止めず、力の入る方向へ受け流させるように捌く。だから、『力負け』をして剣が弾き飛ばされた、なんてことあるわけないのだ。
(これじゃ……、俺の技を完璧に見切られたみたいじゃないかよ……)
一撃一撃のタイミングを完璧に覚えられ、そしてそれに合わせて弾く。言葉にすれば簡単な所行でこそあるが、その行為は困難を極める。『目に映らない速度』だというのにも関わらず、それに合わせること自体が、異常なのだ
冗談ではなかった。今まで一度たりとも破られたことのない高速剣が、こうも呆気なく打ち破られることなど、アレスは思ってもみなかった。自身よりも強い相手が、この世に存在するということも、もちろん予想だにしていなかった。
「ごめんね。ちょっと目障りな攻撃だったから、中断してもらったよ」
絶望的な言葉だった。
わかっていたが、今までのリバーの行動はまぐれなどではない。ましてや種も仕掛けも存在しない。純粋な、『才能』の差である。
火竜剣はアレスの後方、10メートルほど先に落ちている。敵に背中を見せてまで取りに行く必要はない。もはや、目の前に存在している悪魔に勝つ術はない。この戦いに勝利することなど、断じてあり得ない。
「これで終わり?」
「……なに?」
「もう技はないの? まさかこれが最高ってわけじゃないよね?」
「…………」
開いた口がふさがらなかった。
まるで、今まで本気ではなかったかのような。
子供の遊戯に付き合っていた大人のような。
それを肯定する言葉を、リバーは放った。
「……さっきのが精一杯だったみたいだね。がっかりだよ」
何も言い返そうとしないアレスにそれだけ言うと、リバーはサーベルを構えた。
アレスには、この構えに見覚えがあった。いや、見覚えがあるどころの話じゃない。この構えはまさしく、さっき放ったアレスの技の構えである。
「確か、こうだったよね?」
そう言うと、リバーは剣を振るった。さっきアレスが放ったものと同じ、それも寸分も違わない本当に同じ技を、出した。
いや、違う。全く同じではない。技のキレが、速さが、威力が、アレスのものと全然比べ物にならない。自身に死を与えるはずのその攻撃に、アレスは思わず見とれてしまった。
ありえないありえないと、心の中で何度も呟いているアレスを見透かしたかのように、リバーが口を開く。
「今君の目の前にあるのが真実さ。『ありえる』んだよ。たった一回見ただけで技を模倣することのできる天才は、『ここに存在する』」
それだけ言って、リバーは防御の術がないアレスに、容赦なく剣を振り下ろした。何回も、何回も、何回も、何回も、何回も、斬って、斬って、斬って、斬って、斬って、細切れになるまで斬り続けた。情けなど欠片もない、非情で、残酷な殺し方であった。
リバーが剣を振るったそこには、もう人間の原型を留めていない肉の塊しかなかった。血だまりが床に広がり、リバーの羽織っているマントに新たな返り血がついた。
リバーは目の前の『アレスだったもの』から視線を逸らし、今までの惨劇を見ているだけだった皇帝へと、その不気味な笑顔を向けた。
「さて、次はあなたの番だね」
「っひ……」
皇帝の顔が、恐怖で歪んだ。逃げ出そうにも、腰が抜けて立てない。戦おうなんて、考えられなかった。目の前のこの男は人間じゃない。悪魔だ。ただの人間が悪魔に勝てるわけがない。無残に殺されて、そこにある肉塊と同じ運命を辿るに違いない。
皇帝は、リバーのような人物を今まで見たことがなかった。笑いながら人を殺すような無邪気で、人間が肉塊になるまで剣を振るい、それなのに何の罪悪感も持ち合わせていない。
本当に、恐ろしかった。今までのどんな命のやり取りも、リバーに向けられた視線と笑みに比べれば大したことなどなかったのだと思い知らされる。
「抵抗しないの? まぁ、それはそれで面倒じゃないからいいんだけど……ん?」
リーン、リーン、リーン…………
リバーの声と同時に、『音』が聞こえた。
音は、優しくて、不思議な鈴の音だった。しかしその音は、そこら辺にある安っぽい鈴が奏でる音色ではなく、神秘的で、まるでこの世の音じゃないような、そんな感じの音色だった。
その音を聞くと、リバーはため息をついて、腰を抜かしている皇帝に言った。
「運がよかったね。とりあえず、今日はこれくらいで引かせてもらうよ」
それだけ言ってリバーは皇帝に背を向け、先ほど弾いたアレスの『火竜剣』を回収した。
「あ、そうそう。これ、面白そうだから貰っていくよ。あんな腕じゃ、この剣も可哀そうだしさ」
抜き身のままの火竜剣を腰に差し、リバーは手のひらに魔力を集中させ、虚空へ向かって魔力を放出させた。
遠雷の轟くような轟音が鳴り響いたかと思うと、突如空間に小さな穴が開き、それが徐々に巨大化していく。『ゲート』の出現である。手頃な大きさで巨大化が止んだその穴に、リバーは何の躊躇もなく踏み込む。
「それと、1つお願いがあるんだ。これからここに来る人に、『君の世界で待ってるよ』って伝えておいて欲しい。それじゃ、よろしく」
それだけ言い残し、空間に開いた大穴『ゲート』は徐々に縮まっていき、ものの数秒で何事もなかったのように閉じてしまった。