第128話 元凶編1
「ど、どうしたのだっ!! 何が起きておるのだっ!?」
「ほ、報告しますっ! 城内に何者かが侵入っ! 人数は1人っ! 多くの兵士が虐殺されておりますっ!」
「な、何だと!? そのようなことが、あるわけがなかろうっ!」
叫んだのは、ある異世界の頂点に君臨する皇帝である。
幼い頃から戦場に立ち、そこで戦術と戦闘方法を学び独立。巧みで、相手の隙を突くような戦術を使い、他の国を次々と撃破。一躍世界のトップとなった、まさにカリスマ的存在。
この皇帝の椅子を欲しがり、この城に攻め入る人間も少なくはない。皇帝を打ち倒し、そして皇帝になったものは世界を思うがままに操ることができると言っても過言ではないからだ。
しかし、そういった考えを持って意気揚々と攻め込んできた愚かな者たちは、城内へ入ることさえも許されずに殺されていく。実力のある大軍隊を編成して挑んだとしても、警護にあたっているほんの数組の小隊によって機能を停止され、結果全滅してしまう。
一体なぜか。
それは、この城の兵士達の指導に当たっている人物が、とんでもない達人だからである。
そのうちの1人がこの皇帝、もう1人が剣士だ。
先ほども言ったが、皇帝は幼い頃から戦場に立ち、戦術と戦闘方法を学んでいる。幼いころから命のやり取りをし、死なないために腕を磨き続け、常に勝ちを得るよう努力し、そしてここまで上り詰めた。その強さはいまや、そこらの兵士が束になっても相手になどならない程のものとなっていた。
その経験と腕前を、兵士たちの指導に当たることで存分に発揮しているのが現状だ。通常通り兵士長にあたる人物たちが指導していた頃と比べれば、それこそ天と地の差がある。
ろくに剣も構えたこともなかった兵士たちも、皇帝の指導によって見る見るうちに地力が底上げされていき、ついには世界最強とまで呼ばれるほどの軍へと成長を遂げた。
誰にも頼ることなどせず、死ぬ物狂いで学んだ学を惜しむことなく使い、そしてその手で軍を作り上げた皇帝の手腕は実に恐るべきものであった。
凄まじいほどの才能を持つ皇帝と対をなす存在が、平民たちの間から『英雄』と称えられている剣士だった。
何でも伝説にもなっているドラゴンを倒したとか、世界一を決める武道会で優勝したとか、誰にも抜くことのできない剣をいとも容易く抜いたとか、そんな胡散臭い噂が後を絶たない。
噂が真実かどうかはわからないが、少なくとも兵士達の指導は抜群にうまかった。個々の能力を高め、欠点を速やかに直すその腕前も、皇帝に負けず劣らず見事なものだった。
名もない兵士はたちまち名を上げ、底辺組と馬鹿にされている連中をあっという間に昇格させ、臆病者と蔑まれる男を獰猛な獣のような性格へと変貌を遂げさせるという、魔法のようなその指導力は、皇帝と並ぶ素晴らしき才能である。
この2人が世界トップの椅子に座っている以上、革命は不可能であった。先ほども言ったように、革命を試みる者がこの城に乗り込んでくることだって不可能。訓練に訓練を積み重ねた兵士たちが、その侵入を一切許さないのだ。
運よく侵入できたとしても、肝心な皇帝の前まではどうしても到達することなどできやしない。完全無欠という言葉が何よりもふさわしい、軍と指導者であった。
ここで最初に戻る。
城に乗り込んでくることが不可能なはずなのに、なぜ城内に侵入しているのか。
それに加えて、毎日厳しい訓練を受けている兵士達がなぜ次々と殺されているのか。
今まで一度も起こったことのない非常事態に、皇帝は混乱する。城内の兵士がこぞって牙を剥いたのならばまだわかるが、今までどんな強大な軍隊も退けてきた城の軍を、たった1人の人間に崩壊されるなど思いもよらなかった。
「落ち着けよ。この俺がいるんだぜ?」
声に驚き、皇帝ははっと顔を上げる。
そこにはすでに戦闘準備を済ませた『英雄』が立っていた。
ドラゴンを倒したときに剥いだ皮や鱗を使った鎧を纏い、手には武道会で優勝したときの賞品として入手した『火竜剣』が握られている。頭にはミスリルで出来た兜をかぶっているし、長年愛用してきた手袋もはめている。
そう、この国の真の脅威は1人1人が強い軍隊ではない。世界を手にした皇帝と、この『英雄』こそが、この国の本当の脅威なのだ。兵がいくら倒されようと、自分達がいる限り勝利は動かない。動くわけがないのだ。
「しかしまぁ、ここまで攻め込んでくるとはな。久しぶりに腕が鳴るぜ」
「頼むぞ、アレス。我輩にはもうお主しか頼れる者がいないのだ」
剣士の名を呼び、偽りのない心からの言葉をアレスにかける。
「任せな。っと、来やがったか」
アレスがそう言ったと同時に轟音が辺りに鳴り響き、鼓膜を振動させた。
轟音の方向に目をやると、分厚いはず城壁に巨大な穴が開いており、そこから1人の黒マントを羽織った男が見えた。手には兵士たちのものを奪ったのであろうサーベルが握られており、全身は返り血でまみれていた。
見たものを震え上がらせるほどの恐ろしいオーラを纏っているその男は、微笑を浮かべていた。
その微笑は悪意のあるものではない。子供が浮かべるような、無邪気で、純粋な微笑だった。
「やっと着いたか。ゲートの位置がここからずいぶん離れてたから、ここまで来るのに結構時間がかかっちゃったよ」
意味のわからないことを呟き、男はおもむろに玉座の自分のところまで歩いてくる。
その1歩1歩が、まるで絞首刑の際に上る階段を上っているような錯覚を生みだす。
「貴様は……誰だ?」
体の奥からくる震えに耐え、精一杯の勇気を振り絞った皇帝が、近づいてくる男に尋ねる。
「あぁ、僕? 僕は神の使いさ。名前は、リバー。この世界を狂わせに来た」
「世界を……狂わせる……?」
「うん。君たちを殺したあとに、ちょっと罠を張らせてもらうだけだよ。もっとも、小鳥たちがこの世界にくることはないかもしれないけどね」
皇帝の問いに歩を休めることなく答え、リバーは歩く。
自分が殺すべき相手のほうへと、歩く。
あとほんの数歩のところで、アレスはリバーの前に立ちふさがった。
「待ちな。皇帝サマと戦う前に、俺の相手をしてもらうぜ」
自信ありげな不敵な笑みを浮かべながら、アレスがリバーに言い放つ。
「いいよ。……本当は、もう斬りすぎて飽きてきたんだけどね」
うんざりしたかのように言うと、リバーはサーベルを持っているほうの手をだらん、とぶら下げ、アレスのほうを見た。剣の構えはそれでいいらしかった。いつでもかかってきていいよと、目が言っている。
それを見たアレスも、手にしている火竜剣の柄を両手で握り締め、リバーの出方を待つ。
お互いが手を出さないために場は硬直し、少しの静寂が訪れた。
あまりに張り詰めた空気に、余裕のある態度を取っていたアレスの額からは汗が流れ出、リバーの醸し出している圧倒的な覇気に怖気づかないようにと、必死になって自身を奮起させていた。そうでもしなければ、恐怖に負けて目の前の敵に背を見せることになってしまうからだ。
それに対してリバーはというと、実に退屈そうな表情をしながらただだらしなくその場に立ち尽くしていた。向かってくる気もなければ、逃げる気配もない。本当にアレスの出方を窺っているだけだった。
「……早くかかってこいよ」
重苦しい雰囲気に耐え切れなくなったアレスが、リバーにそう言った。
「あれ? 挑んできたのは君のほうじゃなかったっけ?」
とぼけたように言い放つリバーに腹が立ったのか、アレスは自身にまとわりついている恐怖心を振り払い、叫んだ。
「……そうだな。そうだったなぁ!!!」
アレスは勢い良く駆け出し、リバーとの距離を一気に詰めた。
距離を詰められているというのに、リバーは身動き一つしなかった。ただ、笑っているだけだった。何が面白いのかはさっぱりわからない。自分に迫ってくるアレスを見て、ただ笑っている。
「せぃあぁあ!!」
掛け声と共に、アレスはリバーの手前で剣を振る。距離が空いているため、当然の如く振るわれた剣はリバーに命中することなく、虚空を切る。
―――はずだった。
「ん?」
不意に、空を切ったアレスの火竜剣の刀身が、『燃えた』。
あっという間にその炎は巨大化していき、アレスが火竜剣を振り切ったと同時にリバー目掛けて襲いかかった。
これぞ、この剣が『火竜剣』と呼ばれる由縁の能力である。刀身が炎を吐き出している竜のように見えるという、伝説の剣。アレスがその特性を利用しないわけがなかった。
だが、リバーは迫ってくる炎を間近に見ても動じず、落ち着いて自らの手の平を炎に向けた。
「よいしょ」
声と共に、リバーの手の平から強風が放たれた。その強風は、火竜剣の炎をいとも容易く吹き飛ばし、炎を放ったアレスまでもを吹き飛ばした。
火竜剣から放たれた炎は決して小さくはない。その全てを吹き飛ばす風を生み出すには、相当の魔力を込めなければならないはず。それなのに、リバーは特に慌てることもなく、ほんの少しの時間のうちに、大量の魔力を突風へと変換させた。
これの意味することは2つ。リバーの持つ魔力の総量が凄まじいということと、魔力の扱いが天才的であるということである。
「っちぃ!」
うまく受身を取り、ダメージを軽減したアレスは、にやっと笑う。
それは、今までにない強敵に出会えた嬉しさから出た笑みだった。
自身より強い者とはもう何度も戦ってきたが、目の前の男は違う。そいつらを遥かに凌駕する凶悪なまでの強さを秘めている。
人間ではないほどの強さを持っている男。アレスは、その敵と戦えることが心底嬉しかった。