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第122話 恋慕編15

「わっ、わっ!」



突然の浮遊感に驚きの声を上げ、リリアは目をつむり、ぎゅっとレナの腕にしがみつく。そんなことをしなくとも、レナがリリアを取り落とすなどということはまずないのだが、これは怖がりの性というか何と言うべきか……、例えるのならばジェットコースターで安全バーがあるというのに、落下寸前には思い切りバーを掴んでしまうという、自然に体が動いてしまう反射のようなものである。


しかし、恐怖と言うにはあまりにも大したことないその思いをリリアが抱いている時間は、拍子抜けしてしまうほどに短かった。先ほどから体に取り巻いていた浮遊感もあっという間にはなくなり、地面とは違うほんの少しだけ硬い足元を感じた。どうやら、無事に屋根へ上がることができたらしいと、リリアは閉じていた目を開いた。



「たっか~い!」



視界に飛び込んできた景色を見て、リリアは思わず声を上げた。この小さな世界で、おそらく最も高いであろうこの場所。今の今まで地面に立って見ていた景色が、高さが変わっただけでここまで素晴らしく見えるとは思わなかった。いつもとは違う目線から見るその美しくも素晴らしい景色はリリアの興奮させ、そして歓喜させる。



「いい眺めでしょ? ここ、結構好きなの」



「はい! すごくいい眺めです! わ~、きれ~!」



「よろこんでもらえてよかった。それじゃ、本題に入ろっか」



その場に腰を落とし、レナはリリアにそう切り出した。目の前の風景に夢中になっていたリリアは、レナのその言葉にようやく何をしにここへ来たのかを思い出し、その場へ腰を落ちつかせた。



「えっとね……、その……」



何と言って切り出したらいいものかと、リリアは口ごもってしまう。決して口がうまいというわけではないリリアが初めて行う、特別な意味がこもったお喋り。最初の一言のせいで全てが狂ってしまう可能性だってないわけではない。それが最もあってはならないことである。自分のたった1つのミスで、2人の仲が破綻してしまう。刹那とレナが気まずそうに顔を合わせるたびに、それは自分が起こしたことなのだと嫌でも実感させられるだろう。


そのことを考えると、自身がこの役を演じるには無理があるのではないかと今更ながら痛感する。せめて兄であるレオのように、もう少しだけでも口が達者だったらよかったのにと思うが、ない物ねだりをしたところで突然にその類の才能が開花するわけでもない。『あるもの』しか、リリアにはないのである。


しかしながら、リリアは現状を後悔しているわけではない。例え話術がなくとも、行動を誘発させるようなことを話せなくとも、精一杯やる。そして成功させてみせるというその気持ちは、微塵たりともねじ曲がってはいない。今悩んでいたのも、あくまでどうやって切り出そうかと考えていただけであり、決して役目を引き受けたことを後悔しているわけではない。多少の尻ごみはしたものの、もはや覚悟は決まった。ごくりと唾を呑みこみ、リリアは口を開く。



「えっと! その! レナさんは刹那さんのことが好きなんですよね!」



勇気を振り絞り、リリアは思い切って直球を投げた。


小難しい話術をこなせないのならば、問いかけが至極直線的にならざるを得ない。その結論に至ったリリアが行動の結果が、これだった。



「……はい?」



耳に入った言葉を聞き違えたのかと、レナはそう漏らす。


というよりも、絶対に聞き間違えであって欲しかった。


『まさか』と。風花と風蘭しか知らない秘密を『まさか』リリアが知っているわけがないと。


そのわずかな希望にかけて、レナはリリアに聞き返す。



「だ、だから! レナさんは刹那さんのこと、好きなんですよね!」



もう一度、リリアは同じことを言う。


返ってきた言葉は、レナの期待を見事に裏切ってくれた。


というか、バレバレだった。



「………………」



突然のことで、レナの頭はまったく動こうとしない。2人しか、風花と風蘭の2人しか知らないはずの秘密を面と向かって言われては、さすがのレナも硬直せざるを得なかった。


確かに、秘密にしてくれと言ってはいないし、誰にも言うなと頼んだ覚えもない。しかし、こういった恋慕の情というものは秘め事にすべきなのではないのだろうか。というよりも、そうしてもらわなければ困る。どこがどう狂って、レナの気持ちが刹那に漏れるかわからないからだ。


と。考えがそこまでようやっとたどり着いたところで、レナに変化が現れた。みるみるうちに顔面が真っ赤に染まっていき、目にも涙が溜まっていく。恥ずかしさで、もうどうにかなってしまいそうと言わんばかりの反応であった。



「リ、リリアぁ! どうしてぇ!? どうして知ってるのぉ!!」



涙目になり、レナはリリアの肩を掴んで全力で揺さぶる。もちろん身体強化などしてはいないのだが、猛烈な恥ずかしさのせいか通常の状態でも相当な力が感じられる。


いつもと違うレナのその姿に、リリアは内心かなり驚いていた。優しげでありながらも凛々しく、周りへの気遣いも忘れない可憐なレナが、刹那のことを尋ねただけでこうも簡単に変わってしまう。顔を赤くし、可愛げに取り乱すその姿は、今までに見たこともない様だった。



「どっち!? どっちが喋ったの!? 風花? 風蘭? どっちが口を滑らせたのよぉ!」



「えっとぉ、それは―――」



正直に答えてしまえば風蘭の身が危ないような気がする。かといって、ここまで喋っておきながら知らぬ存ぜぬでは通せない。やるべきことは1つ。嘘をつくことである。



「ふ、風蘭なんだけど―――」



「風蘭!? やっぱり風蘭!? どーして喋るのぉ! あ~んもう! 普通喋らないよ!? 胸にしまっておくものだよ!? 人に喋ったらいけないんだよ!? うぅぅぅぅ!」



「お、落ちついてレナさん。そ、それと喋ったっていうよりも私が訊き出したので、風蘭さんが自分から私に話してくれたわけではないですよ」



「? リリアが? どうして?」



思ってもみない言葉に、レナは若干だが落ち着きを取り戻す。


……本当にほんのちょっとなのだけれども。



「えっとですね。最近、レナさんの刹那さんを見る目がちょっとおかしいなって思って。それに、刹那さんを見てるときは何だかボーっとしてるみたいだし、もしかしたらと思って風蘭さんに教えてもらったんです。訊き出すまで、ちょっと時間がかかりましたけれど……」



ぺらぺらと、リリアは思いついた事柄をそれっぽく並べて口に出す。


知っての通り、風蘭に訊き出したという点は嘘である。だが、その他のことは偽りのない本当のことである。嘘をつく際のセオリーである、真実を織り交ぜて喋るということを忠実にこなしている。咄嗟に出た言葉にしては、なかなかよろしげな嘘であった。



「そ、それならいいんだけど……」



リリアの肩から手を離してため息をつき、レナは体育座りになって額を膝にくっつける。どうやら、あの2人以外に自身の気持ちが知られてしまったということが相当ショックだったらしい。確かに、自分の恋慕の気持ちが外へ漏れてしまうのは、あまり気持ちのいいことではないだろう。そのことで頭を悩ませているのなら、尚更だ。



「それで改めてお聞きしますけど、レナさんは刹那さんのことが好きなんですよね?」



「……うん、好き。他のこと、何も考えられないくらい好き」



観念したのか、それとも胸の内を風花と風蘭以外の人間に打ち明けたかったのか、レナは静かに口を開いた。その口ぶりは、先ほどの取り乱していた時とは全くと言っていいほど違っていて、その表情もとても優しげで、慈しみさえ感じさせられるほど柔らかく感じられた。


本当に好きになっているのだなぁと、傍から見ているだけでひしひしと伝わってくる。好きという言葉を口にするだけで、ずいぶんと幸せそうな顔をしているレナが、心の底から羨ましかった。いつか自身もこうなりたいと、リリアは胸の中でこっそりと誓うことにした。


ともあれ、ようやくレナの口から聞き出せた刹那への想い。人伝で聞いたのと直接聞くのとでは、やはり重みが違う。今度はそれからどう展開し、刹那へ想いを伝えさせるように仕向けるかだ。


筋道を立てて話を展開させるのが理想だが、何度も言うようにリリアにそんなことはできない。ならば、とにかく喋ってみるしかない。喋っていれば、それとなく言いだせるかもしれない。


決意し、リリアは口を開く。



「好きなら、好きって言っちゃったらどうですか?」



「へ?」



「刹那さんに、好きって言ってみたらどうですか?」



突然の提案に、レナは呆気に取られて絶句してしまう。


回り道だとか、寄り道だとか、リリアにはそんなもの必要ないらしかった。いや、必要ないというよりも回りくどい真似ができないといったほうが正しいか。


いずれにせよ、このドストライクの直球はレナに大きな衝撃を与えたようだった。一度は落ちついたレナの表情が再び赤く染まっていき、パクパクと言葉の出ない口を必死に動かす。


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