第120話 恋慕編13
自身のいないところでどんな話が進められているかなどまったく想像していない刹那は、先ほどレオと会話した林の奥で横になっていた。食休みの意味合いもあったが、何よりも今は1人きりになって色々と考えたかった。
考えるべき内容は言わずもかな、レナのことである。
ここでレオと話したことと、先ほどの一騒動により、刹那は自身のレナへの気持ちを改めて理解したわけだが、それからどうすればいいのかまだはわかっていなかった。レナが好きなことは、もう疑いの余地はない。見ているだけで、胸が高鳴るのだから。
問題はその後だ。好きだと認識して、それからどうすればいいかが問題なのだ。
刹那の世界の常識に倣うのであれば、夜にでもこっそりレナだけを呼び出し、そこで想いを伝えるというのが一番いいのだろう。他に恋文―――ラブレターの選択肢もないわけではないのだが、せっかく伝えるのならば直接のほうがいいという考えから、刹那は前者の選択肢を選んだわけだ。
レナに直接、想いを伝える。
誰もいない夜に。
たった2人きりになって。
想いを伝える。
好きですと。
レナのことが好きですと―――伝える。
言葉にすれば短い。それこそ、5秒もあれば事足りる一言だ。
しかしながら、そこまでに行きつく過程を考えると、どうも一筋縄でいきそうにないことは明白らしい。その筋書きを頭の中で描いていただけなのに、刹那の頬はほんのりと桃色に染まって行き、落ちついていた心拍数も上昇してくる。
どうしてこうも免疫がないのだろうと、刹那は自分自身に落胆するのだが、今までそういうことに関わろうと積極的に動かなかった自身が悪いのだから仕方がなかった。こうも苦しむくらいなら、もっと経験を積んでおけばよかったのにと後悔せずにはいられない。クラスメイトにそういう連中がいるのだが、その輪に入ってさえいればこうならなかったのかもしれないという考えが頭をよぎる。
だが、逆に初めて好きになった相手がレナでよかったかもしれないとも思えてくるから不思議だ。初恋が、異世界で知り合った絶世の美少女。何とも非現実的であるこの状況で、初めて女性を好きになれるのは、ものすごく幸運なことのように思える。偶然にしてはあまりにも出来過ぎなこの筋書きが、何だか嬉しかった。
{そうは言ってもなぁ……}
ごろっと寝返りをうち、再び刹那は思慮をめぐらせる。
ここまでレナに想いを伝えるということを前提で色々と考えたわけであるが、勇気を振り絞った刹那の告白が受け入れてもらえるとは限らないのだ。仮に今日の夜にレナを外へとこっそり呼び出して想いを伝え、断られたとする。とすると、その翌日からはレナと顔を合わせるたびに気まずい思いをしなくてはいけなくなる。終わりがわからない旅だ。それが終わるまで、刹那はずっとレナに対して気まずいものを感じ続けなければならない羽目になる。
そうなれば、別にこのままの関係でもいいのではないかと思えるのだが、はたと気がついて刹那はすぐにそれを撤回する。現状維持として何も行動しないとしても、今の段階ですでにレナに対して気まずいものがあるのだから、告白して断られるにせよ、何もしないにせよ、この状況が続くことに変わりはない。
この状況を打開する方法は1つ。
レナに想いを伝え、そして受け入れてもらうこと。
このまま時間がぎくしゃくした関係を修復してくれることも、ないわけではない。しかし、いつも通りの関係に戻るまでにかかる時間など想像がつかないし、何よりもぎくしゃくした関係でなくなるということは、『自身がレナに対して恋愛感情を失った』ということになってしまう。
やっと芽生えた恋という感情。それをみすみす失うまで待つということなど、刹那にはできない。
ならば、やはりやるべきことは1つしかない。
{やるしか、ないよなぁ……}
胸に手を当て、刹那は自身の心臓の鼓動を確認する。
相変わらず高鳴っている心臓は、レナに告白をするという決意をしてからますます高鳴っているように感じる。こればっかりは本当にどうしようもなかった。
何はともあれ、ようやく決心はついた。後はどうやってレナと2人きりになるか、だ。
普通に呼び出せればいいのだが、生憎レナと面と向かって喋ること自体今は無理だ。先ほどのようにレナから話しかけてくれて、それに受け答えするだけならまだしも、刹那が自分から話を振るなど絶対できない。固まって、何も喋ることができないに決まっている。
想いを伝えるまであと一息だというのに、どうしてもレナを誘い出す方法がわからない。
「刹那か。また考え事か?」
どうしたものかともう一度寝返りを打とうとしたところで、声がかかった。
刹那が振り向いてみると、腕組みをしながらレオがこちらを見下ろしているのが見えた。
寝たままで会話は少し失礼かと思い、刹那は上体を起こして口を開いた。
「レオこそ、どうしたんだよ。また俺に話とか?」
「いや、そういうわけじゃない。魔力を視覚化するための訓練でもやろうと思って林に入ったらお前がいたんでな。ちょっと声をかけただけだ」
「そうなのか」
確かに、前に訪れた世界で、レオは通常では見ることの叶わない魔力を意識して目に映すという訓練を行っていた。短い期間での訓練だったため、その力を会得することはできなかったものの、レオはどうにかコツのようなものを掴むことに成功したのである。
そのことを知っている刹那は、レオの言うことに何の疑問も抱かなかったのだが、これはレオなりの誤魔化し方である。嘘には真実を少しだけ混ぜるのがセオリー。刹那は見事にレオの言うことを鵜呑みにしていた。
「……どうすればいいかわからなくてさ」
ぽつりと、刹那は前触れなく呟いた。
「レナのことか?」
「そうなんだけど、そうじゃないって言うか……。レナにさ、気持ちを伝えようと思って」
「ほう」
「それで、どうすればレナと2人きりになれるかなって考えてたんだ。面と向かって来て欲しいだなんて言えないし」
「ふむ……。手紙、というわけにもいかんだろうしな。喋る言葉は同じでも、扱う文字は世界によって違うからな」
「え、そうなのか?」
レオの言葉に、疑問の声を上げる刹那。
どうやらそのことを知らなかったらしい。
「そうだが……手紙は使わないんだろう? ならその心配はしなくていいじゃないか」
「確かに、そうだな。でも……どうすればいいんだろ」
大きくため息をつき、落胆する。悩んでも答えは出ない。どうすればいいのかという焦りばかりが刹那の中に渦巻く。このままなぁなぁになってしまうことだけは、何とか避けたかった。
「こればっかりは刹那が自分で考えたほうがいいだろ。どうしても考え付かなかったら……、まぁ夜風にでも当たりながら考えればいいさ」
「夜風?」
「ちょうど今日は満月の日だしな。月でも見ながら風に当たってれば自然と思いつくだろうさ。さて、俺は行くぞ。邪魔して悪かったな」
それだけ言い残して、レオは首を傾げている刹那を取り残してその場を後にした。
レオが刹那に夜外に出るように促したのには、一応理由がある。今回レナのほうに話をしにいったのはリリア。幼い頃から過ごしてきたレオには、何となくリリアがレナに言いそうなことの予測がついていた。十中八九、外へ連れ出そうとするはず。
確信に近い勘を頼りに、レオは刹那にそう促したわけだ。
もしも予想が外れたのならば、レナにそれとなく外へ出るように伝えればいいだけの話。
どちらにせよ、刹那とレナを2人きりにすることが可能となる。
レオの言ったことの意図を知らず、そのままの意味で受け止めた刹那は、その後夕食が出来たと呼ばれるまでレナをどうやって呼び出そうか考え続け、結局何1つ打開案をひらめくことはできなかった。