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第113話 恋慕編6

「あ、レナレナ、こっちこっち」



「こっちだよ~」



やや小走りで走ってきたレナに対し、風蘭と風花は笑顔で手を振る。だが、その笑顔の奥には何やら黒いものが存在しているのが容易に読み取れる。悪意とまではいかない分、その黒さにレナは気がつかない。何も知らずに、そして今から何をされるのかわかっていないレナと、今か今かと待ち構えている風姉妹は、さながら葱を背負った鴨と、それを待つ猟師のようだった。



「2人とも、どうしたの? 雷光から呼んでるよって言われて来たんだけど……」



「うんうん、呼んだ呼んだ。まま、こっち来てよ」



笑顔のまま手招きをし、風蘭は自分たちの座っている芝生へとレナを座らせた。小首を傾げ、何の話をされるのかまだわかっていないその表情が、無性に可愛らしくて仕方がない。思わず抱きしめたい衝動に駆られるが、今はそれどころではないと心の中で何度も呟き、風蘭は必死になってその衝動を押さえ込んでいた。



「それで、どうしたの? 何か聞きたいこととかあるの?」



「まぁそんなところ~。さっき刹那君に何を見せてもらったの~?」



風花のその問いに、レナはそのことかと納得すると同時に、ちょっと困ったような顔をする。言ってもいいかどうかの迷いからだった。別に秘密にするようなことではないのだが、刹那が真っ先に教えてくれた身としては、何だか簡単に教えたくはない。具体的な理由まではわからないが、何となく独り占めしたいのである。


それでもほんの少し、それも2、3秒ほど考えた結果、レナはその事を2人に伝えようという結論に至った。ここまでにこやかな笑みを浮かべながら、自身の見たものを知りたい知りたいとアピールしてくる2人を前にしては、さすがに教えられないとは言いづらいものがあったためである。



「刹那の努力の成果ってところかな。さっき大きな音が聞こえたでしょ? あれ、実は刹那がやったの」



「刹那が?」



風蘭が驚いたような表情をして聞き返す。



「うん。空を飛びまわってね、急降下して攻撃したの。そしたら、庭におっきな穴が空いちゃって、さっきまでそれを埋めてたってわけなんだけど・・・」



「な~るほどね。それで、レナはどう思ったのさ?」



驚いた表情から一変、最初のように何かを企んでいるような、そんな悪い笑みを浮かべながらそう尋ねる。風蘭にしてみれば、これからが本番。いかにしてレナを赤面させようかと、今から胸が躍ってしまう。



「? 感想って言われても、すごいってしか思えないよ、あれは。消えたと思ったらいきなり音がして穴が空いたんだもの。もちろん刹那はちゃんと外してくれたんだけど……、その気だったら絶対に死んでたと思う」



表情を張り詰めて、レナがそう呟く。


その言葉の通り、刹那の一撃は確かに凄まじかった。全身の神経を集中させ、そして攻撃を見切ろうとしても、空高くから滑降してくる刹那の姿を捉えることすらできない。速度だけならまだしも、特筆すべきはその威力。まともに受けたのであれば、防ぐこともままならずに吹き飛んだはず。あそこでどんな行動を取ったところで刹那に一太刀浴びせることは不可能であることを、その場で実際に見たレナにははっきりわかっていた。


真面目に考察し、その脅威に頼もしさと恐ろしさを感じているレナだが、風蘭が聞きたかったこととはちょっと違う。刹那の能力など、今の場には不必要な情報なのである。聞きたいのはただ1つ。



「ん~レナちゃん、そういうことじゃなくて~……嬉しかった?」



一瞬だけ言おうか言うまいか迷ったのだが、レナの慌てる顔を見たいという欲望のほうが強かったらしく、風花は何も知らないような無邪気な笑みを浮かべながら、珍しくはきはきとした口調でレナに向けて口を開く。



「そうじゃなくてねぇ、レナちゃんの大好きな刹那君に手を引っ張ってもらってぇ、そして誰よりも先に刹那君の能力を見せてもらってぇ……嬉しかった?」



はっきりと、率直に、単刀直入に、隠すことなく、風花はそうレナに尋ねた。

一瞬、何を言われたのかわからず、レナはぽかんと口を開けたまま、ただただ風花を見つめる。



「それで~どうだったの~?」



「…………」



痺れを切らしたのか、ただ黙って口を開けているレナに、風花が再び問いかける。よほど驚いたのか、レナは一向に声を発そうとはしない。さらにはピクリとも動こうとはせず、時間でも止まったかのようにその場で制止している。さながら、壊れたロボットか機械のようである。



「……レナちゃ~ん? もしもし~?」



「…………」



しばらくしても反応がなく、風花がもう1度声をかける。ちっとも反応を示さないレナのことが心配になったのか、最初と比べて随分声が小さくなっている。


だがしかし、それが呼び水となったのか、ようやくレナは反応を示した。何やら目が急に潤んできて、プルプルと小刻みに震えだした挙句、全身がまるで風呂上がりのように真っ赤になっていく。反応を示したというよりも、それは我に返ったと言うべきなのかもしれない。やっと言葉を返してくれるようになったと、風花がさらに言葉をかけようとした瞬間、レナはガバっと風蘭に詰め寄り勢いよく肩を掴み、そしてそのまま揺さぶり始める。



「ふふふふーらん!!! なん! 何ではな! 話しちゃったのぉお!?」



涙目になってうろたえながら、レナは喚き散らすように目の前の風蘭に訴える。てっきり秘密にしてくれるだろうと信じていたらこれだ。自分で『そういうことなのだ』と認識しているだけでも恥ずかしいのに、それを他人に指摘されたのだからたまったものではない。顔から火が出るという比喩が、これほど合っている場面も他にはないだろう。



「あ~え~その~……。つい! ごめん!」



「つ、ついって何よぉお!? こういうのは秘密にするっていうのがセオリーでしょぉおお!!」



肩の揺さぶりを、ますます強くするレナ。だが、風蘭は特に気にしている様子もなく、涼しげな顔をして揺すぶられるがままになっていた。あらかじめ、こういう反応を予想していたのかもしれない。もともとレナのこういう姿を見に来たのだから、当然と言えば当然だった。


真っ赤に照れているレナの姿に我慢ができなくなったのか、その様子を見ていた風花はレナを後ろからギュッと抱きしめながら、にや~と笑って耳元でぼそっと囁いた。



「それでぇ、どうだったの~?」



「ひぃやぁぁぁあ!!」



ぞわりとしたくすぐったい感覚が全身を走り抜け、レナは素っ頓狂な声を上げてビクリと体を震わせる。油断していたのか、それとも耳が弱いのどうかは定かではないが、行動を起こした本人の風花にしてみればそんなことどうでもいい。一番の肝はレナのこの反応。正直な話、風花もレナがここまで可愛らしい反応をしてくれるとは思わなかった。これぞまさしく風花の求めていたものである。これが見たくて風蘭の計画に賛同したと言っても過言ではないのだから、これで目的の半分は達成したようなものである。



「ふ、風花!? ちょ、ちょっと! いや、くすぐったい……ん!」



「ねぇってば~、どうだったの~? 教えてほしいなぁ~」



肩に顎を乗せたまま、風花は耳元で呟くのを止めようとしない。レナは何とか振り払おうとするのだが、思いのほか強く後ろから抱き締められているのに加え、何やら得体の知れないゾクゾクとした感覚のせいで体に力が入らない。されるがままである。


最初はレナの反応の変わりように驚いて呆けていた風蘭であったが、あまりにも風花が楽しそうにレナにいたずらをしている様を見てにやりと笑う。最初に浮かべていたものと同じ、子供が悪だくみをしている時のような笑みである。


すっと両手で前に出し、風蘭はわきわきと指を動かす。怪しげなその所行と、浮かべている嫌な笑みは、これから何が起こるかを予想させるに相応しいものであった。



「姉さんずるいなぁ。あたしも混ぜてよぉ……」



「どうぞどうぞ~。これは1人占めするのはもったいないよ~」



「へ!? ちょ! 勝手に決めないでってば! あっ……、やっ! ひぅ!」



真っ赤にして身をよじらせているレナに、風蘭はおもむろに近づいていく。これから一体自分がどうなるのか、レナは何となく予想はできるのだが、逃げられないのだからどうしようもない。にやにやと笑いながら近づいて来ている風蘭を見て、どうしてこうなってしまったのだと心の底で叫ばざるを得ないレナであった。


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