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第112話 恋慕編5

「・・・・・」



「・・・・・」



無言のまま、刹那とレナの2人は庭に空いた大穴を埋める作業を行っていた。本来ならば、後先考えず全力を出した刹那が1人で埋めるべきなのだが、レナが自分のためにしてくれたのだからと言って聞かず、結果2人で埋めることになったのだ。


レナの申し出は非常にありがたいものではあったが、今の状況では少しだけ遠慮したかったというのが刹那の本音だった。もちろん、普段通りであれば喜んで手伝ってもらうのだが、『あんなこと』がさっきあったばかりでは、恥ずかしくでとても顔を見れたものではない。


そんなわけで、先ほどから目が合う度に作業が中断し、顔を赤くしたまま時間が過ぎて行くということを何度も繰り返していくといった状況が出来上がってしまったといわけだ。おかげで作業がちっとも進まない。この調子だと、埋め終わるまで何時間かかるかわかったものじゃなかった。


刹那もそれがわかっていないわけではない。早く埋めなければならないということはわかっているし、この調子だと他の世界へと旅立つ日にちに遅れが出てしまうかもしれないことも予想できる。


わかってはいるが―――どうしても作業が進んでくれないのだ。さっきの出来事のせいかどうかはわからないが、どうもレナのことが気になって仕方がないのだ。そのくせ視線が合うとそのまま思考が停止し、作業が止まる。理屈ではわかっていてもどうしようもないのが現状だ。


しかし、それが刹那だけかと言えばそうでもない。レナも同じような感じだ。いや、むしろレナのほうが作業に集中できていないのかもしれない。


レナは刹那とは違い、自分の気持ちに気が付いている。なぜあんなにも気になるのか、どうして見ているだけで鼓動が早くなるのか。その理由に、レナはしっかりと気付いている。


それなのにも関わらず、先ほどのような出来事が起こってしまったのだから、落ちついて作業など出来るはずがない。驚いたけれど恥ずかしくて、でも嬉しい。高鳴る鼓動さえも心地よく感じてしまう今のレナの表情は、恋する乙女そのものだった。



「ん・・・」



「あ・・・」



再び、2人の視線が交わる。瞬間に目を逸らし、頬を真っ赤に染める。もじもじしながらもお互いの反応を見、そうしているうちにまた目と目が合う。もう何度も同じことをしたというのに、ちっとも慣れる気がしなかった。気恥かしくて、それでも居心地は思っていたより悪くはない。妙に不思議な気持ちになってしまう、そんな沈黙だった。



「あ、あのさ・・・」



「な、何?」



刹那の突然の言葉に、レナは緊張しながらも答える。



「えっと・・・その・・・」



声をかけたからには何かを言わなければならないことはわかっているのだが、どうもそこから先から言葉が出てこない。何を話せばいいのか、どうやって接したらいいのか。生まれて初めてのこの状況に対し、刹那はどうすることもできず、ただしきりに視線を泳がすだけだった。


レナもまた、刹那にその先の言葉を促すような真似はせず、ただ黙ってもじもじしているだけだった。というよりも、促したくても何となく気恥かしくて促せないのかもしれない。その証拠に刹那と同様、視線を泳がせつつ頬を赤く染めている。そわそわと落ち着きのない態度は、いつものレナからは考えられないものだった。


え~と、やら、その、やらと、言葉を濁しているのにもいい加減限界きたらしく、刹那はそのまま口を閉じてしまい、2人の間には無言が生まれてしまった。何となく気不味いのだが、別にそこまで嫌ではないという、何とも言えない奇妙な時間。時折吹いてくる風だけが、時間が流れているということを教えてくれていた。


そのまま少しだけ時間が経ち、そろそろ作業に戻ろうかと、刹那がレナに言おうと、一度閉じた口を開いた。



「刹那さん、レナさん、穴埋めは順調ですか?」



その瞬間に、突然聞こえた雷光の声。向き合っていた2人は慌てて距離を取り、いたずらでも見つかってしまった子供よろしく、現れた雷光に声をかける。



「じゅ、順調だと思う! うん! た、たぶん順調だよ! な、なぁレナ!?」



「へ? あ、う、うん! そ、そうかも! じゅ、順調かもしれないよ! うん!」



「だ、だよな!? うん! だってさ、雷光!」



「うんうん! ホント、これっぽっちも滞ってないから! 本当に! 本当だから!」



何と言うべきか、本当に子供の言い訳のような2人の取り繕いように、雷光は苦笑を浮かべるしかなかった。無邪気で、感情をそのまま表情に出して、何よりも顔を赤くしながらしどろもどろとしている2人が、微笑ましくて仕方がない。風蘭があそこまで2人の恋仲を取り持とうとしているのにも、何となく頷ける。



「それならいいんですけどね。それは置いておいて、ちょっと御二方に伝言がありまして」



2人を煽って、もう少しだけ狼狽している姿を見たかったが、そうしているわけにもいかないと判断したのだろう。レナは風蘭と風花の所へ、刹那はレオの所へ、それぞれ向かわせようと話を切り出す。



「レナさんは、風蘭さんと風花さんの所へ行ってください。相談があるそうです。刹那さんはレオさんの所へ行ってください。話したいことがあるそうです」



「? 内容は聞いてないのか?」



ふと疑問に思った刹那が、雷光に尋ねる。話したいことと言っても、何のことやら刹那には想像つかない。



「申し訳ないのですが、わからないんですよ。僕はただ呼んできてくれと言われただけなので」



「それじゃ、私のほうも?」



「はい。僕に聞くよりも、本人に聞いたほうが早いと思いますよ」



それを聞いた刹那とレナは、先ほどのことなど忘れてしまったかのように顔を見合わせ、お互いに首を傾げる。2人とも、どんなことを相談、あるいは話されるのかわかっていない様子だった。


伝言を聞いた刹那は、不意に困ったような表情をし、雷光に告げる。



「行きたいのはやまやまなんだけどさ・・・。見ての通り、穴埋めの作業中なんだ。今ここを離れるわけにはいかないよ」



「あぁ、それでしたら僕がやっておきますよ。どうせ暇ですしね、ちょうどよかった」



「いや、でもこの穴開けたの俺だし、やっぱり自分でやるよ」



きっぱりと、刹那が雷光にそう言う。


やはりというか何と言うか、刹那のことだからこういう風に遠慮するのはわかっていた。自分でしでかした大事を人に押し付けるほど厚かましくないし、途中で放り出すほど責任感がないわけでもないからだ。


だがしかし、刹那の意思を尊重してしまえば今後の作戦に支障が出てくるのは目に見えている。ここで2人―――主に刹那には、絶対にレオの所へ行ってもらわなければならない。そうしなければ話は前へと進まない。



「そう言うとは思っていましたよ。お言葉ですけど、この作業って何時頃終わるんですかね? 見た所、全然作業がはかどっていないようなのですけれど」



「あ~・・・それは、えっと・・・」



あーだこーだ言いながら、刹那は雷光の言葉に狼狽する。雷光の言う通り、さっきから作業が全然進んでいないということは刹那が一番よくわかっている。事実、この調子だといつ終わるかわからないのだ。

そんな様子を見て、雷光はやっぱりかと少しだけ笑みを浮かべた後に口を開いた。



「僕1人でやったほうが早いですし、2人に用事がある人だっているんです。どうか僕に任せてもらえませんか?」



雷光の提案に刹那は少しだけ渋っていたが、このままだと本当にいつ終わるかわからない。そうなるとレオの所に行くことになるのは相当後になってしまうし、レナも長時間拘束してしまう。考えた結果、刹那は雷光に少しだけ甘えようと申し訳なさそうに頭を下げた。



「本当に悪いんだけど、よろしく頼むよ。終わったらすぐに駆けつけるから」



「ええ、任せてください。ささ、2人とも早く行ってあげてください。待ってますよ、きっと」



笑顔でそう言って、雷光は胸を叩いた。頼もしいことこの上ないが、それよりも申し訳ない気持ちが勝っている。一刻も早く戻ってこようと、刹那は決心したのだった。



「雷光、ごめんね。私もすぐに来るから。それじゃ刹那、行こ」



「ああ、今行くよ」



先に歩き出したレナの後に続くようにして刹那も歩いて行く。先ほどまであれだけ顔を真っ赤にしていたというのに、こうも平気に会話ができるものなのかと、見送った雷光は驚き半分呆れ半分といった表情をしていた。



「・・・それにしても、ずいぶん派手にやりましたね」



改めて刹那の空けた大穴を見て、雷光が感嘆のため息をつく。まるで蟻地獄に対する蟻にでもなったかのような気分だ。おそらく、雷光が『眼』を使って本気で攻撃したとしても、ここまで大規模な穴を空けることはできないだろう。精々、この大穴の半分がやっと―――いや、ひょっとしたらそこまで至ることもできないかもしれない。


自分にはない火力を持ち、それを見事に使いこなしている刹那のことを思うと、雷光は全身の震えを押さえることができなかった。それは刹那の持つ強力な火力に対する恐れからの震えではなく、俗に言う武者ぶるいというやつだ。もちろん戦うつもりなど毛頭ないのであるが、実際に戦うとなった時のことを考えると、それはもの凄く濃密で、楽しくて、これ以上ないほどの最高の時間になることは容易に想像できる。



「・・・血筋かなぁ」



ひょっとしたら、兄である雷牙よりも好戦的なのかもしれないことを思うと、雷光は苦笑いせずにはいられなかった。決して温厚とは言えない一族の血が流れているのだから別におかしなことではないのだが、それでも仲間にまで戦いを求めてしまうことには、さすがに呆れ返ざるを得なかった。


呪われた血筋とまではいかなくとも、いい加減にこの性を直していかなければならないなと、この胸の高鳴りをきっかけ雷光は自身に深く誓うことにしたのだった。


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