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第110話 恋慕編3

家の中で何が起こっているかも知らない刹那とレナは、いつも剣の訓練を行っている庭へと到着した。


世界に設置されている『罠』を外す度に、レナにたくさんのことを教えられ、それを徐々に吸収していった、実に馴染みの深い場所である。ここを差し置いて、レナに報告するに相応しい所などあるはずがなかった。



「えっと・・・。そ、それで刹那、見せたいものって?」



連れて来られた場所が意外だったのか、レナは少々戸惑いながら刹那にそう尋る。刹那が、自身に何を見せたいのか見当もついていないのだから当然だ。楽しげなその表情から考えるに、レナにとっても悪い物ではないことは想像できることは確かではあるが、具体的なことまではわからない。


そんなことを考えているレナに刹那はご機嫌な様子で向き直り、その問いに答えた。



「これさ!」



先の世界で会得した『眼』を、刹那は出し惜しみせずに発動させた。


まだ夜にもなっていない、明るい場所だと言うのにも関わらず、刹那の瞳の瞳孔が完全に開かれる。黒い・・・それこそ闇のような漆黒の魔力が刹那の体から溢れ出し、奇妙な緊張感が辺りを包み込む。引きずり込まれるのではないかと錯覚させされるほど濃縮された刹那の魔力は、本人の気性とはまるで反対な不気味な雰囲気を醸し出していた。魔力の持ち主が刹那でなければ、レナも即座に戦闘体制に入ってもおかしくなかった。



「刹那、これって・・・」



「『眼』だよ! 前の世界で使えるようになったんだ! レナに、俺も少しはマシになったんだって教えたくてさ!」



「・・・見せたかったものって、このことだったんだね」



見せたいものを見せることができてすっかり有頂天な刹那とは対照的に、ほんの少しだけ、刹那も気がつかないほどの落胆を含んだ声で、ぽつりとそう言った。


別に刹那の成長が嬉しくないわけではないのであるが、もっと違うものを想像していたレナとしては、見せてもらったものに少々がっかりしたようだった。もっとも、レナが刹那に『何』を期待していたかなど、連れ出した刹那にわかる由もないのだが。



「それじゃ、次は『眼』を使ってどれだけ強くなったのか、見せてくれる?」



先ほどまでの声色とは違い、今度は割と強気な口調でレナは刹那にそう言った。何やら不敵な笑みを浮かべながら、足元に落ちてある、あるいは置いてあると言ったほうが正しい、剣の稽古に使用する細長くも堅固な棒を拾い上げる。


そのレナの言葉に応え、刹那もまた足元の大剣の形を模した丸太を拾い上げる。これは、結晶やら神器やら、必要以上な切れ味を持つ武器で訓練をすると、万が一の事態が起きた場合に取り返しがつかなくなることを防止するためのものだ。切れ味も何も、刃がついていなければ斬れる心配などないのだから遠慮なくやれるという、レナの提案から採用した訓練道具だった。



「いつでもいいよ。刹那の力、私に見せてみて」



そう言うと同時に、レナは魔力による身体の強化を全身に施した。今までは基礎を重点的に鍛えるという名目で身体強化を伴った訓練は行わなかったのだが、刹那が『眼』を使用した状態でどこまで強くなったのかを確かめるにはそんなことも言っていられない。


何よりもレナは、刹那がここまで喜ぶほどの力を見てみたかった。剣を教えた、いわば弟子の成長。どこまで自身と肩を並べられるか、レナは知りたくて仕方がなかった。



「それじゃ行くぜっ!」



地面を蹴り上げ、刹那は直線的にレナへと立ち向かう。いつもの刹那の戦い方だ。何も考えずに、ただ突進をする単調な攻撃。違うのは、こうやってレナへと向かってきている速度。刹那の身体強化を施して戦ってきた様を見ているレナも、『眼』を使用した時との違いに驚きを隠せないでいた。


レナが射程圏に入った瞬間に、刹那は勢いに任せてそのまま丸太を振り下ろした。『眼』による身体強化によって生み出された爆発的な速さから繰り出される刹那の一撃は、例え防いだとしても防御越しに伝わってくる衝撃でダメージを与えることができる強烈なものだ。例え戦闘に長けているレナといえど、受けきることなど不可能。何度も何度も注意されてきた単調かつ直線的なこの攻撃を、刹那がレナに対して実行したのは、レナがこの攻撃を止めることができないと判断したからであった。


確かに、レナが刹那のこの一撃を受けきることは不可能だろう。持っている棒で防いだとしても、刹那の攻撃の威力に耐えられない。とはいえ、最短距離である直線で向かってきている刹那から逃げることもできない。『眼』を使用している刹那の身体能力と、ただの魔力によるレナの身体能力。どちらが圧倒的に高いかなどわかりきったことだ。



だからこそ、レナが取るべき選択肢は1つ。



受けきることも逃げることもできないのならば、『流せばいい』のである。




「・・・ふっ!」



刹那の丸太が振るわれるタイミングに合わせ、レナは棒を斜めに傾けて、滑車の要領で振り下ろされてきた丸太を地面へと流した。同時に手にした棒を切り返して、勢いに任せて丸太を振るった刹那のガラ空きの頭に目掛けて振り下ろす。攻撃を防ぐことを選ぶと刹那が踏んでいれば、レナのこの攻撃はカウンターとして刹那に命中することは間違いない。




―――はずだったのだが、刹那もさすがにそこまで浅はかではなかった。




「よ・・・っと!!」



地面にめり込んだ丸太を引き抜き、刹那はレナの攻撃の射程圏から素早く離脱した。その一連の動作はあまりにも速く、刹那の頭に命中するはずだったレナの攻撃は空振り、そのまま刹那の丸太と同様、地面へと突き刺さる。


レナと散々剣を交えてきた刹那は、正面から斬りかかってもあまり効果がないことがわかっていた。だが、大剣を模した丸太を最高威力で放つには、先ほどのような愚直な戦法が一番であることも事実。それを生かすためには、流されることがわかっていようとも、正面から向かっていくしかないのだ。


結果、レナに攻撃を受け流されたわけだが、今の刹那には『眼』がある。例え攻撃が通らなかったとしても、今のように攻撃が当たる前に射程圏内から離脱するくらいなら可能だ。愚直とも言える先ほどの刹那の攻撃は、万が一のことも考えた結果の攻撃であったのだ。



「・・・さすがに速いね。あのタイミングのカウンターが当たらないなんて」



そう言ったレナの表情には、笑みが浮かんでいた。


笑わずにはいられない。なぜかはわからないが、レナはこの瞬間が楽しくて楽しくて仕方がなかった。これほど戦闘が楽しいのは、生まれて初めてだった。どんな時でも、どんな敵でも、刃を向ける際には嫌悪感が襲ってきたというのに、なぜか今だけは内から沸いてくる高揚感がたまらなく心地よかった。



「やっぱり、うまくはいかないか。結構な速さがあれば、レナでも防げないと思ったんだけどな」



「それは残念でした。でも、まだ他に手はあるんでしょ? 全部見せてよ。刹那の持ってる力、全部見せて」



「わかったよ。次に見せるのが、今の俺の全力だ」



短い会話を終えた瞬間に、刹那は魔力を背中へと集中させ、大きな一対の翼を形成する。『眼』の発動と共に刹那が会得した、身体の特殊能力である。羽ばたきによる移動速度の上昇には目を見張るものがあり、それによって得られた勢いに任せて丸太を振れば、いくらレナといえど流すことは困難であろう。



「・・・準備はいいか? 行くぜ!」



前方に風を送るようにして、刹那は一度の羽ばたきで後ろへと飛ぶ。巻き起こった風は、距離が空いているレナの元まで届き、優しげに燃えている炎を連想させるオレンジ色の髪の毛を揺らした。


飛ぶことに成功した刹那は、飛行速度を最高潮に上げるため、さらに羽ばたきを続けた。走ることと同じで、一度の羽ばたきでは最高の速さにまで到達することはない。飛行を続け、速度を徐々に上げることでようやく最高速度へと到達することが可能となる。


レナを中心に円を描くようにして、刹那は徐々に飛行の速さを上げていく。速くなるごとに体へぶつかってくる風が強くなっていき、『眼』による身体強化がなければ四肢がバラバラになってしまいそうなくらいだった。


やがて飛行の速度は最高潮となり、刹那はさらに上空へと飛び上がった。急激な旋回をし、最高の速度を保ったままで、刹那は地上にいるレナ目掛けて急降下した。その様は、まるで餌を捉える隼の様であったが、決定的に違うのはその滑降するする速度。まだまだ使いこなせてはいないとはいえ、現時点での最高速度は身体強化を施しているはずのレナの目にも捉えることのできない凄まじいほどの速さだった。


高所からの急降下から生み出される爆発的な速さと勢いに任せて、刹那は持っていた丸太を一閃に振り切った。瞬間、雷でも落ちたのではないかと思うほどの轟音が鳴り響き、振り下ろした時の衝撃が辺りの草木を震わせた。まるで大量の火薬でも爆破したかのような威力であった。土埃が舞い上がり、周りの視界が一気に閉ざされる。



「・・・ん」



一瞬の出来事に何が起こったのか理解できないレナは、突然の轟音と土埃に戸惑いながらも、手にした棒を構えることを止めなかった。土埃に紛れて刹那が攻撃してくるということを考慮してのことだ。


舞い上がった土埃によって遮られていた視界は徐々に晴れていき、そこでレナはようやく周囲の状況を把握することが可能となった。


注意深く辺りを見回そうと視線を動かし、そして気がついた。



「嘘・・・」



レナの間横に、本当にすぐそばに、爆撃でもあったかと勘違いしてしまうほどの巨大な穴が開いていたのだ。実際に目で見ていない―――見切れていなかったから断言はできないが、大方の予想はつく。これは、刹那がやったのだ。『眼』によって発現した漆黒の翼を利用して得られた凄まじい速度は、たかが丸太を使ってもこれほどまでの威力を生み出してしまうことに、レナは頼もしさよりも恐ろしさも覚えずにはいられなかった。



「せ、刹那・・・?」



これだけ威力のある攻撃を放った刹那への反動は、おそらく相当なもの。『眼』で身体の強化を施してはいるが、果たして無事かどうかわからないのだ。


刹那の身を案じて、レナが不安げに名を呼ぶ。



「ん、よっと」



レナの声が耳に届いたのか、刹那が大穴の中心から身を起こした。すでに『眼』を使用することは止めており、先ほどまであった漆黒の翼はどこへやらと消えてしまっていた。


吹き飛んだ土や草木の葉を払いながらも、刹那はまるで平気なレナに笑いかける。



「俺は大丈夫。レナは何ともないよな?」



「私? 私は平気だけど・・・それにしてもこれ・・・」



「あぁ・・・みんなに怒られちゃうな。すぐに元に戻しとくよ。それと、丸太も新しいの作らないと」



ばつが悪そうに、刹那は手にしていた丸太の持ち手をレナに見せた。持ち手から先は、まるで道具か何かで削られたかのように破損している。考えてみれば、これだけの大穴を作りだすほどの威力から生まれる反動を、たかが丸太に耐えられるもなかった。脅威とも思えるほどの頑強さを誇る結晶か、あるいは神器でなければ、その反動に耐えることは難しいだろう。



「・・・力を手に入れたのはいいけど、あまり過信しないようにね。能力にかまけて、基本と自分の身を粗末にしちゃダメだよ?」



ため息をつきながら、レナは刹那にそう言う。


確かに、刹那が自身に見せてくれた『成長の証』は素晴らしいものだった。以前の刹那からは考えられない成長の速度。『眼』を手にしただけで、まさかこれほど変わるものだとは正直レナも思っていなかった。


だからこそ、心配になってしまう。力を手にすれば、己を過信する可能性だって出てくるのだ。できないことをできると勘違いし、圧倒的有利な戦況も逆転させてしまうということもないわけではない。無茶をして、つかなくてもよかった傷だってついてしまうかもしれないし、下手をすれば命を落としてしまうかもしれない。刹那に限って、自身の実力に酔いしれるなどということはないだろうが、万が一ということもあるが故の言葉だった。



「ん? あぁ、わかってるよ。先生の言うことはちゃんと守らないといけないしな。約束するよ」



笑いながらそう言って、刹那は穴から這い上がろうと歩き出した。この大穴を元通りにするとしても、新しい丸太を作るとしても、ここから出なければ話にならない。ボロボロと土が崩れてくる不安定な地層を足場に、刹那は少しずつ上がって行った。



「よいっしょ・・・と」



非常に歩きにくいが、歩けないということではない。少しずつ歩いているうちに、刹那はレナのいる場所まであともう少しという所まで辿りついていた。


だが、何度も言うが刹那の歩いている場所は、土が次から次へと崩れてくるという非常に不安定極まりない状態である。『眼』の発動も止め、身体の強化さえも施していない通常の状態で、しかも前触れもなく唐突に体重の掛けている箇所が崩れてしまえば・・・。



「お・・・わっ!!」



バランスが崩れて背後に倒れこんでしまうことは必然であると言える。


刹那は何とか体重移動をして持ちこたえようとしたが、やはり無駄だった。妙な浮遊感が全身を包み込み、刹那はレナを正面に大穴へと落下していく。



「刹那っ!」



慌てて、レナが刹那へと手を伸ばす。


不幸中の幸いというべきか、刹那とレナとの位置は近い。それこそ手を伸ばせば届く距離だ。


無意識のうちに刹那は手を伸ばし、差し出されたレナの手を掴む。


刹那の手を握った瞬間、レナは刹那を引っ張り上げようと、握っている手を思い切り引っ張った。


そこまではよかったのだが―――どうも、レナが引っ張る力が強すぎたようで。



「え? きゃ・・・!」



「うわっと!」


レナは仰向けに地面に倒れ、刹那はレナの上にうつ伏せに倒れ込んでしまう。


その様子は、何だか刹那がレナを押し倒しているように見えないこともないようで。



「・・・・・」



「・・・・・」



その間、2人は何があったか理解できないようで。


お互い視線を合わせたまま、身動き一つできず無言のままでしばらくその状態でいて。


ようやく事情を呑みこめたとばかりに、2人同時に表情を赤らめてバッと素早く身を起こし、そのまま慌てて距離を取ることとなった。



「ええええ、えと、そのその・・・ごご、ごめんね。つ、強く引っ張り過ぎちゃったみたいで」



「い、いやいや、俺が悪かったって。も、もう少し注意してればこんなことに・・・その、ならなかったと思うし」



きょろきょろと忙しなく視線を動かし、しどろもどろとした口調で謝罪を述べる。


レナにしてみれば、ようやく自分の気持ちに気がついたばかり。それなのに、いきなりこういうことがあったものだから、心臓がドクドクと音を立てて仕方がない。あれだけ落ちついていたのに、これだけのことでここまで取り乱すなど、生まれて初めての経験だった。


一方刹那は、今の今まで仲間としか認識していなかったレナの顔を間近に見て心拍数を大幅に上げていた。それはもう、フルマラソンを全速力で走りきったのではないかというくらいにだ。レナがここまで綺麗で、美しい顔立ちをしていたのだと、ここまで接近して初めて気がついた。



{う、うわ・・・。どーしてだ。どーしてこんなに・・・心臓バクバクいってんだ・・・}



心の中で刹那は自身に問いかけてみるが、答えは返ってなどこない。


レナに視線を合わそうとしても、何だか気恥かしくて合わせることもままならない。


一体どうしてしまったのだと、刹那は混乱と同時に疑問を覚えざるを得なかった。




・・・結局、2人とも心が落ち着くまでの時間を、その場でもじもじと忙しなく動きながら過ごすこととなってしまったのだった。





+++++





「・・・・・」



先ほどからのやり取りを遠目に見ていたレオは、内心複雑だった。


結局は、風花の目論見通りだったのだ。


確かに、刹那もレナも、自分たちに協力を求めてはいない。


だが、これは明らかに助けなければならない状況だ。


赤くなりながらももじもじし、視線が合う度に目を逸らしている2人を見ていればわかる。


これは、誰かが背中を押してやらないと絶対に動かない。


否、動けないのだ。


決意を決めて行動を起こしたとしても、向き合ってしまえば今の状況になることなど容易に予想がついてしまう。


となれば、計画を企てた風蘭を含む6人で何とかするしかない。


それをしなければ、風花の言う通り、『仲間を見捨てる』という結果になってしまう。



「ここまで来て、手を貸さんのはなぁ・・・」


顔をしかめながら、レオはそう独り言を呟く。


できるだけ、2人の仲には口や手を出したくなかったが仕方ない。


それに、傍目から見る分には刹那とレナは相思相愛だ。


行動を起こしても、良い結果になっても悪い結果になることはほとんどないだろう。


レオも、別に仲間同士の間で、そういった感情を快く思っているわけではない。


むしろ風花達と同様に、こういった珍しいことには進んで参加したいのだ。


押さえつけているのは、2人の意思を尊重するという建前。


それがなくなってしまったのだから、後は簡単だ。



「・・・乗るしかないか」


本来ならば残念な結果であるはずなのに、レオは何やら楽しげな笑みを浮かべながら、その場を後にしたのだった。


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