第11話 近未来編6
「行きましょうか。今が絶好の機会、と言ったところですからね」
「ああ。じゃあ、後ろからしっかり付いていくから、道案内は頼んだよ」
ロックスが囮になってロボットを引き付ける役を提案したのは、他でもない、リーマスである。
血のつながった兄弟を、最も危険な所へ行かせた張本人、リーマス。果たして、リーマスはわが身可愛さでロックスにこの役割を押し付けたのだろうか。違う、これにはれっきとした理由があった。
理由とは、AIに入れるワクチンを扱えるのは、三兄弟の中でリーマスただ一人だということである。
ワクチンソフトを製作する際、三人はそれぞれ役割を決めて取り組んでいた。クリスがあらゆるウイルスバスターのソフトを収集し、ロックスがAIに感染したウイルスの情報を解析し、リーマスが二人の集めてくれたソフトや情報を元にワクチンをプログラミングしていくという手順である。
三人で製作したといっても、直接ワクチンに関わっていたのはリーマスだけとなる。もちろん、仕組みも効果も、知っているのはリーマスのみ。
よって、用心棒扱いの刹那も除外され、消去法でロックスとクリスがリーマスの案である『囮役』となったのである(ロックスがビルの中の囮になることを、リーマスは想定していなかった)。
二人を危険にさらしてまで、この作戦を行うのにはもちろんメリットがある。ロボットに襲われ、食物もろくに作れないのはリーマスの話からわかっているだろう。人々は保存食で耐えており、命綱であるその保存食も尽きようとしている。つまり、あまり時間がない、早く手を打たないと食料が尽きてしまい、全滅してしまうことになる。
そこで、リーマスは囮を使うという作戦を編み出した。
入口が一つしかなく、裏口がないというのも理由の一つだが、なによりもAIにたどり着くスピードが速いということにある。囮によって見張りのロボットの注意をリーマスたちからそらし、その隙にAIに向かって一直線。戦いながら進むよりよっぽど効率がいいはずである。
AIの部屋は侵入者対策として一つしか入口がない。裏を返せば、入口だけに集中して守備をしていればいいということだ。他のところから戦闘ロボットが来ることもない。
これらが、リーマスが必死の思いで考え出した、人々を苦しみから救う手段だった。
囮となってくれたクリス、ロックスのためにも、このチャンスを棒に振るわけにはいかない。
リーマスと刹那は走り出す、
何度も通ったAIの部屋へと向かう、
迷いのない足で走るリーマスの後を刹那が追う。
+++++
もぬけのから、という表現がこの状況にピッタリだった。ロボットなどいない、聞こえてくるのは下の階からの銃声のみ(ロックスは死ぬ物狂いで逃げ回っている)。
{大丈夫、だよな}
今刹那達がいるのは7階のフロア、迷路のように複雑な曲道をぬけながら、ひたすら走ってここまで来たのである。ロックスが、下の階で追い掛け回されているうちに、上層部のロボットたちも1階に降り、一斉に追いかけているのだ。
{クリスもロックスも、大丈夫・・・・・・だよな}
今、何のトラブルもなくここまで進んでこれたのも、ロックスのおかげだった。一人、たった一人だけで逃げ回り、注意を刹那たちからそらしている、今も。
{死んだ、なんてことは、絶対にないよな}
心配だ、冷酷で感情もないロボットに、ただひたすら追いかけられ、レーザーをかわし、逃げている。そんな彼らがどうしようもなく心配だった。
人々を助けるためとはいえ、なぜ自分たちが命を賭けなければならないのか(刹那は除く)。その理由が今ひとつ、理解できない。別にその姉弟のせいでウイルスに侵されたわけでもないのに、なぜだろう。なんでここまで出来るのだろう。もしかしたら命を落とす───
「刹那さん」
リーマスに呼ばれ、刹那は正気に戻る。気付けば、既に8階へと続く階段の前に立っていた。この階段を駆け上がり、奥の部屋に突入すれば、
{AIとご対面か}
などと頭に浮かべ、改めてリーマスの顔を見る。緊張と、あせりと、動揺、これらが全て入り混じった表情をしていた。
「この階段を上るといよいよAIのいる階にたどり着きます。ここまではロボットがいなかったけど、8階には必ずAIを守備するためのロボットがうごめいています。今のうちに剣を出しておいたほうが良いでしょう」
そうか、と刹那はうなずく。階段にも守っているロボットがいるかもしれないのだ、最初から大剣を出して行った方が絶対にいい。
{よし}
まず、頭の中で黒い霧をイメージし、自らの体と手から黒い霧を出す。次に大剣をイメージする。黒い霧は大剣の形となり刹那の手に収まった。準備は万端、あとは突入するだけ。
「行きますよ刹那さん」
「わかった」
短い会話を合図に、二人は勢い良く階段を駆け上っていった。
このビルの階段は段数こそ短くはないものの、グネグネと曲がっているため実際の距離よりも長く感じる。上野様子を見ようにも、曲がっているため、どうやっても上の様子がわからない、このため刹那たちは階段を上がるときに、上をのぞくようにして上がって来なければならなかった(刹那が剣を出さないのは力を温存しておくため、とはいっても、剣を出すことにエネルギーを使うかどうかはわからないが)。この階段だって同じだった。3段程度上がったところで曲がり、再び3段上って曲がるの繰り返しだ、これが5回続くとやっと次の階へと進むことが出来る。今は4回目、次曲がれば8階へと到達する。
曲がり角に身を隠して、二人は8階の様子をうかがう。やっぱりロボットはいた。
{さて、どうしたものでしょうか}
頭の中であれこれ考えていると、隣にいたはずの刹那がパッと飛び出し、大剣を一振り、
「はぁ!!」
黒い風が吹き、見張りのロボットは両断されていた。
「リーマス、行こう!」
あぜんとしているリーマスに呼びかける。かくして、刹那たちはAIのある8階に乗り込んだのであった。
+++++
8階をただただ走る二人、目指しているのはAIの部屋。
先頭はリーマス、後から刹那が続いてくるという感じだ。道を良く知っているリーマスが走り、後ろから追いかけてくるロボットを真っ二つにしながら刹那が追いかける、という手際だった。
「リーマス、まだか?」
「あの右の角を曲がれば!」
指をさしたのは、ほんの5メートルほど手前の角だった。
ロボットは相変わらず追いかけてきている。刹那の働きもあったため、後ろを追ってくるロボットの数は大分減っていた。レーザーを撃ってくるときも隠れたり、あるいは撃ってくる前に大剣でたたき切ったのである。
リーマスが角を曲がると、扉があった。リーマスに連れてこられた研究所と同じ、自動ドアだった。もちろんその前には見張りのロボットが2体、並んで立っている。
「はぁッ!!!」
ロボットにレーザーガンを構えさせる時間も与えず、刹那は大剣の一振りで二体を斬り飛ばした。胴体が上半身、下半身になり、動かなくなったロボットは、バチバチと電気を出していた。
「リーマス!!」
「わかってます!!」
いよいよ、というところだった。ついに、ロボット達からの恐怖が終わる。今までの苦労が報われる。AIを正気に戻すことが出来る。リーマスたちの父のいたときの、あの輝かしい時代へと帰ることが出来る。
その、期待を胸に自動ドアをくぐった先にあったものは、
「うわ、あ」
巨大な機械だった。コンピュータみたいなものが組み込まれている。一目でわかった、これこそがAI。機械の神に等しい、強大で、おぞましい姿の機械の塊。
この機械の製造したロボットのせいで、生み出された武器のせいで、どれほどの命が消えていっただろう。消えていった命のためにも、囮になってくれたクリス、ロックスのためにも、
{早く、終わらせなければ}
リーマスはAIに近づいた。恐怖を終わらせるために、ゆっくりと、胸ポケットのワクチンソフトを取り出した。と、リーマスは、
「刹那さん、入口の防御、頼みます」
刹那に最終注意を促す。刹那は声では答えず、うなづく事で了承した。
リーマスは手に取ったワクチンを、AIに入れた。
「AI、もうすぐだからな」
ワクチンがAIの中のウイルスを破壊するまで、だいたい3分程度だった。この3分間、AIはどのような抵抗をしてくるのだろう。長い、長い、3分間が始まった。