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第107話 異種編16


「ふぁ~あ・・・。あら、帰ってきたわね。おかえりなさい」



読んでいた分厚い本をパタンと閉じて、異次元図書館の管理人である次元の神『オリアス』が、罠の張ってある中心世界から帰ってきた雷牙達一同に労いの言葉をかけた。


長時間読書に勤しんでいたためか、オリアスは掛けてあるメガネを外し、目頭を指で押さえた後、ゆっくりと揉みほぐしていた。神といえど疲労は溜まるものなのだろうかと、4人が全員疑問に思ったが口にはしなかった。



「んんん? あらあら、また新しい子連れて来たの?」



再びメガネをかけた後、オリアスは4人の後ろに隠れているルウネを見つけ、そんなことをレナに尋ねる。


雷牙達を最初連れてきた時も、確か同じような反応があった。一気に4人も連れて来てくれちゃって、うちは旅館じゃないのよ、 と言われたのをレナは覚えていた。



「えっとですね、オリアスさん。この子・・・」



「新しいお仲間なんでしょ。わかってます。でもねぇ、あなた達のベースキャンプに食料やらを供給してるのは私なのよ? 罠を外してくれる人が増えるのはありがたいけど、こっちの負担っていうものをちょっとは―――」



「この子、その『罠』なんです」



オリアスの文句をレナが遮り、衝撃的である事実をオリアスに告げた。


外すべきであるはずの『罠』。


世界に悪影響しか与えることのない、存在してはいけないはずの『罠』。


その『罠』が、あろうことにこの異次元図書館にいる。


それを告げられたオリアスが一体どんな反応をするかなど、容易に考えられる。驚くか。怒るか。敵意をむき出しにするか。無言で攻撃するか。いずれにせよ、ルウネがオリアスに温かくは迎えてもらえないだろうということは最初からレナにはわかっていた。


だからこそ、話し合う。誠意を持って真剣に自らの主張をオリアスに伝え、生半可な決断で『罠』であるルウネを連れてきたわけではないということをわかってもらう。それが、レナが提案した考えであった。



「あら、そうなの。目の色が違うから珍しいなって思ったけど、罠とは思わなかったわ」



だが、4人が予想していたことは外れ、オリアスは『罠』であるルウネに対して嫌悪感や敵視することはなかった。ただ純粋に珍しいものを見るような少しだけ驚きの混じった視線をルウネに注いでいる。



「・・・お、怒らないんですか?」



ルウネを連れてくるという案を出したレナが、恐る恐るオリアスに尋ねる。



「どうして?」



「だって、その・・・『罠』を連れてきたから、てっきり怒られるかと思って・・・」



「あ~なるほどね。でもその子、全然殺気とか出してないし、襲ってくる気配とかないし、敵意がまったくないのよね。敵じゃないのなら、無理に追い返す必要もないし」



それだけ言って、オリアスは不安がっているルウネに視線を向けた。雷牙の後ろに隠れて縮こまっているルウネは、まるで捕食者に怯えている小動物のようだった。その恐怖心を取り払おうと、オリアスはルウネに微笑みかける。


敵対されると思っていたオリアスが友好的な態度を示したためか、ルウネはほっとしたような安堵の表情を浮かべ、雷牙の後ろからゆっくりと出てきた。



「その子が『罠』ってことになると・・・。大方、危険性はないから処理の判断に困って連れてきたってところかしら?」



「そんなところです。あの世界にいると、また暴れ出すかもしれない。だから、他にいい世界がないかお尋ねしたくて」



「ふんふん、了解しました。ただね・・・」



本がぎっしりと詰まっている棚が、ずらっと並んでいる部屋の一面を見渡して、ため息をつきながらオリアスは言った。



「ご存知の通り、この図書館には無限の本・・・世界があるわ。その中からその子―――ルウネちゃんに合った世界を探していくのは、はっきり言ってかなり手間と時間がかかるのよ。運が悪ければ、死ぬまで見つからないかもしれないわよ?」



神の手によって無限に引き裂かれた世界。その全ての世界に繋がっている本が収納されているこの『異次元図書館』には、オリアスの言う通り数え切れないほどの本が存在している。


その本の中から、異世界中に仕掛けられた『罠』の有無を調べ、そして全世界を滅ぼそうと目論んでいる『神』を名乗る人間と、刹那が最初に出会った『リバー』を始めとする『神の使い』たちの本拠地を見つける作業をしつつ、さらにルウネに適している世界を探すのは、正直言ってかなり骨が折れる。


いくら次元の神といえど、無限にある本の中身を逐次記憶しているわけではない。無数にある本を1つ1つ虱潰しに探すという行為は、肉体的にも精神的にもつらい作業なのである。



「それじゃあ・・・ルウネはどうなるってんだ?」



黙っていた雷牙が、オリアスに尋ねた。


焦っているその様子からは、ルウネのことを心底心配しているような感情が読み取れる。



「元の世界に帰すわけにもいかないんでしょ? だったら、ルウネちゃん自身に探してもらうしかないわ。私がやってるように、1冊ずつ本を広げて、文字を読んで、どんな世界なのか把握してから実際に行ってみる。合った世界が見つかるまで、それを繰り返すの。めげることなく、ずっと」



図書館に存在している本は、何もオリアス以外の常人が読めないわけではない。魔力を込めることによってその世界へのゲートが出現するという点と、誰にでも理解できる特殊な文字で書かれているという点さえ除けば、至って普通の本なのである。


オリアスがルウネの世界を探すという手間をかけられないとなれば、当人であるルウネがその作業をこなすというのは理に適っている。自身の目で確かめ、そして体験した世界ならば、それはルウネに適した、実に素晴らしい世界に違いない。



「じゃ、じゃあ・・・、ア、アタシ、ここに居て、いいんですか? こんな、こんなアタシでも、ここに居させてもらって、いいんですか?」



不安がりながらも、しっかりとオリアスの目を見つめながら、ルウネは聞いた。



「もちろんよ。何もない所だけどね。それでもいいなら、こちらとしては一向に構わないわ」



元居た世界では、忌むべき存在として虐げられ続けていたルウネ。



村人たちから石を投げられ、暴言を吐かれる度に、自分は居てはいけない存在であるということを嫌でも実感させられてきたルウネ。



そのルウネにかけられた、オリアスの言葉。



居ても構わないと、そう言われたルウネの不安げな表情は、喜びに溢れた表情へと変わっていった。



「は、はい! え、えっと、その、お世話になります!」



つっかかりながらも元気よく言って、ルウネはオリアスに頭を下げた。



「よろしくね。頑張って、自分の住みやすい世界を探すのよ」



にっこりと笑いながら、オリアスはルウネに言った。


何だかんだ言って、人気のないこの『異次元図書館』に、新たな客人がやってくることが嬉しかったらしい。


その様子を見ていた雷牙が、満足げな表情をしてルウネに言った。



「よかったじゃねぇか、ルウネ」



「うん! 本当によかったよ!」



ルウネの喜びようといったら、この上ない。無邪気に喜んでいるルウネの表情は、歳相応な可愛らしい笑顔だった。



「それじゃ、ルウネちゃんはこっちで預かるわ。たまに休憩がてらそっちによこすかもしれないから、その時はよろしくね」



「あぁ、了解だ。ルウネのこと、頼んだぜ」



「わかってるわ。さ、あなた達も疲れてるでしょ。ゆっくり体を休めなさいな。刹那君たちのチームも帰ってきてるから、色々報告し合ってちょうだいね」



そう言って、オリアスは他の本よりも一回り小さい緑色の本を雷牙に手渡した。オリアスが提供してくれた、ベースキャンプとして機能している世界へと続く本である。もっとも、大きさは他の異世界と比べる間でもなく極小のものであるが、8人を収容するには十分過ぎるものだ。


オリアスから手渡された本に雷牙が魔力を込めるなり、遠雷のような音が響き渡り、本の上にゲートが出現した。このゲートをくぐれば、刹那たちが待っている世界へと戻れる。向こうのチームはうまくやったのだろうかと、今更ながら気になってしょうがなかった。



「それじゃ、俺から行くか」



雷牙はそう言って本を床に置き、ゲートに入ろうと身を乗り出した。



「あ、ら、雷牙! 待って!」



その雷牙を、ルウネが慌てて引き止める。

何事かと思い、雷牙はゲートに入るのを止め、ルウネのほうを振り向いた。






「ありがとう」






たった一言、ルウネはそう呟いた。



気味悪がらずに接してくれたこと。



優しくしてくれたこと。



ボロボロになっても、暴走した自分を止めてくれたこと。



正気に戻った後も、お前は悪くないと励ましてくれたこと。



いくら言葉を紡いだところで、この気持ちを全て伝えることなどできない。



だから、『ありがとう』の一言に全てを込めた。



ルウネの気持ちの全てを表す、魔法の言葉。



それが伝わったのか、雷牙は親指を立て、笑顔でルウネに応えた。






「おうっ!」






ルウネのその表情を見て、雷牙は今一度確信した。



やっぱりルウネは、望まれぬ存在などではないのだと。




「レナも、雷光も、風蘭も、ありがとうっ!」




とびきりの笑顔。



呪われし運命の呪縛から逃れたルウネの表情には、もはや陰など存在していない。



居てもいいのだと。



存在してもいいのだと。



みんなに、教えてもらったから―――。






「みんなに、ありがとうっ!!」






+++++



「・・・報告に参りました」



相変わらずその場から動こうとしない青年に向けて、ジェノがそう話しかける。刹那の『崩天剣』によって吹き飛ばされた腕は何事もなかったかのように再生しており、そのキメの細かい白い肌には傷1つついていなかった。


その声に気がついた青年はゆっくりと振り向き、申し訳なさそうに頭を垂れているジェノに歩み寄った。



「腕、大丈夫みたいだね。ちゃんと動く?」



サラから聞いた、ジェノの腕のダメージ。

それを心配してか、青年がそのことを尋ねる。



「・・・はい。前よりも、いい感じがします」



「そっか。それならいいんだ。けど、無理はしないでね。誰か1人でも欠けたら嫌だからさ」



「・・・はい。申し訳ありませんでした」



青年からの心づかいが嬉しいと思う反面、無理をして青年に心配をかけてしまって申し訳ないという感情がジェノの胸に芽生える。



役に立ちたいが、心配は掛けたくはない。



だから、もっと強くならなければならないと、そうジェノは思った。



青年が笑って自身を見守ってくれるくらいに、強く、ただ強く。





「・・・わかってます。私は、大丈夫です」



「ホントかなぁ。ジェノもそうだけど、みんなボロボロになって帰ってくるからさ。そろそろ僕も出張ろうかなって思ってるんだけど?」



「・・・そうすると、多分皆がこぞって止めますよ。そんなことさせられない、って」



「ははは、だろうね」



ジェノの言ったことが容易に予想できたのか、笑いながら青年が言う。

その笑顔が見ることができて満足したのか、ジェノは表情を引き締めて口を開いた。



「重ね重ね申し訳ないのですが、しばらく遠征をお休みさせていただきます。ようやく発動しかけた『魔術』を完璧にしたいので」



「うん、わかった。時間を掛けてじっくりやるといいよ」



「はい。・・・それでは」



そう言ってジェノは青年に背を向け、大広間から出て行った。


それを満足げに見送った青年は、再び巨大なカプセルの前へと歩き出したのだった。


さて、今回の物語せかいはいかがだったでしょうか?

忌み嫌われ、存在を否定され続けてきたルウネ。

そのルウネを、村人たちが蔓延る世界から図書館へと連れ出した雷牙たち。

その判断は正しかったのか、否か。

答えは、ルウネの表情を見ればおのずとわかるでしょう。


さて、次回の物語は『恋慕編』。

2人の秘められた想いをお楽しみください

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