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第104話 異種編13

「あははは、ははは・・・はひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃーーーっ!!」



月も星もない、ただ真っ暗闇の天を見上げて、ルウネが盛大に笑った。壊れた機械のように、ルウネはただ高笑いをし、その高音を夜の森に響かせた。その声は聞いている者の背筋を凍らせ、恐怖を覚えさせるに相応しい、まさに化け物の鳴き声だった。


その笑い声がぴたっと止み、ルウネは見上げていた天から雷牙のほうへと視線を移した。表情は、笑顔。見せた相手に死を宣告する、不気味極まりない最悪の笑顔だった。



「く、っそ・・・」


両腕の骨を粉砕され、内臓にまでダメージを負わされたものの、実のところ雷牙はまだ戦うことが可能であった。まだ脚が残っている。森を、地を、草原を毎日のように駆けたことによって養われた、強靭な足腰がまだ残っているし、いつの間にか解除してしまった『眼』も、使おうと思えばもう少しだけ使うことができる。


だが、立ち上がることは叶わない。体は立ち上がることができても、心は立ち上がれない。奮起しようにも、立ち上がったところでどうすればいいという、諦めの声が響く。事実、脚だけでルウネに勝つということは不可能に近い。そんな強敵相手に負傷したままで勝てるわけがない。


そんな心を折られた雷牙に、いつの間にかルウネが接近していた。どうやら、立ち上がろうと奮起している間に近付かれたらしかった。


逃げようと立ち上がろうとして・・・やはり立ち上がれなかった。当然だ。『折れた心は簡単には戻らない』のだから。



「きひひひ・・・」



歪んだ笑みを浮かべながら、ルウネは雷牙を見下していた。よほど楽しいのだろう。歪んだルウネの笑みは、言葉を放たずともそう言っていた。骨の砕ける音が、肉を抉る感触が、浴びた血から感じる温度が、これ以上ないくらい甘美なものであろうことは容易く予想がつく。


その甘美な瞬間をもっと味わいたいのか、ルウネはうずくまっている雷牙に蹴りを入れた。手加減というものを覚えたのか、雷牙の肉は微塵にはならず、先ほどと同じように吹っ飛ぶだけだったが、それだけでも弱っている雷牙にしてみれば強烈な攻撃である。


みしみしという、全身が軋む音を聞きながら、再び雷牙は宙を舞い、飛ばされた方向に立っている樹木をなぎ倒しながら、先ほどと同じように地に倒れ伏した。


立ち上がることはやはりできない。このままでは本当に殺されるということは重々承知しているのに、体が言うことを聞いてくれない。



「ひひ」



もう1度同じようにルウネが近づき、防御もできない雷牙に蹴りを入れる。受けたダメ―ジが大きすぎたためか、さすがの雷牙も目の前が黒くなってきた。気絶の前兆である。このまま攻撃を食らい続ければ、確実に意識が飛ぶ。


だがやはり、折れた心が雷牙の足を引っ張る。立ち上がったところで、『何もできない』という事実が、立ち上がるという行為を許さないのだ。



「く・・・ぐ・・・」



立ち上がれない。全身に力を入れても、どう頑張っても立ち上がれない。


それならばと、雷牙は顔だけでもルウネに向けた。


それは、今の雷牙にできる唯一の抵抗だった。


何をやっても無駄だ囁き続ける、『自分の心』への抵抗だった。



{けっ・・・ざまぁみろ、できたじゃねぇか・・・}



自分自身に悪態をつく。


『何もできないこと』などなかったのである。


だが、それだけだ。こちらへと近づいてくるルウネを見ているだけ。それが、今の状況を打開するとは到底思えない。本当に小さくて、ささやかな抵抗である。


一歩、また一歩と近づいてくるルウネ。まるで死刑を受ける受刑者の気分だった。ルウネの攻撃圏内に入ったときが、雷牙の死ぬ時。それがわかっているのか、ルウネはさらなる恐怖を演出するかのように歩む速さを緩める。


表情は、変わらず笑顔。笑いながら拳を振るい、蹴りを放ち、そしてボロボロになった雷牙を殺すだろう。雷牙を殺した後は、炎の壁に閉じ込められている3人の番に違いない。今のルウネは、壊せるのならば誰だって構わないのだろう。


仮に自分がここで殺されても、雷光とレナの2人掛かりならば何とかなるはずと、そんなことを考えていた雷牙の目の前に、ついにルウネが到着した。ここまで絶望的だと、逆に笑えてくるのが不思議だった。


ルウネの頬には、血がついていた。それが雷牙のものか、はたまた村人のものなのかはわからないが、真紅の液体であるそれは、炎から発せられる光でやけにどす黒く見えた。


その血とは別に、ルウネの額から一滴の液体が流れ落ちる。何の液体かと思う間もなく、その滴は次々と流れ落ちてきていた。それが邪魔なのだろう、いやに透明なその液体を、ルウネは鬱陶しそうに腕で拭っていた。



{・・・汗か?}



ふと、そんな疑問が雷牙の頭をよぎる。


動けば汗が出るというのは当たり前のこと。そもそも、ルウネは素の状態でも代謝がいいのだ。『眼』によって代謝も強化されているとしたら、何も不思議がることはない。




が、1つだけおかしい点がある。




ルウネの汗の量が、異常なのだ。




滝のようにという比喩が、これほど合う表現がないくらい、ルウネは大量の汗をかいていた。着ている服は、雨にでも打たれたかのようにぽたぽたと汗を落としている。体中の水分を出しきっているのではないかと思うくらいの汗だった。



{なんで・・・こんな汗かいてんだ、こいつ・・・}



いくら代謝がいいと言っても、この汗の量はおかしい。どれだけ本気で動きまわっても、ここまでかくことなどない。そもそも、戦闘力でここまで差が出ているのに、本気でルウネが動いているということなどないはずだ。




ならば、なぜこんなに汗をかいているのだ?





「っ!」



考え事をしている雷牙の顔面目掛けて、ルウネの足が迫った。先ほどと同じだ。蹴り飛ばして、雷牙を吹っ飛ばそうとしている。


両腕で受けようとしたが、雷牙の腕は動かない。必然的に歯を食いしばり、来るべき衝撃に備えるのが精一杯だった。


歯を思い切り食いしばった瞬間に、衝撃は来た。だが、先ほどのような強烈な重さはない。豪快に吹き飛ぶなどということはもちろんない。ふざけているのかと言いたくなるような、そんな柔な攻撃力だった。まるで、身体強化などしていないかのような・・・。



「!?」



そこで、雷牙はようやく悟った。



ここまでボロボロにされても、まだ自身に『希望』があるということに。



「ど・・・っらぁああああああああああ」



大声を張り上げて、雷牙は立ち上がった。一度折れたはずの心は、自身の中で見出した希望によってもう一度だけ雷牙の体を動かしてくれたのだった。


立ち上がると同時に地面を蹴って、瞬時にルウネとの距離を取る。そして再び構えを取り、ルウネが接近するのを待つ。





―――なぜ、先ほどのルウネの攻撃が弱かったのか。





簡単な話、『ガス欠』である。





普通の状態でも、常に身体の強化を施しているルウネは、魔力の消費が著しく激しい。それなのに自分の意思でもう一段階上の身体強化を施し、さらに『眼』を使うことによってさらに上の身体強化を施した今のルウネの魔力の消費量は凄まじいものということになる。


その燃費の悪さによって、今のルウネは凶悪極まりないほどの力を身につけているわけだが、肝心の魔力の総量は特に多いというわけではないらしい。仮に、保持している魔力が多いのであれば、こんな短時間動くだけで汗が大量に流れるほど疲労がたまるわけなどないからだ。


加えて、先ほどの攻撃の虚弱さ。先ほど脇腹を抉られた一撃と比べれば、それこそ天と地の差がある。じっくりいたぶって壊すにしても、あの程度じゃ雷牙はおろか普通の人間ですら壊すことなどできない。


だからこそ、ある予測がつく。今のルウネは、もはやいたぶるほどの攻撃すらできないのではないのだろうか、と。


だが、これはあくまで雷牙の立てた推測である。状況証拠しか今のところの判断材料はなく、確実にガス欠と言い切ることだってできない。ひょっとしたら、雷牙がこの考えに辿りつくことも織り込み済みで、先ほどの弱い攻撃をしたのかもしれない。


それでも、この勝ち目のない戦いの中で初めて生まれた『希望』だ。これにすがらなくて、一体何にすがるのだと、雷牙は奮起する。



「はー・・・、はー・・・、はー・・・」



距離を取った雷牙に、ルウネは肩で息をしながら視線を向ける。じわじわと壊すことを楽しむ素振りはもう見えなかった。面倒だという感情が、向けられている瞳から容易に読み取れる。


明らかに、疲れている。いつの間にか呼吸が荒くなっているのに加え、表情が心なしか青ざめているのは、魔力が底を尽きそうになっているのだろう。


魔力は生命の源と言っても過言ではない。それが空になれば、必然的に死が訪れる。つまり、ルウネが今の状態を保持し続ければ・・・自滅する。真っ正面から挑まずとも、勝利することは可能なのである。


仮に、ルウネが極悪で、救いようのない罠であれば、雷牙も自滅を狙っただろう。わざわざ危険を冒してまで、接近しようとなど絶対思わない。要は、罠を倒せさえすればいいのだから。


だが、ルウネはまだ救える。今こうやって暴れているのは、いわば眠っていた罠としてのルウネ。破壊衝動に駆られている罠としての感情をもう一度眠らせてしまえば、おそらく元のルウネに戻るはず。


元に戻らなかった場合のことなど考えない。考えたくもない。ようやく見えた希望にかけるだけだ。万が一の最悪の結果のことなど、目に入れている場合ではない。



「・・・そんじゃま、行くぜ」



覚悟を決めて、雷牙は『眼』を発動させる。まだ魔力こそ余力はあるが、受けたダメ―ジが大きすぎて長い時間は戦えない。故に、必然的に短期戦。加えてルウネの魔力をこれ以上消費させないためにも、雷牙は一撃で決めなければならない。


先ほどのルウネ相手ならば不可能だっただろう。だが、今の疲労困憊のルウネならば話は別だ。『眼』を発動させているとはいえ、体から出ている魔力は微量。攻撃の威力が低いこともわかっている。それならば、行くしかない。



「っしゃぁああーーーっ!!」



気合を入れ、雷牙は特攻をかける。蹴った地面は抉れ、読んで字の如く雷のような速さでルウネに突っ込んでいく。


雷牙の速さを目の当たりにし、さすがのルウネも表情を強張らせる。先ほどは欠伸が出るほど鈍かった雷牙の最高速度が、今になって捉えることができなくなったのだ。当然、焦る。


迫ってくる雷牙に対して、ルウネは愚直に拳を繰り出すが、それはまるで子供がふざけて友人にちょっかいを出すかのような威力がないもの。そんな攻撃とも呼べない攻撃が、雷牙に当たるわけがない。


ルウネの拳を眼前で悠々とかわし、そのままルウネの目の前に迫る。完全に攻撃の射程圏内だ。ここならば雷牙の拳が入る。その拳で顎を殴って脳を揺らし、意識を飛ばせばそれで終わる。最初の狙いと同じだ。


だが、違うのは腕の状況。最初こそダメージはなかったが、今の雷牙の両腕の骨は粉々に砕かれている。故に最大のパフォーマンスが期待できず、激痛のせいで威力が激減してしまう結果になる。となれば、ルウネを一撃で気絶させることも怪しい。下手を打てば、それが火種となってルウネの怒りに火がつき、『眼』の使用による魔力の消費量が激しくなって自滅が早まるとも限らないのだ。


だから、雷牙は拳を使わない。使うのは、脚だ。ダメージがほどんどない脚ならば、ルウネの急所を的確に狙うことなど容易い。



「お、っらぁあああああーーーっ!!!」



身を翻し、雷牙は回し蹴りを放った。体全体が反動で軋むが、耐えられないほどではない。蹴りの速さも威力も申し分ない。ほんの少しだけ力は抜いているから、この一撃がルウネの命を刈り取ることはないはずだ。


放った蹴りはルウネの顎に命中するように向かっていく。ルウネはその蹴りを防ごうと、空いているほうの腕で防御しようとするが、もはや遅い。雷牙の蹴りはルウネに防がれる前に振り切られ、しっかりと顎へと命中することに成功した。



「あ、ぐ・・・」



顎を強打し、ルウネの脳が揺れる。魔力に余力があり、『眼』を使った体だったらこれしきのことで倒れはしないだろうが、今のルウネには強烈であり、気絶するには十分な威力だった。


糸が切れた人形のようにルウネは脱力し、その場へと倒れ伏した。体からはもう魔力は出ていない。『眼』の発動が解けた証拠だ。これで過剰な魔力の消費は避けさせることができたが、目を覚ました時に元に戻っているかどうかはわからない。


色々と考えるべきことはあるが、ひとまずルウネを気絶させることは成功した。次にやるべきことは、炎の壁に閉じ込められている雷光達の救出。こうやっている間も、3人は熱気に当てられて苦しんでいるはず。


両腕が使えない雷牙が行ったところで、何ができるというわけではない。炎の壁の中へ再び突入しても、ただ炎の熱気に当てられて途方に暮れるだけ。救出するどころか、逆に中の連中の足を引っ張ることになるのは目に見えている。


だが、そんな理由で仲間の危機を見守っていられるほど、雷牙は気が長くない。何もできないかもしれないが、皆が危険な場所に立っているというのに、自分1人だけ安全な場所にいるということが耐えられないのだ。



「聞こえてるかぁっ!? こっちは終わったぞ! 今から助けに行くからなぁっ!」



炎の中にいる3人に聞こえるように叫び、雷牙は再び炎の中へと突撃しようと息を吸い込んだ。


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