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第102話 異種編11

その言葉に反応し、ルウネが動きを見せる。


「手足を捥いで、骨を砕いて、肉を潰して・・・」



ぶつぶつと何かを言いながら、ルウネは足元の村人を蹴飛ばす。壊れた玩具になど興味はないと言いたげだった。ボロ雑巾のようになった村人を、逃げ回っていた別の村人が回収し、そのまま悲鳴をあげて立ち去った。



「頭蓋を開いて、内臓を掻き回して、絶叫にのたうち回らせて・・・」



急接近することもなく、ルウネは構えを取っている雷牙に、1歩1歩ゆっくりと近づいて行く。


大して雷牙は、ルウネの一挙一動から決して目を離そうとはせず、何時かかってこられてもいいように神経を研ぎ澄ましていた。



「皮を破って、目を抉って、心臓を丸ごと出して・・・」



その次の言葉を口にしようとしたその瞬間、


ルウネはまさに地を縮めたのではないかと錯覚するほど速く雷牙に接近した。


そのあまりの速さに、神経を研ぎ澄ませていた雷牙でさえも反応できず、ルウネが自身の顔面を覗きこむその瞬間まで、身動き1つできなかった。





「激痛に顔を歪ませて、全員殺してあげる」





「―――っ!?」



無意識のうちに雷牙はのけぞり、そのままルウネとの距離を取る。ルウネ自身はまだ手も何も出してきていないのに、雷牙はそのまま接近していることの重圧に耐えられなかった。雷牙の直感が、それ以上距離を詰めたままでいるなと告げていたのだった。



「・・・・・」



言葉なく、雷牙は再び構える。


先ほどの速さは異常だ。接近されたことにすら気がつかないほどの速度であるのならば、回避しようとしても無駄だ。それならば、なおさら防御に徹しなければならない。


もちろん、防御だけではこの戦いが終わらないことなどわかっている。故に、防御。ルウネの攻撃を防ぎ、その瞬間に生まれた隙をついてルウネに攻撃を加える戦法を雷牙は取ったのだ。



「邪魔、邪魔・・・」


大して構えも取らずルウネは姿勢を低くし、先ほどと同じように雷牙に急接近する。速度は衰えることなく、むしろ先ほどよりも速くなっていた。


だが雷牙に見えた。先ほどより集中していた雷牙には、風よりもずっと速い速度のルウネの姿を捉えることができていた。姿こそぶれては見えるが、それを捉えられないほど油断はしていない。


ルウネは直線に雷牙に接近し、そのか細い腕を雷牙の腹目掛けて振り出した。凄まじい速さから繰り出されたその腕の威力が強力であることは、受けてみるまでもなく明白であった。


その腕を受けようと、雷牙は両腕を十字に重ねて衝撃に備える。本来、攻撃の隙を狙って反撃するのであれば、片腕で受けたほうが素早く攻撃に移れるのだが、ルウネの攻撃の威力を警戒してのことだ。万一、片腕では受け止められないとあっては洒落にならない。



「壊れろ」



冷たくルウネが言い放ち、雷牙の両腕に衝撃がきた。


その凄まじい衝撃は雷牙の防御をいとも容易く突き抜け、雷牙の内臓にまでダメージを与えた。



「ぐ、えあ・・・」



嘔吐感がこみ上げてくるのを必死で耐え、雷牙は先ほどと同じようにルウネと距離を取った。


雷牙が思っていたよりも、ルウネの攻撃は重く、鋭かった。警戒して両腕で防御してこの様だ。セオリー通り、片腕で防御していたらと思うとぞっとする。下手をすれば内臓を壊されていたかもしれないほどの威力だった。



「くそ、ったれが・・・」



ルウネの打撃を直接受けた右腕は紫色に腫れ、雷牙は刺すような痛みに歯を食いしばって耐えていた。原因は先ほどのルウネから受けた攻撃を防いだことによる、骨折であった。


もはや、ルウネの身体能力は、魔力によって強化されている雷牙の能力をも越えていた。よくよくルウネの体を見てみれば、うっすらと魔力でカバーされている。魔力による身体強化を全身に施している証拠である。


通常の状態であれだけ人間離れした身体能力をしているルウネが、さらに魔力による身体の強化を施せば、単純に考えても雷牙よりも強くなるのは当然の理でだった。



「へ、そうかよ。そんならこっちも考えがあんだよ」



そう強がって、雷牙は笑った。


単純な話だった。現在の身体能力でルウネに勝てなかったら、もう1段階強化すればいいのだ。今雷牙が行っている身体の強化は魔力によるものであるが、『眼』さえ使えばもう1段階上の能力を手にすることができる。


ルウネに『眼』が使えない以上、今以上の能力を得ることはできない。となれば、雷牙が『眼』を使って身体をさらに強化さえすれば、この戦いは勝ったも同然である。


そう悟った雷牙は、遠慮などすることなく『眼』を発動させた。


体中から目に見えるほどの魔力が噴き出し、雷牙の瞳孔が完全に開く。


細胞という細胞が活性化し、力が後から滾々と沸き出してくるのを感じた。



「今度は、こっちから行かせてもらおうかっ!!」



怒声を上げ、今度は雷牙から打って出る。地を蹴り上げ、先ほどのルウネに勝るとも劣らない速度で接近する。


考えてみれば、先ほどルウネの動きを捉えられなかったのは油断し、そしてなるべく傷つけまいと手を抜いていたからかもしれない。そう思えるほど、今の雷牙は速く、そして強くなっていた。油断などしていなければ、いくら能力が高いと言っても経験値のないルウネに攻撃をもらうわけがないと、動きがそう言っている。



「おらぁっ!!」


勢いに任せて、先ほどのルウネと同じようにして拳をルウネにぶち込む。若干の手心は加えてある。急所に当たったとしても死には至らないほどにだ。



「まだ終わらねぇってぇの!!」



拳がルウネの腹に入った瞬間に、雷牙は素早くその背後へ回り込み、ルウネが振り返る前にその細く、華奢な体を蹴飛ばした。華奢ではあるが、身体の強化をしてあるためか、その体は岩石以上の強度を誇っていた。常人であれば、ダメージなど与えられないほどのものである。


だが、その強度も『眼』を使用していれば関係などない。拳という拳は体の芯にまで衝撃を与え、その速さはあらゆるものを翻弄する。いくらルウネが固く、強く、速くとも、単純に考えて一段上の身体強化を施している雷牙には勝てない。



「・・・・・」



自身の周りを蝶のように舞い、蜂のように刺すといった戦法を取っている雷牙を、ルウネは無言見送っていた。防ぐことも避けることもせず、攻撃の的としてその場へと立ち尽くしていた。


傍から見れば、無抵抗の少女を容赦なく痛めつけているようにしか見えないだろう。雷牙も、今やっているように無抵抗のルウネを攻撃することに抵抗がないわけではない。だが、それも仕方がないのだ。このままルウネを野放しにしておくわけにはいかないのだから。



「ふっ! ふっ! ふっ!」



背後を攻撃し、離れ、前へと回って肩や膝の関節部を攻撃し、そしてまた離れる。たまに変化をつけるために側面を攻撃する。それを何度も繰り返し、ルウネが弱るのを待つ。徐々にダメージを蓄積し続け、ルウネが弱ったときに、とどめとなる重い一撃を加えてさえしまえば、ルウネはあっけなく意識を手放すだろう。そうすれば、この戦いは終わる。



「ぐ、が・・・」



加減はしていると言っても、積み重ねたダメージの許容量が限界を超えたのか、ルウネは呻き声と共に膝をついた。鈍痛が響いているのか、自分で自分を抱いて震えている。これだけ弱っているのならば、もう十分である。後は1発だけ加えれば、ルウネの意識を断ち切ることができる。



「っしゃぁああっ!!」



隙を逃さず、雷牙は突撃する。意識を断ち切ろうと拳を強く握りしめ、小ぶりながらも鋭い1発を、ルウネの顎を目掛けて放った。


まず間違いなく命中するであろうことを、雷牙は確信していた。放った拳がルウネの脳が揺らし、意識を断ち切れ、仲間内で争うような胸の悪い戦いが終わるのだと、心の中では安堵していた。




だからこそ、驚愕した。




自身の拳が、確実に命中すると信じて疑わなかった自身の拳が。




弱っているルウネの片手に、いとも容易く受け止められたということに、心底驚いた。






「な、にぃ・・・?」



今の雷牙は『眼』を使っている。身体の能力など常人と比べ物にはならないし、今のルウネよりも1段階上の強さを誇っている。今のようにルウネが片手で防いだとしても、それを吹っ飛ばしてダメージを与えることは可能なのである。


それなのに、なぜこうも簡単に止められたのか。




答えは、すぐにわかった。




ルウネの左右不対象である目の瞳孔が、不自然なほど大きく開いていた。




これが意味することはたった1つ。






「鬱陶しい・・・鬱陶しい・・・」



ぼそっと呟き、受け止めた雷牙の拳を強く握り締める。



「う、ぐ・・・、これ、は・・・!」



みしみしと自身の拳が軋む音と、万力のような強さで締め付けてくるルウネの力強さを実感して、雷牙は確信した。瞳孔が開ききり、そして『眼』を使用しているのにも関わらず、その拳を易々と受け止めたルウネは、雷牙と同様に『眼』を使っている。そうでなければ、雷牙の優勢だった流れが変わるわけがない。



「くそっ、が・・・!!」



拳が潰される前にルウネの手を振り払い、雷牙は距離を取る。軋んだ拳のダメージを確認しながらルウネの様子を窺ってみると・・・その小さく細い体から、雷牙と同じように可視できるほど濃密な魔力が溢れだしていた。


色は、黒い紅。本人の瞳の色が、見事に合わさったような不気味で、禍々しい色だった。



「こりゃ・・・まずくねぇか・・・?」



先ほどから雷牙が一方的と言えるほどにルウネを攻撃することができていたのは、『眼』を用いたことによって得た身体能力を駆使していたからである。しかし、そのルウネが『眼』を使ってしまった今、この戦いにおいて雷牙のアドバンテージは消え去り、ルウネの独壇場と化してしまったのに等しい。


互いに、もう身体の強化はできない。だが、二段階しか身体の強化ができない雷牙と、普通の状態がすでに身体の強化を施している状態と言っても過言でない身体能力と合わせて、さらにもう二段階上の身体強化を施しているルウネでは、能力的にはかなりの差が出る。


もちろん、それに加えて今までの経験や戦いに関してのセンスなども合わさって勝率というものは出てくるわけだが、それを踏まえてもルウネの身体能力は凶悪過ぎた。それはもう、最大まで身体を強化している雷牙が、子供に見えるくらいに。



「・・・あは」



不意にルウネが、笑った。



「あはははははは」



女性独特の高い声を、これでもかというくらいキンキンに響かせて、笑っていた。



「あーっははははははははははっ!!!!」



狂気だった。

これほど恐ろしい笑い声を、雷牙は聞いたことがなかった。集落の長が、ルウネは自分等と違う、完全な異種たる存在だと言っていた意味が、ようやく理解できた。


同じ人間とは思えないほど、本当のルウネは狂っていた。今まで戦ってきたどんな獣より恐ろしく、どんな人間よりも壊れていて、どんな生き物よりもおぞましかった。


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