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第101話 異種編10

断片的な、単語とも呼べないくらいの短い言葉が、一同の耳に届いた。





『ね・・・ね・・・し』





その声が大きくなるにつれ、村人たちが放っている言葉の意味が明らかになっていく。





『し・・・ね・・・し・・・ね・・・』





「な、なによ、これ・・・」



あまりのおぞましさと、そして真っ直ぐに向けられているこの言葉に気が付き、風蘭は顔を真っ青にしていた。







『死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね』







「なんだってんだ、こりゃ・・・」



村人たちによる、『ある単語の復唱』。神経が図太いはずの雷牙も、この容赦のなさに戦慄していた。


それは自分たちとの違いを罵る声でもなく、今までの被害からを怒る声でもなく、お前さえいなければと嘆く声でもない。それは『呪詛』だった。ルウネの存在を真っ向から否定し、怨みと憎悪、そして怒りが、すべて呪うという行為に集約した、もはや人外のものかと思えるほどの凄まじい呪詛。


大きな声でなくとも、いや、小さな呟くような声が連なっているからこそ、それが地鳴りのような振動を思わせるかのような凄まじさと恐ろしさを演出する。まるでその呪詛が、大地よりも下・・・地獄から聞こえてくるかのような錯覚さえも覚える。


本気で人間を呪うということを初めて受けた雷牙達は、背筋までこみあげてくるおぞましさと同時に、村人たちの正気を疑った。これが本当に人のすることなのか、と。炎の外の村人たちは、本当に人なのか、と。



「酷過ぎる、こんなの・・・。信じられない・・・」



青ざめた表情のまま、レナが思ったことを素直に呟く。


この声をほんの少し浴びるだけでここまで委縮してしまうのに、ルウネはこの狂気とも呼べる呪詛を生まれてからずっと浴び続けてきたのだ。ずっとルウネを呪ってきた村人たちの神経を疑う。同じ人間なのに、なぜこんな精神を蝕み、そして崩壊させるような真似ができるのか、さっぱり理解できない。


その時だった。ある小さな物体が炎の壁を通り抜け、雷牙達の元へと勢いよく飛んでくる。

瞬時にそれを察知した雷牙が、その小さな物体をうまい具合に受け止める。



「石?」



雷牙が受け止めた物は、土にまみれた石だった。たった今落ちていたものを拾って投げたのだろう。炎の壁で焼き殺すまでの時間が惜しかったらしい。直接ダメージを与えなければ気が済まないようだった。


最初の投石を皮切りに、四方八方のから狭まってきている炎の壁を突き破るように、その奥から村人たちが石を次々と投げつけてくる。雨が降り注ぐかの如く、石は次々と投げられ、中には木の枝や持参したものであろう、鎌や鍬等の農具を投げてくる者までいた。


石などは受け止め、農具などは叩き落とす。炎という隔壁が存在している以上、こちらからは手だしすることはできず、ただ攻撃を防ぐことしかできない。どこまで汚いのだと、思わず雷牙が舌打ちをした。



「ぃたっ!! ん、ぐ・・・」



「風蘭さんっ!!」



頭を押さえながらうずくまる風蘭に、雷光が石を振り払いながら駆け寄る。



「どこですか!? どこに当たったんですか!?」



「あ、頭・・・。で、でもそんなに傷は深くないから・・・」



「深くないって・・・、血が出てるじゃないですか!」



必死に押さえて止血をしてはいるものの、風蘭の頭からは一筋、二筋と血が溢れてくる。本人は強がっているが、魔力による痛覚を和らげる術を知らないのだから痛くないわけがない。現に風蘭の表情が苦痛で歪んでいる。自分の身を守ることばかりで、風蘭のことまでかばってやれなかった後悔の念で、雷光は唇を噛み締めた。



「ちっ・・・ホントに、容赦ねぇな。そんなに俺たちが憎いかよ・・・」



風蘭と雷光をかばうようにして、雷牙が飛んでくる様々な物体を地面に叩き落としながら舌打ちをする。ここまで来ると、おぞましさを通り越し、怒りさえ覚えてくる。局地的な偏見が、これほどまでの憎悪を生み出すとは、正直信じられなかった。



「・・・? ルウネさん? どうしたの?」



ルウネをかばうように、降り注ぐ石や木の枝を振り払っていたレナが、その異変に気がついた。


先ほどから、ルウネは下を俯き、口を動かして何やらぶつぶつと呟いているのだ。時折、レナが落としきれなかったほんの小さな礫が当たっても、その箇所を押さえるような素振りを見せない。聞き取れないくらいの、本当に小さな声で、何かを呟いているだけだった。



「ど、どうしたの? どっか痛いの? 痛いところあったら、ほら、診せて」



ルウネの変化に風蘭も気が付き、自身の怪我も厭わずルウネのことを気にかける。しかし、ルウネはまるで風蘭の声に気がついてなどいないように、呟くことを止めない。



「・・・んで」



「え?」



ルウネの近くに寄っていた風蘭だけが、ルウネが呟いている言葉の断片を聞き取ることができた。何を言っているのか、そしてなぜこうなってしまったのか、それが知りたくて、風蘭は身を乗り出す様にしてルウネとの距離をさらに縮める。



「な・・・で、よ」



「ルウ、ネ?」



「アタシだけじゃ足りないっての? 関わった人、全員殺さなきゃ気が済まないっての? なんでよ、何よそれ・・・」



声に抑揚はない。村人たちが低い声でただ黙々と呪詛を唱えているのと同じく、ルウネもまた村人たちへの呪詛を唱えていた。


自身が虐げられるのは理不尽ではあるが、それはどこかで諦めていた部分があった。納得することなどはできなかったが、類稀なる体質は変えられないのだから仕方ないと割り切ってルウネは生きてきた。


だが、村人たちが今やっていることは何だ? 雷牙たちにまでもその毒牙をかけているではないか。何もしていないのに、ただルウネと一緒にいるだけなのに、たったそれだけの理由でなぜ傷つけられなければならない?・・・今まで村人たちに負の感情を覚えなかったルウネの心境が急変した理由がそれだった。



「ルウ、ネ・・・?」



心境の急変は呪詛を呟くだけでなく、その表情をも変化させていた。陽気で、明るかったルウネの顔が憎しみと怒りで歪み、背筋を凍らせるほどの恐怖を醸し出していた。話しかけた風蘭が、その表情の変化と恐ろしさに戸惑い、そして恐怖するほどに。





「ふざけるな・・・」





低く、今まで聞いたことがないような口調で、ルウネがそう呟く。





「死ぬのは、貴様らのほうだ・・・」





村人たちの呪詛に応えるように、ルウネも呪詛の言葉を吐き出す。





「殺してやる・・・」





地についた手をたたみ、そのまま骨が軋むほど強く握りしめる。






「1人残らず、皆殺しにしてやる・・・」






そう言って、ルウネはおもむろに立ち上がる。


村人に対する呪詛の言葉を呟き続けたまま、ルウネは今までとは異なる『自分の意思での身体強化』を全身に施し、そしてその足で地を抉りながら蹴り上げ、凄まじい速さで炎の壁目掛けて突進し始めた。



「あぁ!? どうしたってんだよ、ルウネ!! 待てって!!」



突然飛び出したルウネに、雷牙が驚いて声を掛ける。が、ルウネは止まらない。そのままの速さで炎の壁に突進し、そして突き抜ける。外には大勢の村人たちがいるというのに、そんなことお構いなしにだ。



「追って! ルウネを追って!」



風蘭が大声を張り上げる。その表情は、どことなく焦っているかのようにも見えた。

風蘭のただ事ではないような声色に、雷牙は迷うことなく炎の壁目掛けて一直線に走った。



「あぢぢっ!!」



炎の規模は予想以上に大きく、雷牙はなかなか外へと出られなかった。早く抜けようと思っても、迫りくる炎の壁は勢いを増していき、雷牙を簡単には出してはくれない。炎の中に閉じ込められたような、そんな錯覚すらしてくる。



「う、うああああっ!!!」



「てめぇ!! ぐぶぁっ!!」



「来ないでっ! いやあああああああああああ!!」



炎の外から、村人たちの悲鳴が聞こえた。恐怖に戦き、死を恐れ、痛みに逃げ惑う声だった。

これから予測できることはただ1つ。今までずっと蔑まれ続け、何度も殺されかけた村人たちに歯向かおうとはせず、ただ必死に耐えるだけだったルウネが、ここへきて牙を剥いたのだ。



「くそったれっ!!」



なぜずっと耐えてきたルウネが、今になって牙を剥いたのか。具体的な理由はわからないが確かなことは1つ。ルウネの中の何かが外れたのだ。今までルウネを縛りつけていたモノが弾け飛び、そして解き放たれた『本当のルウネ』が、食事をする獣が如く村人たちに襲いかかっているとしか考えられない。


箍が外れたとなれば、遠慮や手加減などするはずもない。『そういったもの』から全て解き放たれているのだから、今のルウネは文字通り本気で村人たちを・・・。



「あっちぃ! くそっ! おい、ルウネっ!!」



ようやく炎の壁を抜け、服に広がっている炎を叩いて消した雷牙が、名を呼ぶ。

その名の主は簡単に姿を確認できたが、雷牙はそれ以上呼びかけることも近寄ることもできなかった。



「ル、ルウネ・・・」



絶句した雷牙のその先にあったのは、獣だった。


刃物のように鋭い目つきをし、荒く呼吸を繰り返し、血まみれで痙攣している半死半生の村人を足蹴にし、そして血まみれの両手をだらしなく下げている、ルウネの姿をした獣であった。



「う゛ぅ゛ぅ゛・・・」



人の者とは思えない呻き声を上げ、ルウネは雷牙に視線を向ける。


血走り、獲物を狙うようなその非情な目は、幾度となく視線を乗り越えてきた雷牙の背筋を凍らせた。思わず後ずさり、警戒心を強めざるを得ないほど、今のルウネは痛いほどの殺気を放っていた。

雷牙はようやく理解した。



ルウネは、紛れもなくこの世界の罠であると。



残忍で、冷酷で、容赦など欠片もない、罠という名にふさわしい凶悪な罠なのだと。



仮面に隠れた凶暴な本性は、これ以上なく恐ろしく、そしてとてつもないものだった。





「あ゛ぁ゛ぁ゛・・・」



ルウネは視線の先にある雷牙には襲いかかろうとはせず、悲鳴を上げ、腰を抜かしながらも逃げ惑う村人たちに照準を合わせていた。足元に転がっている村人には目もくれない。もう次の獲物を壊そうと、全身の殺気をさらに噴き出している。半殺しにあった村人たちが生きているのも、まだルウネが本調子でなかったからかもしれない。となれば、これ以上村人たちに手を出させるのはまずい。



「待ちやがれっ!」



怒鳴り声を上げ、ルウネを制止させる。

大声に気がついたルウネが、ゆっくりと雷牙のほうに向き直る。



「俺がわかるか!? 今やってることがわかるか!? どうなんだ答えてみろっ!」



大声で怒鳴り、ルウネの反応を確かめる。

問いかけられたルウネはしばらく黙り、そして口を開く。



「皆殺し、全員、あの世に・・・」



「・・・正気じゃねぇな。しゃあねぇな、ったくよ」



幸いなことに、先ほどのやり取りでルウネの照準は、村人の虐殺を邪魔した雷牙に向けられている。このまましばらくルウネと戦闘をすれば、村人たちをここから逃がす時間を稼ぐことができる。こうなった原因である村人たちがお咎めなしというのが腹立たしいが、今はそんなことを言っている場合ではない。


大きく息を吸いこみ、吐き出すと同時に雷牙は全身の魔力を活性化させ、全身の強化を施す。雷牙の武器である、神器『神裂爪』は雷光から受け取っていないため手元にはないが、それでいい。神器は魔力を凝縮させることによって形成させる結晶と同等の威力を持っている。そんなものをつけてルウネと戦い、そして傷つけてしまえば致命傷は免れない。


目的はルウネを気絶させることなのだ。箍が外れて罠としてのルウネが覚醒したとなれば、1度気絶させて意識を断ち切ることで、ひょっとしたら理性を取り戻してくれるかもしれない。気絶させるのに、武器など要らない。



「やるぞっ! かかってきやがれっ!」



雷牙の気合の混じった怒声が、夜の森に響き渡った。


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