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第100話 異種編9

食事を終えた頃には辺りはもうすっかり暗くなってしまった。夜に火を点れば闇を照らしてくれるが、同時に居場所を知らせてしまう原因にもなる。調理という必要最低限以上の炎は使うべきではないと判断した一同は、早めに眠ることに決めた。


月と星の光はない。雲が隠してしまっているためだ。たまに雲の切れ間から一際明るい月の光だけが差し込むが、星はどうしても見えない。これだけ雄大な自然から見上げる星空は大層美しいものなのだろうが、こうも雲が厚くては仕方がない。



「・・・・・」



寝返りを打って、雷牙は目をつむるが、どうも寝付けない。さっきから、正確には村を出てから、嫌な予感が胸から離れないのだ。


雷牙はこのような感じを、生まれてから何度も味わってきた。よくないことが起こる少し前には、絶対にこのような感じが胸に生まれる。直感力が他の人間よりも遥かに優れている雷牙とって、これは予知にも等しいことだった。



「・・・ん」



人の気配がした。それも1人ではない。大勢の人の気配が、自分たちが寝ている場所を中心に取り囲んでいる。その気配が、だんだんと近づいてくる。


同時に感じられる、殺気。1人1人が憎悪に近い殺気を灯している。痛めつけるだとか、追い払うだとか、そんな生易しいものではない。殴り、突き、斬り、潰し、そして絶命させようというどす黒いものが渦巻いているのが明らかな殺気だった。


正体は明らかだ。十中八九村の連中だろう。ここまでの人数に、ルウネを恨んでいるという条件が重なっているのは、あの村の人々しかない。


だが、1つだけ疑問がある。なぜ村人たちにここがわかったのかということだ。


それはすぐにわかった。村を出たときから感じていた嫌な感じ。おそらく、誰かが後ろからつけていたのだろう。あの時は精神を張り詰めていなかったから、気がつかなかったのは無理もないことなのだが、自分たちの失態でルウネを危険な目に遭わせてしまったことが腹立たしかった。



「・・・雷光、起きてるか」



「・・・ええ、起きてます。かなり、多いですね」



雷光と小声でやり取りをしながら、雷牙は徐々に近づいてくる村人たちを警戒し続ける。離れているが、弓のような射程の長い武器ならばぎりぎりで命中してしまうくらいの距離。暗闇で目が利かないため、命中する確率はかなり低いだろうが、それでも警戒するに越したことはない。今の調子で近づいて来られれば、やがて近距離の武器の射程圏にまで侵入されてしまう。



「逃げられるか?」



「人数こそいますけどね、所詮は普通の人間です。身体の強化さえすれば、何とか逃げられますよ。・・・ただ」



「ただ?」



「風蘭を担いで逃げるとなると、かなり難易度が跳ねあがりますよ。動きも遅くなりますし、ね」



この状況にも関わらず呑気に寝こけている風蘭は、身体強化ができない。それどころか、魔力だって扱えないのだ。


それゆえ、戦うことはおろか、逃げることも風蘭はできない。従って、雷牙か雷光のどちらかが風蘭を荷物のように担がなければならない。のだが、この大人数ではそれも厳しい。一っ跳びで連中の頭を越えられればいいのだが、風蘭の重みがそれを邪魔する。



「戦って包囲網を突破するか?」



「冗談でしょ? こんな大人数相手じゃ手加減なんかできませんよ」



「だよな・・・」



手加減なしで、魔力による身体強化を施していない人間と戦ったら、その結末は明らかだ。大怪我をさせることは確実だし、下手をすれば殺してしまうかもしれない。正当防衛とはいえ、そんなことをすることはできない。それでは、今まで世界を狂わせてきた罠と変わりがない。



「・・・どうしよっか。逃げられもしない、戦えもしない」



「なんだ、レナ。起きてたのか」



雷牙が驚いたように、しかし小声でそう言った。



「これだけ殺気を浴びせられれば、嫌でも起きちゃうよ。でも、風蘭もルウネさんも眠ってるみたい」



確かに、今聞こえてくる寝息は2つ。風蘭のものと、ルウネのもの。2人とも、本当に寝入っているようだった。



「・・・やっぱ、強引に突破するしかねぇんじゃねぇのか? 何もできませんでしたで死ぬのはごめんだぜ」



「もっともですが・・・。しかし・・・」



雷牙の考えはもっともではあるが、村人たちの安否を考えると賛同はできなかった。加減などできない混戦で、1人も殺すことなくこの包囲網を突破することは限りなく不可能に近かった。相手が殺す気で来ているというのに、何も傷つけないで立ち向かうと言うのも無理なのかもしれない。



「え? 止ま、った・・・。止まったよ」



レナが驚いたようにそう言う。


徐々に輪を縮めるかのように近付いてきた村人たちの進行が、止まった。何か考えがあってのことなのか、はたまた戦闘能力の高い4人に加え、化け物と定義付けられているルウネに臆したのかはわからないが、ここまで来てそのまま引き返すということは考えづらかった。


何か仕掛けてくる可能性が高い。そのことを、3人は当然のことのように理解していた。具体的には何をしてくるのかはわからないが、少なくとも一同にとっていいことではないだろう。


一体何を仕掛けてくるのか。眠ったふりを続けながら神経を集中させ、細心の注意を払いながら村人の挙動を感じ取っている中、雷牙1人がある異変に気がついた。



「? なんか、臭ぇぞ。鼻につんとくる臭いだ」



「ん、確かに、ひどい臭いがしますね」



鼻の利く雷兄弟は、辺り一帯から漂ってくる悪習にいち早く気がついた。嗅いでいるだけで頭が痛くなり、気分も悪くなる悪臭という言葉がふさわしい臭い。毒ガスの類かと疑ってしまうほどだ。


だが、レナは2人の言っている臭いがわからなかった。2人ほど嗅覚が鋭くないのだ。2人が気分を害するほど強い悪臭も、レナからしてみれば何のことやらさっぱりなのである。


ふと、夜風が吹く。強風では決してなく、安らぎさえ与えるような心地よい風に乗って、2人の言う悪臭がようやくレナの元に届く。


その臭いとは無縁に近い世界で育った2人にはわからなかったようだが、臭いの原因となる物質を使う戦術を担ってきたレナには、その正体が一瞬でわかった。そして村人たちが、今から何をしようとしているのかも。



「みんな起きてっ!! これは―――」



大声を張り上げ、眠っている風蘭とルウネを起こそうとした瞬間、暗闇に包まれていた辺りは一瞬にして明るくなり、同時に四方八方から熱が発せられた。その正体は突然に放たれた炎であった。円状になって雷牙達を取り囲んでいる炎は辺りの樹木や草花に引火し、その規模を拡大していく。



「きゃ! ちょ、ちょっとなになに!? どうしてこんなことになってんのよ!!」



「・・・火? 火が、どうして? どうして、燃えてるの?」



レナの大声で目を覚ました2人は、自分等を取り囲むようにして燃え広まっている炎を目の当たりにして一瞬にして意識を覚醒させたようだった。何が起こっているのかはさすがに理解できてはいないようだが、正気に戻って危機感を覚えるだけでも十分である。



「な、なんだ! なんで魔力も使えねぇ人間が、こんなにでかい炎を出せるんだ?」



驚く雷牙に、その理由を知っているレナが告げる。



「『燃える水』。火を炎に変えるほど強い引火力を持つ、魔法の水。さっきの臭いは、何度かかいだことがあったから、たぶんそれを使ったんだと思う。それも、かなり大量の」



いくら『燃える水』を使ったと言っても、火の回りと規模の拡大が早すぎる。最初の炎の大きさもさることながら、急激に炎が巨大化していくその勢いには目に余るものがある。これだけの炎を作りだしたとなれば、やはりレナの言う通り大量の『燃える水』が使われたのだろう。



「・・・なるほど。それで、私たちを閉じ込めて、じわじわ殺していくというわけですね。これだけ大きい炎であれば、無傷のまま突破するのは難しい。風蘭がいるのならばなおさらです」



「どうせ足手まといですよっ! それよりどうするのよ!? これじゃ、あたしたちみんな焼かれちゃうじゃん! あたし焼き肉にはなりたくないよ!」



風蘭の言う通り、このままでは成長しきった巨大な炎の壁が雷牙たちの元まで迫り、そのまま焼かれて死ぬという末路をたどることになる。それだけは避けたいが、目の前にはばかっている炎の壁が、一同を逃がそうとしない。



「何か、うまい手はないでしょうかね」



あくまで冷静に現状を把握し、雷光は腕を組みながら打開策を練る。炎が迫ってくるまでの時間は長いとは言えない。だからこそ決して慌てず、冷静にならなければならないということを、雷光は知っていた。

深呼吸をし、現在の状況を客観的に見て、最善の策を考える。脳の回転数を上げ、雷光は今の状況など目に入っていないが如くの集中力を見せた。



それゆえに、炎の壁の外から聞こえてくる『声』に、いち早く気がついた。



「・・・?」



地よりも遥か下から聞こえてくると錯覚するほどの、重く、そして響くような声。

あまりにも声が小さすぎて何を言っているのかは聞こえなかったが、その声はどんどん大きくなっていく。



「なんか、聞こえねぇか?」



雷牙がそう言ったのを皮切りに、一同は耳に入ってくる地鳴りのように低い声に気がついた。

全員が喋るのを止め、その声は何と言っているのかを聞き取ろうと耳を澄ます。



『・・・ね』

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