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ショートショート

ショートショート・イケメン男性との同棲は甘くない

掲載日:2026/11/03

1.

秋月美香(あきづきみか)は25歳の非正規雇用のOLで、駅から遠く古びたアパートの狭い一室にひっそりと暮らしていた。


居間には、ちゃぶ台の上にテレビが置かれている。


美香の顔立ちは整っているとは言えない。


男性に声をかけられることはまずなく、デートの経験は皆無に近い。


安月給で家賃や生活費を払えば貯金など夢のまた夢であり、結婚は考えていなかった。


唯一の慰めは、スマートフォンを使ってイケメン男性の顔写真を集めることだった。


しかし、街中で堂々と見知らぬ男性の顔を撮れば、すぐにトラブルになってしまう。


体育館やプール、スポーツジムでは盗撮が厳しく禁じられている。


ある日、駅前の交差点を歩いていた美香は、目に留まった美男子の顔写真をスマホで撮ろうとした。


突然声がかかった。


「おい、何で写真を取るんだ?」


美香が顔を向けると、すぐそばにある交番の警官だった。


「交番を写真に取っちゃいかんぞ」


「いえ、その男性の写真です」


「ああ、指名手配のか。指名手配の写真なら取ってもいいぞ。そうですよね。部長?」


警官は交番の奥にいる巡査部長に目で確認を取った。


「ああ、指名手配なら一向に構わん。ただし交番の中は絶対に駄目だから」


「ありがとうございます」


美香は指名手配の男の顔を写真に収めた。


事件は横領らしいが、美香には何の関心もない。


2.

そんな日々が続いたある日のことである。


美香の部屋のドアを、軽くノックする音が響いた。


「どちら様ですか?」


「隣に越してきた滝沢というものです」


ドアを開けると、そこに立っていたのは若いイケメン男性であった。


黒いプラスチック製のフレーム眼鏡が、どこか知的な印象を与えている。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


美香も礼を返した。


滝沢は働きに出る様子もなく、来訪者もほとんどない。


ただ買い物に出かけるだけの生活らしい。


女がいると美香は想像したが、その気配はまったく感じられなかった。


3.

ある夜のこと。


美香は仕事を終えて帰宅すると、巨人阪神最終戦をテレビで観戦していた。


この試合で巨人が勝てば、リーグ優勝が決まる大一番である。


(トントン)


ドアがノックされた。


「どちら様ですか?」


「滝沢ですけど、テレビが壊れてしまったので、野球を見せてもらえませんか?」


「どうぞ、どうぞ」


美香は自然な笑みを浮かべてドアを開け、滝沢を部屋に招き入れた。


「すみません。これ、お礼の代わりに持ってきました」


滝沢は缶ビールを差し出した。


自分用のものも持参している。


美香は恐縮しつつも、野球を観ながら滝沢と乾杯した。


「今日、巨人が勝つとリーグ優勝ですね。あなたはどっちのファンですか?」と滝沢は訊いた。


「わたしも巨人ファンです」


「それは気が合いますね」


試合はすでに終盤、巨人が2点差で負けており、8回裏まで無得点の状態であった。


「あと、一回で逆転できますかね」と美香が問う。


「2点差じゃ、まだ分かりません。たとえ負けてもあと2試合残ってる。あと1勝するか、2位のチームが負ければリーグ優勝です。でもこの試合で決めてほしいですね」と滝沢が解説した。


「え?なんで、また」と美香は不可解である。


「それは秋月さんと祝杯をあげたいからですよ」


美香は滝沢が自分に好意を抱いているのではないかと考えた。


その試合は、9回裏に劇的な逆転サヨナラホームランが飛び出し、阿部監督が胴上げされた。


「やりましたね!」


美香は冷蔵庫に備蓄してあったビールや簡単なおかずを惜しげもなく取り出し、滝沢とともに祝杯をあげた。


その日から二人は同棲を始めた。


4.

滝沢は働いている様子もないのに、なぜかコンビニのATMからカネを下ろしている。


「明さん、なんでそんなにお金があるの?」


「両親が早く死んだから、生命保険金が6千万ほど」


「でもブラブラしてちゃ駄目よ。仕事を探してね」


美香は滝沢が定職についたら、正式に結婚してもいいなと思うようになった。


美香は滝沢と二人きりで過ごす時間に胸を高鳴らせていた。


美香はこの日のために少し背伸びをしてレンタカーを借りた。


美香が運転して、助手席には滝沢が座る。


「今日はゆっくりドライブしたいわね」


美香は高速道路に車を滑り込ませた。


しかし、心地よい緊張感はすぐに恐怖に変わる。


背後から、赤と青の光が瞬き、サイレンが耳をつんざく。


「その車止まりなさい」


後方から響く命令に、美香は咄嗟にブレーキを踏み、窓を開けて免許証を差し出した。


「一体どうしたんですか?わたしは違反なんかしてないですよ!」


警官たちは冷徹な視線で車に近づき、助手席の滝沢を見つめた。


「その男の人も降りなさい!」


滝沢は静かに車から降りた。


警官たちの視線が、彼の顔に穴を開けるかのように注がれた。


「警察署まで同行願います」


署内の冷たい空気の中、二人は別々の部屋に通され、取り調べが始まった。


「一体これはどういうことですか?」と美香が聞く。


「あの男は横領の容疑で指名手配されているんだよ。あんたは犯人隠匿罪で調べているんだよ」


「何ですか。犯人隠匿罪て?」


「あいつみたいな指名手配犯を匿うことだ」


「わたしはそんなことは知りません。最近、同棲したばかりです」


そのとき、別の刑事が部屋に入る。


「おい、あいつの指紋から、横領で指名手配されている高梨良房(たかなしよしふさ)だとわかった。逮捕したぞ」


「ちょっとスマホを貸してくれますか?」と美香を犯人隠匿罪で疑っていた刑事が言った。


「いいですよ」


刑事は画面をスクロールし、画像を確認する。


「随分、男の顔写真が多いな」


「ちょっと趣味で集めてまして」と美香はバツの悪そうな顔をしながら答えた。


彼女は重大なことに気づいた。


指名手配犯の写真を撮ったのを思い出したのだ。


もしそれが高梨良房だったら、言い逃れできないだろうと、美香は覚悟を決めた。


だが刑事がいくら調べても高梨の写真は出てこなかった。


「あんたは帰っていい」


刑事は美香への疑いを捨てた。


彼女は自宅に帰るとスマホを見て、指名手配の写真を探してみた。


撮ったはずの指名手配の写真が消えていた。


念のために交番の前に行き、撮った写真を見た。


「横領、高梨良房。逮捕ずみ」


誰かが彼女のスマホを見て消したのだ。


美香は誰だか考えてみた。


消したのは同棲していた高梨良房しかいないと気がついた。






























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