章間
チェンシーと別れたその日の夜、マーフヴァルドはある胡人の家に向かった。
胡人の役人であり、文官である曹 思遠である。
唐時代は外国人でも科挙を受ける事ができ、合格した才のある人物である。
漢人であっても合格する者は毎年ごく僅かしかいない。
胡人だが、服装は漢服を着ておりすっかり漢人の文官と変わらない雰囲気だ。
長安に住む胡人には漢字の名字が与えられる。
胡人といえど漢人に認められている証拠である。
「思遠、何かあれから分かったか。調べ物の報酬に最高級の清酒を持ってきた。」
「おお、マーフヴァルドか。良い土産を持ってきたなよしよし。そうだな。こちらも報告できるものがある。それもすごい事が起こっている」
机の上の書類の山から一つ紙を差し出した。
「北の突厥どもの動きを見ていると、漢人の役人どもが秘密裏に献上品らしき物を渡していたと監視の兵士から知らせがあった。長らく突厥とは小競り合いをしていたが献上品とは。和平でも結びたいのだろうか。」
マーフはその紙を見て思案する。
「秘密裏にしなければいけない理由が気になるな。」
「後は、この件とは違うが鄯善国周辺の動きも活発化している。西域もきな臭くなるやもしれない。」
鄯善国は西域の砂漠地帯と長安の間にある。
小国だが、シルクロードの関所として賑わいのある国で行商を生業にしている胡人は必ず立ち寄る国だ。
今長安には鄯善国の王子が人質としている。小国の王子は政治的に駒として隔離される。
その鄯善国が政治不安があるというのは何か起こる可能性もある。
「これ以上漢人の好きかってさせるのは見てられん。鄯善国の次は高昌国…吐谷渾、そして我らが故郷ソグディアナに関わる事ならこちらも対象せねばならん」
「わかっている。思遠。そのために優秀な胡人を連れてきているだろう。」
「今は取り敢えず、武人を連れてこい。まだそっち方面は人材が足りん。あぁそういえば、後宮にまた秘密裏に奴隷の取引があった。」
「奴隷…秀女に乗じて後宮にか。」
「今は人の出入りが激しいからな。買い手が誰か追跡するのに苦労したさ。…あの女狐だ。」
「……」
貴妃殿下か。あの女は裏で何かしている。
だが、そのことを探るにもチェンシーの事が気になる。
やる事が多すぎる。
少しふらつき思遠に断りを入れて一つ部屋で休ましてもらった。
寝床で横になり天井を眺めた。思っているよりも疲れていた。
チェンシーの涙を思い出し心が痛んだ。
いつか会える。到底予想をつかない時間の先になるかもしれない。
無責任な奴を嫌っているのに自分はどうだ。
そいつらと変わらないことを口にした。
耳元で女の叫び声を思い出す。
血まみれになりながら自分を守ろうとする母の姿を。――――
その先には漢人の男が剣を振り下ろそうとしていた。
ハッと意識が遠のきそうになった。嫌な事があると悪夢が出てくる。
それとともに黒い感情が噴き出てくる。
今優先すべき事は何か、
忘れてはいけない。母を殺した人間を。
マーフヴァルドは無理やり目を瞑った。




