7.
「ひっ…!貴妃様!?何故ここに!」
リ・メイランは驚いて固まる。まさかこんな後宮の辺鄙な場所に今一番現れないだろう人物が居るからだ。
「んー何故か…ですわね。私こっそりこの殿舎にお昼寝に来る事がありますの。夜は陛下が来ますし…。それに1人になれますし。」
妖艶に微笑むと、心を持っていかれそうになる。
この人に縋りつきたい、気に入られたいと。
リ・メイランはどんどんと顔が青ざめていく。
「あら、貴女確か…今回の推薦人のヤンさんかしら」
「えっ!はい。ヤン・チェンシーと申します。その…貴妃様は何故私だと分かりましたか?」
何故名乗っていないのに分かったのか焦る。
何処かで会っていたのだろうか頭を回転させる。
「特徴を標た絵巻を見ましたの。陛下のお隣でね。お会いするのは初めてよ。」
その一言で推薦人である事実が確定した。
コロコロと少女の様に可愛らしげに笑う貴妃はリに目を合わしゆっくりと近づく。持っていた簪を指でなぞりながら、
「私のお気に入りの場所を汚されると困りますわ」
と微笑みながら告げた。
「も、申し訳ございませんでしたー!」と貴女達が走って逃げて行った。
ポカンとしていると、ワンが抱きついてきた。
「チェンシー様、お守りできず申し訳ありせん!それに水に濡れちゃってどうしよう!」
泣きながらあわあわしていると、貴妃がワンの頭を撫でた。
「ふふ。貴女は主人を守ろうと頑張っていましたわ。石を握り締めていたでしょう。」
ワンの右手は石を握りすぎて血が縮んでいた。
「ワン。貴女、私を守ろうと…」
自分よりも幼く小さい健気なワンに感銘を受けた。
「このままじゃ風邪を引いちゃうわ。湯屋に行きましょう。ワンや体が冷える前に布を持ってきて頂戴な」
「はい!ただいまー!」
貴妃にそう言われて慌ててワンは駆け出して行った。
「貴妃様あの…あの場から守ってくださいましたか?」
「さぁどうでしょう…私は単純にここ(殿舎)を守りたかっただけかもしれませんよ」
いたずらっ子の様に微笑まれた。
貴妃の人柄は色んな噂がある。
地方官僚の娘で格式があるが、名門の家の者ではないため礼節が欠けていると評す者もいれば、朗らかで愛らしい性格が人々の尊敬を集めるとも聞いていた。
今目の前にいる貴妃は、後者通りの者に見えた。
天宝帝が夢中になるのも少しだけ分かりそうになった。美しく心根も優しく見えるこの人に。
「さぁ、お寒いでしょう。お近くに…」
徐に貴妃はチェンシーの背中に手を回した瞬間、バチっと電気が走った様な衝撃を背中に感じ、体を押し退けてしまった。
「あっ…申し訳ありません!今何か違和感が」
慌てて貴妃の顔を見ると一瞬だけ顔が固まったのが分かった。
「あらまぁ…何かしらね。大丈夫ですよ。ちょっと強く背中を触ってしまったのかも。ごめんなさいな。」
貴妃は先ほどの優しげな雰囲気に一瞬で戻った。
するとワンが布を持って向かってきた。
「湯屋の場所はあの子に教えてもらってちょうだい。少し眠くなりましたのでわたしはこれで。」
そう言って殿舎の中へと入って行った。
今の、何だったんだろう…
一瞬だけ、ほんと少しだけだが、殺気のある目をされた様な気がした。
その後ワンに連れられ湯屋に入って体を温めた。
結局この日は帝に会う事なく終わった。




