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5.


「マーフヴァルド、早く来なさい。」

幼き頃、父に呼ばれた。

厳格な父は息子に対しても厳しく上手く仕事が出来ないと砂漠のど真ん中にラクダから降ろされ隊商から置いてかれそうになったこともあった。

自分の歩いた道の横に彷徨った者の亡骸も見る事があった。


その日は一口しか水を飲んでいない。カラカラの口で砂の上を走った。


オアシスを把握していないと、商隊は全滅する。


商隊長は人が住む事が出来ない絶望的な砂漠地帯でごく僅かなオアシスの位置を正確に把握しなければならない。


一番前は群れの長のラクダが付く。後ろのラクダは長のいく方向にしか行かない。水を何日も飲ませれなかったらラクダは暴れて人を捨てていく。


そうなって帰ってきた人間はいない。


数十、数百の人間をたった1人の長が引き連れて歩く。何日も何日も…


その責任を俺は果たさなければならない。長の息子に代々受け継がれるからだ。


半端な能力のものは一族全員が滅びることになる。

完璧でなければ許されない。



「マーフヴァルドの母親って元奴隷なんだろ」


一族の誰かが言った。

奴隷だからなんだ、お前たちは商材の正確な数も全ての町の言語も通貨も取引内容も完璧に解ってないくせに―!



「ヴァルフマンさん、こちらが息子さんかな。うむ利発そうだ」


太った髭の生えた漢人の男がニコニコしながらこっちを見てきた。


「ほら挨拶をしなさい。」

「初めてお目にかかります。マーフヴァルド・アルスラーンといいます。」


「おお!漢語が話せるのか!素晴らしいね」

「まだまだこれからです。まだ3カ国語だけなのでね」


父は何の感情もなく話す。当たり前の事を当たり前にしただけ。俺たちは一つの場所に留まらない。生きていくために商売をする。



「胡人は金に卑しい人種だ。大金持ちの胡人でも一銭もまけない。金の亡者だ!」


漢人は胡人を蔑む。長安が世界で一番だと思ってるからだ。それ以外はゴミだと思ってるやつもいる。

どこに行ったって自分たちを正当に見せるのは金と実力だけだ。



「では私の娘を紹介しよう。チェンシーこっちにいらっしゃい!」


部屋の物陰から小さいのが出てきた。

艶やかな黒髪で白い肌。目が大きい。

桃色の頬はどんどん赤くなっていく。



目が合った瞬間恥ずかしそうにしながらも満面の笑みを浮かべた。


「は、はじめまして。ヤン・チェンシーです…!」


一目見た時からその笑顔に引き込まれた。

どんな人間にも分け隔てないまっさらな綺麗な瞳だと思った。


その日から世界が変わった。

歩けばそいつは後ろを付いてくる。

草原で詰んだ何でも無い花を嬉しそうに大事に飾る。

小さいのは俺が話す西域の体験に目をキラキラして聞いていた。


へとへとになって長安に着くと真っ先にあいつはかけてきて抱きついてきた。あの満面の笑みで。


そこには蔑みも妬みも無い。そして凍てつく様な父さんの監視する目も。


チェンシーとの日々は人としての安らぎを得たと感じた。


「では、暫くマーフを預かります。お気をつけて。平安を祈ります。」

「ヤン様、感謝します。このご恩は必ずやお返しします。マーフヴァルド、ご迷惑を掛けずにいるんだぞ。」


「はい。いってらっしゃいませ。父さん」


ある日父さんは3.40人ほどの若い一族を連れて何処かに行った。武装して商品も持たずに。


そして2度と帰ってこなかった。


「マーフヴァルドよ、一族を守れるのはお前だけだ。我らの道を導いてくれ」


無責任な奴らから何十人と頭を下げられた。

結局、この道しかないのか。

足元から何かが崩れていく様な、底なし沼の様に俺の足を飲み込んでいく感覚を感じた。


――――――――――――――



強く抱きしめられているからか呼吸する事も苦しくなってきた。

「まっまーふっ!苦しい」

ハッとした顔をした後、体が離れていった。


マーフヴァルドはチェンシーの目の涙を優しくぬぐう。

瑠璃色の瞳に見つめられドキドキしてしまう。何もかもバレてしまうかの様な。


「すまない。キツくし過ぎた。」

「ううん!平気だよ!それよりそのぅ…」


めちゃくちゃ恥ずかしい事を言ってしまった気がする…


モジモジしてると今度はマーフから優しく抱きしめてきた。壊れ物を大事に扱う様に。


「俺も離れたく無い。だが、今は一緒になれる時ではないのだろう。きっと必ずまた会える。そう信じている。」



今は一緒になれない…?

後宮に入れば出られないのに?


でもマーフも離れたく無いと思ってくれている。

その言葉を聞けただけで、同じ思いだと言う事が知れて胸がいっぱいになった。


その後、また少し泣いた後優しく口づけをされる。


この時をずっと待っていたような気がした。


少し離れた後瑠璃色の瞳を見つめた。

「マーフ、好きだよ」

「俺もだ。」


お互い好きだと分かって嬉しく思ったが、明日にはここを発つことを考え現実に戻された。


また涙が出そうになったが堪えた。

顔を上げ立ち上がった。マーフに出会えたこと。思い合えたこと。一生忘れない。

この気持ちがあれば、どんなに辛い事があったとしても耐えれると思った。


「帰ろう!」


満面の笑みを浮かべて言った。


マーフは少し悲しそうな顔をしたけどすぐに頷いてくれた。

近くで休んでいたラクダを呼び寄せ帰路についた。


マーフの体温を背中に感じながら、この時間が永遠に続けばいいと思った。




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