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4.


家に帰った頃には夕方になっていた。

汗まみれで泥んこのチェンシーに侍女達は悲鳴をあげすぐ様浴場に連れて行かれた。


一瞬見えた客間にマーフヴァルドは帰っていた。

少し深刻そうな顔をしていた。

――――――――――――――

「マーフや、何かわかった事はあったか?」


「宮廷にいる官僚の胡人に話を聞いて少しだけわかったことがあります。天宝帝は、本気で妃を選びたいわけではない様です。選んだ者を別の役割を与えると申していたようです。しかしこれ以上はわからないとのこと。」


「ふぅむ……。外交関係であれば私にもお達しがくるはずである。それもない。何をお考えなのだ」


「ただの秀女ではないと言うことかもしれません…」


「国を上げての事だ。今までとは違う動きがあるやもしれん。注意しておかねば」


「そうですね。また何かわかりましたら必ずお伝えします。」

「うむ。」


唐の時代、胡人は単なる商人だけでなく長安の政治にも深く関わっていた。官僚や軍の兵長になったりなど漢人の政治の中枢にまでいた。

マーフヴァルドは、商隊長としての立場と胡人のネットワークを駆使して政治の裏の情報を得ていた。


「今夜はマーフの帰京と娘の入宮を祝って盛大に饗宴をしようではないか。楽しみなさい。」


「……はい。ヤン様。酒は久々です。長安の清酒は最高なので大いに飲ましていただきます。」



ヤン家の中は盛大に盛り上がり親族や胡人達が集まり盛り上がった。

胡人の奏でる胡楽と胡旋舞は華やかで人々は踊り出した。また長安の詩や歌が歌われた。


風呂上がりのチェンシーは侍女達から着飾られ美しい漢服を着て化粧をしていた。

髪は艶やかに下ろされ薄紅色の漢服が大人っぽく見える。


一族の前に出て最後の挨拶をせねばならないが足取りは重い。

最後の宴…父様や家の者との…

マーフとの最後の…


もう一つの角を曲がれば祝いの席の部屋だが佇んでしまう。


顔を下に向けていると目の前に誰かが立っていた。

顔を上げるとマーフがいた。


「まっまーふ!?」

心の準備もなく目の前に現れてしまったので慌ててしまいすっとんキョンな声が出た。

「正装か。とても似合っているぞ。お前の絹の様に光る髪にこの服の色がよく合う。」


瑠璃色の瞳が優しげに微笑んだ後、

「しかし、黙っていたら天女のようだが話すと全く別の生き物のようだ」


と揶揄ってきた。


「なにそれ!最後の挨拶で、褒めたと思ったら持ち上げて落とすの!ひどい!!ばか!」


嬉しいのか恥ずかしいのか腹が立つのかわからずマーフヴァルドの腕を叩きまくる。


ガッガッガッと鈍い音が辺りに響く。


「いたたっ!前よりも随分と殴る衝撃の重さが増してるぞ。それよりもチェンシー、ここは落ち着かないから別の所に行こう。」


そう言ってマーフヴァルドはチェンシーの手を取り外に出た。

外には飲んだくれの門番の男達が床に寝そべっていた。


「あぁあーお嬢様方どちらにぃい?」


「ちょっとした散歩だよ。すぐ戻るよ。清酒のおかわり置いとくから」

「へぇーい!あんがとーございー!!」


「この家ってほんとこの体たらくでなんで盗賊とか何もないんだろ。」

「まぁ、普通の人間ではないのが紛れてることもあるしな」


「ん?????誰?」


「何でもない」


マーフヴァルドはクスクスと笑いながらラクダに2人で跨り近くの池のほとりにくる。


夜なので人が少なく、草むらの近くで降りた。ラクダはその後池の水を飲みに入っていった。

池には星空が映り丁度満月のため辺りは月光で明るかった。


2人は草むらに座る。チェンシーのお尻の下にラクダにくくりつけていた布を引き汚れない様にしてくれた。


「ふぅ…ここは静かだしもういいか」

そういうとマーフヴァルドは頭のターバンの布を外す。

金髪のサラサラした髪が出てきて月光に反射してキラキラと光る。瑠璃色の瞳と金髪。長安では少ない容貌だ。

マーフヴァルドの母は胡人でなく西域の小国の人間であった。父は普通の茶色の瞳と髪だが、母の血統が出たのか胡人の中でも色素が薄い。


あまりに目立つため普段は隠している。

ひどい時は人攫いに狙われかねないのだ。


「いつ見ても綺麗だね。ごくたまに市井で見かけるけどマーフの方が綺麗。不思議!西域にはいるの?似た人は」

「あぁ。いないことは無い。西域はいろんな国があるからな。」


マーフヴァルドの旅の話は好きだ。オアシス都市を渡り歩き、いろんな国の話がある。人も物も環境も劇的に変わる。


長安から出ることがない自分はいかに狭い世界にいるのかと感じてしまう。


ここからさらに後宮という、入ってしまうと出られない牢獄なような世界に行く。


「みんな長安の外は野蛮なものしか居ないって言うけど、マーフの話を聞くと分からなくなる。一面の草原の花畑も砂漠の数えきれない程の星空も、オアシス都市の宮殿も私は見る事が出来ない。でもとっても素敵な場所なんだって感じる。マーフは私を別の世界を想像さしてくれる!それってとっても幸せなことよね」


「チェンシーは、外の世界の話が好きだろ。母上様が亡くなって部屋に篭りがちだったから、元気になってもらうのに必死だったよ。でもおかげで、他の国に行く理由があるから商隊長として成長できたよ。感謝してる。」


「じゃあ今の立場は私のお陰ね!」

「おい、調子に乗るな!半分だけな!」


2人で笑い合った。

頬を風が優しく撫で去っていく。

穏やかな時間だ。



「マーフ…あのね…今日でさよならだと思う。私は…」

「秀女に選ばれてる。しかも推薦確定だろ。」


「知ってたの!?」

「胡人は情報をいかに早く知るかが要の仕事だ。…わかってたよ」


知ってたんだ、最後の会話だってわかってる。なのに寂しそうにせず、明るく話してくれてる。


潮らしく終わらしたく無い。


この気持ちを伝えた所で、お互い苦しくなるだけかもしれない。


マーフが好きだと随分前から分かっていた。兄みたいな人として見ていた時期もあったが、マーフが居ない人生が考えれなくなった。一番最初に大切な人を亡くした時に支えてくれたのはマーフだけだ。

マーフの冒険譚をずっと聞きたい。そしてそばで笑いあいたいと思った。


感情がぐちゃぐちゃし出した瞬間涙が溢れ出した。


「チェンシー…どうした?」

マーフヴァルドが心配そうに顔を覗き込む。


「ごめん…!ごめんなさい…こんな最後嫌だけど、涙出てきちゃったの…。ごめんね…」


笑ってさよならしてそれぞれの道を歩む。

マーフは、胡人の女の人と結ばれて、私は帝の後宮でマーフの幸せを願う。


そんなの嫌だ…!


「マーフの…側に居たいよ…!」

そう言った瞬間強い力で抱きしめられてるのがわかった。










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