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―私は自分以外のもの全て可哀想だと思う―
屋敷の外で、子猫がカラスに襲われていた。
その姿を見て、あぁ可哀想と思った。
市場で町の人間の噂話が聞こえてくる。
あの家の者がある家に嫁いだ、だが貧しく腹いせに嫁をいたぶりその嫁が川に身投げしたと聞いて、あぁ可哀想と思った。
家の長男が兵士に取られ、戦で死んであの家の母親は絶望し首を吊ったと聞く。あぁ可哀想と思った。
生きとし生ける者全て悲しみの連鎖が続く。
いつかはみな死ぬのだと、そう思うと全てがどうでも良く感じる。
「玉環、貴女もしっかりとしなさい。生き残るには『お役目』をやり遂げなさい。」
姉の一人が言ってくる。
人妻の癖に違う男に股を広げている。
美しい顔立ちだが、粗暴で中身がない。野心家で今の生活に満足していない。
両親はとうの昔に死に、私は叔父の家で暮らす。
その叔父は私を見る時、その目つきはいやらしいものだった。
姉の間男も、私に手を掛ける。
誰のおかげで貧しい思いをせずに生きれると思っている。
お前を取り立ててやるのはこの俺だぞ、と言う。
あぁ、この人も可哀想な人。理性が無く本能でしか行動できない。愛人の妹で又従兄弟という関係なのに手を出す。穢らわしい人。虚栄心の塊だ。
他の姉達も同様だ。
みな帝の寵妃として威張り、豪勢な日々を暮らしていた。年間何十、何百万もする化粧代を貰い着飾る。
参内する輿さえも祭りの様に飾り付け練り歩く。歩いた後には簪や指輪などが落ちていた。
風流な官人の家に押し入り居座りその土地を奪った。飽きたと思ったら家を壊して新しい自宅を造り、泣き叫ぶ官人に情けだと言って庭の隅の土地だけ返した。
又従兄弟の屋敷で人事を行った際に、名を呼ばれた者の容貌がよくないと簾ごしに姉妹たちは嘲笑したりもした。自分たちの美しい容貌をかさにたて、歪んだ笑みが穢らわしいと思った。
あぁ、可哀想な私の一族達。
ある日、姉の紹介により私は入宮した。
最初は帝の息子である男の元に嫁いだ。
地味な男は私を見た瞬間恥ずかしそうに萎縮している。でも穏やかな日々だった。
あの時までは。
「玉環や、私の元に来てくれ」
私よりもずっと年上の帝は私の腰に縋りつき震えている。
帝は、実の息子の妃を奪った。
あぁ、可哀想…一度も触れられずに父王のものになった。可哀想な皇子。
世間の目を気にして妃の位は貰えないが、私は後宮で1番をもらった。
姉達は更に豪奢な日々を暮らす。
又従兄弟は更に政治的に有利な立場になった。
みな満足した顔をしている。
私の幸せは…?
これが、幸せなのか…?
鏡の前で侍女達から豪勢な絹の漢服を着させられる。
美しい化粧をされ、金、銀の宝飾を身につける。恐らく自分で言うのも変だが世界で一番美しい女が目の前にいる。
これが私…
楊玉環の人生。
いつしか私の事をみな楊貴妃と呼んできた。
帝は私を呼び何度夜が過ぎたか分からない。
けど、この人も可哀想な人だと思う様になった。
前の愛する妃が死に、廃人の様になった時に私が現れたと話す。
お前を一目見た時に思った。お前が欲しいと…!
お前さえいたら何もいらない。だから、離れないでくれ…!!
初めてこんなにも求められた。
私という人間を、全て捧げてでも愛してくれた。
こんな、何もない私を愛してくれたお人…
可哀想なお方…。
「ねぇ、あなたって可哀想よね」
声がした。
鈴の音のような弱々しい音。
「…違うわ。あなたの方が可哀想よ。だって…」
消え入りそうな真っ黒な霧なんだもの。
今にも消えて無くなりそうよ。
そう呟いたと思ったのに目の前が、真っ暗になっていた。




