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27.



婚姻の儀式の為に、着飾り厳粛な空気の天幕の中チェンシーはエシンから差し出されたクミス(馬乳酒)を一口飲む。

そして同じ杯を今度はチェンシーが持ちエシンに差し出し飲ませた。


それを見届けた、年老いた男のシャーマンは祝いの祝詞をあげここに正式に契約が結ばれた。


シャーマンの祝詞を外で聞いていた人々が盛大に宴が始まった。


この日の為にとっておいた家畜を何頭も捌き、振る舞われる。可汗の婚姻は突厥の中でも一番に祝われる為、豪勢だ。


弦楽器が鳴り響き、歌声も聞こえる。この宴は数日間行われる。


近くに居たシャーマンもすぐに出ていきクミスにありついていた。

儀式など建前で、皆この時を待っていた。


「チェンシー、必ずお前を幸せにする」

そうエシンが私の額に花の模様を化粧した(花鈿)所に口付けをしてきた。


顔が赤くなったのを感じる。

ついにこの人の妃となったのね。そして突厥の可敦としての日々が始まる。そう意気込みエシンの顔を見ようとした瞬間、


エシンは私を抱き寄せた後、私を米の俵の様に肩に担がれた。


はい?


「では!俺たちの天幕に行くぞ!」

「ちょっ!ちょっとどういう事なの!普通に歩けるわよ!降ろして!」

足をバタつかせエシンの背中を手で叩く。いきなり花嫁を荷物の様に担ぐなど聞いた事がない!


「おう、暴れとけ。これも儀式の一環だからな」

まさかこのまま外に出るの!?


エシンは勢いよく外に出て麓の宴の会場から私達が暮らしている天幕まで歩く。


異様な光景の私達を民達や貴族達は祝い事言いながら見送る。


「これが突厥流の祝い方だ。シャーマンに報告して光の女神に祈りを捧げた後、家に帰るまでは花嫁を担ぎ運ぶ。それを花嫁が嫌がるっていうのが伝統だ。」


これが伝統?

見せ物の様でかなり恥ずかしいのだが…

それにその女神の生まれ変わりが自分っていうのも変な感じだ。


突厥は遊牧民のため略奪婚を昔から行なってきた。だが、あくまでもこれは儀式。合意の上で行う。そうする事で男は女を守れるという強さを、女は嫌がる事で簡単に手に入らない=自分の価値を高めるアピールとなる。


そうした儀式は、自分たちの天幕に入る事で苦難を乗り越え晴れて夫婦となる、という意味合いが含まれていた。


そしてウテュケンの頂で、元徳やワン、ヤルカなどが迎えてくれた。


「お前達、暫く宴を楽しんでこいよ!」

「では、我々は降ります。…あまりチェンシー様に無理させないでくださいね」

元徳が意味深な発言をした後、皆麓の方へ降りて行く。

皆私を置いていくの!?


「婚姻の儀式の後、夫婦の天幕は数日間誰も立ち寄らないのが慣わしだ。」


なんですって!!!

そうか、これが初夜という事ね…

まだ夜じゃなくて昼だけど。


エシンは私たちの天幕に入った後、降ろしてくれた。

ササッとエシンから距離を取る。なんとなく恥ずかしいからだ。


そして気づいてしまった。いつも真ん中にあった衝立が無い。広い空間に一気に現実感が湧いてきた。

ここで、2人で生活するんだ…!


「そんなに警戒するな。…まだ俺はちゃんと待ってるんだぞ。」


部屋の壁まで逃げていた私の元に、エシンが近づき私の顔の横に手を置く。後は壁、前はエシン。完全に逃げれないようにされた。


警戒するな、って言ってもやってる事追い詰めてるから!?


そして2日前に私の気持ちをエシンに言うのを待ってほしいと伝えていた事を思い出す。


エシンの顔を見ると真剣な面持ちだ。距離は近いが私の言葉を待っている。


「…待たせてごめん。…エシンの事好き…よ」


消え入りそうな声で伝えた瞬間、顎を指で持ち上げられ口付けされていた。


驚いたが、嬉しさで胸が熱くなる。


暫くの間何度も啄みながら口付けされ、その後、抱き締められる。


エシンは黙って強く私を抱き寄せた。


「やっと、聞けた。」

耳元でそっと呟きとても嬉しそうな顔をしていた。


エシンは数千年間恋焦がれた女神の生まれ変わりでもあり、今の魂であるチェンシーにも想いが通じ何もかも自分の手に入ったと感じた。


それはこれまでの時間が報われる気持ちになった。


2人は暫くの間、抱きしめ合った。

エシンの真っ直ぐな想いを私は受け止めようと思う。

これからはこの人だけを見ていく。そう決心した。



そうして、見つめ合い2人だけの時間が過ぎて行った。―――――――――



夜になり、チェンシーは寝床で横になり眠っている。

それをエシンは抱きしめて口元に口付けし、1人起き上がり服を着た。


夫婦となったからこそチェンシーを守っていくためにはやらなくてはいけない事が多い。


部屋の隅にある自分の机の上に置いてある書類を広げた。


そこには長安内部の動きが書かれていた。

突厥の統一後、長安は西域にて小国を潰し新たに民を奴隷にしていると聞く。


少し前の天宝帝の動きと明らかに違う。ここまで血生臭い動きを行う事自体おかしい。


唐では西域に安西都護府という、軍を置きシルクロードの管理や治安を維持して来た。


貿易は血液と同じ。何処か潰れてしまうと一気に滞り動きが悪くなる。

長安の平安を守ってきたのは国際都市だからこその貿易からの富である。


略奪や争いが大きくなればそれは突厥にも火の粉が飛んでくる恐れがあった。


今、長安の政治に新たな動きがある。

安禄山あんろくざんという突厥人と胡人の混血の男が政治の中心にいた。


次々に地方の兵を取り込む動きがその男が不穏であることは間違いないと感じる。


長安内部に入れた間者からの書状を見ていると、背後から人の動く音がした。


見ると、チェンシーが起き上がっていたがその姿はいつもの姿ではなかった。


白い髪に変わり羽が生えていた。ミスランがそこに居た。


ミスランは裸体のまま起きあがり立ち上がった。エシンは急いで服を被せた。


「そのまま外に出るつもりか。その体はチェンシーでもあるのだぞ。」

ヒヤヒヤしながら服の前を重ね腰紐を括る。


「裸体にしたのはあなたよ。私のせいじゃない」

ミスランはボーッとしながら答える。


そうだけど…!?

その事を言葉にされると変な気分だ。


「クルト。外に出して。星の流れを見たいわ。」

ミスランは過去の風の狼の名を呼ぶ。

いつからかチェンシーが眠りにつくとその体はミスランが出てくる様になった。


ミスランは俺に最初にあった時にこう言ってきた。

「ワタシは過去の残滓。あなたが見るべき人は、この子よ。」

と、再会を喜ぶことより突き放された。

求めた相手だったが、俺はそれに納得した。クルトとして愛していたのはミスランで、それはミスランも同じ。今の俺ではない。それは過去の話なのだ。


そしてミスランはしきりに夜の星を見たがる。


ミスランを抱き上げ、外に出てウテュケン山の頂から夜の星を見る。


「あなたって狼の時も大きかったけど、人になっても大きいのね。星が見やすいわ。」

褒められてるのか微妙な気持ちだ。それよりも俺達はただの乗り物かなんかと思われてるのか?と、複雑だ。


再会したら浪漫的な雰囲気になるかと思ったが、意外にも淡白な感じなんだな、とちょっと夢みてた俺が恥ずかしい。


瑠璃色の瞳は熱心に星読みをしている。


「やはり…凶兆の星は前より輝きが増してるわ。西の星に新たに輝きが増したものもある。」

「……」

恐らく、あの胡人だろうと思った。


「でも…これは…」

「どうした?」


「凶兆の星の位置が変わってるの。その星の近くにというか…嫌な気がする。」


ミスランは眉根に皺が寄っている。

「クルト…覚悟して。これから、大きな災いがあるわ。」


「それは…避けられないのだな」

「ええ。星は少し先の未来を見せる。今備えておく事が重要よ。…はぁ、少し疲れちゃった。クルト、部屋に帰りましょう」


ミスランは疲れたのか俺の肩に頭を乗せ持たれてきた。その姿が可愛いと思った。


そういえばミスランは狼の時、いつも俺の背中の上で甘えていた。

女神らしい威厳もある時はあるが、俺の前だけ本来の姿を見せていたなと、思い出した。


「では、部屋でゆっくりしよう。」

「あ!今は変な事しちゃダメよ。チェンシーに戻るまではお預けなんだから」


ギクッと邪な気持ちがないわけではなかったが、釘を刺された。


「分かっている。俺の妻はチェンシーだ。そのくらいの分別はつく」

「約束よ!あの子の悲しむ顔もう見たくないもの」

俺だってそう思っている。


あれが食べたい、これがしたいと騒ぎ我儘を言うミスランを引き連れ天幕に戻った。

現界したら、チェンシーの体でしたい事がいっぱいある様子。

女神でも欲深いものだなと思った。



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