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26.


チェンシーがマーフヴァルドに会うまでの間、ウテュケン山の麓で大きな天幕を置き中に5人ほどの貴族とエシンは座っていた。


それぞれウテュケンを中心に東突厥の領土をを与え管理させている貴族達でエシンを可汗として認め仕えている。


エシンはそれぞれの貴族達の話を黙って聞いていた。


「西突厥との争いが解決し、今度こそエシン可汗様の領土となったが、問題は西突厥の人間達がみな死に絶えていた事だ。」

「これでは、領土は得ても領民が居なければどの様に治るのだ。家畜も多く死んでいたと聞く。」


人が居なくなればそこを他の移民達が押し寄せてくる。そうなれば新たな争いが発生し、突厥の人々は厳しい状況だ。


阿波はとんでもない置き土産を置いていったのである。そして阿波に力を貸していた長安にいる人外に対して更に憎しみが増す。


「今は一旦、国境を出来るだけ兵士を回し監視させよう。できるだけ他の国に我らが弱まっている姿を見せない様に、行商人も一定の場所以外での商売を規制する。」


エシンはこの状況を打破するため試行錯誤する。


貿易がしにくくなれば、勘繰る胡人もいるだろうが、出来るだけ平静にしなければ。あのチェンシーの乳兄妹には状況をバレてしまったが、チェンシーが嫁ぐ国を陥れる様な事はしないだろう。


情報の統制と領土の維持は最重要課題だ。

家畜の見直しや兵士の配置、西突厥の領土の調査など議題は尽きず、会議は朝から夜まで掛かった。


この調子で明日の婚姻の儀を終わらす必要もあり、エシンは少し疲れが溜まってきた。


だが、明日は大事な日だ。無理してでも盛大にしたい。

そう思いながらエシンの天幕に帰ると、チェンシーは衝立にもたれて寝ていた。


エシンが使っている方に居て明らかに自分の帰りを待っていたのが分かった。


その姿に疲れなど吹っ飛ぶ程愛しさを感じた。

風邪を引いてはいけないと、チェンシーを横抱きにして寝床に連れていく


このまま自分の寝床に連れて行くのを我慢してチェンシーの寝床に寝かした後、机の上にテングリ・チェチェクが長安の花瓶に入れられているのを見る。


この花と花瓶…

エシンは何かに気づくと直ぐに天幕を出て、麓を見渡す。草原に一点だけ灯りが見えた。

それを見つけ直ぐに麓まで駆け降りた後、エシンは口笛を吹きヤヴァシュを呼び寄せた。


暫くしてヤヴァシュがこちらに向かってくるのを感じながら灯りの元に走り出す。


ヤヴァシュはエシンに追いついた後、エシンは飛び乗り、向かった。


灯りの主は、マーフヴァルドだった。篝火を待ち、旅立つ様相をしていた。


「おい!待て!」

エシンは、マーフヴァルドを呼び止めた。

「お前、黙って出て行くつもりか。俺は勝手に出ていく事を許していない」

馬上からマーフヴァルドを見下ろす。

2人は睨み合った。

「俺は胡人だ。どこに行くのも自由だ。あなたに制限される謂れはない。」

「俺の領土だ。お前を生かすも殺すも俺が決める」


不穏な空気が2人の間にある。

なんとなく気に食わなかった。そのお綺麗な見た目もチェンシーの最初に好きになった相手だと言う事も。


そして、醸し出す空気を俺は知っている。


「お前、ただの胡人ではないだろう。お前から感じる()()()神を殺せるものだ。俺はそれで死んだんだからな。」


過去の記憶が蘇る。黒い霧に殺されかけた俺はある神の元に行った。その神によって命を終わらされ、人間になれた。


「時の神の神官の末裔か。そうなると砂の国の者か。」

マーフはその言葉を聞いた瞬間、腰から剣を抜き構えた。


「お前…知っているんだな」

殺気の籠った目をして警戒する。


「俺は風の狼の生まれ変わりだからだ。大昔に時の神に会ってるんだよ。」

マーフヴァルドは信じられない,といった顔をした。


「この国の成り立ちは知っているだろう。もう何千年も俺は生まれ変わってきたんだ。それよりも…何故剣を構える。」


「……。砂の国の人間だからと、攻撃してこないんだな」

「俺は異教徒殺しなど気にせん。随分昔から禁止にしている。」


マーフヴァルドは剣を納めた。


砂の国、西域に存在していた国であった。名は亀茲クチャ国。突厥よりも西に位置し、タクラマカン砂漠の北縁、天山山脈の麓に位置する。砂漠と山に挟まれたオアシス都市で交易で栄え、大国であった。


人種はトカラ人で、突厥人(トルコ系)や漢人(東洋人)と違い西洋風の顔立ちをしていた。


しかし数十年前一夜にして滅ぼされてしまった国である。彼らが信仰する時の神を異教徒として龍の国から虐殺された。


マーフヴァルドはソグディアナという胡人の国の父と砂の国の母の混血であった。また母は時の神の神官でもあった。


時の神は、光の女神を生み出した神だ。西の国からやってきた光の女神の伝承は砂の国からやって来たと言う事だった。

そして、時の神は他の神を殺す事ができる。時の神は記録上ニつの神を殺した。一つは風の狼だ。


その為、突厥でも光の女神を生み出した神だが、風の狼を殺した存在として微妙な立場の存在であった。


「あなたが風の狼の生まれ変わりだとするならば、チェンシーは…まさか!?」

「ああ。光の女神の生まれ変わりだ。この婚姻はただの政治的意味合いだけではない。我らの悲願でもある。お前が時の神官の末裔だったとなると元々結ばれない運命だったんだ」


「…そんな…」


もう一つの神は光の女神を殺していた。

それは、末裔といえど光の女神を手にかけた事実は消えない。


俺が生まれた頃には亀茲は滅んでいた。そして母は奴隷になっていた。

時の神官の力がある者は代々瑠璃色の瞳と黄金に近い金髪の者が生まれる。そして亀茲の頂点に立つ存在でもあった。

人ならざる美しさを持った母を、胡人である父は見初めた。

ソグディアナでは時の神の偏見がない。母が、元神官であっても父は受け入れた。


だが、奴隷という立場は別だった。

一族は母を忌み嫌い、疎んだ。胡人の行商には連れて行けず、母は1人かつて亀茲だった荒れて何もない土地に住んでいた。


俺はまだ齢、3つか4つの時まで母とそこで過ごした。元神官だった母から時の神の話は聞いていた。

そして力の事も…


そしてある日、母はある漢人に殺された。黒い霧に纏われた怪しい笑みを湛えた男に。

父は1人になった俺を一族の元に引き取り胡人として育てた。


そしてそこから時はたち長安でチェンシーに出会った…


「…必ずチェンシーを守ってくれ…!俺は…かつての亀茲に行く。」


「行ってどうする気だ。」


「亀茲をもう一度復興する。トカラ人の生き残りの者が沢山いる。…時の神官の末裔を探していると、胡人の仲間から聞いている」


ずっとこの髪を隠してきた。胡人として生きていくという意味もあるが、一番は時の神官は命を狙われる恐れがあった。母がそうだったように。


母を殺した者には検討がついていた。男はとうの昔に死んでいた。あの黒い霧を操るものを俺はずっと長安で探していた。


そして見つけた。天宝帝の隣にいつも立つ女だ。


俺だけの力ではだめだ。かつての亀茲を滅ぼし母を殺した龍の国が憎いと思う感情がある。胡人としてずっと内部を探っていた。


母の故郷に帰るのが今、この時なのかもしれないと感じた。


そして…母を殺した者をずっと探していた父も、あの得体の知れない者に殺されたのではないかとも考えた。


俺にはやらなければいけない事がある。


「お前とはなんとなく目的が同じな気がする。手を貸してやる。歩きで亀茲まで行く気か?馬を一頭やろう。」


エシンは口笛を吹くと近くに居た馬が近寄ってきた。

それをマーフヴァルドに渡す。


「復興出来たら教えろ。俺もあの人外は倒さねばと考えていた。お前が王として現れたら同盟を結んでやろう」

太々しくエシンは笑う。

「なんだその偉そうな態度は…だが、突厥が味方になれば心強い。すぐに成し遂げてみせるさ」


マーフヴァルドは馬に乗った。

そしてエシンの目を見た。


風の狼と光の女神、そして時の神の末裔、この様な形で出逢ってしまうとは数奇だと感じた。


そして、己の運命を呪いたくも思った。


「…ありがとう。チェンシーをよろしく頼む」

「分かっている。もう何者にも奪わせはしない。お前は前だけ見て進め」


エシンの言葉で父の言葉を思い出した。


―決して立ち止まってはならんのだ。マーフヴァルドよ。


そうだな、父様…


マーフヴァルドは馬を走らせ掛けていく。

草原の闇に消えていく灯火をエシンは黙って見ていた。





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