24.
夜になり、天幕にエシンが帰ってきた。
朝と違い服がボロボロなのがビックリし話しかけたが一言、おう、としか返事が帰ってこずエシンはそっけなかった。
まだ手を繋いだ事怒ってるのかしら?
と考えたが、今まで私に接してくれていたエシンの雰囲気じゃないのが少し怖かった。
こんな状態で婚姻しても大丈夫なのだろうかと思った。
衝立越しの距離感がもっと遠く感じた。
「あの…エシン!」
呼びかけたら振り向いた気配があった。
「少し…話したいんだけど。」
「……分かった。外で話すぞ。」
そう言って立ち上がり私に男物の羊毛の外衣を着せてきた。ブカブカだけど暖かい。外は寒いからと一言言って。
外の兵士達に声をかけて麓まで降りる。
その間、お互い無言で私に一切触れず、エシンの後ろを私が歩いた。
なんだろう、この絶妙な距離感と重い空気…!
そう考えてると草原につき前方から草原をかける足音が聞こえたきた。
夜だから視界が見えず警戒していると、アルプが嬉しそうに私の元まで走って駆け寄ってきた。
「アルプ!」
そういえばあれから会っていなかったからどうしていたのか気になっていた。
私の体に顔を擦り寄ってきた。なんだか可愛い。私の三つ編みの髪を嬉しそうにカミカミしだした。
「きゃっ!髪はかんじゃダメ!」
その様子をエシンはめちゃくちゃ冷めた目で見ていた。
「なっなに!?」
「何でもねぇよ」
その後アルプに2人で乗り移動した。
さっきと違って距離感が近い!落ちると良くない、とか言ってエシンの前に座らされ自分の背中にエシン体温を感じ落ち着かない。
チラッとエシンの顔を見たが、ずっと前方を見ていた。
前だったら私の顔を見てきた気がする…
出会って間もない頃を思い出す。あの時のエシンはどっちを見ていたんだろうか。
チェンシーなのか、ミスランなのか。
夜の草原は暗いが、数えきれないほどの星空と月が輝いていた。今日は雲が少なく月の光で道がよく見える。
草原の中に丘がありその場所が風が気持ちいいと言って降りる事にした。
エシンが先に降りた後、私の方に振り向き、エシンの首に手を回し私の腰を掴んで持ち上げられ抱き合うような形で降ろしてくれた。
一つ一つの動作が自然でドキドキしてしまった。
でもすぐに離れていく。優しいのか優しくないのか分からない。
アルプはその辺の草を食べに行った。空気が読める子ね。
チェンシーがアルプから目を離した後、エシンとアルプが睨み合っていたのをチェンシーは知らない。
「それで、話って?」
隣同士で座りながらエシンが言ってきた。
色々な事が頭をよぎりどれから話すべきか迷っていた。
ミスランとの共存。マーフの事。ヤルカとの過去の話。
ぐるぐる考え込んでいると、
「それなら俺から言おう。」とエシンから話し出した。
「俺は今、正直どうしていいか分かっていない。」
え??
「よくよく考えたら、チェンシーには今まで長安での暮らしがあった。王族(突厥に渡した書面状)の養女なら俺以外にも今まで縁談話はあったはずだ。そうなれば、今までお前にも想い人の1人ぐらい居てもおかしくない、と気づいた。」
意外な言葉が飛び出してきて固まっていたが、それは婚姻前から分かりそうな所だけど…
「俺は…戸惑ってるのかもしれん。お前が他の男の事も考える事があるいうことが。俺はただ…ミスランの生まれ変わりと結ばれればいいと勝手に思い込んでいた。」
ただただ追いかけていただけだった。
そこに相手の感情など考えついていなかった。
何が何でも振り向かせればいいとも思っていた。
だが…
「俺はお前が離れて行くのが怖いと思ってるのかもしれない」
エシンは沈んだ声で話している。不安気な瞳がこちらを見た。
何よそれ…
いつもみたいに私の意思なんて聞かずに勝手に引っ張っていけばいいじゃない。
そんな潮らしいエシン、らしくない…
ううん。違う。それはエシンに甘えてるだけ。エシンはずっと出会った頃から好意を言ってきていた。
私がエシンを不安にさせてるんだ。
「今のお前の気持ちを教えてくれ。」
「…正直な話すると好きな人はいた。私の中でのかけがえのない人だった事は本当よ」
エシンがジッと私の話を聞いている。
「…でも、今は私も分からなくなってきたの。エシンの事が頭から離れない時がどんどん増えてきてる。あなたが私の事避けたりしたらすごく悲しいと思う。これがまだ何なのか、なんていう感情なのか分からない。でも…エシンと一緒にいたいって思ってしまう自分もいる…」
私も頭がめちゃくちゃだ。
他に好きな人がいる状態で言うなんて良くないに決まってるのに。
「それは、好意があるって受け止めてもいいのか?」
エシンが私の顔を見てきた。
「うん…」
「それが聞けただけでもいい」
いつもの無理やりな感じじゃなくて、寄り添うような態度がかえってドキドキしている自分がいる。
「俺の事もっと好きになれよ」
エシンが笑ってきた。その無邪気な顔が可愛いと思ってしまった。
ダメだ。エシンの好意をいい事に中途半端な事をしちゃダメ。
ちゃんと向き合いたい。このまま婚姻の儀を進めたくない。私の気持ちを示さずに相手の好意にただ流されるなんてよくない。それには…
「エシン。お願いがあるの。少し、私に時間をちょうだい。」
エシンの方に体を向け、正座して言った。
私の真っ直ぐな視線を受けた後のエシンは少し寂し気な顔をしながら微笑んでくれた。
「分かった。…お前の気持ちを今度改めて聞こう。今から話す事は可汗の立場としてこれからの事だが」
風で冷えると良くないっていってさっきより密着し座った。当たってる肩が熱く感じた。
「統一した突厥の可汗として、今山積みの問題を解決していかなくてはならない。そうなった時お前と居れる時間は少なくなると思う。それでもできるだけ時間を作るよう努力する」
「エシン…」
「チェンシー、女神としてじゃなく俺の可敦として支えてくれないか」
エシンの赤い瞳がこちらを見ながら言う。
燃えるような赤に吸い込まれそうだ。
その言葉で理解した。今、エシンが話してるのはミスランじゃない。私だ。
今の私を見て話してくれている。
胸いっぱいに嬉しい感情が広がる。
それと共に中途半端な気持ちの自分が不甲斐なく感じ恥じる。
うぅ…ずるい。そんな真っ直ぐな感情ぶつけられるとどうしたらいいか分からなくなる。
「うん…頑張る」
そう答えると、エシンがギュッと私を抱きしめてきた。
出会った頃と違って私もエシンの背中に手を回して抱き返した。
広くて大きな背中、そして艶のあるエシンの黒髪が手に当たる。私のうるさい心臓の音聞こえてるんじゃないだろうかと思った。
お互いの体温とそしてエシンの草原の花の匂いを感じながら抱き合う。
暫くしたらエシンは離れた。
若干目が合わない感じで
「あー…よし、帰るぞ」って言って立ち上がった。
その切り替えの速さにビックリしたが、行きと違って手を繋いでくれた。
耳が赤いエシンを後ろから追いかけた。
そういえば、いつも歯が浮く発言が多いエシンが照れている姿を見るのは初めてかもしれない。
なんだか可愛くてクスクス笑った。
アルプが遅いぞ、と不満気に鼻息を鳴らして待っていてくれた。
婚姻の儀は明後日に控えていた。
私は、マーフと2人で話そうと思った。




