20.
目が覚めると、目の前にでっかい黒いオオカミがいた。赤い大きなお目目がパチクリしており尻尾をパタパタと揺らしていた。
脳が上手く働かず固まっていると舌で思いっきり私の顔を舐めて来た。
「ぎゃああああああ!?!!?!?」
乙女らしからぬ大声を上げていた。
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「チェンシー様!!!」
ワンが駆け込んできて寝ている私に抱きついてきた。
「よかったぁあぁあ!!帰ってこられてから3日程起きられなかったんですよ!」
ワンが大泣きしている。3日も寝たきりだったんだ…置いていった事を謝り頭を撫でた。
それよりも!
「ねぇ!争いはどうなったの!?」
「無事終わりました。黒い霧が突然晴れた後、西突厥人達はみな死に絶えました。」
元徳とヤルカも入って来た。
「みんな死に絶えた…?」
切られた体で何度も起き上がって来ていた人間達を思い出しゾッとした。
ずっと横でオオカミがこちらを見ている。この赤い目…
「もしかしてこの子、エシンなの?」
「そうです。私も驚きました。人間が犬になるなど。」
元徳が嫌味ったらしく言う。
「我らが可汗を侮辱されているのですか?元徳様」
ヤルカが珍しく怖い顔をした。
「あぁ、申し訳ない。ついありのままの姿をそのまま言ってしまいました。」
ヤルカと元徳こんな仲悪かったっけ?と思いながら見ているとエシンが私の手に手を置いて来た。
まるでお手をするかのように。
可愛い…!!オオカミといえど確かに犬っぽいと思いわしゃわしゃと頭を撫でた。
「それでどうしてこうなったの?」
「毎月の満月の日にエシン様はこの様なお姿になってしまいます。恐らく歴代の中でも風の狼としての力がお強いようでして霊力が上がってしまわれるのかと。次の日には戻られますのでご安心ください。それに普段の姿よりも霊力が上がる事により、エシン様の傷も癒えるのが早い様です。」
風の狼の姿になるという衝撃的な事実もあるが、戦いの中での私の姿も人間離れしていたな、と思い出した。
ミスランの力を使えたというが今は全くあの光線を出せる気がしない。
ミスランの気配が今は感じれずにいた。
エシンはピッタリと私にくっつき離れない。本当に光の女神を守護してきた存在だからこそ好きなんだろうと感じる。
「突厥は今どうなってるの?」
「我々の負傷者はそれなりに出ましたが、ほとんど死者は出ておりません。今は西突厥に偵察に行くよう昨日エシン様から命令が出ております。西の地がどうなっているかや領民達に統一された事を報告に行かなければいけませんから」
ヤルカが答える。
東の者達に死者が出なかったことにホッとした。
まだ体力が回復していないため今日だけは寝床にいることにした。
皆それぞれやる事があるからと退室していき、エシンと2人きりになった。
「そういえば…もう統一した事になるなら、エシンと婚儀の契約をする事になるのよね…!」
顔が熱くなる気がした。チラッと見るとオオカミのエシンは目を瞑ったままそばにいる。
元徳が2人きりにしてくれたのはこの姿だからか、とも思った。
今はこの姿の方が都合がいい気がする。落ち着いてから顔を合わすのは気恥ずかしいもの。
そう言えばサラッと戦いの中で夫となる男とか言ってたわね。
布団で顔を隠す。あぁついに人の嫁になってしまうのかと落ち着かない。それと同時にマーフの顔が思い浮かんだ。
「何してるんだろう…」
少し起き上がった。あの花をまた見たいと思った。けれどもう、気持ちを切り替えないといけない。
ズキっと心が痛んだ気がした。
この国で生きていくって決めたもの。マーフを忘れる事ができるか分からないけど、今はこの人を見なきゃ。
エシンは不思議そうにこちらを見上げてきた。
普段の男らしい気迫の雰囲気は無い。なんとなくこっちの方が話しかけやすいかも。
エシンの前足を見ると包帯が巻かれていた。
そういえばあの時守ってくれていた。申し訳なく思い、前足を少し触れる。
「ありがとう。痛かったでしょう。」
エシンは起き上がり私の顔らへんに擦り寄って来た。
くすぐったくて笑っていると見つめてきた。
同じ赤い目だからか少し緊張した。
オオカミといえどエシンはエシンなのだと感じた。
「あなたは…本当に私が好きなの?」
一つ疑問があった。
エシンがあれだけ違うと言ってもミスランを求めている気がした。
このまま婚姻してもいいのだろうかと考えが出て来たりもした。
元々婚姻に感情なんて要らないのはわかっているが、どうしてもそこが引っかかった。
エシンはオオカミだからか答えない。
その代わり布団の中に入って来て一緒に寝転んできた。
エシンを後ろから抱きつくように眠りについた。エシンの香りは草原の花の匂いがした気がした。
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「あなたがまだ公主様のお側に居るのが私には理解できませんね。」
元徳が冷たくヤルカに声をかける。
「……。真実はいつかお伝えするつもりです。」
「いつかではないでしょう。明日にでも言ってもらいますよ。婚姻の前に知るべき権利が公主様にはある。」
「分かっています…。でもあなただって私の気持ちが多少なりとも分かるでしょう…!」
「まぁ、少しでしたら。だから私は突厥の地に帰ろうとは思いませんでした。母がそれで苦労したのですから」
2人の間には重苦しい空気が流れる。
「この間も言いましたが、私はチェンシー様に忠誠を誓っております。裏切る様な事はしません。」
ヤルカは自分の腕を掴み握りしめる。
「そうしてください。少しでも変な動きをすれば私はあなたに対してなんらかの処置をしなければいけませんので。」
元徳は切り捨てる様に離れていく。
母を捨てた突厥には多少なりとも怒りがある。
それをヤルカに当たるのは違うのは分かっている。
可敦候補に選ばれたばかりに狂ってしまった母の人生を嘆き突厥を恨む。
感情的になってはいけない。
元徳の後ろ姿を見つめた。
「チェンシー様…お許しください。この想いはもう断ち切りますから…」
ヤルカは沈んだ声で呟いた。




