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19.


力を使い果たし眠りについたチェンシーを抱き抱え、エシンは座り込む。


「守るって言ったのに守られてるじゃねぇか……」

あの蛇の怪物に太刀打ち出来なかった。チェンシーが女神の力を使わなかったらどうなっていたか分からない。

悔しさと不甲斐なさに握った拳が怒りで震える。


戦闘中チェンシーの気配が途中から変わった。どちらとも言える気配に感じた。以前はミスランの気配はうっすらと感じていたが、それが更に強くなっている。


チェンシーをよく見ると足元は泥だらけで手には慣れない弓を引いたからか切れて血が滲んでいた。羽が生えていた背中の服の部分に穴が空いていた。


「こんな姿になるまで無理をさせてしまったか…すまない…」


エシンは愛おしそうにチェンシーの顔を見る。


魂が一緒だからと気にしていなかったが、チェンシーからしたら嫌だったらしい。だからミスランとチェンシーを重ねてみない様意識してきた。


確かに違うと感じた。


女神ミスランは慈悲深かったが、戦いを極端に忌避していた。光の女神として闇から這い出る魔の物を祓う力があり、武神としての側面も持っていたが、人間同士の争いに関しては消極的であった。恐らく『人間』である以上どちらかに肩入れするなど出来なかったのだろう。だが、世界の王を決める時は何か別の理由である人間側の要求に屈した。


それが何かまでは分からないが、女神ミスランはそれにより傷ついた。


今回の阿波との争いを不干渉していたのも女神が人間同士の争いだからと決め込んでいたからだ。(俺としては自らの力で可汗になる気だから元々求めていなかったが。)


だが、チェンシーは違う。誰かを守りたい、ただその一心で動いている。そこに種族など関係ない。


「女神と一緒になってもお前はお前だ。チェンシー。」


「ブフーッ!」

アルプがやってきた。乗りやすい様体勢を低くしてくれたのでチェンシーを抱えながら二人乗りができた。


「お前もチェンシーに惚れたんだろう」

アルプがギロリと睨んでくる。どうやらこの牡馬は本気らしい。


「だめだ。誰にもやらん。俺のものだ諦めろ!お前に見合った牝馬を当てがうぞ。」

アルプは尻尾をバシバシと俺の背中に当ててきて手綱を持っている傷ついた腕を動かさせようと荒い走りに変わる。


「おい!バカ馬!やめろ痛いだろ!それにチェンシーが落ちる!」

バカ馬はしょうがねぇなチェンシーの為だ。我慢してやると、言わんばかりに歯軋りしながらこっちをみて来た。

チェンシーをダシにすれば言うことを聞くあたりにちょっとイラついた。


「エシン様!!」

ヤルカと東突厥の兵士が馬に乗ってやってきた。

「お怪我をされているのですか!?それにチェンシー様も気を失われて…!申し訳ありません!!私が近くにいたはずなのに!」


「大丈夫だ。戦闘中はどんな事があるか分からんからな。それにチェンシーが単独で動いたのだろう。」

「そうであっても支える主人を守れなかった事実は消えません…。私の力不足です。」


ヤルカの感情と俺の悔しさが重なる。


「…それより、今どうなっている。見た限り戦闘が終わっている様に見えるが」


「はい。先程辺りを煽っていた黒い霧が晴れた瞬間、西突厥の者がみな死に絶えました。そこでエシン様の元に応援に駆けつけた次第です。エシン様達の方角はずっと濃い黒い霧が覆っておりお姿が見えず、霧の中にも入れず安否が分からなかった為、不安でした。」


「そうか。」

阿波の出していた霧が俺たちを囲っていたのか。そうなるとあの怪物を他の者は見えていないと言う事になる。


あの黒い霧には検討が着く。

人外の者に心の隙を突かれた阿波はやはり可汗の器ではなかったことの証明だ。


愚かな男だ。

そうまでしてしがみつきたかったのか…?


「阿波は討ち取った。これで突厥は統一する事となった。ウテュケン山に帰るぞ!」


俺は兵達を連れて無事ウテュケンに戻った。


帰ってくると、安堵感からか一気に眩暈がしてきた。毒と出血で限界が近い。

アルプから堕ちそうになるのを我慢していると、前方からワンと元徳が天幕の前からチェンシーの名前を叫んでいた。


「意識は無いが怪我は殆どしていない。休ましてやってくれっ…」

元徳にチェンシーを渡し離れた後だった。


遂に限界がきて、アルプから崩れ堕ちそうになった所をある男に支えられた。


途切れそうな意識の中見えた男の顔は透き通るような青い瞳をしていた。


ミスランと似た瞳の色だと思った。


――――――――――――――


「ザリチュ(渇きの魔王)が死んだ。」


楊貴妃は、木盤の上のガラス製の駒が割れているのをみて呟いた。


唐時代に双六が流行っており、2つのサイコロを回し15の駒を動かして自陣を相手の陣まで競う遊戯だ。


「思ったより呆気なく死にましたわね。まぁある程度の魂を集めれましたから良いでしょう。」


ため息を吐き机から離れ寝台に近づく。

そこには天宝帝が意識が無く、動かない。

寝ている様だった。


そろそろこの男を使おうか、と思案していると頭に突然女の声が響いた。


《殿下には触れないで!!》


「あぁ、五月蝿いわ。まだ意識がありますの?」

この体の元になった女が抗っている。


「まだ、何もしていないでしょう。大人しくしてなさい。…はやく姉様に会うにはどうしたらいいかしら」


貴妃は寝台に座り足をプラプラと動かす。

小国と西突厥の人間の魂を手に入れた。もう一体魔王を作ろうかとも考える。


あぁ…こんな風に考える時間ができて嬉しい…


時間はたっぷりある。

姉様にも会いたいがまだまだ人間の魂が欲しい。



いっぱい遊ばなきゃね…


貴妃は妖しく笑った。




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