2.
屋敷の前に着くと侍女や侍男がチェンシーの名前を呼びながら探していた。
そこにおんぶした2人が到着した。侍女達は真っ青になりながらチェンシーを回収していった。
「まぁ!!お嬢様なんて格好なのです!足元が薄汚れてるではありませんか!すぐに洗いますから」
「このくらいの汚れ気にならないわよ。自分で洗えるわ」
「そんな事できません。お嬢様は由緒ある家の方なのですよ。」
「由緒なんて、この家にはないわよ。戦に勝てる武力も国を導く知力もない。ただ他国の言葉が話せるだけよ」
チェンシーの家は、鴻臚寺《こうろじ》という古代中国の外務省や国賓接待を仕事にした外交官の家である。
子供の頃からの勉強漬けで(父は女性だからと学を疎かにしない人物)他国の言葉が話せるが、それ以外の貴族としての嗜みが疎かになりチェンシーはちょっと裕福な家の娘レベルの嗜みしか身についていなかったのであった。
「まぁ!口は達者ですこと!それだけでもご立派なのです。さぁ!婆やが綺麗な服に着替えてさしあげますわ」
「婆や!!!誰よ離れから連れてきたのは!」
「並の侍女ではチェンシー様を押さえつけれませんのでおよびしましたの。ささ!綺麗になりに行きましょうね」
婆やはこの家で一番古い侍女でチェンシーを昔から見てきた人物である。そして年寄りに見えない屈強な筋肉の腕でチェンシーを脇に抱き上げた。
勤続50年の鍛え上げられた見事な肉体美を漢服から覗かせながら家の中の浴場に無理やり連行されていった。
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他国出身のマーフヴァルドの家系は胡人を纏め、隊商主を勤めてきた。数十から数百人をまとめ、行商、為替や情報などを提供する。
マーフヴァルドの父とチェンシーの父は行商人の顧客であり秘密裏に他国の情報を取引する関係でもあった。
子供の頃から親に連れられてくるマーフヴァルドとチェンシーは勝手知ったる仲だ。
「マーフよ。手のかかる姫を連れてきてくれてありがとう。母が居らぬあの子はいかんせん甘やかししすぎたようでな。迷惑をかけてしまったね。だが、お前に会いたくて朝からずっとソワソワして待っていたのだよ。」
屋敷の奥から身なりの良いふくよかな男性が出てきた。
チェンシーの父、ヤン・ジンホーが困り顔をしていた。伸びた切り揃えられた髭を撫でている。外交官という高貴な立場だが、聡明で人種問わず平等に接する。
「ヤン様。畏れ多いですが、俺にとっては妹のように感じています。辛い旅路でもお嬢様の笑顔を思い出すとここに帰ってくるんだと踏ん張れるのです。なので迷惑などとは思いません。」
マーフヴァルドも母を亡くしており、父の過酷な行商の旅路には子供を連れていけないと、チェンシーの家に預けられた時期があった。
良家の娘ということで、習い事や勉強に明け暮れていたチェンシーは少し年上のマーフヴァルドに甘えたり悪戯したりなど兄の様に慕っていた。
「お前は優しい子だ。だが……チェンシーが家を出る事となった。今回の訪問で別れとなるやもしれん。仕事もあるだろうが、時間ができたらあの子に会ってやってくれ」
「それは……市中に張り出されていた勅命のことですか?」
「なんとか免除してくれるよう伝えていたのだが、もう避けられぬようだ…外交官の娘ということで推薦されるのだ」
「本来であれば喜ぶべき事かと思うのですが、あの帝がわざわざ『秀女』を詔を下すとは」
「うむ。天宝の帝は貴妃殿下だけを寵愛しておる。他の妃候補など目もくれぬお方だ。何か他に訳があるはずだ。それをさぐってはくれぬか」
「もちろんです。恩人であり第二の父の頼みとあらば」
マーフヴァルドは膝をつき平伏した後、チェンシーの屋敷を後にした。
天宝の帝を後の世に呼ばれる名を、唐 玄宗帝となる。唐の第9代皇帝。
そして貴妃殿下は、楊 貴妃であった。――――




