14.
昨日はエシンと共に帰ったのち元徳にめちゃくちゃ説教された。無理やり連れていったのはエシンで被害者は私なのに…
今日も朝からワンとヤルカが私の服を着せてくれてる間に衝立の向こうでチクチクと小言を言ってきてる。
公主の自覚が無い、とか未婚の乙女の仕来たりが出来てないとか。小姑がいるとするとこんな気分なのだろうか。
ヤルカが私の背中を見た瞬間、手を止める。
「お話を聞いていましたが…チェンシー様が女神ミスラン様の生まれ変わりなのは本当なのですね。」
ヤルカはじっと刻印を見ている。肩甲骨の所に赤く羽根のように曲線模様が幾重にも重なって見える。刺青のように馴染んでいた。
解除された当初は熱くて痛かったが今は何とも無い。
「あのぅ、私あまり世間知らずなもので女神ミスラン様ってどんな神様なんですか?」
ワンが不思議そうに尋ねた。
「女神ミスラン様は光と正義と秩序をもたらす神と言われています。太古の昔我々人間はそれぞれの国を建国した後争いが絶えず、混沌とした世界でした。そこに女神が現れ、世界の王を決めてくださった後に平和が訪れたのです。その王は…」
「龍の国の王と伝え聞いています。」
元徳が衝立の向こうから割って入ってきた。
「龍の国の建国のお伽話として有名ですが、光の神としか言われず女神ミスランの名は何故か伝わっていません。龍の国としてはあくまでも建国後の繁栄に関わった神であって敬う相手は歴代の王であるとされてます。狼の国ではそこは違うようですが。」
「そうですね。我々は龍の国の王ではなく、平和をもたらした神として女神様を信奉しています。その女神様を支えてきたのが我々狼の国の者ですから。」
国が変わると神の見え方が変わる。そして同じ神でも国の歴史も違う。
エシンが言っていた、魂と器の覚醒は初めてという言葉を思い出す。
「今までの生まれ変わりの人達はどんな感じだったの?」
「何故か理由は分かりませんが、女神様の生まれ変わりは漢人からしか出てきません。そして生まれる年も数百年から数十年に一度と聞きます。突厥の可汗様達はその度に和親公主として迎え入れていたと聞きます。政治的にもそうですが、女神様の保護と復活は我々の悲願でもあるのです。」
和親公主に選ばれてきた者の中にそんな意味があったとは…そして歴代の女神の生まれ変わりは器だけだった。魂は何故か覚醒した事がない。
ヤルカは突然チェンシーの前に移動した後、平伏し頭を下げる。
「チェンシー様、東と西が争っている今貴女様がお越しになられた事は奇跡です。どうか我ら突厥をお導きください。」
「やめて…ヤルカ。私にはそんな事できない。そんな神の力もない。あなたと同じただの人間よ!」
エシンもヤルカも、突厥の人達が私を見てくる目は違う者を見ている。
得体の知れない恐怖に震える。
「ヤルカ殿、なおりなさい。人間なのに神だと崇められるなどおかしいでしょう。その思いはチェンシー様を苦しめます。だが、チェンシー様。あなたのお立場は和親公主だ。公主としての役目は何か、忘れてはいませんね。」
元徳が静かに話す。
そうだ、私がここに来た理由は母国の平和のためだ。そして狼の国に嫁ぐということは突厥の民も守るという事。
「3人とも難しい顔をされています!まず、チェンシー様はチェンシー様です!公主とか女神の前に、この方は私の主様です!あまり困らせないでください!」
ワンが私の手を握りながらぷくっと頬を膨らませながら怒る。
ワン…!あなたなんて可愛いの!!ワンに抱きついた。
「困らしてる訳ではありませんよ。まったく…」
「そうでしたね。申し訳ありませんでした。私の身勝手な要望を押し付けてしまいました…」
ヤルカはもう一度、頭を下げたが、私はヤルカに手を差し出す。
「神、としては無理だけど公主としてあなた達を守りたいとは思ってる。ヤルカも一緒に私を支えて欲しい。」
ヤルカは、顔を見上げ私を見た後差し出した手を握り立ち上がった。
「はい。チェンシー様!」
「おーーいまだかー?」
天幕の外からエシンの声がした。支度をしてる間はエシンは外に出ている。待たせすぎた。
「後は髪を結えば終わりですから!お待ちください!」
ヤルカが大きな声で知らせた。
エシンは東突厥の者達に慕われているが、距離感が近い気がする。こっちの国の王との距離とは違う。王族というより民族の長っぽい。
「エシン様に気に入っていただけるよう頑張って結いますね。」ヤルカがいそいそと結っていく。
「う、うん…」
何もしてなくてももうある程度気に入られてる様な気がする。
―――――――――――――
支度をしている横で元徳は考え込む。
長安を出る前に天宝帝に個室に呼び出され和親公主に仕え支える事を命じられた時の会話を思い出す。
「元徳よ、お前だけに今回の和親公主の選定の基準を教えておく。」
「ははっ!」
両腕を前に出し手のひらに拳を当て拱手礼をする。
「今回、ヤン・チェンシーを選んだのは私ではなく貴妃である。」
「…!。それはどういう事ですか?」
「今まで政の事など一切興味がなかった貴妃がある日私に進言してきたのだ。この者を和親公主に推薦したいとな。」
あの昼夜問わず遊び暮らしてる貴妃が何故そんな事を言うのか。後宮の人間にも興味もなく官僚の家族構成など知るはずがない。
外交官の娘だから、という単純な理由ではないだろう。
「貴妃の願いはどんなことも叶えたいと思い、承諾した。だが、こんな事は初めてだ。元徳、この娘の事はよく見ている様に。」
「仰せのままに。」
貴妃の事となると心酔している王がこの事については疑問に思っていた。
今なら少し分かる気がする。
女神の生まれ変わりだと気づいていたということか?
貴妃の行動にいくら考えを伸ばしても分からず諦めた。
今は、この公主を支える事を優先しよう。
国のため、この未熟な公主を成長させるために。




