『不釣り合い』の判定基準
今回コメディ要素のないシリアス展開のお話になります。
それでもOKな方は、是非お楽しみください。
「婚約を解消して欲しい?」
確認されたウィステリアはテーブルに視線を落としたまま、小さく頷く。
すると、婚約者のユストは盛大に息を吐いた。
「その理由は何となく察しがつくけれど……一応、理由を聞かせてもらってもいいかい?」
恐る恐る顔を上げると、普段は穏やかな笑みが多い婚約者が険しい表情を浮かべていた。
その様子に再びウィステリアは、心苦しそうに視線をテーブルへと落とす。
だが、ユストは追及の手を緩めなかった。
「ウィス、理由を聞かせて」
明らかに怒りを含んだ低い声にウィステリアは、怯えるように肩を震わせる。
婚約の解消は、ずっと言い出せずに彼女が悩み続けていたことだ。
昨晩やっとその覚悟を決め、本日ユストに告げたのだが……。
なぜか予想以上に怒りを露わにされてしまい一瞬、怯んでしまう。
それでも「これは彼のためだ」と自分を奮い立たせ、その理由を口にする。
「わたくしがユスト様の婚約者であることは、あまりにも不釣り合いだと感じているからです」
両膝のドレス部分をギュッと握りしめ、絞り出すように理由を口にする。
すると、ユストが不機嫌そうに前髪を掻き上げた。
「不釣り合い、ね。それは僕が君にとって相応しくない男だから婚約を解消したい……という解釈でいいのかな?」
「ち、違います! わたくしがユスト様の婚約者として至らぬ点が多く、相応しくない人間という意味です!」
なぜそのような解釈をするのだろうか。
どう見ても『不釣り合いな婚約者』は自分のほうなのに……。
勢いよく立ち上がって訂正するウィステリアをユストが訝しげな視線で見上げる。
婚約者のユストは、グレイデル伯爵家の三男で美しいプラチナブロンドに濃厚な緑の瞳が印象的な美青年である。
ウィステリアよりも二つ年上の彼は、半年前に成人している。
そんな彼は、幼少期の頃から落ち着いた雰囲気の穏やかな性格でウィステリアを妹のように可愛がってくれていた。
対する彼女もそんなユストを兄のように慕っていた。
だが、年頃になるとユストがとても端正な顔立ちであることを実感する。
二人はウィステリアが十三歳の頃、共に社交界デビューを果たしたのだが、ユストのその華やかな容姿は一瞬で注目され、社交界で話題となった。
はじめは婚約者が周囲から称賛されていることを喜ばしく感じていたウィステリア。
だが、その状況は次第に彼女を追い詰めだす。
ユストと違い、ウィステリアは薄茶の髪と瞳の色をした地味で目立たない容姿だったのだ。
話す声も小さいので、周囲からは影が薄いという印象を抱かれやすい。
そんな彼女がユストと並ぶと、どうしても悪目立ちしてしまうのだ。
そして周囲からの反応も、実に正直なものだった。
『なぜあのような美しい青年の婚約者が地味な子爵令嬢なのだろうか』
純粋な疑問として口にする者もいれば、明らかに悪意を込めて口にする者もいる。
ただどちらのケースでも言葉の中には『あんな地味な子爵令嬢と婚約をさせられてユストが勿体ない』という思いが含まれていた。
周囲の心の声を感受性が強いウィステリアは無意識に読み取ってしまい、一時期社交場への参加を控えていた期間がある。
そんなウィステリアにユストは、出来るだけ婚約者が安心して社交場へ参加できるよう献身的に寄り添ってくれた。
その甲斐もあり、周囲はユストが婚約者を大切に思っていると解釈し、次第にウィステリアの陰口も減っていった。
だが、まだ婚約者が決まっていない令嬢とその親たちは違った。
密かにユストに好意を寄せる令嬢や伯爵家の血を引く容姿端麗な婿養子を望むその母親たちは、二人の婚約を疎ましく感じていたようだ。
二人の挙式は未成年のウィステリアを配慮し早くても二年後と予定していたが、その期間に彼女をユストの婚約者から引きずり降ろそうとする人間が出てきてしまったのだ。
そんな周囲の動きは、ユストが新人文官として城勤めを開始してから加速する。
なんとユストは勤続半年目で王太子の執務室付きの文官の一人に選ばれたのだ。
当然、彼の世間的評価は上がり、ますますウィステリアと婚約している状況を『もったいない』と感じる人間が増えていった。
気がつけばウィステリアは同世代の令嬢たちと、その親たちから『ユストとは不釣り合いな婚約者』と陰で囁かれるようになった。
それでも彼女が心折れずにいられたのは、隣でユストが支えてくれたからだ。
周囲が羨む素敵な婚約者は、常にウィステリアのことを気にかけてくれた。
だが、その婚約者の献身的な接し方は彼女にある不安を抱かせる。
『伯爵家の三男であるユストが貴族でいるためには、この婚約を受け入れるしかなかったのでは?』
ユストとの婚約は父親同士が親しかったことと、ウィステリアが子爵家の一人娘だったことで成立したので、政略的な意味合いがかなり強い。
三男のユストは家督を継ぐ義務もなければ、二番目の兄がいるので受け継げる爵位もない。
すなわちユストは、娘が一人しかいない爵位持ちの家に婿養子として入らなければ平民落ちするという境遇だったのだ。
そんな三男の将来を心配したユストの父グレイデル伯爵は、友人であるウィステリアの父が娘一人しかいないことに気づき、この婚約を打診してきたそうだ。
ウィステリアの父も伯爵家との繋がりは魅力的だったのだろう。
何よりも彼女の母親が、幼少期から美少年であったユストを大層気に入っており、娘と共に溺愛していた。
こんな状況であれば、愛妻家のウィステリアの父がこの機を逃すわけがない。
互いに同じだけのメリットが得られると交わされた二人の婚約。
しかし今では、ウィステリアのノースレン子爵家のみに利益が高い婚約になっている。
幼少期は能力的な面が未知数だったユストだが、今では優秀な若手文官となり、その美しい容姿で家格が上の令嬢たちから婿養子として熱望されるような成長を遂げたからだ。
彼の父親であるグレイデル伯爵も、まさか三男の世間的評価がここまで高まるとは予想できなかったはずだ。
今ではウィステリアとの婚約を早まった選択をしたと後悔しているかもしれない。
その可能性を懸念したのか、ウィステリアの父親がユストが文官職で順調な滑り出しを見せたことで「二人の挙式を早めよう」と言い出した。
するとユストは、今まであまりしなかった結婚後の話をよく口にするようになったのだ。
『婿入り後は、すぐにウィステリアと共に子爵領の視察を行いたい』
『ウィステリアの父が健在なうちは文官職を続け、できるだ領地税以外の収入源を確保したい』
『子供は出来るだけ早めに作り、万が一のことを考えて最低でも男の子は二人欲しい』
ここまで具体的な内容で結婚後の話をされたことがなかったウィステリアは、驚きと同時にあることに気づいてしまう。
なぜかユストは、ノースレン子爵領をより良くしようと必要以上に意欲的だったのだ。
婿入りすることで爵位を譲ってもらうことに恩義を感じ、献身的にノースレン子爵領の将来を考えてくれているのだろうとは思う。
だがそんな彼の心構えからは、政略的に交わされた結婚に対する義務感のみを強く感じてしまうのだ
その義務感には領地の発展だけでなく、妻となるウィステリアに対して誠実な夫であり続けることも含まれているはずだ。
周囲もそれを感じ取っているのか二人の挙式が早まる可能性を察すると、こぞってユストに同情的な視線を向けはじめる。
『あの恵まれた容姿と優秀さであれば、もっと家格の高い家に婿入りできただろうに』
幼い頃にノースレン子爵家に婿養子として囲い込みをされたユストを憐れむ声。
そんな周囲の声はウィステリアの耳にも頻繁に入ってくる。
特にそのことで一番歯がゆい思いをしている婿養子が必要な高位貴族の令嬢たちは、こぞって「ユストの有望な将来を潰さないで欲しい」と訴えてきた。
それはウィステリア自身もずっと感じていたことだった。
ユストのような華やかで優秀な青年を長閑な田舎領主にしてしまうには勿体ない。
ましてやその妻は、内向的で地味で冴えない容姿のウィステリアである。
今回婚約解消を打診する決意をしたのは、ある伯爵令嬢からはっきりと将来有望なユストの未来を潰していると指摘されたからだ。
その令嬢の言い分はもっともである。
ウィステリアも自分がユストの婚約者であることに罪悪感を抱いていたからだ。
だが誠実で優しいユストは、この十年間ウィステリアを婚約者として大切に扱ってくれた。
たとえそれが義務感によるものだったとしても、恋心を抱いてしまうほどの素敵な時間だったのだ。
そんな素敵な時間を十年間も自分に注いでくれたユストをいい加減に解放してあげたい。
しかしユストのほうは、なぜウィステリアがそのようなことを口にしてきたのか理由を察していたようだ。
「また誰かに『不釣り合いな婚約者』って言われた?」
「…………」
「言われたんだね……。だから婚約を解消しないといけないと思ったの?」
怒りを含んだ低い声で問われたウィステリアが押し黙ると、ユストが苛立つように溜め息をつく。
いつもならこの後に「そんな周囲の言葉なんて信じないで欲しい」と嗜まれるのだが、この日のユストはなぜか違った。
「ねぇ、ウィス。その『不釣り合い』と判断された基準は誰のものなのかな?」
「えっ……?」
「僕は君が不釣り合いな婚約者だなんて思ったことは一度もない。それなのに君は、誰かにそう言われたんだよね?」
「は、い……」
「どうして君は、その人の判断基準で下された言葉を簡単に受け入れてしまうの?」
呆れと憐れみが入り混じったような笑みを浮かべたユストが、頬杖をつきながらウィステリアをジッと見つめる。
なぜか責められているような感覚を抱いたウィステリアが、気まずそうに小さく呟いた。
「その……わたくし自身もユスト様の婚約者として自分は釣り合っていないと感じたので……」
「それはあくまでもウィスが勝手にそう感じただけだよね?」
「はい」
「でも君が僕に釣り合っているかどうかを決める権利は、婚約を決めた僕にしかないと思うんだけれど」
「それは……」
口元には柔らかい笑みを浮かべているユストだが、瞳の奥はまったく笑っていない。
明らかに怒りを孕んだ婚約者の様子にウィステリアは、ますます縮こまる。
「もっと言わせてもらうと、君は見た目や能力が釣り合っていないと感じただけで僕との婚約を解消するつもりなの? 君との婚約を解消されてしまったら僕は、また一から婿入り先を探さなければならないんだよ?」
「で、ですが、ユスト様であれば、すぐにお声がかかるかと!」
すると、ユストが今日一番の深い溜め息をつく。
「それで自分がまったく望んでいない相手の家の婿養子になれと?」
「でも……わたくしの家よりも、かなり条件の良い家の婿養子になれるかと――――」
「それが僕にとって幸せかどうかを、なぜウィスが決めつけるの?」
被せるように言われた言葉にウィステリアが肩を震わせ、驚くように顔を上げた。
先ほどよりもさらに口角を上げて微笑むユストは、かなり怒っているようだ。
それでもウィステリアは引くことができない。
ここ最近、周囲から投げかけられた言葉が彼女の想いを蝕んでいるからだ。
『お優しいユスト様の性格につけ入り、幼い頃に早々に婿として囲い込むなど酷すぎる』
『あれだけの優秀さがあるのに小さな子爵領に押し込められるのはもったいない』
『彼の能力なら、もっと家格が上の家への婿入りもできただろうに』
『彼はあんなにも器量がいいのに婚約者は、ずいぶん冴えない令嬢なんだな』
『ユスト様には、もっと華やかな女性が隣に立つべきだわ』
社交界デビューを果たしてからの二年間、ずっとウィステリアが浴びてきた言葉。
その言葉で傷つくたびにユストは、その不安を和らげようと常に努めてくれた。
それでもふと窓や鏡などに映った自分たちの姿を目にすると、華やかな見た目のユストの隣に立つ自分の姿がとてもみすぼらしい存在に見えてしまう。
ユストが献身的に接してくれればくれるほど、ウィステリアの中で彼に対する罪悪感は膨れ上がってしまうのだ。
なによりもウィステリアが自分を許せないのは、ユストが義務感で結婚を受け入れようとしている状況に自分が不満を感じていることだ。
ユストにとって自分は不釣り合いな相手だと自覚しているのに、心のどこかで彼に愛されたいと強く望んでしまう。
結婚できるだけでも感謝しなければならない状況なのに、それだけでは満足できない自分がいるのだ。
ユストに優しくされるほど、そのおこがましい欲望は膨れ上がる。
もう自分に優しくしないで欲しいと何度も思ったが、その特等席を手放すことなどウィステリアにはできなかった。
そんな葛藤をずっと抱いていたことなどユストは知らないだろう。
伝えていないのだから当たり前なのだが、それでも自分だけが責められている今の状況にウィステリアは納得できなかった。
なぜユストは、この理不尽な状況を素直に受け入れているのだろうか。
幼い時に交わされてしまった婚約のせいで、自分のような不釣り合いな相手と結婚しなければならない彼の未来に幸せなどないはずなのに。
そんな考えに至ったウィステリアは、目の前で意地の悪い笑みを浮かべている婚約者にだんだんと腹が立ってきた。
婿養子に選ばれた恩義から献身的にノースレン子爵家に尽くそうとするユストは、まさに偽善そのものだ。
ユストにとっては自己犠牲に酔いしれれば受け入れられる状況かもしれないが、そんな義務的な愛情をこの先ずっと注がれるウィステリアは一生、傷つき続けることになる。
その辛さを理解していない婚約者に苛立ちを覚えたウィステリアは、意を決するように彼を睨みつける。
すると、珍しく怒りの感情をぶつけてきた婚約者にユストが一瞬だけ怯んだ。
「では、わたくしと結婚した場合、ユスト様にはどのような幸せがあるというのですか?」
「どのような幸せって……」
「幼少期に交わされた婚約を律儀に守り続け、能力に不相応な田舎領地の領主にさせられるユスト様のどこに幸せな未来があるというのですか!?」
「だからそれは、僕自身が感じることであってウィスが勝手に決めつけることじゃ――――」
「わたくしには、自分がユスト様を不幸にする未来しか見えません!!」
そう言い切ったウィステリアの瞳から大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。
あまり怒りを露わにすることがない婚約者の豹変ぶりにユストは言葉を失う。
すると、ウィステリアが今まで胸の内に溜めていた不安を吐き出しはじめる。
「挙式の予定が早まる動きがでてから……ユスト様は結婚後の生活について具体的なお話を口にするようになりましたよね? それが、すべてユスト様が我がノースレン子爵家に尽くすような内容だったことはお気づきでしたか?」
「気づいてはいなかったけれど……。でもそれは婿入りする立場の僕としては、ごく自然な考え方だと――――」
「では、そこにユスト様の幸せはありますか?」
「僕の、幸せ?」
「幼い頃に勝手に決められた婚約相手の家のために一生を捧げなければならないそんな未来に……ユスト様の幸せはどこにあるのですか!?」
「誰かに……そういうことを言われたの?」
ユストの問いを否定するようにウィステリアが大きく首を振る。
確かに陰でそのようなことを囁かれたことはあるが、面と向かっていってきた人間はいない。
だがその懸念は、ずっと彼女の中でくすぶっていたことだ。
「挙式後、すぐに領地視察を望まれていることも、少しでも収入源を確保したいといって文官の仕事を長く続けようとされていることも、跡継ぎ作りに早々に取り組んでくださる姿勢も、本来はとても感謝すべきことです……。ですが、それらはすべてノースレン子爵領のための行動です! そんな未来のどこにユスト様の幸せがあるというのです!?」
今までずっと抱いていた罪悪感を一気に吐き出したウィステリアは、両手で顔を覆いすすり泣く。
献身的に子爵領の発展に尽くそうとするユストの想いが、婿養子としての恩義を返すものにしか感じられなくなったは、いつからだろうか。
幼い頃は、そう口にするユストが頼もしくて仕方なかったはずなのに……。
そんなことを思い返しながら涙を流していると、隣にユストが座る気配を感じた。
そしてそのまま体ごと引き寄せられて、深く抱きしめられる。
「ごめん、僕の言葉が足りなかったんだね……。ウィスはずっと、僕が婿入りしてもらえることに恩義を感じて、君に献身的に接していたと勘違いしていたんだね?」
「か、勘違いじゃ……」
「勘違いだよ。そもそも挙式予定を早めるように君のお父上にお願いしたのは僕だ」
その瞬間、驚くようにウィステリアがゆっくりと顔を上げる。
そんな彼女を覗き込みながら、ユストが涙を指で優しく拭った。
「もっと言うと、さっき君が口にしていた『ノースレン子爵領のための行動』は、すべて僕自身が別の目的で望んでいることなんだよ?」
「別の目的……?」
「結婚後、すぐに視察に行きたがったのは新婚旅行を兼ねて二人きりの時間がたくさん欲しかったから。文官の仕事を長く続けたいと言ったのは……お義父さんには申し訳ないけれど、勤務時間がきちんと決まっている文官職のほうが、君と過ごす時間を捻出しやすいから。子供を早く欲しがったのは、一人目を早く作って、その後に君との間にたくさん子供を儲けたかったから」
最後は少し照れくさそうに口にする婚約者にウィステリアがポカンとする。
そんな彼女の瞳にまだ溜まっている涙をユストは綺麗に指で拭いさる。
「ウィスにはちっとも伝わっていなかったようだけれど……僕は昔から君のことが大好きなんだよ?」
そう言って両頬を包み込んできたユストが額をくっつけてきた。
その言葉に再びウィステリアの瞳が涙で膨れ上がる。
「どう……して? だって周りの人はみんな、わたくしはユスト様には不釣り合いって……」
「それがおかしいんだよ。なんで僕たち当人同士が想い合っているのに周囲がとやかく言ってくるんだ? ぼくが誰を望み、誰を愛そうと他人にとやかく言われる筋合いなんてないよ」
そういって再び体を引き寄せられたウィステリアは、ユストの腕の中にすっぽりと収まる。
すると、先ほど膨れ上がった涙が彼の服の袖部分を少しだけ湿らせた。
「君が釣り合う相手かどうかを決められるのは僕だけだ。そして僕が君にとってふさわしい男かどうかを決める権利を持っているのも君だけなんだよ?」
あやすように頭を撫でられたウィステリアの瞳から再びボロボロと涙が溢れだす。
「ごめんね……。甘い言葉は結構かけてきたつもりだったけれど、肝心のウィスのことをどれだけ好きかを伝えていなかったから、ずっと不安にさせちゃったんだよね?」
すると、腕に中のウィステリアが大きく首を振る。
「わ、わたくしこそ、ごめんなさい……。ユスト様は分かりやすく気持ちを伝えてくださっていたのに……。周囲の言葉に踊らされて、一人で勝手に不安になって、疑うようなことを……」
「そうだね。さっきの婚約を解消して欲しいという申し出は、かなり傷ついたかな?」
「ほ、本当にごめんなさい……」
再び泣きじゃくるウィステリアをユストが更に深く抱きしめ、天を仰ぐ。
「やっぱり僕たちの挙式日は早めたほうがいいね。こんなにも君を不安にさせる状況が続くことは僕が我慢できそうにないから」
「ご、ごめんなさい……。わたくしの心が弱くて……」
「そういう君の繊細なところも大好きだから問題ないよ。ただ……僕を婿養子に望む人間にとっては格好の攻めどころになってしまうね」
「…………」
腕の中で怯えるような反応をした婚約者をユストは安心させるように何度も頭を撫でる。
「とりあえずお義父さんには、出来るだけ挙式日を早めてもらうようにお願いしてみるよ。その場合、ウィスは成人前に挙式することになってしまうけれど……平気?」
「へ、平気です! むしろその方が安心できます……」
「いいの? 挙式後、僕は早々に君との子作りに励むつもりなんだけど」
「そ、それは……」
真っ赤になってしまった顔を隠すようにユストの腕に顔を埋めると、頭上で苦笑するような気配を感じた。
「冗談だよ。初夜はしっかり決行するけれど、その後はちゃんとウィスの気持ちが落ち着いてからにするから」
「お、お気遣い痛み入ります……」
「どういたしまして」
そんな冗談をニコニコしながら口にしていたユストだが、なぜか急に切なそうな笑みを浮かべた。
そして再びウィステリアを引き寄せ、深く抱きしめる。
そのまま顔を埋めるように驚いている彼女の耳元へ、そっと唇を寄せた。
「ウィス、大好きだよ……。だからこれからは僕に深く愛されていることを、もっと自覚して?」
まるで懇願するようにユストが耳元で囁く。
その言葉に応えるようにウィステリアは、婚約者に抱きつくように背中に両腕を回した。
その後、ユストはウィステリアの父であるノースレン子爵を説得し、二人は半年後に式を挙げた。
花嫁が僅か十六歳で挙式に踏み切った二人の結婚は、しばらく社交界で話題となった。
その経緯には、夫となったユストが挙式を早めることを熱望したという噂も共に出回る。
それからは誰もウィステリアのことを『不釣り合い』と称する人間はいなくなった。
それどころか周囲からは愛され妻として羨まれるようになる。
そんな彼女の傍らには、いつも幸福そうな笑みを浮かべる夫の姿があった。
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