契約書
ど、どうしよう…?
あの人めっちゃカッコいい感じで言ったのに「ファイル曇ってて資料見えないです」は流石に失礼か…?
でも、ファイルから出して濡らしちゃったら不味そうだし…大事な紙とか入ってたら困るし?
ん?うっわ、めっちゃ見てる…無表情こわ…え、何?私に何を言えっていうの…?
強い人っていつもそうですよね!他の人のことなんだと思ってるんですか!?
…とりあえず、なんかわかったふうのこと言っとくか
「お嬢にこんなことが……?」
顎に手を当てて、ふむと頷いてみる。
た、頼む!あっていてくれ…とりあえず依頼の内容を1枚目にかいて2枚目が契約書とかであってくれ…!
…てか、まずまずお嬢って誰なんだろうな?
あの人の言い方からして知り合いっぽいけど…
「うにゃ?ファイル曇ってると思ってたんだけど、読めたんだ。すごいネ?」
ニマニマと、口の端だけをグイィッと持ち上げながらいった。
……この人、わかっててやったな?性格の悪いこと山のごとしだぜ。
表情筋生きてたんだ?ずっとぴくりともしないから筋原繊維が死滅してるんだと思ってたよ…
「出していいよ。契約の紙とかはまた別だからサ」
「あ、はい」
言われるままに、髪を取り出すと契約書とデカデカと書かれた紙が出てきた。
契約の紙なんですが?
思いっきり契約するための紙が出てきたんですが?
え?渡すファイル間違えた?
「…めっちゃ契約書なんですけど」
「それは内容読むためのコピーだよ。本命はボクが持ってるこっち。流石に水気のあるところでは出せないケド」
そう言って、彼女はパタパタと着物の胸元を引っ張った。
それに伴って、彼女の(具体的に何とは言わないが)豊満なモノが揺れる。
……え、そこに入ってたんですか?
視線が強制的にそこに吸い寄せられて、腹に、激痛が走った
「いったぁ!?」
え、何?何が起こったの?
よくわかんないけどめっちゃお腹痛い!
「少年、次はくり抜くからね?」
視線を向けると、目からハイライトを消した女がたこ焼きをひっくり返すようなジェスチャーをしていた。先ほどまでと変わって、表情にぴったりの声がとっても怖い。
くり抜くって目をか…?
な、なんとか話題変えねぇと…!?
「で、俺はどこを読めばいいんですか?」
「えっとねぇ〜まずはここかな〜」
獲物を狙う猫のような瞳から逃げるように、指を刺された箇所に目をうつす。
そこには、休日のプールには見合わない異様に整った明朝体で書かれていた。
『ルナ・シェルブルームの無力化及び殺害』
「は?」
瞬間。「お嬢って、ルナのことかよ」なんてつっこむ余裕もなかった。
視界がぶれてそれ以降の文がうまく読めない。
うっすらと数字が並んでいたような気がするし、報酬か何かだろう。
まあ、報酬なんてどうでもいいんだ。俺がこれを受けるわけがない。
じゃあ、問題はこいつがなんで、こんな契約を俺に持ちかけるのか。
「なんのつもりですか」
俺にこんな契約を持ってくるやつなんて、よほどの悪趣味か脳みそが空っぽの阿呆のどちらかしかいないだろう。
もし、まともな諜報機関を持った組織なら俺のことを調べた時点でルナとの関係性も分かりきっているはずだ。
「俺が、金のために友人を…ルナを殺すと思ってるんですか」
「もぉ、ボク一言もそんなこと言ってないヨ?」
「なんの悪びれもなく、これを渡したのは言ってるようなものだろ!?」
俺が、声を荒らげるのを聞いてなお飄々とした態度を崩さないまま女は俺に近づいてくる。
戦ったら死ぬ…でも、逃げたらもっと、すぐに死ぬ…!
半歩、足を戻して、『有人飛行』をスロットにうつす。
景色が一瞬ぼやけて、少しだけ明るくなった。
……晴れたか?大して変わらないかもしれないが、ないよりはマシだろう
「素手でも、簡単には殺されてやらねぇぞ」
「わぁ、なんでそんなに怒ってるのさ。元気がいいネ?最近の若者はさ」
「残念ながら、いいことはなかったけどな」
「えぇ?ボクに会えたんだから今日は最高潮にはっぴーでいでしょ?」
一瞬、彼女の姿がぼやけてーー
俺の認知よりも早く、俺の中の英雄が、俺の体を動かしていた。
ーー目の前に伸びてきた腕を掴んで、投げる。
目をまんまるくした女が飛んでいって、ボチャンと、水に落ちる音がした。
つ、つかめた…?
って、そうだ!
「リリィ!逃げるぞ!!…リリィ?」
「ぷはぁ!はぁ、これなら本当に水着着とけばよかったにゃあ」
自分でも、体がそれを掴んだことに驚いていると、一瞬で女が水中から出てきた。
逃げる時間にもならねぇ…
「もぉ、さっきも言ったじゃんネ。妹ちゃんは話が終わるまでボクの才能で寝かせてるってサ」
「…人質にとらないんじゃ、なかったんですか?」
「別に、キミがボクと契約しようがしまいが、ちゃんと才能はとくよ?今、ボクたちの邪魔をしないようにしてるだけでね」
「じゃあ、さっさと終わらせましょう…俺はけいやくはしーー」
「ーーせっかちはよくないよん」
気づけば唇に、人差し指が当てられていて、俺は二の句が継げなかった。
せめてもの抵抗として、近くで見ると意外と大きな目を睨み返す。
「もぉーう、そんなに怒らにゃいでよ。ボクさっきちゃんとまずはって言ったでしょ?」
俺が睨んだのもものともせずに、ピラっと紙を捲る。
すると、先ほどの契約書の下からもう一枚全く同じ書式の契約書が現れた。
「今キミが見たのは、シェルブルーム伯爵家からの依頼だよ。それで、今度は…ここかにゃ?」
彼女は、紙に書かれた堅苦しい明朝体のかっこに囲われた丸っこい手書きの文字を指さしていった。
「こっちは、私から…リリア・シェルブルームからの依頼なんだよネ」
ーーシェルブルーム伯爵家の伝統の阻止
「どう?お姉さんのお願い、聞く気になったかにゃ?」




