15. あくの母
朝、学校へ登校してすぐのこと。
僕の視線は渡り廊下で遭遇した、一人の女性に釘つけになっていた。
「あら、ごきげんよう」
女性は妖艶な笑みを讃えながら、緩慢な動作で僕の方へと近づいてくる。
その様は信じられないくらい優雅だ。
「ちょぉっとお尋ねしたいのですが」
僕の顔に息がかかるほどの、至近距離まで迫ってきた女性。
近くで見ると、とてつもない美女であることが分かる。
年齢は30代か、あるいは20代にも40代にも見える。まさに年齢不詳な感じ。
すると、女性は。
唖然とする僕の耳元で、色気に満ちた甘い声を響かせた。
「私、この学校でペェーテェーエー会長を務めておりますの。ご存じ?」
「い、いえ。すみません…」
僕はなぜか反射的に謝ってしまった。
きっと女性の迫力あるオーラと、謎に流暢な英語に圧倒されたからだ。
「では、別の質問。あなた、百々瀬となりくんという子を知っているかしら」
百々瀬となり。
といえば、僕しかいない。
この学校でそんな珍しい名前は、僕だけだから。
「えっと…僕ですけど…」
「あらぁ、そうなの。いつもウチのドォータァーと仲良くしてくださって嬉しいですわ」
どぉーたー…?誰のこと??
僕がピンとこない様子でいると──
「これは失礼。ご挨拶が遅れましたわ。私、亜久まこの母親。”亜久ののは”と申します」
「あ、亜久さんの…お母さんですか!?」
「ええ。そうなんですの...」
亜久さんのお母さんこと、亜久ののはさんは。
”ごきげんよう、坊や”。
僕の耳元でそう囁くと、艶かしい香りを残して去っていった──。
......すごい女性だ。