1. 教科書わすれた
高校の休み時間。
僕は次の授業の準備を始めた。
机の中を弄って、ハッと気づく。
…教科書を忘れた。
数学の。
(どうしよう。誰かに見せてもらうしかないか…)
ため息を吐いた。
どうにも忘れ症なのが昔から治らない。昨日も何度も荷物を確認したはずなのに。
「百々瀬くん、教科書忘れちゃったの?なら私の見せてあげる」
そう声をかけてくれたのは、隣の席の亜久さん。
亜久まこ。学年一の美人として全男子の憧れの的だ。
きっとこういう気遣いとかも、男子を惹きつける秘訣なんだろうなと思う。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
「うん。席…くっつけようか」
亜久さんと僕は互いの机を動かし、ピッタリと寄せた。
わずか10センチほどの距離に近づいた亜久さんからは、なんだかいい匂いがする。
なるへそ。なかなかにあざとい香り。
「これで見えるかな…」
自分の席と僕の席との中間に教科書を開いて、見やすいようにしてくれた亜久さん。親切な人だ。
だが。
僕は、とある違和感に気がついた。
("1+1=2"?"たしざんをしてみよう"?)
教科書がおかしい。
なぜ高校の数学で、こんな基礎的な計算が出てくるんだ。
そもそも文章はひらがなばっかりだし。
「亜久さん…ひょっとしてコレ」
小学生のときの"算数"の教科書じゃないですか?
僕が皆まで言うよりも前に、自分のミスに気がついたのか、そそくさと教科書を仕舞い込む亜久さん。
そして。
壇上の先生に向かって、亜久さんはピシッと垂直に挙手をした。
「先生、教科書を忘れてしまいましたっ」
…ねえ亜久さん?
せっかく席をくっつけて、教科書を見せようとしてくれたのは嬉しいけど──
こりゃ意味なし!!!