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《No.15》私が言ってやる


 2人は到着した列車に乗り込み、チケットに指定された座席に乗り込んだ。

 赤色の木製座席で、エルカとカマエルは向かい合うように座る。

 急造した駅のホームに合わせたかのような、古い型の列車だ。緊急用に車庫から引っ張り出したのだろうか。

 家電もそうだったが、今の天界では光子変換の効率が悪い。

 この列車の動力は、地上の世界を走るものとほとんど変わらない。


「というか全然人いないですね。貸切なのかな……?」


「そこまで大層なサービスは付かないだろ。他の車両にいるんじゃないか」


 エルカが周りを見渡している間に、列車は駅を出ていた。

 線路を転がる車輪の音とともに、景色が後ろに流れていく。それが次第に早くなり、駅のホームが地平に消える。

 荒野に敷かれたレールは海を割るようだ。瓦礫の山が左右の各所に見受けられる。本当に最小限、ヴァルハラを繋ぐための線路といった感じだ。

 カマエルは窓の外に視線を投げ、地平の先を眺めている。その表情は緊張なのか、それとも無心でいるのか判断がつかない。

 

 これから天界を救うために上司の下へ戻るのだ。何も思わないハズはないのだが、こんな時に気の利いた言葉が見つからない。

 あーでもない、こーでもないと悩んだって堂々巡りになる。着飾ったセリフなんかよりはストレートな行動で示すのがいい。

 

「カマエルさん、これ。食べます?」


「ん……ああ、クラッカーか。サンキュ」


 リュックに入れていた箱詰めのクラッカーを開封し、何枚かの束で一気に渡す。避難所で配給されたものを持ってきていたのだ。

 受け取った束から1枚ずつ口に入れていく。サクサクと小気味の良い咀嚼音とともにカマエルの表情が緩んだ気がした。

 一歩切り口が見つかれば、あとは悩んだのがウソのように会話が進む。


「カマエルさんの上司って、やっぱり怖い人なんですか?」


 やっぱり、の副詞に苦笑を浮かべながらも、カマエルは答える。


「まァ、そこらの天使と比べたらイカツイかもな。見た目はまんま頑固オヤジって感じだ。前に事務所来たリッターってやついたろ。そいつを20年ほど老けさせたの想像してみろ」


 リッター。口調の訛った、銀輪のスキンヘッド天使だ。あんな個性の塊、出会ったのが数日前でもはっきり思い出せる。


「うーん。そこまでいくと天使じゃなくなってく気が……ほら、天使と言ったら優しいお兄さん、お姉さんが多いイメージじゃないですか」


「街中で会える天使はそうだろうな。でも戦場に出てくような連中はそうでもないのさ。世間から見る天使の姿とはかけ離れた、愛想のカケラもないようなのが一定数いるんだよ」


 紫水晶の災害が起こる前と後では、エルカの出会う天使の印象はガラリと変わった。

 強くて優しくて完璧な人しかいない、それが天使だと思っていた。しかし目を凝らしてみれば、彼らもまた三者三様だ。

 ヤマトのようにモラトリアムに悩んでいた天使もいれば、粗暴で人を傷つけるのに容赦がない天使もいる。ちょっと頼りない感じが親しみやすかったり、目を合わせるのすら怖い顔だったり、生きているなら各々特徴が出るのは当然だ。

 カマエルも後者の怖い側の天使……と分類しかけたが、やめた。ぶっきらぼうなのは声と口調と眼光だけだ。


 そのカマエルが、今ちょうどクラッカーの最後の一枚を食べ終えた。


「あ、そうだ。お水飲みますか?」


 あるのか?と目線で聞いてくるカマエル。

 それに対してエルカはリュックの口を大きめに開き、2L(リットル)ペットボトルと30個入り紙コップを取り出した。

 紙コップの包みを破き、ひとつ取り出して水を注ぐ。


「それ避難所の支給品だろ。そんなデカいもん、よく持ってきたな」


「ほかにも持ってきてますよ。絆創膏、ガーゼ、消毒液、ティッシュ。あと懐中電灯とか」


「そのリュックにどれだけ詰め込んだんだ。着替えとか日記も入ってんだろ」


「えへへ。ちょっとパンパンです」


「持ってくなら先に言えよ」


 カマエルは2杯目を注ぎ、ペットボトルを自分の方に寄せた。2Lのサイズは重くスペースも取るので、預かってくれるのはありがたい。

 エルカはクラッカーをもう一袋開封し、共有する。まるで旅行に出ているような雰囲気だった。

 規則的な車輪の音、不規則なクラッカーの咀嚼音、目を合わせれば穏やかな笑み。もう少し浸っていたかったが、そうはいかなかった。

 

「悠長なものだな。元"若き伝説"の天使」


 車両の連結部側から声がかかる。お堅い若年男性の、怒気のこもった声。

 振り返った先にいたのは、声色に偽りなしの風貌をした青年だった。皺ひとつない黒衣に、赤みがかった茶髪の上には"銀色の天輪"が浮かぶ。

 

「天使か」


 窓枠にもたれていた体を起こし、カマエルは彼を睨む。

 しかし青年は負けじと、それ以上の眼光で睨み返してきた。


「私はガネット。()()()()()より許可を頂いてここへ来た」


 ガネットと名乗った青年はこちらの座席に歩いてくる。そして座るカマエルを目線で突き刺した。


(すごい眼……)

 

 エルカ(こちら)には眼中にないようで、全く見向きもしない。

 彼の睨みに怯みこそしたが、相手にされていないのなら安全圏から観察してみることにした。


 これまでに会った天使の中でも、かなり若い部類に見える。

 ヤマトと同じか、それを下回るくらいだろうか。リッターやカマエルよりは確実に若いだろう。

 整ったスーツや姿勢からは、彼の性格が垣間見える。


「カマエル……誰よりも力と名誉を持ちながら、仕えるべき神へ牙を剥いた男。天使の象徴としてあるまじき姿だと思っていたが、実態は想像を下回るな」


「わざわざ列車に同乗してまで野次馬か。ご苦労なこった」


「笑止」


 ガネットは振り上げた右手で指を鳴らした。

 すると、車内が真っ白の空間に塗り変わっていく。狭い箱型の場所が、無限の広間に様変わりした。

 

「痛っ。あ、あれ?」


 座っていたエルカの尻が床に落ちる。座席が消失したのである。


「どうなってるんですか……これ!?列車の中じゃ」


 驚いて立ち上がり、さっきまでそこにあった窓や座席に触れようとする。

 しかし何度試しても手が空を仰ぐだけだ。ここはもう、車内ではない別の場所になった。

 1人の銀輪天使に、こんな空間生成の術など使える訳がない。最初からこの車両に仕込みがされていたのだ。


「私は貴方にヴァルハラの地を踏ませぬため、ここへ来た。ミカエル様より戦闘許可は頂いている。そして、再起不能にして構わないとも」


 カマエルは、その指示者の顔が思い浮かんだ。

 この銀輪天使すら退けられないなら、ヴァルハラに戻ったところで何も為せず終わるだけ。その程度のタマじゃないだろうと試されている。

 上司の見定めはまだ終わっていないということか。


「粋な計らいをしやがる」


 カマエルは観念したように溜息を吐き、両手と首を鳴らす。


「エルカ、少し離れてろ。すぐ終わらせる」


「そんな、戦わなきゃいけないんですか」


()らずに逃がしてはくれないみたいだしな」


 真っ白な空間に立つ、2人の天使。両者の鋭い視線が鍔迫り合う。


 先手を取ったのはガネットだ。実直なストレートの拳が放たれる。

 見切ったカマエルは腕を掴んでいなし、カウンターの拳を打つ。

 その一撃はガードされる。一撃で終わらせるつもりで打ったが、全く動じない。 

 しっかり鍛えられている。良い強度だ。


 カマエルはガネットの腕を掴み、背負い投げる。体を宙に浮かせた。

 その流れのまま倒立前転をし、両脚で2連踵落とし。

 地に受け身を取った後は、ウィンドミル(風車)で体勢を立て直しつつ追撃の下段蹴り。


 ブレイクダンスの猛攻は全てガネットに直撃したが、やはり相手は銀輪天使。そう簡単にダウンは取れない。


「踊るように戦うスタイルは未だ変わらず、か」


「逆にアンタは実直過ぎるな。拳の握り方も教科書通りか」


「銀輪天使は全ての天使の模範たるべし。後に続く銅輪天使は皆、銀輪天使(わたしたち)の背を見て学び、進んでいくのだから」


 昔から天使はノブリス・オブリージュの精神を語る者が多く、若年層は特にその傾向が強い。

 一般の天界人で言うところの、委員長気質や正義漢だ。

 しかしガネットのように、ここまでコテコテの真面目君も珍しい。


「だからこそ許せないんだ。われら天使の中には”若き伝説”を慕う者が数多くいた!その誰もが追いつきたいと努力していた、貴方に憧れて天使になった者もいた!そんな彼らの想いを、貴方は裏切ったんだ ……!」


 後ろで聞いていたエルカには、その話に覚えがあった。

 カマエルへの憧れ、ヤマトが彼の正体を知ったときにそんな反応をしていた。そして天使の資格剥奪にも考えがあってのことだと信じていた。

 好きな有名人の不祥事をニュースで知ったようなものか。”憧れ”を貫く者もいれば、反転して失望に変わる者もいるのだろうか。


 カマエルは彼の言い分には言い返さなかった。

 いつもなら軽い皮肉でも言って流すのだが、そのそぶりも見せない。


「金輪・銀輪天使の立場に与えられるのは、名誉だけじゃない。責任が伴うものだ。貴方は自身の大罪から逃げ仰せたあげく、あまつさえその醜態でヴァルハラに帰還しようというのか。英雄の華麗なる凱旋を演じるつもりなら、見当外れも甚だしい。貴方はもはや天使ですらない、ただの外道だ!!」


 雪崩のような罵倒を受ける様を後ろから見て、エルカは不安と憤りを感じていた。

 たしかにカマエルは天使ではなくなったと自称していたし、過去に罪を犯したことも聞いた。それでも、彼の姿を醜態だの、罪から逃げるだのと好き勝手罵倒されていいものか。

 出会ってまだ数日だが、カマエルを一番近くで見てきたのはエルカだ。好き勝手言っていいような人ではないと知っている。

 カマエルが言い返さないのなら、私が()ってやる。


「待ってください!カマエルさんのことを知りもしないで、そんなことを言わないでください!!」


「銅輪天使……正装すらしていない愚か者が、口を挟むな!」


 ガネットの眼光がエルカへと容赦なく突き刺さる。恐れるな。怖い天使の怖い顔など、この短期間で何度も見てきた。


「カマエルさんは私を助けてくれた、生きてもいいって気づかせてくれた人なんです。私をここまで守ってくれたんです!醜態だとか外道だとか、そんな風に言わないでください!」


「天使が人々を守るのは最低限の義務だ!天界神様へ反逆した大罪が、その程度で禊になると思うな!」


 ()()を言うだけの資格がそちらにはあるのか。

 エルカは瞬間的に頭に血が上る感覚を味わった。助走のように奥歯を噛み潰す。


「だったらなんで街に天使がいなくなったんですか!?助けを待ってる人は沢山います!住む家も大切な人も失った人が、どんな気持ちで残されてるのか知ってるんですか!最低限の義務すら果たせてないのはあなたたちじゃないですか!」


 エルカの高ぶった気持ちが足を動かした。カマエルを越して前に立ち、人生で今まで出したこともないような怒声を浴びせる。

 少し前まで普通の天界人だったから言える。救いのない世界の中で、エルカにとってカマエルは唯一の天使だったからだ。

 援護射撃のように、首掛けの勾玉が翡翠色を主張する。


「貴様……我々の都合など知らずにぬけぬけと」


 ガネットは初めて怯んだ。エルカの叫びが効いたのか。それにほんの僅か、首掛けの勾玉に視線誘導された目が歪んだように見えた。


「何も知らないのはあなたです」

 

 睨み合いの膠着状態になる。と思われたが、長くは続かなかった。


 カマエルが無言でエルカの背中をタップした。

 今までのあやすようなものでもなく、下がっていろというわけでもなく、「ありがとう」とでも言うような。

 

「俺にできるのは証明することだけだ。お前も見極めに来たんだろう」


 そう言ってカマエルはジャケットを脱ぎ捨てる。白のカッターシャツがあらわになり、深呼吸を一発。

 精神が研ぎ澄まされ、カマエルのシルエットに闘気が走る。


「私は、信じてますから」


「ああ」


 エルカはそう言って後ろに戻る。

 

「何を言われようと私の意見を曲げるつもりはない。貴方はヴァルハラに戻ってはならない存在なんだ」


 再びガネットの突進で肉弾戦が再開する。高速に飛び交う、固く力のこもった手足が幾度となくぶつかり合う。

 何回か攻防が入れ替わったタイミングで、カマエルは勘付いた。

 向こうは攻撃を避けない。すべて正面から受け止めてくる。武器も使わず、拳には拳で。

 逃げの選択肢はなく、目指すはあくまで完封勝利。どこまでも真面目な男だ。


(乗ってやるよ)


 カマエルも今の心境を拳に乗せて証明するだけだ。


 次の攻撃。

 ガネットの拳はあえて防がずに体で受ける。もっとも接近した、絶好のタイミングで全力のカウンターが撃ち抜かれる。

 全体重を乗せた、居合切りにも近い神速の拳がガネットに直撃した。

 

 ガネットは吹き飛ぶが、地面に1回背中を打ち付けてからの受け身で立ち直る。

 しかし平気なそぶりはほんの一瞬だけ。遅れて爆発したダメージに表情が歪み、大きく吐血する。

 かろうじて立っている膝を震わせながら、何度も咳込む。

 ゆっくり時間をかけて姿勢を戻すと、負け惜しみのように呟いた。


「……この通りだ。渾身の一撃でも、私を倒すことはできない。貴方はもう”若き伝説”でもなんでもないんだ。未だ信じる者たちを失望させるな。中途半端に顔を出すくらいなら、そのまま消えてくれ」


 そう告げると、真っ白な空間は列車の中の景色に再構築されていく。無限に広がっていた空間が狭い一本道へ。

 ガネットは窓を開け、外に飛び立った。




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