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《No.12》2人で生きる理由になって


「もう大丈夫です」


 エルカはカマエルに握られていた手で握り返し、そう答えた。

 泣きながら笑っている。溢れ出す感情を止められずにいるが、どこか憑き物が落ちたように晴れやかだった。


「お姉ちゃん、あの時はごめんね。そして、ありがとう。私、頑張って生きてみるね」


 別れ際に言えなかったことも、落ち着いた今なら言える。紫水晶の中にいるであろう彼女へと、祈るように呟く。


「大好き」


 数秒の黙祷のち、エルカは立ち上がった。カマエルもそれに続く。


「今まで私が生きてこられたのは、お姉ちゃんとカマエルさんのお陰だったんですね」


「へっ、まぁそういうことだな」


「これからは、避難所を回ってなんとか生活してみます。カマエルさん、今までありがとうございました」


 2人とも、今日を最後にするつもりで出発した。

 カマエルもここで別れる予定だったようだが……


「ああ、それなんだが……」


 カマエルはポケットから封筒を取り出す。中にはチケットが2枚分入れられていた。片方をエルカに手渡した。


「ヴァルハラ行きの列車だ。エルカ、お前もついて来てほしい」


「ヴァルハラって……じゃあカマエルさん、行くんですか?」


「ああ」


 振り切れたような表情で頷くカマエル。しかしエルカに気掛かりは残っている。


「でも、いいんですか?」

 

「最初から2枚入ってたんだ。それにヴァルハラは生活基盤が生きてるし、天使だって何百人もいる。ここらよりも圧倒的に暮らしやすいだろうぜ」


「いや、そうじゃなくて。確かその司令って、死刑かもしれないって……」

  

 カマエルの元同僚、リッターが言っていたことだ。エルカも忘れてはいない。

 半年前に犯した罪のことで、カマエルは天使の資格を失った。

 それを返してもらえるかもしれないし、逆に改めて刑を執行するのかもしれないとリッターは言っていた。


「司令状に答えが書いてあったよ。まぁ、リッターの言ってたことも間違いではないな。ようは死ぬ気で働いてみせろってことだ」


 天使に戻りたければ、な。とため息混じりに言う。

 そしてカマエルは、改めてエルカに真剣な眼差しを向けた。


「エルカが生きるって決めたんだ。俺も腹括って自分に向き合うさ。守ってやるよ、お前が生きるための天界を」


「……わかりました。それなら私も、頑張ってついていきます。行きましょう、ヴァルハラに!」


「決まりだな」


 その後、エルカの要望で実家まで飛んだ。両親にも別れの挨拶をしておきたかったからだ。

 変わり果てた荒野から目印を探しつつ、地図と地形を照らし合わせて飛んでいく。

 

 目的地まで辿り着くと、家の様子はやはりあの時から変わっていなかった。


 玄関先にある、父の紫水晶の墓標。涙は隠さなかった。

 姉の時と同様、数秒間の黙祷をする。その後、家の中に入った。

 床に広がる、渇いた血の跡。抉り取られた壁や倒れ伏した家具。根を張る、母の紫水晶。

 目を伏せたくなるような光景でも、今の自分エルカなら受け入れられる。


「……誰か入ったのかも。盗んだってしょうがないのばっかりなのに」


 十数年も使っていた家だ、知らない足跡があれば気づける。引き出しやクローゼットなどが不自然に空いているのも目に付く。

 人気の無い街で家主も長らく不在なのだ、火事場泥棒にとっては狙い目だったのだろう。

 今となってはもぬけの空だ。


「あった、残ってました」


 姉妹共同の部屋から声が上がる。リビングで待っていたカマエルがそちらへ向かうと、エルカが手に持っていたモノを見せた。


「ノート……日記か?」


「お姉ちゃんが書いてたんです。私はあんまりそういうの、続かなくて」


 照れくさそうに笑うエルカの手には2冊分ある。片方は表紙に使い込まれた形跡があり、もう片方は新しめに見える。

 古い方をエルカが捲っているが、ページに文字は書かれていない。

 ヤマトの手紙同様、書き手の存在とともに抹消されたということだろう。

 

「これから私も、1日ずつ書いてみようと思います。お姉ちゃんの分まで生きるんだから」


「続きはエルカが書くってか。いいんじゃねえか」


 リュックに日記を入れ、あとは着れそうな衣服を数着持ち出した。

 そして室内の母と外の父へ、もう一度黙祷をする。


 『いってきます』の一言を残して飛び立った。


 帰りのフライト中、エルカは涙ぐんだ目を度々拭っていた。

 気持ちの整理をつけているのだろう、カマエルは黙っていたのだが……


「お父さんとお母さん、ちょっとびっくりしてたかも」


「なに?」


 急に話し出したことで、カマエルの返事も一拍遅れた。

 

「だって、急にこんな大人の男の人連れて来たんだもん。同い年の男の子すら家に呼んだことなかったのに」


「まぁ確かにな。俺が親なら、事と次第じゃ拳が出るかもしれん」


「あ、それなら心配ないと思いますよ。うちのお父さん、結構穏便派ですから。口はなかなか聞いてくれないかもしれないですけど」


「そりゃ説得が大変そうだ」


 もしもの話だ。

 きっとエルカの家族が生きていたなら、2人は出会ってすらいなかった。そんなシチュエーションはあり得ない事だ。

 でも前向きな想像ができるくらい、悲しみを昇華できたならそれでよかったのだろうか。


「案外お姉ちゃんとお母さんは飲み込み早いから、カマエルさんとは仲良くできるかも。となると、やっぱり問題はお父さんかなぁ。ただでさえカマエルさん顔が怖いから、すごい警戒されそうです」


「へっ、ホントにそんな奴について来て良かったのかよ?」


「だってカマエルさん、放っておいたらそのまま消えてなくなっちゃいそうだったんだもん」


「はァ?お前、どの口が言ってんだ」 


 これも当たらず遠からずと言ったところだ。変わったのはエルカだけじゃない。

 エルカが笑顔を取り戻したように、カマエルの心にも再び火が灯った。

 互いが互いの生きる理由になればいい。


「しかしエルカが妹か。言われてみれば納得でしかないな」


「ええ、それどういう意味ですか。子供っぽいってことですか」


「ぽいじゃねえ、モロ子供だろ。少し話聞いただけなのにわかる。重度の姉ちゃんっ子だったろうよ」


「そんなこと言ったら、カマエルさんはどうなんですか。兄弟がいたら毎日喧嘩してたんじゃないですか」


「生憎俺は無駄な争いはしねえ」


「絶対してます。お兄さん相手に大人ぶったりしても、ちょっと言われただけで怒ったりしてます。想像できますもん」


「なんで俺が弟前提なんだよ」


 飛行中の2人の距離は、行きよりも縮まっていたような気がした。



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