表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/15

《No.11》せめて、それまでは一緒に


 30分の支度後に出発する。

 エルカは血染めのパーカーを脱ぎ、避難所で支給されたシャツに着替える。白無地の長袖。ジーンズと合わせれば及第点だ。

 同じく支給品である小さなリュック、そこにパーカーを入れる。

 ダンボールにはまだ食料など入っているが、必要ないだろう。

 寝室に使っていた部屋も片付ける。タオルケットを折り畳み、布団のシワをなるべく消しておく。

 立つ鳥跡を濁さず。もうここに帰ることはない。


「んじゃあ、行くか」


 リビングで待っていたカマエルは、リュックを背負ったエルカを見て目を細めた。

 直接言わずとも、これで互いの別れになる雰囲気は作られたようだった。


「場所はわかるか?」


「はい。方向は覚えてるから、そこを辿っていけば」


 移動には人工翼を使う。避難所に行った時と、ヤマトを送った時のもの。そして次は、エルカ(わたし)自身も。

 飛び立ったのは昼過ぎだった。紫水晶の瘴気が日光を阻んでいるのか、あまり暖かくはない。


「たしかあそこでしたよね、カマエルさんに助けてもらったのって」


「ああ」


 フライト中はほとんど話さなかった。2人が出会った倉庫を飛び越え、方角は西へと進んでいく。

 逃避行していた時の記憶を頼りに、ゴーストタウンの目印を見つける。

 倒壊した医者の看板、対角にある本屋の跡、これを越えた先に。


「……お姉ちゃん」


 エルカが先に高度を落とし、カマエルが続く。

 降り立って目の前にあったのは、木造の小屋だった。両脇を倒壊した民家に挟まれ、確かにこれは隠れ家にちょうどいい。

 そしてあの時と変わらないものと言えば、玄関を塞ぐように展開されている紫水晶である。


「……ただいま、お姉ちゃん」


 早くなる呼吸と鼓動の隙をついて、短く一言発する。

 状況はあの日のまま、凍結したように保存されている。

 押し倒された人間の形状に、それに巻き込まれたもうひとつのシルエット。


「やっぱり、そうだ。私、お姉ちゃんに守られてたんだ」


 平常時でも足の遅いエルカが、なぜ震える足で鬼から逃げられたのか。

 それは姉が鬼を道連れに結晶化したからだ。自身の体を八つ裂きにされながらも、怒号のような悲鳴を上げながらも、決して離さなかった。


 カマエルは黙ってエルカを見守る。肩の震えには気づいているが、それでも手出しはしない。


 エルカの見つめる紫水晶は、外界の光を吸い込むように煌めく。こっちにおいでと手招きしているようだ。

 でもその手招きは姉のものではない。天界にさらなる犠牲者を増やさんとする、紫水晶の意思だ。

 触れてしまえばこちらも結晶化する。想い人の元へ還った、あの時のヤマトのように。


(そのために帰ってきたんだから)


 震える掌を紫水晶へ向けたただけで動悸がする。視界が端から白く濁り、冷汗が止まらなくなる。

 触れるだけでいい。あと少し手を伸ばすだけで、全ては終わる。

 なのに、どうしても数ミリが届かない。


 結局、それに触れるだけの勇気と無謀さはなかった。


「……最低ですよね。ここまで来ておいて、お姉ちゃんの元に行く覚悟もないなんて。ヤマトさんだって最後は、大好きだった人と一緒になったのに」


 誰かの枷になって苦しませ続けるくらいなら、すっぱり消えて無くなった方がマシ。

 そんな自分で立てた計画すら実行できなかった。

 震えたまま動けない自分が、憎い。


「アイツは最初から目的が決まってたしな。1人の女のために天使になったって言ってたろ。彼女のいない世界での用は済ませてたんだ。エルカがアイツに倣うことはねえよ」


「それなら私だって、もうこんな世界で生きていたってしょうがないんです!お姉ちゃんやカマエルさんみたいに、誰かを守れるわけじゃない!」


 エルカには何かを為すだけのチカラはない。腕力も心も。

 誰かを助けられるでもなく、自分の人生を終わらせる度胸もない。惨めに生きながらえているだけだ。

 こんな人間に、涙を流す価値すらない。ずっと胸に抱えていたものを言葉にしてみれば、自分でも納得の有り様だった。


「こんなことなら、私なんかよりお姉ちゃんが生きていた方がよかったのに」


 うずくまるエルカの横で、カマエルは膝を落とした。

 紫水晶に触れる寸前の手を、それより大きなサイズの手で包み込む。


「姉ちゃんかエルカか……実際、どっちが生き残るべきだったかなんて、証明できる奴はいない。それに生かされた側からしたら、なんで自分なんかを助けたのか聞きたくても聞けないもんな」


 答えを持つ人は紫水晶の中だ。

 それに触れて自らも命を捨てたとして、知りたいことが聞けるとは限らない。

 ()()()()ひとつになっても、対話ができる保障がない。


「結局生存者(おれたち)にできるのは、自分に生き残る価値があったのか探すことだけだ。その答えを知る機会だって、生きていなきゃ見つけられないしな」


 エルカが手を握り返さないことが、カマエルへの返答だった。


「生きて答えを探すか、立ち止まって終わりを待つか。今ここで結論を出してもいい。だが……」


 握る手に力が籠った。暖かく、そして熱い体温が掌を通して伝わってくる。


「その答えが見つかるまでは、それまでは一緒にいよう」


 生きる希望も死ぬ勇気もないエルカに対して、カマエルは肯定も否定もしなかった。

 示したのは一本の道だ。


「それでも、変わらないかもしれないですよ」


 紫水晶に向いていた目線同士がぶつかる。濁ったエルカの瞳とは対象的に、カマエルの目は確信の色をしていた。


「立派な姉ちゃんが命懸けるほどの妹なんだろ」


 姉のことに頷いた時、ようやく自身の思い違いに気づいた。

 親を切り捨て、大好きな姉に生かされたことは、罪悪感を強めるための足枷ではない。

 絶望の海で溺れないよう姉に背中を押し上げられ、手を取って引き上げてくれたカマエル。

 大切な人たちに導かれて、ようやく向こう岸に辿り着くことができた。

 

 もし皆が、私に生きる価値を見出して逝ったとすれば。

 私が生きてすべきことは、それが間違っていなかったと証明することだ。

 –––––大好きな人たちに守ってもらえるくらい、愛された私だから。

  

 心の中で溜まっていたものが外へ湧き出てきた。

 瞳が熱く、そこから線を引いて頬が熱い。堰を切って流れる、大粒の涙だった。

 こんなにも溜まっていたのか。思った以上に止まらない。でも、それでいい。


 もう何も我慢する必要はない。泣く価値が無いとも、生きる意味が無いとも、もう思わない。

 自分が非力なことは変わらないとしても、こんな自分だとしても。


 –––––生きたい。


 悲しみの残り火は優しく心を温める。一緒に溶けた口角が緩み、今一度視線を上げた。

 涙と光が混じった世界は、滲んで透明に見えた。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ