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埋もれた短編

出オチ転生

作者: 平松冨永




 自分の咳で目が覚めかけて、咳が止まらず意識が遠退いた。なんて悪い夢、とぼんやり思ったけど、どうやらそれがあたしの生前最後の記憶。




 目が覚めたら知らない天井、なんてよくある酔っぱらいのなんちゃって武勇伝だけど。


 揺らぐ光源に照らされて浮かぶ、外国の天井画みたいに精密な風景画を、筆記体なのか連続模様なのかよく分からないものが何重にも取り囲んでいる。美術にも外国語にも疎いから、どう例えたらいいのかさっぱりだけど。


 色調をいじった写真みたいな、空、雲、山と木々。イネ科の雑草じみた葉っぱじゃない、下草の形。


 なんとなくファンタジーの風景だろうなあ、と思って慌てて上体を起こす。あ、このベッドは日本じゃない。ノースプリングで下の板張りの堅さが分かる。

 敷布団らしきものを手で触ると、わしゃわしゃ小粒の集合体。指先で潰せる中空と確かめ、そば殻か籾殻、それが大量に詰められた布袋と知れる。


 つまりイネ科に近い植物が身近で、脱穀技術があって、粒食か粉食文化圏。


 布団の布を凝視する。生成りのような、純白でない色合い。漂白技術は未発達、かもしれない。ものすごく目を凝らすと、撚られた糸を平織りにしていると分かった。手織りでは不可能な細かさと密度に、織機の存在が確実と判断する。


 次いであたしは枕を確かめた。こっちはぎゅうぎゅうに木屑が詰まっていて堅い。鼻を寄せるとフィトンチッド。ヒノキかヒバに近い樹木、この細かさと量からいって、木工技術と金属製の道具は確実だろう。


 そしてあたしに掛けられていた毛布。鞣した毛皮でなく、手編みでもなく、毛織物。薄い絨毯に近い。タオルのようなループ織りでもない、起毛でない一枚布。近代工業以前という仮説を頭の隅に置いておく。


 更にあたしが着ているものは───くったりした綿に近い、柔らかい貫頭衣、いや袖や身頃を縫い合わせているからワンピースだわ。切りっぱなしじゃなくて、端はほつれないように折り返されて丁寧に縫われている。


 袖口に目を凝らすと、縫い目が見えた。糸は布とほぼ同じ太さと撚りで、針で開いた穴がほとんど目立たない。太糸と布団針くらい、と仮定して考え込む。


 寝間着らしくボタンがない。詰まんで縦横ななめに引っ張っても、伸縮性はほぼない。襟ぐりは大きく、指で触れると別布を当てて縁取りされていると分かる───パイピングテープ、まではいかないにしても、近い技術と思考が感じられる。


 撚糸、織機、手作業、脱穀、木工、針の太さ、加工技術。頭の中で整理する。


 顔の肌や髪に触れる。少しかさついて、ぱさついていて、でも頭皮に触れても指先に脂っぽさや臭いは残らない。目やにや小鼻の脂もチェック。徹夜明け程度と知れたので、あたしがこの部屋で眠っていたのは二日未満だろうと測る。


 爪は伸びていなかった。




 ベッドから床板へ、足を下ろした。汚れていない、傷や異状のない裸足。足裏の感覚で、研磨技術あり、と脳内メモに追加する。


 しゃがみこんで、ベッドの素材と造りを確かめる。釘だけでなく小さな金属板で補強されていて、ネジではないと知れる。釘の頭は綺麗な円でなく、大きさも違った。


 近代工業以前、という脳内メモに二重丸をつけておく。


 窓がない壁は焼成煉瓦に似ていて、ぱっとイメージする煉瓦色だ。粘土、土壌成分、モルタル、石灰、水、焼成温度と様々な化学式と数値が脳裏をよぎる。


 換気穴はないのだろうか、と見上げると、円い穴が天井近くにあった。黒っぽい枠に───わあ、あの放射円線って、もしかしなくてもロンデルガラス? 現物は初めて見るわ。


 蝶番で内開きになった円穴のガラス戸には、枠に筒上のものがある。視線を下向けると、案の定壁際に開閉用の長い棒が立て掛けられていた。




 そこまで目で確かめてから、あたしは振り返る。ベッドが接している壁、目線と同じ位置に蝋燭が載った燭台があった。太い撚り芯、緑がかった褐色、蜂蝋のような匂いがない───ハゼノキに酷似した木がある世界、なんだろう。


 円窓の外の明るさからして、日中の筈だ。それでも焚かれている理由。換気をしてまで明度を保つのは。


「天井絵を見せるため、よね」




 この世界は、いえ、この部屋の管理者は、目覚めたあたしが天井絵を難なく見ることを望んでそうしている。換気の必要性を把握していて、明かり取りの窓からの光量だけでは不足があると分かっていて、それはつまり。


「現代地球人の身体能力、視力を知っている」


 知られているのはつまり、経験があるから。既に遭遇し情報を得ているから、そう考えるのがいいだろう。


 と、すると。


「……あれ、文字なんだろうなあ」


 天井絵を囲む模様を見上げ、がっかりする。


 形に規則性があるから、恐らくはそうだろう。アラビア語っぽいし、左右どっちから読むのか分からないけど。


 どうやら異世界小説につきものの、翻訳能力は付与されなかったらしい。


 ただ、前の転生者と意思疏通をした上で、どうやら相応に珍重してくれているらしい部屋の管理人を、極端に警戒する必要はない、気がする。




 え? そのあとどうなったかって?


 転生者がひょこひょこ保護されるこの国の領主様と通訳さんに、異世界転生の推測概要を教わりましたわよ。こちらの一般常識と教育を求めたら、マニュアル化されてましたよ。はー、どんだけぽこぽこ湧いてるのよ転生者。


「異国のあれこれで助かっている」


 そう言って過去の転生者さんたちの現代知識覚え書きの山に対峙させられましたわよ。とほほ。


 レシピとサブカルチャー多すぎでしょ。楽譜に格闘技図解に発酵食品、衛生医学はともかく誰だあの科学漫画再現したヤツ。よくこれだけ覚えてたなアメリカ編までだったけど。あのあとコンピューター作ってロケットで月まで行くんだよー。


 じゃねえよ。


 宗教や哲学、経済理論に鍛造技術。環境破壊や毒物に、だから誰だ戦車や銃火器の図解したバカは。


 こんな雑学を大真面目に再現検証してるこの国は、お人好しにもほどがある。

 え? 奇妙な娯楽が充実して国内平定に役立った? 民衆のかしこさ底上げして生産性向上? そっかー識字率と活版印刷技術と絵画彫刻大進歩ですかー。そりゃまあ、良かったかしらん。




 そしてあたしは、農家の嫁になりました。だって今までの転生者さんたちの覚書を越える新たな知識とかなーんにも持ってなかったし。


 ネジは開発中だそうです。先にドライバーができたんだって。




 それよりこの国の素材で!


 伝統工芸や手仕事を再現する方が超楽しくってさあ!


 いやー発酵は萌えるし燃えるわ! 種菌同定した過去の転生者さんたち超すごいわ! 異世界にもいるのね酵母菌! ブドウって偉大だわ!


 ウッキウキで葦を編んだり、国の開発農場でマメの品種改良に参加してたら、職員さんにプロポーズされちゃいました。彼の実家は数少ないコメ農家。んなもん嫁ぐに決まってる!




 毎日無茶苦茶忙しいし、やることだらけでウワーッ!ってなるけどね、まだまだ珍しいコメを毎日食べられるなら屁の河童よ。泥にまみれて雑草抜くわよエンヤコラ。


 お義母さんの糠漬け美味しい! 保存食や手仕事のプロっぷりとか、ひたすら尊敬よ!


 武芸百般ならぬ栽培百種、工作万能なお義父さん素敵!


 二人とも元気で長生きしなきゃ許さないからね!




 日本で読み書きしてた小説とは、とんと縁遠くなった。だって毎日がファンタジー実践だもん!


 ……まあね、魔法はないから昭和以前の日本の農家と変わんないけどね。モンスターもいないから、どっこいどっこいよ。歴史ファンタジー、ローファンタジーよ文句あっか!




 愚図る我が子に即興物語。これが案外、役に立つ。町で人気の娯楽劇みたい、って家族みんなが笑ってくれる。


 こんなハッピーエンドもいいじゃない。立身出世の英雄物語は、別の異世界主人公に任せるわ。





閲覧下さりありがとうございました。

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