最弱の能力
「離してください!」
「痛ッ、乱暴な女だ」
自主練習のために来た廃工場。なのに知らない制服を着た2人と対峙していた。
1人は190cmはある長身の男。
対してもう1人は160cmほどの小柄な男だった。
「知らない人に声をかけられたら逃げるって教わらなかったか?」
「道を尋ねてきたら誰でも答えるでしょう。それで何が目的ですか?」
「そんなカリカリすんなよ。ちょっとお兄さんたちと楽しい遊びをしようってだけじゃないか」
ストーカーに続いて、今度は体目当て。
それに相手は2人、戦うより逃げる隙を得よう。
私の能力は『動体視力の向上』
その名の通り、動体視力がもの凄く良くなるだけ。
一見地味な能力。でも工夫すれば使えないわけではない。
私は2人を観察する。
高い動体視力を使って人の瞬き、視線などを見極めて隙を突く。
――ここ!
長身の男が瞬きをし、小柄の男が視線を逸らしたこの瞬間、私は出口に向けて駆け出した。
「! させないよ」
「え⁉︎」
早い。この小柄な男、隙をついたのに行手を阻ばれた。
「今の隙をついた行動良かったよ、反応が遅れた。でも僕の能力とは相性は最悪みたいだね」
――まさか高速移動系の能力。
刹那、私は咄嗟にバックステップで下がったが、小柄男は腹部に蹴りを入れてきた。
「がはッ!」
「今の行動は悪いな。行手を阻んだ時、僕の能力は分かったはずだ。下がらず接近戦をするのが正解だったけど、武器を使うために距離を置こうとした。まだまだだね」
強烈な一撃で、私は地面に這いつくばってしまった。
「貴方たち……何者。戦闘に慣れているみたいだけど」
「僕たちは春麗の生徒。まぁ、今日退学になったけど」
私は小柄の男が口にしたことに驚きを隠さなかった。
国内最高峰の能力高校で、選ばれた天才にのみ入ることが出来るあの春麗高校の生徒だったなんて。
通りで……勝てるわけがない。
「でもこんな事してもいいの。貴方たちは元々春麗の生徒だったんでしょ。ならその才能をまだ活かせるとは思わなかったの」
「確かに、俺たちはあの高校を入学できた。でも入ってわかったのさ。俺たちは平凡で、この世は能力至上主義の世界なんだと。全ては能力によって決まると。そして、この挫折から俺たちは立ち直れない。だから」
長身の男が拳を振り上げた。
ダメ……動けない。
私は目を瞑って……
それから……それから……
うん?
何も……起こらない?
私はゆっくりと目を開けると……
そこには昨日の彼が拳を受け止めていた。
「なんだお前?」
なんで彼が、それより逃がさないと。昨日、私に倒された実力なら酷い目を見る。
「逃げて! 貴方じゃ敵わない」
「逃げる? それは絶対にしない」
彼は笑いながら、
「ヒーローはどんな時でも逃げないから」
「ちっ」
長身の男は手を振り解いた。
「通りすがりのヒーローさんよ。俺たちに勝てると思ってるのか? これでも元春麗高校の生徒だったんだが」
「……そう言えば、この世は能力主義で全ては能力で決まる。そんなこと言っていたな」
「ああ。言った」
「なら見せてやる。能力が戦闘において絶対的戦力ではないということを」
そして彼は能力を発動させた。
彼の能力。それは、
『ナイフを生み出す能力』だった。
「はは……なんだ。能力が絶対的戦力じゃないと言っても、ナイフ一つじゃあどうしようもないな」
あんなこと言っておいてナイフを生み出す程度の能力じゃ勝ち目がない。
「笑っていられるのも今のうちだぞ。これは最高級の切れ味を持つナイフだ」
「最高級の切れ味? そんなの当たらなければ意味ないじゃないですか」
小柄な男の言う通りだった。当たらなければ意味がない。
その言葉は能力による自信故の発言だろう。
「その人は高速移動ができるから気をつけて」
「高速移動ねぇ」
「その通り。でももう遅い」
小柄な男は彼の背後に回った。その移動速度コンマ5秒。そしてガラ空きの背中を……
――刹那。
「ぐあぁぁ……痛い! 痛い!!」
え⁉︎ 何が起きたの?
一瞬の出来事だった。私の能力で目では見えても、脳が追いつかなかった。
小柄な男が攻撃しようとしたその時、彼は一瞬で反転し、靭帯と筋肉を裂くことで行動不能にした。
その一連の速度はコンマ3秒。
「その速度、大したものだ。でも今の動きを見切れないようじゃダメだな」
私は信じられなかった。彼が昨日会った彼ではなく、ドッペルゲンガー、即ち偽物なのではないかと思うほどに。
「お前、何者だ」
「何度も言わせるな。ヒーローだと」
「面白い。じゃあ俺らはヴィランというわけか」
長身の男は走りながら向かってくる。そしてその右手はみるみる大きくなって、とても巨大な腕となって襲ってきた。
そうして放たれた攻撃は地面を抉るほどのパワー。でも彼は持ち前のスピードで全て避けていた。
「ちょこまかと動きやがって、そんなに怖いのか俺の攻撃が!」
「……怖い?」
攻撃を避けている最中、信じられないことに彼はその場で立ち止まった。
なんで止まったの⁉︎ まさか受け止める気?
「もらった!」
そして、振り下ろされた強烈な攻撃に対して彼は、
「なッ⁉︎」
左手一本で受け止めた。
「終わりだ」
彼は右手に持つナイフで先程のように切り裂き、戦いは決着するのだった。
……正直、彼の戦闘は異常だった。
能力を当てにせずに能力を圧倒する。
まさに能力至上主義の常識を否定するかのよう。
そして私は直感的に思った。
――この人なら私の復讐を叶えてくれるかもしれない。
……と。