Chapter5. 最後のピース
あれから現場へと赴いた俺たちは東の協力により、ユウレイの正体が蛍光塗料の光で間違いないことを確かめられた。
まさにユウレイの正体見たり枯れ尾花という心境だが、実際にはまだ事件が解決したとは言えない。
『つまり、——なぜ犯人はあの時間にブラックライトを持ってあの場所にいたのか、だよ』
穂村も言っていたように、それが残る唯一にして最大の問題だった。
家に帰ってからも考えてみたが、何ひとつ理由が見えてこない。妹の話ではネイルを固めたりするのにもブラックライトが使われるらしいが、まさかあんな場所でそんなことをする奴もいないだろう。
やはり愉快犯の仕業なのだろうか?
気になるが、しかし調査ばかりもしていられない。いくら羽鳥先生から依頼されたと言っても、俺たち学生の本分は勉強であり、それに連なる学校行事だ。
学園祭まで一ヶ月を切っている。そろそろ本格的な準備が始まる。校内はにわかに騒がしくなっていた。
むろん俺たちのクラスも例外ではない。
「——鐘秋祭に向けて出し物を決めよう」
LHRの時間、クラス委員長である東が教壇に立って言った。
「早いところでは夏休み中から動き出しているクラスもあるみたいだよ。僕たちも上位に行くために、そろそろ動いていかないとダメだと思うんだ」
「だよな」
「うんうん、あたしもそう思うー」
「ああ、遅すぎるくらいだぜ!」
東の言葉に呼応して口々に意見を述べるクラスメイトたち。この学校は三年間クラスが変わらないらしく、各クラスの結束力は学年を上がるごとに高くなるようだ。必然的にイベント事に対するクラス間の競争も激しくなり、三年ともなるともはや合戦のような雰囲気を醸し出しているらしい。
俺たちはまだ二年だが、それでもクラスを見渡すと負けられない戦いに挑む者たちの姿があった。前にいた学校とはずいぶんな違いである。しかし嫌いではない。むしろ元体育会系の血が騒いでいた。
俺も何か意見を出そうと、ブラックライトに引っ張られていた頭を切り替える。
学園祭、いわゆる文化祭といえばやはり出店だろうか。たこ焼きやお好み焼き、クレープや揚げアイス。祭りで食べる物は何であれ美味いものだ。仕入れの量さえ間違えなければ順当な利益を得られるだろう。
あるいは劇といった手もある。『ロミオとジュリエット』や『オズの魔法使い』、『星の王子さま』といった定番ものからオリジナルまで、選択肢は幅広い。誰が出演するのかという問題はあるが、客層を見極めた構成を考えれば大きな集客を見込めること請け合いだ。
「——わたるん」
と、脳内会議が白熱するなか、隣の席のKが話しかけてきた。
「なんだ?」
「へへ、わたるんはさ、めぼしい企画思いついた?」
「いや、色々と考えてはいるが、どれも決め手には欠けるな。お前こそどうなんだK? こういうのはお前の方が得意だろ?」
「ま、そうなんだけどなー」と背もたれに身を預け、銀色に染められた頭の後ろで手を組んだKは不満そうに、「メイドカフェとか提案してみたけど却下された」
「……そうか」
客を呼び込むためとあらばいかなる手段も辞さない三年であれば採用されることも多いと聞いたが、二年はまだまだその手の出し物には羞恥があるようだな。
「まあ来年を楽しみにしておくさ。見てろよ、わたるん。この俺、松下圭プロデュースによる本物を見せてやるからな!」
「ほどほどにしとけよ、K」
著しい偏見だが、銀髪ピアスの男が運営する飲食店というのはどことなく危ない印象を受けるな。まあKの場合、違う意味で危なくなる可能性は多いにあるのだが……鬼が笑うような話だ。今回はそっとしておこう。ちなみにKというのは俺が勝手に呼んでいるあだ名だ。松下圭。それがKの名前だった。
しかしメイドカフェ、か。ほどほどにしろとは言ったが、俺としても興味がある。もしも本当にKの野望が成就したとして、果たして穂村も参加するのだろうか。
俺は後ろを振り返って、おそらくは犯人の動機についてを考え続けている穂村に対し、俺の持つメイドのイメージを重ね合わせてみた。
『——お帰りなさいませ、ご主人様♪』
『お待たせいたしましたー、ボク特製のオムライスです♪』
『えへへ……美味しくな〜れ、萌え萌えキュン♪』
『きゃっ! ごめんなさい! 大切なお召し物が! すぐに拭かせていただきます!』
『いってらっしゃいませ、ご主人様……ボク、寂しいな……』
それから俺はKの肩に手を置いて、
「K……俺はお前を全面的に支持するぞ。なんとかして実現してくれ。必ず動画に収めてやるんだ」
そうなれば尻に敷かれている今の状況を打破できる。やはり推理部に所属する身である以上、ゆすりのた……切り札のひとつは持っておかないとな。
「へへ、なんだよわたるん。お前も好きだな」とKはしばらくの間、同志を見つめる男の目で俺を見ていたが、「まあいいや。それよかさ、面白い話を聞いたんだ」
「面白い話? 何だよ、それ」
首を傾げる俺に、Kはちょいちょいと耳を貸すように手招きをする。
「これは先輩から聞いた話なんだが」と耳のピアスに触れながらKは囁くように言った。「どうやら学園祭に超大物ゲストが来るらしい」
「大物ゲスト?」
「ああ、みんなが知ってるような有名人みたいだぜ?」
「有名人ねぇ」
推理するまでもない。大方、アイドルやなんかの芸能人ってところだろう。学園祭の定番だ。
「どうでもいいな」
「あらら、わたるんは惹かれない感じ?」
「ま、俺は特に芸能人とかに興味はないからな」
どうせなら妹が喜ぶような人物であれば良いとは思うが、俺としては別に誰が来ようが関係ない。対岸に起きる火事も同然である。
「へへ、じゃあこれは知ってっか?」とKはなおも事情通らしい軽快な語り口で、「九組の奴ら、学園祭でゲテモノ館ってのをやるらしいぜ」
「なんだそれ。闇鍋でもするのか?」
「いいや。なんでも珍しいトカゲやらクモやらを展示するらしい」
なるほど、そっちのゲテモノか。しかし学園祭でそんなものをやるとはな。さすがは理系クラス。発想もウェットに富んでいる。
「女子ウケはすこぶる悪そうだな」
「なはは、九組はほぼ男しかいねえからな。そっち方面の案が通るのも無理はないぜ。でも行って見たくね?」
「そりゃお前……見たいに決まってんじゃねえか」
祭りと爬虫類の組み合わせはヤバイ。なんて言ったらいいのかわからないが、とにかくヤバい。さすがは九組。アドバンテージを活かしてる。ターゲットを男と子どもに絞ってきたか。
「しかしどうやってトカゲやらクモやらを集めるんだ? 九組の奴らが飼ってるのか?」
「いや、なんでも九組には爬虫類ショップの息子がいて——」
「——ちょっといいかい、マツシタくん」
と穂村が会話に割り込んできた。
「おっホム子っち」とKは言った。「なに? ホム子っちも興味ある感じ?」
「ある意味では、ね」と穂村は妖しく微笑んだ。「ちょっとキミに訊きたいことがあるんだ」
「俺に?」
それから穂村はKの耳元で何事かを囁いた。
「ん……あ、ああ、いるみたいだぜ」
「やっぱりか」
穂村は得心がいったように頷いている。
「おい、なにか面白い出し物でも思いついたのか?」
「そのとおりだよ、モリタニくん」
と、探偵は不敵に笑って、
「たった今、すべての点と点が繋がったよ。闇夜に浮かんだ光の謎はすべて解けた」
「なんだって? それじゃあ……」
「ああ、——推理の時間だ」




